なぜYouTubeライブをポッドキャストにも流すのか?
小柳省三さんは名古屋を拠点にする画家で、絵を描きながらアートや技術、商売、最近気になっていることを話すYouTubeライブを続けています。この回では、「怪異譚」というシリーズで描いている妖怪「くさびら神」の制作の続きを進めます。
小柳さんはこの回から、YouTubeライブの終了後に同じ内容をビデオポッドキャストにも流す形を始めました。準備が整えば同時配信にし、将来的にはSpotifyでも聴けるようにする予定だと話しています。
プラットフォームを選ばないで、どこでも流せるような形というのを目指しております。
小柳さんが複数のプラットフォームへの配信を目指す理由は、1つの場所に固定するリスクにあります。サービスが急に終了したり廃れたりすると困るため、ポッドキャストを中心にすればさまざまな場所へ展開できると考えたそうです。
プラットフォームを固定しちゃうと、そこが急にサービス終了になったりとか、廃っていったりすると困っちゃうんですね。
さらに、ポッドキャストに流した音声は文字起こしをしてくれるサービスもあるため、そうした広がりも考えてこの形にしたといいます。
YouTubeライブのみで配信
ライブ終了後にビデオポッドキャストへも配信し、将来は同時配信とSpotifyにも展開
神なのに妖怪?キノコの神様「くさびら神」とは
今回描いている「くさびら神」の「くさびら」は、キノコという意味です。つまりキノコの神様ですが、取り扱い上は妖怪とされています。
小柳さんによれば、日本の神と妖怪はとても近い関係にあります。日本は多神教で、キリスト教の神とはまったく違い、神が零落すると妖怪になるという構造があるそうです。
日本の場合、多神教なので、神が零落、落ちぶれると妖怪になるっていう構造です。
ただし、最初から妖怪のものもいれば、神が落ちぶれて悪さをするようになったものもいて、タイプはさまざまです。くさびら神は最初から良い妖怪で、悪いことは何もせず、多くの人の命を救ったと伝わっています。
日本の神々や妖怪は最初から体系立てて存在していたわけではなく、だんだんとそうなっていったため、混乱があるのだと小柳さんは説明します。神の名がついているのに妖怪扱いという点は「そういうものだと覚えるしかない」とのことです。
600年代の大飢饉を救ったキノコの伝承
作業を背面カメラに切り替えた小柳さんは、描いているくさびら神を「どう見てもエリンギ」と笑いながら、その伝承を紹介します。くさびら神が伝わるのは滋賀県の栗東です。
栗東は、名神高速道路の栗東インターチェンジや、サラブレッドなど競走馬を育てる土地として知られています。小柳さんは、持統天皇の和歌にもこのあたりが詠まれていたはずだと、うろ覚えながら触れています。
栗東に伝わる話では、600年代に大飢饉が起き、村人が飢えに苦しんでいたとき、雨が降って突然キノコが大発生しました。村人はそのキノコを食べて助かったといいます。
凄まじかったんでしょうね。千年以上にわたって語り継がれてるのが。凄まじいキノコの量だったんでしょうね。
大飢饉
600年代、栗東の村人が飢えに苦しむ
雨とキノコ
雨が降り、キノコが突然大発生する
村人が助かる
キノコを食べて村人が命をつなぐ
神として祀る
キノコの神様として祀られるようになる
栗東には草臥神社という神社もあるらしいと小柳さんは話します。それでもくさびら神は妖怪として扱われています。
水木しげる ── 『ゲゲゲの鬼太郎』などで知られる漫画家。日本各地の妖怪を描き、現代の妖怪像の形成に大きな影響を与えましたさんもくさびら神を描いていますが、キノコの形ではなく、楕円っぽい体に手足が生えた姿だそうです。小柳さんはキノコの妖怪だからとキノコの形にしましたが、言い伝えにヒントがほとんどないため、水木さんもそう描くしかなかったのではないかと推測しています。
続いていることは才能、配信を広げる理由
墨をすりながら、小柳さんはこの日のライブがYouTubeライブとして778回目だと明かします。一度終わった時期の分も足すと、1000回ぐらいになるのではないかといいます。
墨のすり方は毎回同じ説明だそうで、硯の上を力を入れずスルスルと滑らせるだけで墨は降りてくると話します。
方針やシリーズを変えながらもYouTubeの配信が続いていることについて、小柳さんは「性に合っているのだろう」と振り返ります。
