筋肉が受け入れられなかった頃と、肉体改造への転換
プロレスが好きな社長から「まずプロレスを見なさい」と言われていた未詩さんですが、見始めた頃はどうしてもフリフリのアイドル衣装のほうに目がいってしまったと振り返ります。
男子プロレスの、コスチューム1枚で筋肉や肌がいっぱい見えているのがどうしても受け入れきれなくて、映像として無理ってなっちゃったんですよ。
フリフリのアイドル衣装みたいなのじゃなくて、なんでいきなり筋肉出してんだこれみたいな。
そこで未詩さんは、いきなり全部を見るのではなく、布面積の多い選手から見始めたといいます。当時所属していたDDTグループプロレス団体DDTプロレスリングを中心としたグループ。東京女子プロレスもこの系列にあたるの試合を見せてもらいながら、少しずつ目を慣らしていきました。
転機になったのが、初めてのタッグタイトル挑戦です。11月にメンバーの一人とチャレンジマッチとしてタイトル戦に臨み、対戦相手2人をまとめて抱え上げるダブルスラムを決めました。
2人まとめてボディスラムをしたら、とんでもなく沸いて。やっぱりパワーをまだ生かせるなって思いました。
この手応えを受け、12月にはアップアッププロレスの単独ライブに向け、社長から与えられたノルマとして肉体改造に取り組みます。それまでは「細くなりたい」という思いがどこかに残っていたと未詩さんは打ち明けます。
ちょっとでもズルしたいぐらいの、細くなりたいがよぎってしまっていたんですけど、完全に切り替わって、その12月は毎日ジムに行きました。
嫌がっていたプロテインも飲むようになり、タンパク質をポケットに入れて持ち歩くほどに。1ヶ月で見た目が変わるくらい筋肉がつき直したといいます。川邊さんは、それまで骨格と培った筋力だけでダブルスラムをやっていたことに驚き、女子プロレス界にとっての「金の卵」だと評しました。
1年ちょいでチャンピオンへ、練習量を倍にした日々
肉体改造から約10ヶ月後、未詩さんは辰巳リカさんとのタッグでチャンピオンになります。辰巳リカさんはかつて未詩さんが怒られた先輩でしたが、この頃には頑張る姿を評価し、一緒に戦っていこうと声をかけてくれる関係になっていました。
デビューから短い期間でのタイトル獲得について、川邊さんは女子プロでも珍しいのではと問いかけます。未詩さんは、巡ってきたチャンスを絶対に逃したくない一心だったと語ります。
プロレスを長く見てきたメンバーからしたら全然浅くて、勝ち筋が簡単には見つけられないので。体力でどうにかするしかないと思って、練習量を倍にしました。
当時4人いたメンバーは、プロレスとアイドルへの意思がそれぞれ違っていました。プロレスにのめり込めなかった初期の未詩さんは、同じ気持ちの子と共有し合う一方、格闘技経験のある子やデスマッチ好きの子は前のめりで、自然と2対2に分かれていったといいます。
ただし、全員に共通していたのはアイドルへの推しメンがいたこと。今も残っているのは、当初アイドル志望だった2人だと聞き、未詩さんは「今考えると不思議」と笑います。
初めてベルトを取ったのは両国国技館でのベルト戦でした。大勢の応援を受けて喜ぶ中で、率直に口をついて出た一言が印象的だったといいます。
一言目に出た言葉が「他のアイドル(オーディション)落ちてよかった」みたいな。ここに来れる運命でよかったって思いました。
歌ってから戦う、二刀流だけのルーティン
シングル王座までの2年強はコロナ禍と重なりました。声を出すのが前提のアイドルのライブに比べ、プロレスは検査や拍手での応援、席の間隔を空けやすさから、比較的早く大会を組めたといいます。この期間はプロレスの活動が多くなりました。
一方で、アイドルとしての新曲はなかなかもらえず、2、3年ほど新曲のない期間が続いたと未詩さんは振り返ります。プロレスのスキルは上がっていくのに、アイドルのスキルは上がらないもどかしさがありました。
二刀流の切り替えについて川邊さんが尋ねると、未詩さんはデビュー当初からオープニングで歌ってそのまま第一試合に臨むのが当たり前だったため、切り替える間もなく育ったと答えます。
逆に歌がないと戦いに行けないぐらい違和感を感じるくらいなんです。もう戦うの?みたいな。
川邊さんは3月の両国大会に足を運びましたが、直前にベリーズ工房のコンサートへ向かうため、未詩さんが歌う場面だけを見て会場を後にしたことを明かします。試合を見ていない新規ファンという珍しい立場になったといいます。
リングで歌い、紙テープが舞う雰囲気を見て、川邊さんは20数年で客層が逆転したと感じたと語ります。かつては男性が見に行くものだったアイドルに女性が多く集まり、女性が見に行くものだった女子プロレスに男性が多く集まっていたためです。
歌うことには未詩さんなりのこだわりがあります。ファンが声を出して応援しやすくなること、そして歌でしか伝わらない気持ちを届けられることを大切にしています。
自分たちの歌詞から、戦っている時に挑んでいく気持ちみたいなのを伝えられたらいいなと思いながらやっています。
楽曲もプロレスにちなんでいます。1曲目は「アパキック」、2曲目は「アッパーチョップ」、3曲目の「負けたくない」は直接的なプロレスワードはないものの、負けたくない気持ちを込めた曲だと紹介されました。
アイドルとプロレスをつなぐ、お茶の間との交流
プロレスデビューから約1年後の12月には、単独コンサートも実現しました。来てくれるのは、アプガというグループのファンや、蟹さん(未詩さん)を好きな人、東京女子プロレスからのファンなど様々です。
