なぜ12〜16歳の女子が対象なのか
今回取り上げるのは、小学校六年生から高校一年生までの女子が定期接種で受けるHPVワクチンです。
乳幼児向けのワクチンが続いていたシリーズの中で、急に対象がお姉さん世代になる特殊なワクチンだと話されています。
HPVは子宮頸がんを引き起こすウイルスで、子宮頸がんになるのは女性だけのため、女子が対象になっています。
さらにこのウイルスは性感染症でもあります。セックスによってうつるため、性交渉を経験する前の年齢で受けることが理想的だと説明されています。
きっとそれぐらいはまだ性行為をしていないだろう。
する手前だろうということで、この年齢が受けるということになります。
なお、定期接種の対象は十二歳から十六歳の女子ですが、自費であれば大人の女性も男性も受けられます。あきさんは男性も受けた方がよいと考えを述べています。
マザーキラーと呼ばれる若い世代のがん
がんはお年寄りの病気というイメージがありますが、HPVが引き起こす子宮頸がんは若い女性がかかってしまうことがあると話されています。
ちょうどお母さん世代、だいたい三十から四十の間で亡くなってしまうケースが多く、海外ではマザーキラーと呼ばれることもあるそうです。
仕組みとしては、感染したHPVは大概の場合は免疫で排除されますが、まれに残ってしまうことがあります。
そして十年から二十年ほどの間にがん化し、がんが暴れ出すのがちょうどその世代になるという流れです。
イングランドで死亡者が0人になったという論文
最近発表された、非常にセンセーショナルな論文が紹介されています。2026年6月17日に、権威ある医学雑誌ランセットに出たものです。
これは、イングランドでHPVワクチンを受けた人たちのその後を調査した結果です。
二十から二十四歳の女性では、ワクチンがなかった時代なら二十三人ほどが子宮頸がんで亡くなると想定されていました。それがゼロ人になったといいます。
この世代は、十二から十三歳のときに約90パーセントがワクチンを打っており、現時点で子宮頸がんの発症も死亡もないと報告されています。
一方、二十五歳から二十九歳の女性では三十二人が亡くなっています。ただしこの世代は全員が打っていたわけではありません。
この世代は十四歳から十八歳の段階でワクチンを打っており、その前に性交渉があった人も紛れているため、打つ前に感染していたケースがあると考えられています。
ワクチンを推進してきた人たちにとっては、非常に嬉しいニュースになったのかなと思いますし、公衆衛生的にも非常に良かったのかなと思います。
HPVはどんなウイルスか
HPVはヒトパピローマウイルスというウイルスで、どこにでもいるありふれたDNAウイルスです。
あきさんは、人間の免疫システムの隙をつくのが上手な忍者のようなウイルスだと表現しています。
性交渉があれば誰でも感染するとされ、高齢の経験者の生涯の感染率は八十パーセント以上にのぼると話されています。
ウイルスは皮膚や粘膜の傷から侵入します。感染しても九十パーセントほどの人は数ヶ月から二年以内に自然に消えますが、残り十パーセントほどは体内に居座り続けてしまいます。
感染は性器だけにとどまりません。オーラルセックスによって喉の粘膜にも感染し、口や喉のがんに関わっていると話されています。
子宮頸がんに限らず、粘膜系のがんの原因となり得るウイルスの一つだと。
そうですね。
咽頭がん、喉頭がん、舌がん、肛門関係のがんなどもHPVが関わっているケースがあると説明されています。
あきさんは仕事の営業先で、口腔内のがんとHPVを研究する人から逆に協力を頼まれ、唾を提供した経験も語っています。その時点で自身の喉にはいなかったものの、同行した別の人の喉にはいたそうです。
なお、このウイルスはあまりダイナミックに移動しないため、喉なら喉だけ、性器なら性器だけに存在することになると話されています。
遺伝子を書き換えるがん化のメカニズム
HPVががんを引き起こす仕組みは、インフルエンザやコロナとは異なります。
インフルエンザなどは細胞を破壊して症状を起こしますが、HPVは細胞の遺伝子を書き換えてしまいます。
HPVは細胞のDNAの中に自分の遺伝子を潜り込ませます。その際、増殖を抑える領域を壊してしまうのです。
増殖を止めるブレーキが壊されると、機能の壊れた細胞が増殖を止められなくなります。これががん化した状態です。
HPVは一言でまとめられていますが、実は200種類以上のタイプが存在します。
