海外原書で読むリスナーからのお便り
今夜のお便りは、カナダ・トロント在住のアヤコさんから届きました。以前番組で紹介したフリーダ・マクファーデンの『ハウスメイド』を、原書で読んだといいます。
英語は普通に読めるものの、作家や本の種類がわからず英語での読書が進んでいなかったところ、番組をきっかけにフリーダ・マクファーデンを知り、いろいろ挑戦したい気持ちが芽生えたそうです。
同じ『ハウスメイド』については、他のリスナーからも「読んでいます」というメッセージが寄せられました。アメリカ・アイダホ州のモトコウエストさんは、英語版をKindleでダウンロードしたばかりだったといい、バタやんさんは海外からの反応に感激した様子でした。
フリーダ・マクファーデンさんは、ボストン在住の現役の医師だそうです。ベストセラーを連発している一方で、日本語訳が出ているのは『ハウスメイド』とその続編の2冊にとどまるといいます。
原書で読める方はね、他にもたくさん出ているんじゃないかと思うので、探して読んでみていただいたら、教えてもらえたら嬉しいです。
なぜ人気シリーズを5作目から読むことになったのか
そうしたリクエストを受けて、今回紹介するのはMWクレイヴンさん著、東野さやかさん訳の『ボタニストの殺人』です。イギリスの作家による刑事ワシントン・ポーシリーズの5作目にあたります。
いきなり5作目を選んだ理由は、バタやんさん自身が人気シリーズだと知らずに、表紙に惹かれて5作目から勝手に読み始めたからだといいます。
もちろん1作目から順に読めば、登場人物の関係や成長も追えて楽しいはずです。ただ、事件は一つずつ独立して完結するため、どの作品から読んでも問題ないと考えられると話されています。
さらに複数の事件が同時進行するので、興味のある事件を中心に読み進める、という読み方もありなのではないかとバタやんさんは話しています。
日本の西表島から始まる、キャッチーな幕開け
物語は日本の西表島から始まります。旧日本軍の軍事施設が今は廃墟となり、それを観光客向けに案内する欧米人のガイドが、そこでとんでもないものを見つけてしまう、という場面です。
日本軍批判や日本人差別的な要素があったら嫌だな、と警戒しながら読み始めたそうですが、何が見つかったのかはあまり説明されないまま、話は次の場面へと移ります。
次の舞台は、人気女性司会者モーガン・ソームズの生放送番組です。女性蔑視の持論を持つ差別主義的なジャーナリストをゲストに迎え、スタジオがピリピリしている場面が描かれます。
司会者のモーガンは彼に一矢報いる秘策を抱えていました。ところが生放送中、そのジャーナリストは泡を吹いて倒れ、死んでしまいます。
ここまでが本のわずか30ページほどだといいます。序盤の序盤で、読者の心をぐっとつかむ幕開けになっています。
そこからワシントン・ポーが登場してきて、さてどうなるというところから、もう一気読み間違いなしという感じですね。
同時に追う2つの事件と、王道の雪密室
この小説は文庫の上下巻で、かなりのボリュームがあります。展開が早いので、上巻を読んでから下巻を買おうとせず、まとめて手に入れることをバタやんさんは勧めています。
大きく分けて、読者はポーたちと一緒に2つの事件を追いかけることになります。
冒頭の差別主義的ジャーナリストを皮切りに、汚職政治家や陰謀論者など社会にヘイトをまき散らす権力者が毒殺されていく。厳重な警備の中でどう毒を入れたのかが謎になる。
ポーが信頼する法病理学者エステル・ドイルが、別居中の父親を射殺した容疑で逮捕される。雪に覆われた屋敷が舞台で、他に犯人がいたならどう犯行が可能だったのかが問われる。
1つ目の毒殺事件では、連続殺人犯がまるで正義の味方のように世論を盛り上げてしまう展開もあり、その中でポーたちがどう犯人を追い詰めるかがハラハラの魅力になっています。
2つ目の事件では、逮捕されたエステルの服から硝煙反応も出ており、弁解の余地がなさそうな状況です。ただ、ポーとエステルはいい感じになりかけていたという背景があり、無罪を信じたい私情が挟まる点もこの作品の魅力だと話されています。
つまり、毒殺の「どうやって」と、雪密室の「どうやって」という超王道の謎解きが2つ掲げられ、それをポーとおなじみの仲間たちで解決していく物語になっています。
140以上の章立てが生む「続きが気になる」仕掛け
バタやんさんがこのシリーズを勧める一番のポイントは、とにかく展開が早く、本を閉じさせない会話の工夫が散りばめられていることです。
クレイヴンさんの魅力は、非常に短い章立てで構成する力にあると話されています。『ボタニストの殺人』は140以上の章に分かれており、これほど細かく場面転換するミステリーは他に類を見ないといいます。
各章の終わり方が絶妙だといい、バタやんさんはお気に入りの章の結びを紹介します。それは、ソルト薬品のCEOに、ポーの部下が伝言を伝える場面でのやり取りです。
