資産があるのに非課税世帯という発想への疑問
今回のテーマは、年金の繰り上げ受給です。年金を早く受け取ると、その分年金額が少なくなる仕組みになっています。
そこで、あえて年金額を減らして住民税非課税世帯になれば、非課税世帯の恩恵を受けられるという発想があります。
特にある程度の財産を持つ人が、非課税世帯でありながら資産をしっかり持ち、負担を抑えて取り崩しや運用でいける、という主張が一定数あるようです。
ただ井上さんは、この手法はそう遠くないタイミングで使えなくなるものだと考えていると話します。
いつか潰される、そう遠くないタイミングで使えなくなるものだと思ってるので、ちょっと今日はそのお話をしたいなと思います。
そもそも老後の資金寿命を延ばすなら、年金額を増やして財産からの引き出し率を下げる方が延びる、という試算もあると井上さんは補足します。
たとえば65歳から68歳までの3年間で900万円ほどを一気に引き出しても、68歳以降の引き出し率が下がる方が資金寿命は延びる、という計算になるそうです。これは「年金を買う」と呼ばれる考え方だと説明されています。
「年金は信用できない」のに、そのルールの穴は信用するのか
井上さんが最初に投げかけるのは、ロジックの一貫性についての疑問です。
年金は信用できないって言いながら、住民税非課税世帯のハックを潰さないっていう部分には国を信用するんだなと思って。
国が信用できないなら、この非課税世帯のハックもいつか潰しに来るはずだ、と井上さんは考えていると話します。
そして実際に、国は資産を把握する方向へ動いていると指摘します。ここからは、その具体的な制度の流れを追っていきます。
資産を把握する動きは、すでに始まっている
まず前提として、住民税と所得税は繰り上げ受給すれば必ず少なくなり、繰り下げ受給すれば増えます。毎年の所得が減れば税金も減るというのは普遍的な仕組みです。
一方で、二重課税を避ける観点から、資産そのものに追加で税をかけることは基本的に考えにくいと井上さんは言います。
ただし、介護保険などの社会保険料の算定については、資産がありながら毎年の収入が少ない人をきちんと捕捉していく方向で検討が進んでいるそうです。
その根拠として、令和8年5月27日に厚生労働省が公表した「介護保険制度における預貯金等の把握等にかかる検討の場」の資料が挙げられています。{要確認: 令和8年という日付}
所得が低いのに資産をたくさん持つ人を給付でサポートするのはどうなのか、という問題意識がずっと言われてきた、と井上さんは説明します。
令和5年には閣議決定の段階で、医療や介護保険における金融所得の勘案が挙げられました。確定申告の有無による保険料負担の不公平を是正するため、金融所得や金融資産をマイナンバーで把握し、資産のある人には負担してもらう方向が示されているそうです。
すでにある前例、特養の補足給付
この「資産を見る」流れには、すでに前例があると井上さんは言います。特別養護老人ホームの補足給付です。
この補足給付は、もともと住民税非課税世帯かどうか、つまり毎年の所得だけで判断していました。
ところが平成27年8月に施行された改正で、預貯金を保有しているのに保険料を財源とした給付を受けるのは不公平だとして、資産額も考慮する形になったそうです。
さらに令和3年には、区分をより細分化する改正が入りました。申請時には金融機関への確認に同意する必要があり、嘘をつけば返還に加えてペナルティで多めに徴収する仕組みも整っていると説明されています。
つまり、サポートを受けたいときに毎年の所得だけでなく資産額を問われるケースは、すでに10年前から存在しているわけです。
給付型奨学金にも見える「資産チェック」
資産を見る仕組みは、奨学金にも及んでいると井上さんは例を挙げます。
給付型奨学金は、生計維持者の資産額の合計が5000万円以上あると使えない仕組みになっているそうです。毎年の所得も関係する、割と厳しい条件だと話します。
この基準はかつて1000万円だったそうで、井上さんは当時「グロい(厳しすぎる)」と感じていたと振り返ります。
たとえば配偶者を亡くして死亡保険金2000万円を受け取っただけで、給付型奨学金が使えなくなるケースもあり得たといいます。反対意見が多かったのか、その後5000万円に引き上げられたと考えられます。
この5000万円は現金や投資信託、株などが対象で、不動産や土地、保険商品は除かれるそうです。そのため、奨学金を受けたいけれど資産が多い人に、一時払いの保険を販売する人もいたと井上さんは指摘します。
いずれにせよ、資産額を求められるケースは着実に増えている、というのが井上さんの見方です。
金融所得で逃げる道は、段階的に塞がれている
次に、投資の利益に関わる保険料の話です。かつては、証券口座の申告不要制度を使えば、株で大きく儲けても国保の保険料に反映されない状態があったといいます。
