就活生からのお便りと出版志望者の変化
今夜のお便りは、大学生のあゆミックスさんから。就活の企業説明会で講談社の人として登壇していたバタやんの声に気づき、「本物だ」と不思議な気持ちになったといいます。
あゆミックスさんは出版業界に興味がある一方で、狭き門・激務という話に尻込みしているとのこと。最近の志願者の傾向や、読んでおくべき本を知りたいと相談を寄せました。
バタやんは、この番組では直接的な就活のHowtoは話さないつもりだと前置きしつつ、エントリーシートを読んだり面接に出たりするのは楽しみな仕事の一つだと話します。
この人はどういうものを読んできたのかなとか、今一番ハマってるものを押している人、本とか漫画に限らずなんですけど、知らないものがほとんどで、面白そうと思ったら後で見てみようと思ったり、帰りの電車で買ったりしています。
最近の傾向として一番感じるのは、日本のコンテンツや作品を海外へ、という志望動機を書く人が多くなったこと。バタやん自身が就活していた20数年前にはなかった意識だといいます。
自分には日本国内のことしか意識が行ってなかったから、時代が変わったなって思いますし、講談社も変わったなって思いますね。
面接でも語られる『BUTTER』という存在
日本文学を世界に広げたいという学生の多くが、柚木麻子さんの『BUTTER』のように、と挙げるといいます。海外留学中の書店で並んでいたという話も多く聞くそうです。
バターのように、バターのように、バターのようにって、もうバターになっちゃいそうなぐらい書かれていて、面接でも向こうの書店でバターが並んでいて、バターが、バターがってすごいたくさん聞いたので、なるほど、そんなにすごいんだって思いまして。
面接官の中には「なぜそんなに『BUTTER』が海外で受けているのか」を学生に問いかける人もいたそう。正直にわからないと答える人もいますが、それでいいのだとバタやんは言います。
聞いているこちらも別に明快な答えがあって聞いているわけじゃないんで、私も純粋になんでだろうなって思って知りたくて。
そこで今夜の勝手に貸し出しカードには、鴻巣友季子さんの『なぜ日本文学は英米で人気があるのか』という新書を選びました。
『BUTTER』とはどんな小説か
まず『BUTTER』のあらすじが紹介されます。実際に起きた木嶋佳苗事件をモデルにした物語で、作中では服役中の梶井真奈子が登場します。
週刊誌記者のヒロイン・町田里佳が、料理を教えてほしいという口実で、料理上手だった梶井に近づき、独占インタビューを狙います。
若くも美しくもない女性がなぜ多くのエリート男性を魅了し殺害したのか、という世間の好奇心が根底にあります。しかし里佳は交流するうちに、自分たちが囚われていたものに気づいていきます。
三冠と百万部、海外での圧倒的な評価
『BUTTER』が海外でどれほど人気か、鴻巣さんの解説をもとに紹介されます。ポリー・バートンさん訳の英語版は、特にイギリスで高く評価されました。
英語版は、ブリティッシュ・ブック・アワードのデビュー小説賞、全英書店協会の読者投票新人賞、書店チェーン・ウォーターストーンズのブック・オブ・ザ・イヤーという三冠に輝きました。
その影響力は市場全体にも及びます。ニールセンの調査では、2025年上半期の翻訳小説部門の売り上げは前年比で約8%増え、その伸びの4分の3が『BUTTER』1作品によるものだったといいます。
人気は英米だけでなく、アイルランド、インド、香港などにも広がっているとのこと。鴻巣さんの新書は、この作品を含む日本文学の快進撃を紹介した本です。
村上春樹だけじゃない、川端康成だけじゃない、新しいマーケットが広がっている、そんな日本文学の快進撃を紹介した本になってます。
日本文学が広がる3つのキーワード
バタやんは新書を読み解き、日本文学が海外で広がる要因を3つのキーワードで整理しました。
特に2つ目の翻訳家の力に、翻訳家でもある鴻巣さんの力点があるように読んだといいます。翻訳家の役割が、その土地でどう受け入れられるかに作用するという点が読み応えがあったとのこと。
日本語独特の言い回しをあえて残すのか、ある程度ローカライズするのか。そして日本語翻訳家をいかに育成し、層を増やしていくか。そうした話が非常に興味深かったと振り返ります。
『BUTTER』が海外で受けた4つの理由
続いて、『BUTTER』そのものが海外でヒットした理由が、鴻巣さんの解説やメディア出演をもとに4つ挙げられます。
クールなフェミニズム小説
日本の女性が直面するミソジニーや美の基準への鋭い告発として読まれた
キャッチコピー
「私が許せないものが2つある。フェミニストとマーガリンだ」という強烈なフレーズ
翻訳家の功績
ポリー・バートンさんが原文の表現を活かして訳出した
料理描写の異国体験
官能的な食描写が、フードライティングとして新鮮に映った
1つ目のフェミニズム小説について、日本では「女って怖い」というエグい受け止められ方もあった一方、英語圏ではクールなフェミニズム小説として解釈されたといいます。