ポーはボタニストがあなたを殺害しようとしているとはもう考えていないそうです、ソルトさん。すでに決行したと考えています。
これだけ警備しているから入り込めないだろう、と大口を叩いたCEOに対し、安心させるのかと思いきや「すでに決行したと考えています」と告げる場面です。もう毒はどこかに仕込まれているのか、という不安を残したまま、章はぶつっと終わります。
そして次のシーンは全然違う病院の場面に移り、この後どうなるのかが書かれるのはずっと先になります。「え、どうなるの?」というところで放置され、別の場面に飛ぶという独特な展開です。
冒頭の旧日本軍の何かも説明されないまましばらく放置され、どうつながるのかが出てくるのはかなり後です。それでも不思議と不親切さや置いてけぼり感はなく、そこがこの作家の会話の妙であり、丁寧に作られたエンタメだと考えられます。
登場人物が多くても大丈夫、早川書房の別刷り一覧
これほど細かく場面が切り替わると、誰が誰だったかわからなくなる不安があります。以前『ハウスメイド』を勧めたときは、登場人物が少なくて頭に入りやすい点を推していました。
一方でポーのシリーズは登場人物が多く、複数の事件で関係者もそれぞれいるため、相関図も複雑です。ただし、そこは安心してよいとバタやんさんは話します。
さすが海外ミステリーの早川書房さんはですね、登場人物一覧が薄紙で、薄いカラーの別の紙で別刷りして添えられているんですよ。
カバーの折り返しや目次前後に登場人物一覧が印刷されるケースは多いものの、別刷りのペラ1枚になっているのはありがたいといいます。しおり代わりに挟み、行ったり来たりしながら確認できるからです。
カタカナの名前と役職を覚えるのが苦手でも大丈夫だといいます。ただし場面転換が細かいぶん、間を空けすぎると戻って読むのが大変になるため、テンポよく読むことが勧められています。
ジャンルが変わる続編と、独特すぎる著者の謝辞
すっかりハマったバタやんさんは、5作目の前の4作目『グレイラットの殺人』に戻って読んでいるところだといいます。これがまた全然違うジャンルで驚いたそうです。
『ボタニストの殺人』が密室殺人の本格ミステリーだったのに対し、『グレイラットの殺人』はスパイアクション寄りだといいます。貸金庫の襲撃から国際サミットを狙ったテロ防止、さらにアフガニスタン戦争の話へとつながっていく展開です。
これほど濃厚なエンタメ小説を次々に生み出せる秘密は、作者の謝辞を読んで少しわかった気がしたと話します。翻訳小説の謝辞は、正直に言うと退屈に感じることもあったそうです。
なぜこの知らない人たちへ長々したお礼を読まなきゃいけないんだろうとか、なんかペットにまで感謝と祈りを捧げていたりするのをなぜ読まされているのか、みたいになる時があるじゃないですか。
ところがクレイヴンさんの謝辞は、謝辞としては珍しく高いテンションで書かれているといいます。「盛大に間違っていた箇所を指摘してくれた人、ありがとう」「謝辞に俺の名前を書けと言ってきた友人、ありがとう」といった調子です。
イギリス人ならではのシニカルさとふざけ方で、編集者や校閲、セールスマーケティングの担当まで一人ひとりに悪ノリで絡んでお礼を書いているといいます。すごくいいチームなのだろうと、出版社にいるバタやんさんは感じたそうです。
クレイヴンさんは元軍人で、保護観察官の経験もあり、警察内部の描写にリアリティがあるといいます。謝辞で「盛大に間違っていた」とされた箇所は、毒殺の手法についてでした。
入手できる材料で作れると詳細に書きすぎたため、これは書きすぎだと出版社側が指摘して書き直したようです。だから、本を読んでもボタニストの殺人者にはなれないようになっている、とバタやんさんは説明します。
最後に、その謝辞の中から神フレーズが紹介されました。
自分の小説にいろんな人の手が加わり、誰かのお給料の一部を使ってもらっている。そう表現する著者謝辞はあまりないのではないかと話されています。
上下巻とも本体価格は900円で、2冊で2000円ちょっと。それ以上に充実した時間を過ごせたといいます。しかもシリーズものなので、まだ他にも読むものがあるという多幸感があると締めくくられました。
まとめ
『ボタニストの殺人』は、140以上の細かい章立てと同時進行の事件で読者を離さない、刑事ワシントン・ポーシリーズ5作目の海外ミステリーです。各章の絶妙な引きと、王道の謎解き、独特な著者の謝辞まで含めて楽しめる一冊として紹介されました。
- 5作目からでも読めるが、複数の事件が同時進行するので興味のある事件を中心に読む手もある
- 140以上の短い章立てと絶妙な章の引きで「続きが気になる」読み心地が続く
- 毒殺の「どうやって」と雪密室の「どうやって」という王道の謎解きが2つ掲げられる
- 登場人物は多いが、早川書房の別刷り登場人物一覧を使えばテンポよく読める
- 続編ごとにジャンルが変わり、シニカルな著者の謝辞まで楽しめる