確定申告は所得税の申告であり、そのデータが市町村に渡って住民税が決まる流れだと井上さんは整理します。会社員は年末調整で完結するため、この構造はあまり知られていないと言います。
「20万円以下なら確定申告不要」とよく言われますが、それは所得税の話で、住民税は本来払う必要があるという点も注意すべきだと補足されています。
この流れが段階的に変わってきました。令和4年の税制改正までは、確定申告をしても「住民税は申告しない」というチェックボックスがあったそうです。
確定申告するときに、住民税申告不要みたいなチェックボックスがあったんですよ。すごくないですか。所得税では自分に有利な選択をしても、住民税の方には通知がいかないようにできたんです。
さすがにそれはダメだということで改正され、今は確定申告をすれば配当益や売却益が国保の保険料算定に反映されるようになりました。確定申告しないか、するなら保険料が上がるかもしれないか、どちらかになっている状況だと説明されています。
さらにもう一段階の強化が決まっています。後期高齢者の保険料や窓口負担の判定に金融所得を反映する健康保険法改正案が、すでに衆議院で可決されているそうです。{要確認: 改正案の可決状況}
これが動けば、確定申告をしていなくても、証券会社に問い合わせれば儲けは分かるため、市町村にデータが渡り、利益に応じた保険料を払うことになります。金融所得だから逃れられるという道は、着実に潰されてきているわけです。
一度使えても、ルールが変われば翌年から外れる
では、一度でも非課税世帯の恩恵を受ければ、その後も逃げ切れるのでしょうか。井上さんはそこも難しいと言います。
先ほどの特養の補足給付では、もともと住民税非課税世帯という条件だけで入居していた人が、入居途中の改正で資産を持つ人は対象外になり、実際に軽減を受けられなくなった事例があるそうです。
俺使えてたのにみたいな。ごめんなさい、新しい判定基準だとあなた財産あるからダメですっていうので、使えないっていうのが実際事例としてあるので。
住民税非課税世帯の判定は基本的に単年です。その年の所得で該当するかを見るため、ルールが変われば翌年から完全に外れてしまう可能性があります。
ここで問題になるのが、この選択が長生きリスクを捨てて成り立っているという点です。
住民税非課税世帯になれるから選んだだけで、っていう話じゃないですか。だって長生きリスクを捨ててやってるわけですから。メリットがなくなった時に、自分に手札が残ってるのかっていう話でもあるので。
つまり、繰り上げ受給で年金を減らすという不可逆的な選択をした後で優遇が消えると、取り返しがつかなくなるおそれがあるということです。
国家はルールを後出しで変えられる、という前提
井上さんの根底にあるのは、国家はルールをいくらでも後出しで変えられる、という見方です。
年金の話をよくするため国を信用しているように思われるかもしれないが、そうではないと井上さんは言います。
歴史的に見ても、高所得者の国外脱出を防いだり、国債の引き受け手がいなくなれば法律を変えて銀行に引き受けさせたり、中流階級にインフレ税を課したりと、国は何でもやってきたと井上さんは指摘します。
本気で国家リスクを考えるなら、国外に逃げるしかないとまで話します。投資家のジム・ロジャーズも、その観点でどの国に移住すべきかを語り続けている人物として挙げられました。
財産をどこかに置いておけば大丈夫、というのは無理だというのが井上さんの結論です。国内にいる限りやれることは限られており、本気でやるなら兆しが見える前に動くしかないと話します。
もちろん、「この期間だけ使えたからいい」と割り切れる人にとってはありだとも言います。ただ井上さん自身は、うまくいく期間はあまり長くない気がすると率直に語ります。
僕は今40なんで、60から早く受け取ったらということで20年か。20年ありゃ、無理でしょうね。今50歳とか60で「まもなくやな」って思ってる人も、どこかでルールを変えられる可能性は見ておかないといけない。
そもそも非課税世帯の優遇は、困っている人が使えるものだと井上さんは念を押します。資産がある人が使うものではないため、本来の形に戻るだけの話とも言えます。
まとめ
年金を減らして住民税非課税世帯を狙うハックは、特養の補足給付や奨学金、金融所得への保険料反映など、すでに資産を見る制度改正が進んでいることを踏まえると、そう長く使えないと考えられます。単年判定で翌年から外れる可能性があり、長生きリスクを捨てた不可逆な選択の裏に何が残るかを見ておく必要があります。
- 年金を減らして非課税世帯を狙う手法は、そう遠くないうちに使えなくなる可能性がある
- 特養の補足給付や給付型奨学金では、すでに資産額が判定に加えられている
- 金融所得を保険料に反映する改正が段階的に進み、確定申告で逃れる道は塞がれつつある
- 住民税非課税世帯の判定は基本的に単年で、ルールが変われば翌年から外れうる
- 不可逆な選択の裏側のリスクとバッファーを理解した上で検討すべき