普通なら引退していく年齢でもまだ引退できない小柳さんは、経済的な面も含めてこれからどう生きていくかを考えています。そのなかで、続いている配信を整理したり拡張したりすることを選んだのです。
ポッドキャストへの展開を考えるなかで、YouTubeにポッドキャストと連携させる機能があることを初めて知り、驚いたといいます。同時配信にはOBS ── ライブ配信や録画に使われる無料のソフトウェア。複数の映像や音声を組み合わせ、各種配信サービスへ送り出せますを使うことになりそうですが、以前使っていた使い方は忘れてしまったそうです。
背景の森に群青を、岩絵の具の粒子の番号
墨と和紙の色だけでもよいものの、小柳さんは背景の森に少し色を入れたいと考えます。参考にしたのは、以前「ひだるがみ」を描いたときの色の入り方です。
使うのは天然の岩群青の11番です。岩絵の具 ── 鉱石などを砕いて作る日本画の絵の具。粒子の大きさで色味が変わり、膠を接着剤にして画面に定着させますの番号は粒子の細かさを示し、番号が大きいほど細かくなります。
小柳さんによれば、番号は13番までで、その上の14番は「白(びゃく)」と呼ばれるそうです。それ以上細かくすると色がどんどん白くなるため、作らないのだといいます。
腐らない膠は膠じゃない?液体膠と腐れ胡粉
絵の具を作るために、小柳さんは最初から液体になっている膠を使います。この液体膠には賛否両論があり、膠とは認めない人もいるそうです。
本来の膠は、固形のものを水やお湯で半日から1日かけて戻して作ります。液体の膠は本来腐るものですが、市販の液体膠は防腐剤が入っているため腐りません。そのため「腐らない膠なんて膠じゃない」とよく言われるといいます。
僕は膠は別に腐っても腐らなくてもいいんじゃないって思ってる方なので、これを膠として認めてます。
ただし、膠が腐らないと作れないものもあります。それが「腐れ胡粉」です。胡粉 ── 貝殻を砕いて作る白色の顔料。日本画や人形、建築の彩色などで下地や白の絵の具として使われてきましたは貝殻を砕いた粉末で、膠と練り合わせて使います。
腐れ胡粉は、胡粉をわざと腐らせる技法で、縁の下などに壺に入れて5年ほど放置することもあるそうです。そうすると強度や接着力が強くなると言われています。
一方で、小柳さんは腐れ胡粉には反対派です。膠を腐らせるとpH値が大きく狂うと考えており、実際に知り合いの表具屋さんが測るととんでもない値になっていて、紙が傷むので表具には使えないと話していたそうです。
ただ、腐れ胡粉のような強力な胡粉を使う相手は、案外建築物の木材だったりします。そのため小柳さんは、絵に使うのは良くないかもしれないが、建築物に使うならそれはそれでよいと考えています。
pH値が狂い紙が傷むため、良くないと考える
強度や接着力が求められるため、それはそれでよいと考える
偶然を狙うたらし込みと、遠くの緑が青く見える理由
小柳さんは、薄い墨を溜まるように置き、そこへ群青を置いて混ぜる技法を試します。薄い墨は濃い墨を水で薄めるだけで作れると話します。
岩絵の具は偶然を狙った効果を出しやすい絵の具だと小柳さんはいいます。どんな効果になるかは乾くまでわからず、予測はつけていても、その通りにいかないのが絵の面白さだそうです。
予測通りいかないのがこういう絵の世界の面白いところでね。
森なのに緑ではなく青を使う理由について、小柳さんは、木々の緑は遠くに行くほど青に近く見えるからだと説明します。緑の信号を「青信号」と呼ぶように、日本語では緑を青と言う場合があることにも触れています。
点々を描きすぎたと手を止めて「ランダム」と言ったあと、「ガンダムじゃないよ」と自分でつっこむ場面もありました。小柳さんは最初期のガンダム世代だそうですが、ほとんど見ていないため話についていけないと笑います。
数分で作る胡粉は邪道?乳鉢と中指の作法
原っぱ部分を白と緑で描くことにした小柳さんは、胡粉を作ります。本格的な胡粉は下塗り用で半日ほどかけて作りますが、今回は絵の具として使うため、そこまでの強さは必要ないといいます。
本来の胡粉作りでは、ダマを乳鉢でゴリゴリと潰します。粒子の方向を揃えるためだと聞いたそうですが、顕微鏡写真を見たわけではないので納得はしていない、ただ嘘だとも思っていないと話します。
僕、それ(粒子が揃う様子)を見たことないから、完全に信じてないってだけで、別に嘘だとは思ってないです。
胡粉や岩絵の具を皿の上で膠と馴染ませるときは、中指を使います。人差し指のほうがコントロールが効く気がしても、結局は中指が一番力が入りやすく使いやすいのだそうです。