これらはハイリスク型、ローリスク型、ほとんどリスクのない型に分かれます。
特に16型と18型は最悪で、20代から30代の若い女性の子宮頸がんの大部分がこの2つの型に占められると話されています。
一方、6型や11型といったローリスク型は、尖圭コンジローマや皮膚のイボを作ります。がんは起こさないものの、見た目や痛みの点でなくした方がよいとされています。
日本では現在、主要な9つの型をカバーする9価ワクチンが使われており、非常に強力な防御策になると説明されています。
なぜ感染しても免疫が残らないのか
一度かかって治るなら免疫がつくのではないか、という疑問がここで示されます。
日本脳炎などは一度かかると免疫がつきますが、HPVはそうはいかない特殊なウイルスだと説明されています。
理由は、HPVが血管に入っていかないウイルスだからです。
通常のウイルスは血管内で白血球などに見つかり、倒された後に強い抗体が作られて記憶されます。
しかしHPVは、血管のない皮膚や粘膜の表面の浅い部分だけで増殖する賢い戦略をとります。そのため免疫に記憶されません。
ワクチンは筋肉注射で直接血液中の免疫細胞にウイルスを暴露させます。そのため免疫が記憶してくれるのです。
自然感染では記憶されないものを、ワクチンを使って記憶させられる。あきさんは、血液で教え込むと皮膚や粘膜表面のウイルスにも反応してくれることを、すごいシステムだと語っています。
体ってすごい。
ウイルスががんを起こすと突き止めた発見
続いて、HPVが子宮頸がんの原因だと突き止めた歴史が語られます。
今でこそウイルスががんを引き起こすのは常識ですが、昔はがんが感染症だということ自体が信じられていませんでした。
子宮頸がんには、性交渉の経験がない修道女にはほとんど見られないという特徴がありました。そこから性感染症ではないかと考えられ始めます。
これを解明したのが、ドイツのウイルス学者ハロルド・ツァーハウゼン博士です。
当時、医学界では性感染症の代表である単純ヘルペスウイルス二型が原因ではないかと言われていました。
子宮頸がんの患者はヘルペスウイルスの抗体を持つ確率が高く、しかもこのウイルスは試験管内で増やしやすく観察もしやすかったため、多くの研究者が犯人だと考えていたのです。
しかしツァーハウゼン博士だけは、これは違うのではないかと考え、当時は良性のイボを作るウイルスとされていたHPVが犯人ではないかと仮説を立てます。
問題は、HPVが当時の技術では試験管内で培養できなかったことです。どう証明するかが大きな壁になりました。
そこで使われたのが、イギリスのエドウィン・サザン博士が開発したサザンブロット法です。特定のDNA断片をピンポイントで検出できる、当時としては強烈な技術でした。
博士はイボから取ったHPVのDNAを、子宮頸がん患者の組織のDNAにくっつけてみました。
すると、イボから取ったHPVのDNAが患者のDNAのある部分にくっついて光ったのです。ついに捉えたことになります。
HPVは型がわずかに違うため、配列が完全には一致しません。そこで70パーセントほど合えばくっつく実験条件を作り出し、釣り上げに成功したと説明されています。
その結果、初期の子宮頸がんの組織からHPVの16型を、別の患者からは18型を釣り上げ、これが原因だという証拠を示すことができました。
ヒーラ細胞という有名な細胞
この話に関連して、培養実験で非常に有名なヒーラ細胞が紹介されます。
ヒーラ細胞は、1951年にアメリカで子宮頸がんのために31歳で亡くなったヘンリエッタ・ラックスさんの組織から取られた細胞です。5人の子供の母親でした。
彼女の名前の頭文字から名付けられたこの細胞は、無限に増殖し続ける初めての人の細胞株でした。
当時、人の細胞は取り出すとすぐ死んだり、正常細胞は50回ほどで増殖が止まったりして、永遠に使える細胞株はありませんでした。
ヒーラ細胞のおかげで、薬をかけて細胞の中で何が起こるかをシャーレ上で見られるようになったのです。
さっきのHPVがブレーキを壊してしまう、細胞増殖を止めるブレーキを壊してしまうから無限に増殖しちゃうっていうのを、逆手にとって研究に生かそうみたいな話ですね。
そうですね。
ツァーハウゼン博士はこのヒーラ細胞を調べ、ヒーラ細胞にもHPVの遺伝子が組み込まれていることを証明しました。
亡くなったヘンリエッタさんの体から取られた細胞は、今でも生物科学者の実験に広く使われていると話されています。
こうして子宮頸がんがウイルスによる感染症であることを証明した功績で、ツァーハウゼン博士は2008年にノーベル賞を受賞しました。
