平和学習をやりたいのに、単元にならない
この配信はちょうどお盆の時期、八月十五日が近づく頃に流れています。この時期になると、日本の平和についていろいろと考えてしまうと話されています。
だから今年こそちゃんと平和学習をやらなければいけないと思っている。でも結論から言えば、やっぱり方法がわからない状況です。
材料がないわけではありません。朝日新聞が今年「知るシリーズ」というかなりいい資料を出してくれているそうです。
このシリーズがいいのは「知る」という立て付けになっている点だと言います。教えるや伝えるではなく、まず客観的なデータから知りましょうという構成なら、自分も生徒と同じ側に立てるからです。
それでも、そこから単元にならない。方法がわからないというのは、具体的には単元の出口を決められないという感覚だと語られています。
生徒に読ませるような材料はいくらでも集められます。集めるのは今の時代なので、かなりハードルが下がってますからね。
でも最後に生徒が何をするのか、何を考えるのか、どうするのかが全然決まらないんです。
感想を書かせて終わりはありえない。調べてスライドにまとめるのも違う。かといって平和について意見を論じなさいと投げれば、生徒はどこかで見た言葉を並べるだろうと話されています。
そもそも平和はいらないという生徒はいません。そうした言葉が空回りしているところに対して、自分は何も言えなくなってしまう。だから出口が決まらないのだと言います。
先人の実践の前で立ちすくむ
出口が決まらないというのは、要するに何のためにやるのかが自分の中で腹が決まっていないということです。
一つの理由は、先人たちの平和学習の実践を見て、自分がこんな感じでやっていいのかと迷ってしまうことだと言います。
例として、軽井沢の風越学園の甲斐利枝子先生の名前が挙げられます。現役の国語科の先生の中でトップレベルの実践者で、その実践報告を見ると「自分にはここまでやる覚悟がない」と思い知らされるそうです。
ああいう実践って、教材や手順を示して真似をしても再現絶対できないんですよ。
その先生が問題意識を持ち、長い時間をかけてテーマと自分の人生のつながりから考えてきた蓄積の上に成り立っているから、生徒に言葉が届く。指導案だけ同じ順番でなぞっても、薄っぺらいものにしかならないと語られています。
前回は「自分の授業には再現性がない」という話でしたが、今回は逆に、人の実践を自分が再現できないことを痛感しているという話です。
生徒の志望理由書と、自分の問いのなさ
話は少し変わって、この時期は生徒の志望理由書の手伝いもたくさんしていると言います。
生徒の志望理由書は、たいてい問いがないところから始まる。やりたいことばかり羅列してくるので、「何を問題意識として問い続けたいのか」と聞くと、そこで思考停止してしまうそうです。
「なんで自分がそれをやらなきゃと感じるようになったの」と質問を重ねると、だんだん言葉が細くなって黙ってしまう。そこを一緒に掘り下げるのが自分の仕事だと話されています。
ところが、これは自分も全く同じだと気づきます。平和学習に対して、結局自分に問いがないというのです。
生徒に対して問いを立てろと言ってる人間が、自分が一番やらなきゃいけないと思ってるテーマで問いを立てられないわけですから、これはなかなか情けないなと思います。
原爆文学などを通じて知識として持っているものはある。でも結局は単発の事実の羅列で、一つ一つが自分の中で意味付けとしてつながっていないと言います。
戦争の知識が、生成AIと同じだと気づく
戦争そのものについても、以前話したように、自分の曽祖父が陸軍でそれなりの立場で、南方戦線で戦死し、遺骨もないと語られています。
話は聞いたことがある。でもそれは聞いた話として持っているだけで、遺骨がないことの意味を腰を据えて考えたことはない。骨壺の中に石しか入っていないのを見た時も、何も考えていなかったと今になって思うそうです。
沖縄も好きで定期的に訪れ、ひめゆりの資料館なども見学する。行くたびに胸は重くなり感情は動くのに、帰って数日経つと日常に戻り、動いた感情が問いに変わっていかないと話されています。
だから自分にとっての戦争の知識って、もう生成AIと全く一緒なんですよ。聞かれたら一通り答える。でもそれだけなんですよ。
