春の花を見逃したくない。好きが執着になるとき
番組の冒頭、中里さんは自分が大の花好きであることを明かします。Branchの保護者にはよく知られていて、撮った写真をBranchのコミュニティにもよくアップしているそうです。
中里さんによると、12月から2月は花が少ない時期ですが、3月の2週目ごろからモクレン、コブシ、スノーフレイク、ユキヤナギなどが一気に咲き始めます。その花を全部見たいという気持ちが強すぎて、落ち着かなくなってしまうといいます。
そう、あのソワソワしちゃって。なんか見逃してないかな、俺みたいな。
桜が咲き始めると、中里さんは雨の日には花が傷まないかと心配になり、晴れた日には花が開く瞬間を見られて嬉しくなります。天気ひとつで気持ちが上下する状態を、中里さん自身は「執着」になりかけていると受け止めています。
(好きなことで)気持ちが上下しちゃうぐらいだと、ちょっともうそれは執着寄りになっちゃってるから、本当は間ぐらいをとりたいんだけど。
桜林さんも、名前には詳しくないものの散歩中によく花を見るほうです。引っ越して1年が経ち、前の家では把握していたオトメツバキの場所がわからなくなっていたものの、今年も歩いている途中で無事見つけたそうです。
そう、なんかね、ほんとシャネルのコサージュみたいなやつ。綺麗な幾何学模様みたいに咲くじゃんね。
桜林さんがオトメツバキに惹かれる理由は、「作られすぎじゃない?」と思うほど均等で美しいことへの、怖いもの見たさに近い感覚だといいます。中里さんも、近所のどの家に何の花が咲くかを把握し、季節になると散歩に行くと話し、4月から6月の花の季節を前にした高揚がうかがえます。
3人の子を育てる母親からの「遅刻はすべきでない」というお便り
この回のお便りは、ラジオネーム「三兄弟の母」さんから届いたものです。桜林さんが読み上げ、テーマは「遅刻はすべきでない」という長年ののろいです。
小3、年長、0歳児を育てています。遅刻してはいけない、時間は守るべきという呪いに縛られています。子供の頃から人を待たせるくらいなら自分が待つ方がいいという価値観で育ちました。そのため、自分が遅刻して相手の時間を奪ってしまうことに極端にストレスを感じてしまう性格です。
毎週真ん中の子の習い事の送迎があるのですが、0歳児を連れて行く必要があるので、授乳、おむつ替え、着替え、おんぶして自分の身支度をする時間、余裕を持って逆算して動いています。最後のおんぶが難関で、下の子がぐずってしまうと何度もやり直し。時間がなくなるとイライラし、赤ちゃんというより真ん中の子に当たってしまいます。
イライラするくらいならちょっと遅れてもいいじゃないと頭ではわかっているものの、遅刻はすべきでないという長年の思考、呪いはなかなか変えられず、不甲斐ない限りです。私自身の時間コントロールが甘かったために、遅刻して習い事の時間が短くなること、習い事のコーチへの申し訳なさ、何よりイライラを抑えられない自分が嫌になります。
お便りを聞いた中里さんは「厳しいですね、ご自身に対して」と反応し、桜林さんも「まさにべきだよね」と応じます。
「時間のコントロールが甘かった」は本当か?
中里さんはまず自分の話として、子どもが未就学だったころは「周りが全部こっちに合わせろ」と思うほど傲慢だったと振り返ります。年子で大きなベビーカーを使っていたため、渋谷駅でエレベーターに乗れないと強い不満を感じたそうです。
全部もう子供、未就学の子供持ってる人に全世界の人類は合わせてくれぐらいにすごい傲慢な思想を持ってました。
そのうえで中里さんは、三兄弟の母さんの家庭にも周りが合わせればいいのに、と自分の考えを「危険思想」と笑いながら語ります。習い事の先生に対しても「遅れますよ、そりゃ」くらいの強い気持ちでいい、というのが二人の見方です。
桜林さんは、この相談が家族内の問題でもあると指摘します。真ん中の子に当たってしまうことに、相談者は罪悪感を抱いているのではないかという見立てです。
二人が特に引っかかったのは、お便りの「時間コントロールが甘かった」という表現でした。中里さんは、0歳児を含む3人を連れて動く状況は、そもそもコントロールできないと話します。
イライラするっていうのはそのサインの一つだけど、コントロールできるものだ、できないのは私が悪いって思うこと自体がちょっと不健全な気がするよね。
桜林さんの提案は、性格的にすぐは難しくても「もうちょっと図々しくなる」ことです。桜林さんも中里さんも、人を待たせるより自分が待つほうが楽なタイプで、相談者と同じ側だといいます。
だから逆算して早くやるっていうのはわかるし、それをやめろとは思わない。けど、(準備を)した上で、想定外のことが起こった時は、ちょっと諦めるぐらいがちょうどいいのかなと思って。