なお、細菌が引き起こすがんも知られており、ヘリコバクター・ピロリが引き起こす胃がんがその例だと補足されています。
VLPというブレイクスルーとワクチンの進化
この発見をもとに、いよいよHPVワクチンの開発が始まります。
これまでのワクチンは主に、毒性を弱めた生ワクチンか、ウイルスを薬品で殺した不活化ワクチンが主流でした。
しかしHPVは人間の設計図を書き換えてがんを起こす特殊なDNAウイルスです。
もし生ワクチンでウイルスが先祖返りしたり、不活化が不十分で生きたウイルスが入ったりすると、がんを予防するために打ったワクチンががんを引き起こしかねません。そのため開発は大変でした。
転機となったのが、1990年代に登場したVLPという技術です。
これはオーストラリアのイアン・フレイザー教授と、アメリカ国立癌研究所のジョン・シラー博士という、二つの独立したチームがそれぞれたどり着いた結論です。
HPVの外側の殻は、L1というたった一種類のタンパク質でできています。
遺伝子組み換え技術でL1タンパク質だけを大量に作らせたところ、特に何もしなくても自動的に組み上がり、ウイルスの殻の形になったのです。
大量の三角形の折り紙があって、それが勝手に組み合わさって球になったみたいな、そんなことが起こったんです。
見た目はウイルスですが、中身のDNAが入っていない空っぽのウイルスです。DNAがないので体内に打っても増えようがありません。
これがワクチンに使えるのではないかと試したところ、免疫の覚えが非常に良かったといいます。
この技術は完全に遺伝子改変で作れます。日本脳炎やポリオのようにマウスの脳やサルの腎臓を使う必要がありません。
動物の生体組織を使わず、遺伝子組み換えと高度な精製で作られるため、安全性が高くなっていると説明されています。
日本と世界のギャップと男子接種
最後に、日本と世界のHPVワクチンの現状の違いが語られます。ギャップは、対象となる性別と接種の手軽さの面にあります。
日本では現在、小学校六年生から高校一年生の女子が9価ワクチンを公費で無料で受けられます。
1997年から2008年度生まれで打ち逃した世代へのキャッチアップ接種もありましたが、2026年3月31日をもって終了しました。
男子については、国レベルでは無料の定期接種は行われていません。ただし東京都をはじめ多くの自治体が独自に費用を一部助成する動きが急速に広がっています。
結局性行為でうつるとすると、基本的に男性が媒介になっているケースがものすごく多いであろうっていうことですよね。
女子だけ止めれば全体が止まるだろうという考えから、当初は女子だけが対象でした。しかし、男子も受けるべきだという考えが世界の主流になってきていると話されています。
世界ではジェンダーニュートラルの考え方が進み、イギリス、オーストラリア、アメリカ、カナダなど100カ国以上で男子も接種しています。
男子も病気になることに加え、社会全体でウイルスを締め出す集団免疫を達成させる狙いもあります。
女子は公費で無料。男子は国の定期接種になく、自治体の一部助成にとどまる。個別に病院で接種する。
イギリスやオーストラリアなどは男子も公費で接種。学校で集団接種を行う。
イギリスやオーストラリアでは学校に医師が来て集団で接種します。これが90パーセント以上の接種率につながっていると考えられています。
あきさんは、日本もこれくらいしてもよいのではないかと感想を述べ、自身の子供の頃は学校で予防接種を受けることがよくあったと振り返っています。
まとめ
HPVは誰もが感染しうるありふれたウイルスでありながら、免疫に記憶されにくく、まれにがんを引き起こす厄介な性質を持ちます。ウイルスががんを起こすという発見からVLP技術によるワクチン開発までの歴史をたどり、世界では男子も含めた接種が進んでいることが語られました。
- HPVは性交渉で誰でも感染しうるウイルスで、子宮頸がんのほか咽頭がんや肛門がんなどにも関わる。
- 血管に入らず粘膜表面だけで増えるため免疫に記憶されにくく、だからこそワクチンが有効になる。
- ツァーハウゼン博士がサザンブロット法でHPVを子宮頸がんの原因と証明し、2008年にノーベル賞を受賞した。
- VLP技術により、DNAを含まない安全なワクチンが実現し、現在は9価ワクチンが主流になっている。
- イングランドでは若い世代の子宮頸がん死亡者がゼロになり、世界では男子接種も広がっている。