生成AIは聞かれないと答えず、自分から問いを立てて考え始めることはありません。手元のデータをそれらしく並べて返すだけです。
自分の戦争についての語りがまさにそれだと言います。聞かれれば答えられるが、誰にも聞かれていない時に考え続けているかというと、そうではない。
問いを持つとは、聞かれてもいないのに考えてしまう状態のことだと語られています。国語の授業や探究のことは頼まれてもいないのに年中考えているが、平和についてはそうならない。だから授業もできず語れないのだと言います。
聞かれてもいないのに年中勝手に考え、頼まれてもいないのにポッドキャストまでやっている
聞かれれば知識で答えられるが、誰にも聞かれていない時に考え続けてはいない
授業で価値観を伝えることへの抵抗
こういう時につくづく自分は教員に向いていないと思うと語られています。自分の中に伝えたいことが全くない、むしろ人に何かを教えられると考えること自体が思い上がりではないかとすら思っているそうです。
何かを伝えるのであれば、授業みたいな逃げ場のない場所じゃなくて、ポッドキャストやnoteといった自分のメディアでやればいいし、そっちの方が筋だろうと思ってる自分もいるわけです。
メディアなら聞きたくない人は聞かなくていい。でも授業は違います。生徒はそこに居続けなければならず、その生徒に成績をつけるのも自分です。
その非対称な関係の中で自分の価値観を押し付けるように話すことには、暴力的な面がある。かといって何も言わなければいいわけでもなく、平和というテーマでは何も言わないこと自体が一つの態度表明になってしまうと考えているそうです。
基本的な自分の価値観は、生徒が自分で決められるようになってほしいということです。ところが平和というテーマの前だけは「伝えなきゃいけない」と思っていて、そこがねじれていると語られています。
公害というテーマと、言葉の重さ
同じ現象は、四大公害について考える時にも起こると言います。地域探究を担当してきた以上、自分のふるさとが資本主義の理屈でひどい目に遭って失われた経験をした人たちがいたことに、授業で向き合わないといけないと考えていたそうです。
地域探究は地域の魅力を発見しようという方向になりがちです。それは悪くないけれど、故郷をないがしろにする理論が平然と通っていた時代があった歴史も紹介しないと、地域探究はどこか上滑りするのではないかと話されています。
今年は水俣病の公式確認から七十年です。そんな時期だからこそ、「探究公害」という言い方で公害という言葉を軽々しく使う人たちには怒りが湧いてくると語られています。
公害って実際に人が死んで、家族もバラバラになって、地域が引き裂かれて、それでも何十年も認定を求めて闘い続けてる人がいるわけじゃないですか。そういう背景を持った言葉なんですよ。
それを、外部との連携がうまくいっていない学校の取り組みをからかうために使う軽さが本当に嫌だと言います。だからこそ、自分の教室で平和や公害のような負の遺産と向き合う時間を持たないといけない、教育でパターナリズムでいいから教えなければという気持ちも最近は強くなっているそうです。
それでも結局、今年もそこで止まっている。せめて来年の八月には同じことを言わないようにしたいけれど、また言っている気がするとも話されています。
まとめ
平和学習の単元が立たないのは、教材や技術の問題ではなく、テーマに対して自分に問いがないからだ、という自己省察の回でした。生徒に問いを立てろと言う立場でありながら、自分の戦争の知識は生成AIのように「聞かれたら答えるだけ」になっている、という気づきが語られました。
- 平和学習の材料はあるが、単元の出口(生徒が何を考えどうするか)が決められず詰まっている
- 先人の実践は蓄積の上に成り立っており、指導案だけ真似ても再現できないと痛感している
- 問いを持つとは「聞かれてもいないのに考えてしまう」状態であり、平和についてはそうなっていない
- 授業という逃げ場のない非対称な場で価値観を伝えることへの抵抗と、それでも語らねばという矛盾を抱えている
- 今年は「自分に問いがない」と言葉にできたことを、去年より少し進んだ点と捉えている