未詩さんが特に嬉しく感じているのが、アイドルとプロレスのファン層が混ざり合っていく現象です。
プロレスファンで生きてきた方に私がお茶の間さんを薦めたら、そこからお茶の間さんオタクになったっていう方がいたりして、めちゃくちゃ多くて。
未詩さん自身も、他の選手からおすすめのライブ映像を教わってお茶の間アイドルグループを指す通称としてこの回で使われている呼び名。渡辺未詩さんが応援しているグループを好きになったと語ります。デビューが決まった頃から応援しており、駆け上がっていく雰囲気から、今の「強い女」路線まで含めて全部が好きだといいます。
この好きが実を結び、東京女子プロレスにお茶の間が出演する交流も生まれました。お茶の間を好きな選手が4人いること、プロレス好きの中山なつめちゃんがゲスト解説に来た縁がきっかけになったといいます。
川邊さん自身も横浜ベイホールでのお茶の間のコンサートに行っており、そこに東京女子プロレスのプロデューサーがいたと振り返ります。二人が同じ会場に居合わせていた可能性が話題になりました。
さらに、プロレスとお茶の間のライブを組み合わせた興行も打たれました。第1・第2試合の後にライブ、また試合、そしてライブとメインイベントという構成で、ファンの情緒が大変になるほどの内容だったといいます。
ファンの人の情緒が大変すぎるものだったんですけど、すごいいいライブでした。
受けてこそ勝ちの価値、王座戴冠へ
話は王座と、技を受ける覚悟に移ります。未詩さんの家庭は格闘技を見る習慣がなく、親御さんも痛そうな試合はなかなか見に来られなかったといいます。今は応援してくれていると感じているそうです。
激しくチョップを受ける姿について川邊さんが問うと、未詩さんは「受けの美学」を語ります。
受け止めきれてこそ勝てるもの。勝った時に勝ちの価値がすごい上がると思うので、正面衝突でぶつかり合ってこそいいレスラーになれると思います。
痛みそのものは大前提だと未詩さんは言います。それでも受けることには理由がありました。
受け止めきれた自分がさらに強くなれると言い聞かせて受けます。変によけたことで怪我につながるので、怪我したくないっていうのもあります。
そして2024年3月31日、未詩さんは山下選手を破り、インターナショナルプリンセス王座東京女子プロレスのシングル王座の一つを初戴冠しました。デビュー7年目、24歳での頂点です。
オーディションを受けていた頃には全く想像していなかったといいますが、アプガプロレスで覚悟を決めてからは、絶対に目指さなければいけない場所だと考えていたと語ります。
アイドルもやるってなるからこそ、絶対に目指さなきゃいけない場所だと思っていました。東京女子にできることを全部したいっていう気持ちで取ることができたベルトです。
ジャイアントスイングとティアドロップに宿るアイドル愛
得意技のジャイアントスイングを始めたのは2019年ごろ、初のタッグベルトを取る少し前でした。実はこの技だけは、プロレスを知らない頃から知っていた唯一の技だったといいます。
バラエティ番組の『めちゃイケ』で加藤浩次さんがジャイアントスイングをやられていて、アイドルとかも出ていたので見ていました。
当時はプロレス技だと知らずに見ていましたが、プロレスを続けるうちに「あれプロレスじゃん」と気づいたそうです。そして、ある動機が芽生えます。
アイドルがアイドルにジャイアントスイングしたら、これはいいぞと。
この夢は身近な範囲で実現しつつあり、レスラー同士やYouTubeの企画でアプガメンバーはほぼ回されているといいます。目標は、推しメンのロコちゃんまで到達すること。まずキュルルンから回して全員いきたいと計画を語りました。
もう一つのフィニッシャー、ティアドロップはオリジナル技です。腰にダメージを与えたい未詩さんが、力を活かして落とせる技を考えて生み出しました。技名の由来にもアイドル愛がにじみます。
当時候補生をしていて一回落ちたグループの、一番好きだった曲名から引っ張ってきて、ティアドロップっていう名前にしました。
技が先にあり、落とす動きに「ドロップ」がちょうど合ったことで名前が決まったといいます。フィニッシャーは旋回式ティアドロップ、そして一番の得意技はジャイアントスイングだと未詩さんは位置づけます。
2人まとめてのダブルジャイアントスイングは、女子でも男子でもほとんど見ない技です。ただしアイドルに向けるには改良が必要だといいます。試合では加速させて動けなくするのに対し、アイドルは潰すつもりがないためです。
ジャイアントスイングだって言ってるけど、遊園地の乗り物と一緒だよって言いながらぜひいきたいですね。
キュルルンからロコちゃんまでの安全式ダブルジャイアントスイング。残る壁はアップフロントの許可だと二人は笑い合い、未詩さんは「いつか叶えたい」と夢を語りました。
まとめ
筋肉が受け入れられなかった頃から、練習量を倍にして王座までたどり着いた渡辺未詩さん。強さの追求とアイドルへの愛が、技名や動機のすみずみまで同居する二刀流のスタイルが語られた回でした。
- 布面積の多い選手から見始めるなど、少しずつ目を慣らしてプロレスを受け入れていった
- ダブルスラムの手応えと肉体改造を機に「細くなりたい」から完全に切り替わった
- 歌ってから戦うルーティンが染みつき、歌がないと戦いに行けないほどだという
- 自ら薦めることでプロレスファンとアイドルファンの交流が生まれている
- ジャイアントスイングもティアドロップも、動機や技名にアイドル愛が込められている