3つ目の翻訳について、鴻巣さんの本では、梶井真奈子に勧められたバターラーメンを里佳が食べるクライマックスの場面が取り上げられています。原文と英訳を並べて読み比べられる構成です。
確かに割と直訳っていうか、そのまま表現を変えずに英語になってるんだなっていうのを結構感動して読みました。
4つ目の料理描写については、異国の屋台料理やソウルフードを巡るNetflixの番組に近い感覚だと表現します。官能的な食の描写が、海外読者に新鮮に映ったのではないかということです。
事件を知らないから物語として読めた
さらにバタやんが最も理由なのではと感じたのは、木嶋佳苗事件が英米ではほとんど知られていないという点でした。
2017年の単行本発売当時、日本では実際の事件をモデルにした物語というキャッチフレーズで、食とルッキズムの切り口で紹介されることが多かったといいます。
ところが英米では事件が知られていないため、純粋なフィクションとして読まれた。これが一番大きいのではないかとバタやんは考えます。
バタやん自身、2017年に読んだときは事件が先に頭に入っていて、実在の人物のビジュアルが浮かんでしまい、没頭できなかったといいます。
読み終わった読後感としては胃もたれがするような、なんかそういうのが正直な感想でした。
読み返して気づいたルッキズムの呪縛
今回、事件のことは一旦置いて文章自体を楽しむ形で読み返したところ、里佳と友人の玲子のシスターフッド的な読み方ができたといいます。
さらに、フェミニズム小説と言われる一方で、彼氏や同僚、親兄弟といった男性側にもそれぞれルッキズムの呪縛があり、それも書かれていることに改めて気づいたと話します。
面白かったのは、シカゴの書評家の指摘。里佳は54kgに満たず、梶井も70kg程度なのに太った人として描かれることに違和感を覚える、というものでした。海外の読者にはその程度で太っていると言われるのが不自然に映るのかもしれません。
料理に目覚めた里佳が少しふくよかになると、同僚や彼氏が「太った?」とずけずけ聞いてくる場面があります。バタやんは、これが小説の書かれた時代を反映しているとも話します。
バタやん自身、女性ファッション誌や美容雑誌の世界に長くいたため、里佳がさらされる外見の評価が身に染みてわかるといいます。後輩に注意をしたこともあったと、苦い気持ちで振り返ります。
ファッションブランドや化粧品会社に訪問する時はちゃんとメイクしてきた方がいいよ、おしゃれして行くのが礼儀だという風にアドバイスをしたりした記憶があって。
当時はそれが正しいと思い、自分もそう教えられてきたといいます。おしゃれかどうか、センスがあるかないか、太ったか痩せたか。そうした見た目の値踏みにさらされてきた感覚を思い出し、苦しくなったと語ります。
この小説は、誰しも心のどこかにある、外見の良し悪しを評論したいという下世話な気持ちを浮き彫りにします。一度目に胃もたれを感じたのは、それが図星すぎたからかもしれないと振り返ります。
家事を再定義する神フレーズ
今夜の神フレーズは『BUTTER』から。家事や料理の描かれ方が好きで、応援歌のように感じているといいます。
どんな境遇であれ、少しでも快適にしようとする女の知恵、自分好みに環境をカスタマイズできる女のたくましさを、保守的な男ほどうとんじるものだ。でも、それこそが彼らが女に何よりも求める家事能力の核に他ならない。
家事ほど才能とエゴイズムとある種の狂気が必要な分野はないというのに。
作中には、掃除や料理に一番必要なのは愛情や優しさではなくパワーであり、なまくらな日常に飲み込まれない闘志だ、というセリフもあります。
バタやんは、料理や掃除には狂気的なエゴイズムが必要だと同意します。その理由は、切る・焼く・剥がすといった行為が不可逆だからではないかと考えます。
思い切りを持ってやらないといけないし、やってしまったら逆戻りは基本的にはできないものだから。料理好き、掃除好きって実はドSなのかもしれない。
最後にバタやんは、『BUTTER』を読んだ人にも気になっていた人にも改めて勧め、鴻巣さんの新書と合わせて読んでほしいと語りかけます。就活を迎える人へも、自分の良さを見失わないでほしいとエールを送りました。
まとめ
海外で大旋風を巻き起こした『BUTTER』。その理由は、フェミニズム小説としての解釈や翻訳家の功績に加え、モデルとなった事件が海外では知られておらず、純粋なフィクションとして読まれた点にあると読み解かれました。読み返すことで、作品が描くルッキズムの呪縛にも新たに気づかされます。
- 『BUTTER』は英国で三冠に輝き、世界累計100万部を超えるヒットとなった
- 海外での成功の背景には、女性作家の躍進・新世代の翻訳家・若い読者層という3つの流れがある
- 木嶋佳苗事件が海外で知られていないため、純粋な物語として読まれたことが大きな要因と考えられる
- 読み返すと、男女ともに無意識に内面化したルッキズムの呪縛が描かれていることに気づく
- 家事や料理を才能とエゴイズムの分野として再定義する描写が、応援歌のように響く
