科学系ポッドキャストの日、テーマは「猫」
この回は科学系ポッドキャストの日への参加回です。5月のテーマは「けいちゃんまーくんのドタバタグッドボタン」という番組が提供した「猫」でした。
そこであきさんが選んだのは、「猫の寿命を延ばすには」というテーマ。とみーさんが偶然口にしたお題と、用意していた話がぴたりと重なりました。
猫の寿命を延ばすには。
まさにそういう話をご用意させていただきました。
話の入り口は、2021年7月のニュースです。完全無観客の東京オリンピック開幕直前、東京大学で猫の病気を治す薬を開発している先生に寄付金が殺到しているという話題でした。
AIMを発見した宮﨑徹先生の歩み
話の中心となるのは、宮﨑徹先生です。AIM医学研究所の代表理事で所長を務め、AIMというタンパク質を発見して研究に打ち込んできた研究者です。
先生は鹿児島のラ・サール高校出身で、実家は薬問屋でした。家業を継ぐため東大薬学部を目指していましたが、父から「病気の根源を理解する医者の視点を持つべきだ」と勧められ、医学部へ進路を変えて合格します。
ところが東大医学部の授業がつまらないと感じた先生は、クラシック音楽にのめり込みます。一時はプロの指揮者を志し、なんと小澤征爾さんに電話をかけたそうです。
小澤さんは話に乗ってくれ、お弟子さんを紹介してくれました。先生は指揮を習い、雑誌の仲間募集欄で人を集めて自分でオーケストラまで作ったといいます。
臨床研修が始まる頃、再び小澤さんに弟子入りを願い出ます。しかし返ってきたのは「まずは立派なお医者さんになってください」という言葉でした。そこで先生は医学の道に戻ります。
だって医学部行きながら自分でオーケストラ作ってる時点でだいぶ頭いいよね。
「治せない病気」に直面し、研究者の道へ
消化器内科医として患者を診た先生は、診断がついても根本的な治療法がない現実に直面します。腎臓病や自己免疫疾患など、対症療法しかできない病気があまりに多かったのです。
目の前の患者を根本から救うには、新しい薬を生む基礎研究が必要だと感じ、先生は研究の道へ進みます。
熊本大学、フランスのパスツール研究所を経て、1995年からはスイスのバーゼル免疫学研究所に招かれます。ここは製薬会社ロシュが全額出資しながらも運営は独立し、免疫学であれば何を研究してもよいという恵まれた環境でした。
この研究所は、日本人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進先生がかつて在籍した場所でもあります。宮﨑先生には、その利根川先生が使っていた研究室が与えられたそうです。
ここで先生は、マクロファージを長生きさせ血液中に多く存在するタンパク質を発見し、AIMと名付けました。ただ、その働きは長く不明のままでした。
研究所閉鎖後はテキサス大学へ移り准教授となります。その裏では、熊本大学時代から有名誌に論文を載せ、実績を積み上げてきたことが好条件の背景にありました。
AIM見つけたものの、正体がわからないままずっと温めているというか。ずっとここにこだわり続けたっていうところがあるんですね。
AIMが「体のゴミ掃除役」だと気づく
2006年、先生は東大教授として帰国します。そして研修医時代に直面した「治せない病気」に、再び向き合い始めます。
腎臓病、自己免疫疾患、アルツハイマー病。これらに共通項があるのではないかと考えた先生は、ある事実に気づきます。いずれも外からの病原体ではなく、体内で発生したゴミが蓄積して発症する病気だったのです。
たとえば腎臓病では、溜まったゴミが慢性的な炎症を起こし、腎臓の細胞を壊してしまいます。アルツハイマー病ではアミロイドベータというタンパク質が蓄積し、神経細胞を壊していきます。
この考えを話すうち、CSKの副社長だった有賀さんから重要な指摘を受けます。ゴミは昔から発生していたはずで、治療法のない時代でも人は生きてきた。だから体にはもともと掃除する力があるのではないか、というものでした。
ゴミがたまって病気になるなら、治療法などなかった時代は生存できなかったはず。だから体にはもともとゴミを掃除する力があるんじゃないですかって言われたそうなんですね。
この一言で先生の視界が開けます。病気になる人はゴミが溜まる速さが掃除の速さを上回っている。ならば体のゴミ掃除能力を強化すれば、治せない病気が治せるのではないか、と考えるに至ります。
AIMがゴミに付く
体内の細胞の死骸などにAIMが目印として付着する
マクロファージが認識
目印を頼りにゴミ処理役のマクロファージがゴミを見つける
ゴミを分解
マクロファージがゴミを食べて分解し、蓄積を防ぐ
