IPは「生み出す」のではなく「育てる」もの
西野が繰り返し語っているのは、IPIntellectual Property(知的財産)の略。キャラクター・物語・楽曲などのうち、事業として収益化できる権利資産を指すことが多い。は生み出すものではなく育てるものだという考え方です。キャラクターを描いたり曲を作ったりすればそれは知的財産ではありますが、本当の意味でIPと呼べるのは「事業化できているもの」だけ、と西野は言います。
そして、その事業化に至るまでには、4年・5年・10年と気の遠くなる時間がかかります。普通の経営判断であれば「1年目、2年目でダメなら損切りしよう」となるところを、正反対のしつこさと執着で押し切る必要があるというのです。
実際、『えんとつ町のプペル』は今年で10年。「ようやくIPと呼べるようになってきたかな」と西野は語ります。7月3日には「これをIPと言うのね」と感じてもらえる大きな発表があるとも予告しました。
映画『えんとつ町のプペル』権利買い取りという挑戦
今回の話の起点は、西野が約1年かけて吉本興業から映画『えんとつ町のプペル』の権利を買い取ったという出来事です。海外で交渉する際に、権利を持っていないと「お前は権利を持っているのか」と問われ、テーブルにすら着けない。そこで自分の会社チムニータウンに裁量権を移すために、買い取りを決めたといいます。
西野はこれを「退所したタレントが、ジャニーズと交渉してジャニーズ時代の曲を買い取らせてもらうようなもの」と例えます。退所したタレントと元の事務所がこうした交渉を続けること自体が異例で、吉本興業の懐の深さへの感謝も繰り返し口にしました。
この作品を届けよう、売ろうと思っている会社、そっちの熱量が高い会社が持っていた方がいいだろう、ということで話し合いを進めました。
上映権の民主化と「ライセンス貸し出し」モデル
権利を取り戻したうえで西野が始めたのが、映画『えんとつ町のプペル』を誰でもイベント上映できるようにするクラウドファンディングです。学校の先生、PTA会長、青年会議所など、地域単位での上映が可能になります。
注目すべきは、これがクラウドファンディング上では「支援総額199万8000円・支援者21名」と表示されていても、実態はライセンス貸し出し売上であり、21名は主催者だという点です。チムニータウンのスタッフは現場に出払うわけではなく、主催者とのやりとり程度。実質的にライセンスフィーだけで200万円が積み上がっています。
仕掛けは「フライヤー配布」にあり
上映には1つ条件があります。会場に来た観客全員に、「映画『えんとつ町のプペル』は誰でも上映できますよ」というフライヤーを配ること。これによって、観客の中から次の主催者が生まれる導線が組み込まれています。
主催者が上映会を開催
七万八千円でライセンスを借りる
来場者にフライヤーを配布
「誰でも上映できます」と案内
来場者の中から次の主催者が誕生
地元・PTA・JCなどで新たな上映会へ
西野の見立てでは、この仕組みによってライセンス貸し出し売上だけで、吉本興業に支払った権利の買い取り金額を回収できる可能性があるといいます。スタッフを動かさずに買い取り原価を回収できるなら、その後のすべての展開が純粋なIP拡張になる──そんな絵を描いているわけです。
製作委員会と運用の相性が悪い二つの理由
ここから本題です。西野が「製作委員会と運用の相性が悪い」と感じる理由は二つあります。
理由1:権利が分散して身動きが取れない
製作委員会では権利が複数社に分散します。今回のような「上映権を民営化・民主化しよう」という運用判断を下す際、幹事社でなければ話を通すこと自体が難しく、たとえ幹事であっても全社の合意取り付けに時間がかかります。『えんとつ町のプペル』は原作・西野、幹事・チムニータウンという体制だからこそ、こうした思い切った運用ができたわけです。
理由2:「ダメだったら次」と割り切れてしまう
そしてもう一つ、より本質的な問題が「メンタル面」です。製作委員会はリスク分散の仕組みなので、作品が当たらなくても各社のダメージは限定的。「ダメだったね、次行こう」と切り替えられてしまいます。これがIPの運用と最悪に相性が悪い、というのが西野の指摘です。
・リスクが分散される
・権利も分散して保有
・運用判断に合意が必要
・こけても「次」に進める
・自社で7〜10割出資
・権利を集中保有
・運用は単独で即決
・回収しないと会社が死ぬ
チムニータウン流「回収しないと死ぬ」設計思想
チムニータウンは、映画『えんとつ町のプペル 約束の時計台』も、ミュージカルも、ボトルジョージア日本コカ・コーラのジョージアブランドが手がけたアニメ作品。西野によれば、チムニータウンが全額を出資する形で関わったという。も、自社で製作費の大半(7〜8割、あるいは全額)を負担しているといいます。だからこそ「何としてでも回収しなきゃいけない」状況に自分たちを追い込みます。
「作る前から二次利用を設計する」習慣
西野はAIで作るチムニータウンの新作映像(東京国際フォーラムでお披露目予定)を例に挙げます。これを長編化する話が来ているものの、お金が集まったから作る、という順番ではいかないといいます。
チムニータウンが最初に行うのは、「これをやるとして、二次利用・三次利用・四次利用をどう設計するか」というミーティング。AI映画なら、ルビッチやブルーノといった登場人物をAIタレント化し、CMタレントとして稼働させる──そのためにAIタレント事務所を作る必要があり、ならばこの権利は自社で握っておくべきだ、という話まで詰めてから制作に入ります。
西野は、個人クリエイターが製作委員会で映画を作った後、公開が終わるとその作品にほとんど触れなくなる現状を指摘します。最初の段階でお金が集まっているから、触れなくても会社が回る。チムニータウンはそうではなく、「グッズ化できる作品か」という観点も含めて、最初から運用前提で作り込むという違いがあります。
IPホルダーに必要なのは「狂気」
最後に西野が強調するのは、結局のところ旗振り役の「狂気」がなければIPは育たないということです。一クリエイターが2億・3億のリスクを一人で背負い、家を質に入れる覚悟がないと、IPは生まれにくいというのが西野の結論です。
まとめ
製作委員会方式は、多くの作品を世に送り出してきた優れた仕組みです。しかし「IPを育てる」という長期的な視点では、権利分散による運用の遅さと、リスク分散による執着心の薄れという二つの問題を抱えています。
『えんとつ町のプペル』が10年かけてようやくIPと呼べる段階に近づいているのは、チムニータウンが製作費の大半を自社で背負い、「回収できなければ死ぬ」という緊張感のもとで、二次利用前提の設計と公開後の運用を続けてきたから。今回の上映権民主化クラウドファンディングも、その延長線上の打ち手のひとつです。
作品をIPに育てたいなら、まず誰が最大のリスクを背負うのか──それを問い直すことから始める必要がありそうです。
- IPは「生み出す」のではなく、4〜10年かけて「育てる」もの。正しい経営判断とは真逆の執着が必要
- 西野は吉本興業から映画『えんとつ町のプペル』の権利を1年かけて買い取り、自社で運用する体制を整えた
- 上映権を民主化するクラウドファンディングは「ライセンス貸し出し売上」のモデルで、すでに約200万円が集まっている
- 製作委員会は権利分散で運用判断が遅くなり、リスク分散で「ダメなら次」と割り切れてしまう点が運用と相性が悪い
- チムニータウンは製作費の大半を自社負担し、回収必須の状況に自分を追い込むことでIP運用癖を育てている
- IPホルダーには、家を質に入れるほどの「狂気」と最大リスクを背負う旗振り役の覚悟が不可欠