本来の手順では、膠の分量が適正なら胡粉が勝手に団子状になり、それを皿に叩きつけていきます。今回は膠を多めに入れた、数分でできる略式の作り方です。
下塗り用。乳鉢でダマを潰し、団子にして叩きつけ、半日ほどかける
絵の具用。指でダマを潰して膠を入れ、数分で作る
僕は邪道画家を名乗っているので、こういう邪道は躊躇なく使います。
30分ごとの休憩と、1日2リットルの水
このチャンネルでは30分に1度休憩を取るのが決まりで、小柳さんは胡粉ができたところでお茶ならぬ水を飲みます。休憩の間に、群青と墨は美しいマーブル模様になってきました。
小柳さんは普段から水を飲まなさすぎるそうで、真夏でもあまり飲まないため、最近は1日に少なくとも2リットル飲もうと決めています。250ccほど入るマグカップで8杯の計算ですが、実際は4〜6杯ほどだといいます。
1リットルでよいという人もいて、小柳さん自身もそれで十分な気がしているそうです。ただ、放っておくと朝に250cc飲んだきりのこともあるため、少なくとも1リットルは取ろうと考えています。
僕鈍感なので、なんか調子悪くなるまで気がつかないっていうところが昔からあります。
番組名「画家、考え中。」に込めた意味
原っぱをキノコを避けつつ塗るハイブリッドな方法に決めた小柳さんは、新しい番組名の話をします。YouTubeライブ、ビデオポッドキャスト、近い将来のSpotifyという体制に合わせ、タイトルを付け直したそうです。
いつまでたっても考え中なので、ちょうどいいのかなと思いますけどね。
小柳さんは、自分の性格や活動スタイルではいつまでも結論が出ず、ずっと考え中で生きてきたと話します。顔を映して話し続ける人気YouTuberのように飽きさせない話はできないため、作業を見せながら話すスタイルにしているといいます。
需要はあんまりないからブレイクはしないです。ブレイクはしないけれども、まあでもいいんじゃないかな。
サムネイルの背景に飾られた絵はAIが描いたものだそうです。小柳さんが日本画家でQPをよく描くことや、江戸時代の琳派 ── 俵屋宗達や尾形光琳らに代表される、装飾的で大胆な構図を特徴とする日本美術の流派が好きそうなことまで把握して描いたため、ドキッとしたといいます。
ChatGPTとClaudeに過去作も経営も読ませる
AIが小柳さんのことをよく知っているのは、ChatGPTとClaudeをGoogleドライブに接続し、過去の作品やメモ、売上や収支のスプレッドシートまで読み込ませているからです。
さらにNotionにも接続し、未完成の作品「幽玄奇譚」のシナリオや、アイデア、マインドマップ、小説の第1章から2章ほどの原稿まで読ませています。サムネイルの絵に狼が描かれているのも、そこを読んだからだろうと小柳さんは考えています。
いちいち説明しなくても、こういう感じでしょっていう風に向こう(AI)から提案してくれるから、そうそうっていう。
小柳さんは両方に課金しており、ChatGPTに考えさせたり作らせたりしたものを、必ずClaudeにチェックさせているそうです。Claudeは「ここが甘い」「ここは危険」とダメ出しをするといいます。
2つのAIが一緒にいられるアプリも作り、書き込むと両方からツッコミが来るようにしています。
ChatGPTは「あ、それすごいですね」って言うと、Claudeが「いや、それ甘いですね」って言ったりっていう。「じゃあどうすりゃいいんだよ」っていう。
誰でも作れるアプリは売れない、勝つのは誰か
こうしたアプリは今や5分ぐらいで誰でも作れると小柳さんはいいます。以前はAIでアプリを作って売ろうと考えていたものの、誰でも作れるなら売れないと思ってやめたそうです。
ChatGPTはほとんどの人が使っているため、良いと思えば自分で丸ごと真似して作れてしまいます。小柳さんは、そういう方法で儲けるのはもう難しいと話します。
一方で、多くの人を集められるインフルエンサーにとっては有利な状況です。便利なものを作ったと発信すれば、5、6分で作ったツールでも欲しい人が現れて売れるからです。
やっぱりね、マーケティング能力が高いやつの勝ちですよ。そりゃ当たり前なんだけど、何をやったって。
では、クリエイターはどうしていくのか。小柳さんは、マーケティング能力はあったほうがよいとしつつ、それ以外のところにもやり方はあると考えています。
AIにできない「あらぬ方向に飛ぶ」力