その後の研究で、AIMは脂肪細胞を溶かし、脂肪肝から肝臓がんへ進むのを抑え、腎臓病にも効果がありそうだと動物実験で分かっていきます。AIMは体のゴミに貼る「回収シール」のような働きをしていたのです。
なぜ猫だけが腎臓病になりやすいのか
ある時、人やマウス以外のAIMを調べようと、犬や猫などの血液を集めて濃度を測ったところ、猫だけがまったく反応を示しませんでした。
講演でこの話に触れると、参加していた獣医師から驚きの声が上がります。そして、猫は腎臓病がとても多く、ほとんどの猫が腎臓病で亡くなること、その理由も治療法も分かっていないことを教えられます。
人の腎臓病をAIMで治そうとしていた宮﨑先生と、この獣医師は意気投合し、協力して猫の研究を進めることになります。
調べてみると、猫にAIMがないわけではありませんでした。AIMがIGMという抗体に強く絡み取られ、働けない状態になっていたのです。
先生はこの仕組みを、ゴミに貼る「回収シール」の例えで説明しています。普段AIMはシールの台紙にあたるIGMに貼り付いていますが、猫ではシールと台紙が強くくっつきすぎて剥がれないのです。
AIMって体内のゴミに貼るゴミ回収シールみたいなもの。猫の場合はこの台紙がシールと強くひっつきすぎちゃってて、シールが剥がれない状態になっているんですね。
シールを貼れないため、ゴミは血液に乗って腎臓のフィルターに溜まります。そこで炎症が起き、腎臓の細胞が次々に死んで機能不全となり、猫は死んでしまうのです。
実際に腎臓病を起こした15歳の猫にAIMを注射すると、症状が劇的に改善し、ほぼ治ったような状態になったといいます。
2.8億円の寄付が救ったプロジェクト
AIMを外から投与すれば猫は腎臓病にならず元気に生き続けられる。そう分かった先生は、これを薬にしようと動き始めます。
しかし壁がありました。動物の薬にも治験が必要で、AIMはタンパク質製剤のため製造に膨大な費用がかかるのです。
1000リットル培養しても取れるAIMは200グラムほど。しかも一回の培養と精製で数億円かかるといいます。多くの製薬企業に話しても、引き受け先はありませんでした。
講演を続けるうち投資家が現れ、ベンチャーが立ち上がって治験がスタートします。ところがコロナ禍で投資家が支えられなくなり、プロジェクトは急遽ストップしてしまいます。
そんな中、時事通信社が「猫が三十歳まで生きる日」と題した記事を掲載します。そこには、コロナでプロジェクトが中断し、資金難の克服へ国内外に働きかけているという事実も書かれていました。
この記事が愛猫家の間で拡散されます。腎臓病で猫を見送ってきた人たちは、どうにか先生を援助できないかと考えました。しかし寄付の窓口はありません。
そこで、東大に寄付を受け付ける口座があることを突き止めた人が現れます。宮﨑先生の研究へ、というコメントを添えて、次々に寄付が集まりました。
総額は2億8千万円を超えました。この資金で目処が立ち、先生は東大を退職して一般社団法人AIM医学研究所を設立します。
結果ですね、総額は二億八千万円を超えたそうなんですね。
承認申請完了、そして人の医療へ
その後、治験も終わり、フェリAIMという薬の承認申請が完了しました。宮﨑先生は寝ずに書類を仕上げたそうで、収録の2日前にあたる4月24日にはXで報告のポストを出しています。
あとは農林水産省で速やかに審査され、一日も早く認可されることを祈るのみ、という段階です。非常にタイムリーな時期の話でした。
AIMはゴミを掃除する機能を持つため、人間の腎臓病にも使えます。人の治療薬としても承認を取りに行く予定だといいます。
さらにアルツハイマー病や自己免疫疾患など、体内にゴミが溜まって起こる病気にも効果が期待されます。猫の腎臓病から始まった研究が、人間の健康にも返ってくる可能性があるのです。
人間の研究をしていて治らない病気を治したいが発端だったけど、今は世界の猫を救えるヒーローになりそうな宮﨑先生の話だった。
まとめ
治せない病気に挑んだ宮﨑先生の研究は、AIMという「体のゴミ掃除役」の発見を経て、猫の腎臓病治療へとつながりました。愛猫家たちの2.8億円の寄付が中断を救い、その成果はやがて人間の医療にも返ってくると考えられます。
- 猫の死因で最も多い腎臓病は、AIMがIGMに絡み取られて働けないことが一因とされます。
- 宮﨑先生は、腎臓病などを「体内のゴミが溜まって起こる病気」と捉え直しました。
- コロナ禍で中断した治験は、愛猫家の2.8億円の寄付で再開されました。
- フェリAIMは承認申請が完了し、認可を待つ段階にあります。
- AIMは人の腎臓病やアルツハイマー病などへの応用も期待されています。
