そもそも「お金持ち」とは何か
井上さんはまず、多くの人が「お金持ち」と聞いてイメージするのは「1億円ぐらい持っている人」だろうと切り出します。
ただ、それは単純な資産額の話ではないと指摘します。周りが2億円持っている世界で1億円の人はお金持ちと呼べるか、という問いを立てます。
周りの人が2億持ってる時に1億持ってる人ってお金持ちなんですか?って言ったらノーじゃないですか。
つまり「お金持ち」とは額そのものではなく、その時代の中で相対的に多くの富を持っている状態を指すのだと整理します。
相対的な富を追うゲームの難しさ
井上さんは、この相対的なお金持ちを目指すのは「割とハードなゲーム」だと話します。
理由は、自分の努力だけでなく周りの状況によって、ゴールが動かされてしまうからです。
自分の努力もそうだけれども、周りの人間の状況で、自分のゴールポストがかなり動かされてしまう。
たとえば遺産相続やジュニアNISAで、スタート段階から差がついているケースもあると触れます。
一代で富を築くなら起業が手っ取り早いものの、運や巡り合わせが絡み難しいと言います。
働きながら目指す場合は、みんなと同じインデックス投資では利回りが近くなるため、残る差は入金力だけになると説明します。
同じ結果を導き出すものを使うわけですから、変数としてはいくらお金入れるかっていうところと、途中でいらないことをしないっていう二つ。
入金力に頼れなければ、テック系のようにリスクの高い資産を選ぶことになり、どうしても追い込まれる要素が増えると指摘します。
お金持ちの基準は切り上がっていく
井上さんは、この相対ゲームの難しさを示す例として、アメリカの億万長者の話を挙げます。
今の億万長者は「親やおじいちゃんの世代の億万長者と同じではない」と語られているといいます。
昔の億万長者ってのは相対的にめちゃくちゃギャップのある状態やった。でも今の億万長者ってのは割といるやん、みたいな感じ。
さらに、投資家ジェシー・リバモアの本を読んだとき「百万長者」という言葉があったことに触れます。
百万長者から億万長者へと、お金持ちの基準は時代とともに切り上がっていくと指摘します。
自分が勝てるゲームを選ぶ
こうした構造を踏まえ、井上さんは「そのゲームには参加しないでおこう」と考えていると話します。
基本方針は、自分の勝ちやすいゲームに参加することだといいます。
人の決めた負けやすいとか、カモにされやすいゲームに参加するぐらいやったら、自分が最初から勝てそうなゲームに手出して、そこで勝負する方が勝率がいい。
その上で、お金持ちは富の量では決まらないと感じることがあると語ります。お金をたくさん持っていても「足りない」と思っている状態を、お金持ちと呼ぶのはしっくりこないと言います。
自分なりのお金持ちの2つの条件
井上さんは、自分にとってのお金持ちの条件はシンプルに2つでいいと提案します。
1つ目は、生涯の収支がプラスになることです。年収が高くても使うお金が多ければ差し引きは残らず、年収が低くても使うお金が少なければ差が生まれると説明します。
いくら持ってるとかいくら収入があるとかじゃなくて、いくらの収入でいくらの生活してて、どれぐらいのオプションが残ってるんか、みたいなところ。
2つ目は、今持っている財産に満足しているかどうかです。両方がイエスなら、その人はその人の人生においてお金持ちだと考えます。
この基準だと該当者が増えるというツッコミには、世間の定義には「希少性」が含まれているからだろうと応じます。ただ、井上さん自身は希少性を条件に入れないと言います。
そして、この2つを自分は満たしていると振り返ります。基本生活費を上げないことでオプションが生まれ、老後も年金との差が少なくなると説明します。
一方で、こうした基本のアドバイスは「そういうのいらんねん」と受け取られがちで、伝えるのが難しいとも話します。
財産を「自分のもの」と強く思わない
井上さんは、なぜ自分がこう考えるのかを掘り下げ、財産を強く自分のものだと思っていないからだと気づいたと語ります。
その背景として、哲学者セネカの言葉を挙げます。
すべては巡り合わせで、たまたま自分が預かってるようなもの。運命のいたずらで急に取り上げられることがあるから、自分のものだと思わない方がいい。
今手元にあるお金は、たまたま今これだけあるだけで、親やパートナーに何かあれば使うだろうし、老後に残せたら幸運という感覚だと言います。
「働けなくなったらどうするのか」という声には、健康に気を遣い、就業不能保険にも2つ入っていると答えます。
その保険でも出なかったらどうするのって言ったら、いやしゃあないやんっていう。
すべてをお金で用意しようとすればきりがないため、そこまでは求めないという姿勢で人生を捉えていると話します。
事実は変えられなくても解釈は変えられる
まとめとして井上さんは、自分の人生に他人との相対的な基準を持ち込まないよう心がけていると語ります。
他者比較が入ると、ゲームが自分のものじゃなくなるところがあると思ってるんで、極力それを入れないように心がけてる。
逆に、世間のお金持ちは他人をベンチマークにしており、みんなが富を蓄える中で少数派に入ろうとするのは難しいゲームだと指摘します。
そして、ストア派哲学の「解釈と事実を分けなさい」という言葉を紹介します。
1億持ってるっていうのは事実です。それがお金持ちかどうかっていうのは解釈です。
事実は変えにくくても解釈は変えられるため、解釈の側を選べば勝ち筋があると考えます。
だから世間の定義ではお金持ちになれなくても、自分の定義では金持ちだからいいのではないか、というのがこの回の着地点です。
まとめ
井上さんは、相対的な富を追う一般的な「お金持ち」の定義は達成が難しいと捉え、自分基準の2条件で満足を測る考え方を語りました。他人と比べず、事実ではなく解釈を選ぶことで、自分の人生を勝ちやすいゲームにできると話しています。
- 一般的なお金持ちの定義は額ではなく、時代の中での相対的な多さで決まる
- 相対的な富を追うゲームは周りの状況にゴールを動かされ、達成が難しい
- 井上さんの基準は「生涯収支がプラス」「今の財産に満足」の2つ
- 財産を強く自分のものと思わず、備えられない部分は「しゃあない」と割り切る
- 事実は変えにくいが解釈は変えられる。自分の定義で満足を選ぶという発想
