八二の法則が、ラグジュアリーではさらにバグる
今回のテーマは「常連を大事にするとどんないいことがあるのか」です。前回までに出た会員権の話にも絡めて、まずは富裕層向けのビジネスから考えていきます。
話の入り口になったのは、よく知られる「八二の法則」です。売上や利益の80%は、上位20%の顧客が占めるという考え方です。
種市さんも、会社のパフォーマンスの話などで「あいつは上位に入ってないな」といった形で耳にしてきたと振り返ります。
ところが、ラグジュアリーの世界ではこの割合がさらに極端になると小畑さんは言います。
ラグジュアリーなブランドやレストランに当てはめると、上位1%のお客さんが売上の50%を作るとよく言われるんですよ。二八よりも割合がもはやバグっていて、本当に100人に1人が全体の半分を占めるとか。
コンサル会社のマッキンゼーが示すデータとして、1%のVIPが全体の売上の50%を占め、その顧客単価は平均客の25倍から50倍にもなるという話も紹介されました。
VIP比率が高い会社ほど成長する
さらに興味深いデータもあります。VIPが占める売上の比率が高いほど、売上の成長率も上がるというものです。
つまり、上位1%が売上の2割を占める会社よりも、5割を占める会社の方が成長している、という関係です。ある統計では、VIPの売上割合が60%を超える企業はすべてプラス成長だったといいます。
この対象は、ブランド、小売、レストラン、ホテルなど、リッチな層を相手にした商売全般だと説明されます。ただし種市さんは、セレクトショップがそこに当てはまるかは少し違うかもしれないと補足しました。
VIPが求めるのは「特別体験」
では、そのVIPたちは何を求めているのか。小畑さんは「特別体験」だと言います。
あるラグジュアリー小売が上位1%向けのプログラムを始めたところ、売上が10〜20%向上した例もあるそうです。
お金や時間に余裕がある人ほど、ブランドが自分をわかってくれている、自分のためだけにサービスをしてくれている、といったカスタムメイドやパーソナライズを強く求めると小畑さんは分析します。
種市さんも、周囲にそうした感覚を持つ人がいると応じます。
某ハイブランドのランチのパーティーに行って、その時に奥さん連れて、すごい買い物しちゃったみたいな話ってよく聞くから、まさにこういうことなのかなって。あとは百貨店の外商とかもそういうことでしょ。
消費者は基本的に、お金を払っている以上は特別扱いしてほしいと思うもので、ラグジュアリー層になるほど「自分だけの」という感覚が強くなる、と種市さんは整理します。
SNSが「特別感」を増幅させている
特別なことをしてくれた相手やものを好きになる感情は昔からあった、と小畑さんは言います。ただ最近は、それがSNSによって増幅していると指摘します。
「あなただけですよ」という商売のやり方自体は昔からありました。しかし今は、その体験を自分の中に閉じておくのではなく、見せたいという気持ちが加わっています。
ちょっと俺ここ行ったぜっていうのをインスタに上げちゃおうかなみたいなのが、特別感を醸成するところに対する満足度を上げていると思っていて。今のソーシャルネットワーク時代で、そこに対する感度が全体的に上がっている気がするんですよね。
種市さんは、VIPには「お金のVIP」だけでなく、フォロワー数や影響力を持つ人もいると付け加えます。実際にお金はそこまでなくても、影響力を理由に特別待遇を求めるケースも聞くそうです。
加えて小畑さんは、株価上昇や円安による資産価値のインフレで、新たにお金を持つ人が増えているとも話します。ミドル層が薄くなり、若くてSNSをよく使う新しい富裕層が、特別な体験をシェアしたいという傾向を強めていると考えられます。
アパレル現場が大切にする「誰が着るか」
一方で種市さんは、自分がいたセレクトショップの世界は、ラグジュアリーブランドとは立ち位置が少し違うと語ります。
世界中から質のよいものを見つけてくる目利きを軸にした商売で、かつては「俺らが見つけてきたんだ」とスタッフが少し偉そうにしていた時代もあったといいます。今はとにかくお客様のためにという姿勢に変わってきたと振り返ります。
話題は、アパレル現場が本当に大切にしている軸へと移ります。売上をつくる顧客はもちろんありがたい。ただ、それだけではないと種市さんは言います。
僕らの周りのブランドの場合は、むしろかっこよく着てくれたりとか、そういうところに対してのフォーカスというか、そういうコミュニティを結構大切にしてるところはあるかな。