視聴者から「自分の思考に近いものに囲まれる」ことの問題を指摘するコメントが入り、小柳さんはそれに同意します。AIは忖度しなくなってきたものの、自分のデータを読み込ませると、近い発想が返ってきやすいといいます。
さらにAIは広い知見を持っているため、大きく外れた発想はしません。そこで小柳さんは、外した発想や偏った考え方にこそ人間の値打ちが出るのではないかと考えています。
「もっとぶっ飛んでくれよ」とか注文しても、そんなにぶっ飛べないです、AIって。
AIは「面白い発想をするね」というレベルまではできても、「それは叱られるだろう」「それは恥ずかしいだろう」というレベルには届かないと小柳さんはいいます。人間はそれがむちゃくちゃにできるのです。
アートも本来そういうもので、昔から下品だ不道徳だと批判されてきたと小柳さんは話します。曼荼羅や教会の壁画のように褒められるものもありますが、それらはアートとして描かれたものではありません。
「そんなことありなの?」っていうのがアートの役割みたいなところがあるので。
事務的なことをAIが担うようになれば、ふざけた発想や突飛な発想は人間が担当するようになり、人類総クリエイター、アーティストのようになるのではないか、と小柳さんは考えています。ただし「誰にもわからない」とも付け加えています。
人類みんながキリギリスになるとき
人類総アーティストになるなら、アーティストやクリエイターは楽勝かというと、そうではないと小柳さんはいいます。それはライバルが一気に増えることを意味するからです。
これまでクリエイターがふざけていられたのは、他の人がアリのように働いてくれたからだと小柳さんは話します。みんながキリギリスになれば、今キリギリスとして生きる人の価値は大きく下がるというわけです。
多くの人がアリのように働き、一部のクリエイターがキリギリスとしてふざけていられた
アリの仕事をAIが担い、人類みんながキリギリスになり、クリエイターの価値が下がる
「人間は無から生み出せるが、AIはデータがないと何もできない」というコメントに、小柳さんはうなずきます。AIは5万冊の本でも読める超知能ですが、ネットにもつながらずパソコンに閉じ込めたら、面白いことは何も言えないだろうといいます。
人間も見聞きしたものを組み合わせて発想する点はAIと同じです。ただ人間は、芋虫と計算式、キーンという音とストア哲学のように、理屈のないランダムなくっつき方を平気でします。
(AIは)プロンプトで動くわけですからね。そのプロンプトの範囲内ですよね。でも人間場合、プロンプトいらない。
焼き物のような仕上がりと、焼きしいたけの余韻
乾いてきた画面を見た小柳さんは、群青と墨の具合が焼き物のようになったと喜びます。瀬戸の黄瀬戸 ── 瀬戸で焼かれる、黄色い釉薬を特徴とする陶器。銅を含む緑色の釉をところどころに置いた装飾が見られますで、黄色い釉薬に銅の緑をちょんちょんと置く焼き方に似ているといいます。
本体と周りのキノコの色をどうするかはまだ決まっていませんが、小柳さんは「楽しい悩み」だと話します。画面がまだ濡れているため、乾いた様子は翌日に見せると約束しました。
終わり際、視聴者から「しいたけを七輪で焼く」というコメントが入り、小柳さんは、焼いたしいたけから出る水分と醤油が混ざるとめちゃくちゃ美味しいと盛り上がります。くさびら神の制作にふさわしく、キノコの話で締めくくられました。
最後に小柳さんは、この日がYouTubeライブとしては778回目、「画家、考え中。」としては第1回だと改めて伝えます。今後はビデオポッドキャストにも入れていき、そのうちSpotifyでも聴けるようにしていくそうです。
まとめ
この回は、キノコの妖怪「くさびら神」を岩絵の具で描く作業を軸に、配信の新体制、画材の技法、AI時代のアーティストの役割へと話が広がりました。小柳さんは、AIと人間は敵対せず協業できるとしつつ、人間の価値はあらぬ方向へ飛ぶ発想にあるのではないかと考えています。
- くさびら神は、600年代の大飢饉で村人を救ったキノコの神様でありながら、妖怪として扱われている
- 配信はプラットフォームに依存しないよう、YouTubeライブからポッドキャストやSpotifyへ広げていく
- 液体膠や略式の胡粉など、小柳さんは「邪道画家」として目的に合えば躊躇なく使う
- AIが広い知見で外れない発想をするからこそ、人間には突飛で偏った発想に値打ちが出ると小柳さんは考えている
- みんながキリギリスになる時代には、クリエイターのライバルが増え、その価値は下がる可能性がある