二人は「もっとうまくコントロールするには」という方向に向かわないほうがいい、という点で一致します。準備はしても、想定外が起きたら諦めるという線引きが、この回の中心にある考え方です。
桜林さんは、コーチへの申し訳なさや、お金を払った習い事の時間を無駄にしたくない気持ちも理解できるとしつつ、イライラの根にあるのは自分がうまくできなかったことへの責めだと見ています。
中里さんは、周りの人にも、こうした親には「大丈夫ですよ」と声をかけてほしいと話します。桜林さんは、周りは5分ほどの遅れを気にしていないはずで、申し訳なさを感じているのは本人なのだろうと受け止めています。
遅刻には2種類ある。0歳児がいたら「無理」でいい
桜林さんは、遅刻にも種類があると整理します。予想外のことで間に合わなかった遅刻と、約束の時間に家を出るような遅刻癖は、まったく別だという指摘です。
本当は間に合わせたいのに、予想外のことが起きて間に合わなかった
約束の時間に家を出るなど、もともと間に合わせる動きをしていない
桜林さんによれば、この相談は「人を待たせてもいい」という話ではありません。全部をコントロールしないほうがいい、という話だと位置づけています。
中里さんは、自分も桜林さんも元々は相談者と同じ「自分が待つ側」の特性だったと話します。それでも0歳児がいる時期には時間のコントロールは無理だと諦めたフェーズがあったので、相談者も少しずつ諦めていけるのではないかと語ります。
で、そうするとさ、じゃあ人に責められるかっていうと、別に責められないよね。
桜林さんは、子育てをしたことがある人ならほぼ全員がこの大変さをわかるはずだといいます。中里さんも、もし責める人が周りにいるならその人に一言言いたい、と話しています。
二人は相談者が3人の子を育てている点にも改めて驚きます。小3と年長の子それぞれに習い事がある可能性もあり、下の2人はまだ母子分離もできていない年齢です。
手二本しかないですから。無理。無理よっていう。
中里さんは、この回をお父さんや同居の家族に聞いてもらい、「もっと私を甘やかして」と伝えてみてはどうかと提案します。桜林さんは、自分で自分に厳しくしない方向、図々しくなる方向に進むことを勧めます。
桜林さんは、相談者は頭ではわかっていても、どこかで「本当はできたはずだ」と自分を許せないのだろうと見ています。そして「無理」というのは能力の問題ではないと付け加えます。
変数が多すぎるから、コントロールはできないね。
自分に厳しい人は、どうほぐしていけるのか
中里さんは、雑談サービスを主催する桜林さんに、自分に厳しい「鬼教官タイプ」の人とはどう話していくのかを尋ねます。桜林さんの答えは、まず自覚から始めるというものでした。
他の人には許すのに自分には許せないわみたいに、自分にだけすごく厳しいことのまず自覚。
桜林さんが語った流れは、いきなりやめ方を探すのではなく、段階を踏むものです。本人がやめたいと思えていない段階では、周りがいくらアドバイスしても効果は薄いかもしれないといいます。
中里さんは、お便りを送って二人の考えと比べられたことで、相談者の自覚はすでに少し進んでいるかもしれないと話します。それでも手放せなければ、観察を丁寧にやってみるのがよさそうだといいます。
桜林さんは、遅刻して本当に困ったことは多分ないはずで、心苦しいのは自分だけだと指摘します。中里さんは、精神科医の正雄介先生から、ノートや日記で自分がどんなときに苦しむかを書くと理解が進むと聞いた話を紹介し、観察の具体的な方法として重ねました。
ただ、3人の子育て中にそこまでの余裕はないかもしれない、と中里さんは前置きします。そのうえで二人は、まずは自分を甘やかすこと、図々しくいくことを相談者に呼びかけました。
別に怒られないよ、人に。
怒られない。自分だけの力でできなかったら、ちょっと周りに声かけて、もっと自分を甘やかしてほしいっていうのを伝えてもいいかもなって僕は思いました。
次回は「自分の過去の経験や恐怖心を息子の状況に重ねてしまっている」というのろいがテーマだと予告されています。
まとめ
「遅刻はすべきでない」というのろいに対し、中里さんと桜林さんは、時間を守ろうとする姿勢そのものは否定せず、0歳児を含む子育て中の想定外まで自分で抱え込まないことを勧めました。
- 0歳児を含む3人連れの送迎は変数が多すぎて、そもそもコントロールできない
- 準備はしたうえで、想定外が起きたら「しょうがない」と諦めるくらいがちょうどいい
- 不測の事態による遅刻と遅刻癖は別物で、前者を責める人はほとんどいない
- 自分への厳しさは、自覚→観察→嫌だと思える、の順でほぐしていく
- 家族や周りに「もっと甘やかして」と伝え、図々しくなっていい