だからこそ、ブランドを「出しすぎない」コントロールも必要になると言います。
ギラギラ派手にお金使ってInstagramに出してる人にうちのブランドを着られると、逆にそういう層のブランドだって思われることを嫌がる人間も結構いて。ただ、とはいえ売れないと飯食っていけないから、悩ましいところなんじゃないのかな。
理想は「品がよくて、お金を持っている人」だが、その品のよさとブランド感のバランスは難しい、と種市さんはこぼします。
なお、この「誰に持ってもらうか」という感覚が最も強く出るのは、現代アートの世界だとも語られました。芸術家には固定のファンやサポーターがいて、展覧会の前に個別に呼ぶと、そこである程度売上が立ってしまう場面をよく見てきたそうです。
購入額の大きいVIPを重視する見方。特別体験の提供が売上向上に直結しやすい
かっこよく着てくれる人など、ブランドが理想とする顧客を重視する見方。コミュニティを大切にする
テクノロジーは「常連との関係」に何ができるか
後半は、こうした上位顧客へのアプローチにテクノロジーがどう関われるかという話になります。
ファッションや飲食、ホテルは、リアル店舗もECもあり、さらに自社店舗だけでなくセレクトショップや卸売りなど販路が多様です。そのため顧客ごとのタッチポイントが分散し、データを集めるのが難しいのが長年の課題だと小畑さんは言います。
一つの解として挙げられたのが、ブロックチェーンを使った会員権です。会員権をブロックチェーン上に載せることで、その人がどこで何を買ったかを会員権側に紐づけていける、という考え方です。
これにより、直接お客さんにコンタクトできたり、行動をある程度把握できたりします。VIPプログラムのような特別感や限定感も、こうした仕組みで作っていけると小畑さんは説明します。
種市さんは、この方向性に前向きな反応を示します。
今の時代っていろんな情報が入りすぎちゃって、逆にごちゃごちゃしちゃう。自分が好きなものとか食べ物にしろ何にしろ、そういうコミュニティを管理してもらえるようなシステムができたらいいんじゃないのかなと思った。
さらに小畑さんは、AIの活用にも触れます。会員権を通じて溜まった顧客の好みや行動データをもとに、パーソナライズをより効率よく行ったり、行動を予測したりする役割をAIが担えそうだといいます。
リアル店舗と多販路という難所
ただし、実装には難しさもあります。すべてがインターネットで完結する商売はデータ管理がしやすい一方、リアル店舗があり販路が多いところは一筋縄ではいきません。
小畑さんは、あるブランドを自分がBEAMSで買うこともあれば、そのブランドのECサイトや別のセレクトショップで買うこともある、と例を挙げます。これらのデータをつなげて見るのが、なかなか難しいのです。
全部BEAMSで買っていれば、渋谷の店だろうが福岡の店だろうが管理はできると思うんですよ。だけど、あるブランドをBEAMSで買うこともEC で買うことも別のセレクトショップで買うこともあるじゃないですか。そのデータはなかなかくっつけて見ることができないんですよね。
これに対し種市さんは、いきなり全部を追いかけるのではなく、まず一つの店とそのECの上顧客を囲い込むところから始めればいい、と現実的な見立てを示します。
そのちっちゃい点が、どんどん点が線になって面になっていくみたいなところをつなげていって、同じようなサービスでくっつけられたら、それなんか面白いんじゃないのかなと思ったけどね。
まとめ
今回は、ラグジュアリーな世界では上位1%の顧客が売上の半分を作るという現実から、ブランドが「常連」とどう向き合うかを語り合いました。特別体験の提供とSNSによる増幅、そして売上とは別の「誰に着てほしいか」という軸、さらにブロックチェーンやAIによる可能性までが話題になりました。
- ラグジュアリー領域では上位1%のVIPが売上の約50%を占め、VIP比率の高い企業ほど成長しやすいというデータがある
- VIPが求めるのは特別体験やパーソナライズで、SNSによって「見せたい」欲求が加わり特別感が増幅している
- アパレル現場には、売上だけでなく「かっこよく着てくれる人」や理想のコミュニティを重視する価値観がある
- ブロックチェーン会員権やAIは、分散した顧客データの管理やパーソナライズの糸口になりうる
- リアル店舗と多販路のデータ統合は難所だが、まず一店舗とECの上顧客を囲い込む「点から面へ」の進め方が現実的
