人生をかける美術館プロジェクトへの向き合い方
西野さんは今、川口音楽と森の美術館に人生をかけていると語ります。四十六歳から大勝負に出る覚悟だといいます。
ちむにタウン史上、過去最大の投資がここで展開されるとのことです。
ただ、その覚悟の理由がまだ十分に伝わっていない気がすると話します。そこで今回は、この美術館とプロジェクトが秘めた可能性について改めて共有します。
投資が消えるライブエンタメの宿命
まずイメージしやすい話として、ライブエンターテインメントの構造から入ります。
ちむにタウンは去年の夏、約四億五千万円を投じてミュージカルを制作しました。公演は大盛況でしたが、終演後に残ったのは記録映像だけでした。
舞台美術も照明も装置も空間そのものも、千秋楽とともに解体されて消えていったといいます。
何億円もの投資をして生み出したものが、終演と同時に物理的には何一つ残らないっていうのは、寂しいというか、ずいぶん特殊なビジネスであるなと思います。
これは幕張メッセで開催しているえんとつ町のハロウィンナイトも同じだと話します。膨大な予算で巨大なセットを組んでも、イベントが終われば跡形もなく消えていきます。
投資はその瞬間に消費され、次の挑戦では再びゼロからスタートするしかなかった。それがライブエンタメの宿命だったといいます。
自前の劇場を持つことで変わる投資の構造
そうした背景の中で、西野さんたちは川口音楽と森の美術館という自分たちの箱劇場を手にしました。ここが極めて重要な転換点だといいます。
自前の施設を持つと、投資の構造そのものが変わると話します。新たに制作した美術や照明、インスタレーション、空間演出をその場に蓄積していけるからです。
イベントを重ねるたびに空間は磨かれ、数年後には十億円、二十億円、三十億円を投じても一から再現できない唯一無二のフィールドが出来上がると語ります。
しかもそのフィールドを、自分たちの場所だから無料で活用できる。これはライブエンタメにおいて極めて強いアドバンテージだといいます。
さらに、公演期間中は劇場として機能し、公演がない日は美術館として観光客を迎え入れられます。一つの空間が興行施設と観光施設の二役を担う構造です。
公演やイベントごとに空間を一から立ち上げ、終演と同時に解体する。投資はその場で消費される。
制作した美術や演出が場に蓄積される。回を重ねるほど再現困難な唯一無二のフィールドになる。
「どう光らせるか」から「どこで光らせるか」へ
ここから今日の主題である、ライトアップイベントの現状に入ります。
西野さんは以前からアンカーという概念を提唱してきました。土地や時間、癒着、プロセス、思い出といった、AIでは生成できない価値のことです。
アンカーを絡めていないコンテンツはほぼ全て淘汰されると見ています。そしてこれは、世界中で展開される没入型のライトアップイベントにも当てはまるといいます。
初期のライトアップは、光るという事実そのものに価値がありました。木が光る、建物が動いて見える、夜なのに幻想的、といったことです。
しかし技術が普及した今、光の演出は誰もが扱える表現になりつつあります。来場者の反応が分析され、どんな演出で感動し写真を撮るのかというデータも蓄積されています。
その結果、多くのクリエイターが同じ正解にたどり着き、世界中で似たような光のインスタレーションが並ぶようになりました。チームラボっぽいものも随分増えたと話します。
だからこそ、ここから問われるのはどう光らせるかではなくて、どこで光らせるかなんですね。そのどこが唯一無二であることが重要になってくると。
コピーできない「場所」こそが競争優位になる
たとえばノートルダム大聖堂のような歴史ある建築へのプロジェクションマッピングや、屋久島の縄文杉を光らせるといった発想です。
その土地にしか存在しない風景や文化、記憶、歴史はコピーできません。光も演出も音楽も映像もある程度は再現できてしまうからです。
だからこれから価値を持つのは、美しい作品ではなく、その場所でしか成立しない作品だといいます。演出はアンカーを伝える翻訳手段にすぎません。
日本人が世界に向けて空間エンタメを仕掛けるなら、一番いい場所は富士山に決まっていると西野さんは言います。
世界二百カ国の演出家が作れないもの、それが富士山を背景に背負う演出です。これができないなら、その場所を取ったほうが大きいという理屈です。
初期
光るという事実そのものに価値があった
現在
技術が普及し、演出手法がコモディティ化した
これから
コピーできない場所と歴史に価値が移る
まとめ
光る技術や演出が誰でも扱えるようになった今、価値を左右するのは「どう光らせるか」ではなく「どこで光らせるか」だと西野さんは語りました。自前の美術館に投資を蓄積し、唯一無二の場所を武器にする狙いが見えてきます。
- 約四億五千万円のミュージカルも終演後は記録映像しか残らず、投資が消えるのがライブエンタメの宿命だった
- 自前の劇場を持つことで、美術や演出が場に蓄積され、再現困難なフィールドが育っていく
- 技術普及で光の演出はコモディティ化し、世界中で似たインスタレーションが並ぶようになった
- コピーできない土地や歴史こそが競争優位で、演出はアンカーを伝える翻訳手段にすぎない
- 日本の空間エンタメの武器として、富士山のような唯一無二の場所が挙げられた
