「好きな人に届かない」という購買のもどかしさ
この回は、小畑さんが取り組むデジタル会員権の話から始まります。
きっかけになったのは、洋服も食もホテルも好きな小畑さん自身の日々の実感でした。
ブランドの発売日には今も行列ができ、ローンチ時のクリック合戦も起きます。人気のガジェットも、出た瞬間には買えないことが多いと話されています。
販売側が供給量をコントロールしていることは理解しつつも、一消費者としては物足りなさを感じる場面が多いといいます。
俺、常連なのに行きたい時に行けねぇじゃんみたいなシーンが結構あったりとか。好きな人にちゃんと物が届くような環境が作れないかなっていうのが、一番初めの発想の根幹なんですよ。
ファッションブランドの人と話すと、転売屋には売りたくないという声もよく聞くそうです。一定は盛り上がるものの、すぐメルカリに並ぶのは本音では避けたい、という建前と本音があると語られています。
D2Cと手数料、直接つながることの価値
もう一つの背景として、コンテンツを作る側が抱える集客コストの問題があります。
服でもレストランでもホテルでも、お客さんに届けるために広告や外部サイトへの掲載でお金がかかっている、と小畑さんは指摘します。
ホテルの例では、こうした旅行サイトに宿泊料のざっくり20パーセントほどの手数料が取られると話されています。
結構いかれるね。
直接販売できればその手数料分をお客さんに返せて、もっといい体験を提供できるはずだと小畑さんは考えています。
外部サイト経由ではなく、自社サイトで直接お客さんとつながるD2Cを、もっとやりやすくできないか。その手段として会員権を配る発想が入り口になっていると語られています。
なぜ飲食店から始めるのか
いろいろなブランドがある中で、SLAPSはまず飲食店から始めています。
理由の一つは、日本の飲食店のレベルが非常に高いことだと小畑さんは話します。
規模の大小、バリエーション、クオリティ、コスパ含めて、行ったところで言ったら、やっぱりもう断トツであるね、日本は。
値段も安く、円安で海外から見ればなおさら魅力的です。そんな高水準の店が無数にあり、それぞれに常連さんがついています。
小畑さんは、月に何度か通う人を常連、年に一、二回来る人を準常連と呼び分けていると説明します。
招かざる客と、来てほしい客のジレンマ
一方で、SNSやレビューサイトが日常使いされる中で、お店には「招かざるお客さん」も来てしまうと小畑さんは言います。
この感覚を、種市さんは飲食店を営む友人たちの声として具体的に語りました。
いいお店だったのに、なんとなく空気感が合わない。何かに出てしまったら、そういうお客さんばっかりになっちゃって、常連さんが来なくなっちゃったりとか。マナーが良くて、気持ちよく食べて飲んでしてくれるお客さんばっかりになってくれると嬉しいんだけど。
お客様はお店を選べても、お店はお客様を選びにくい。多少のルール付けくらいしかできないのが現実だと二人は話します。
インバウンドの盛り上がりも、良いことである一方で悩みを生んでいます。代官山のある和食店では席のほとんどが旅行者になり、ローカルな雰囲気を求めた人が「全員旅行者じゃん」と感じる場面もあるそうです。
さらにコロナ禍のように急にインバウンドが止まれば店は立ち行かなくなる、という不安も残ります。旅行者で席が埋まると、もともとの常連が予約を取りづらくなり足が遠のく、という循環も起きます。
同じお金を払ってくれるんだったら、このお客さんちょっとわがままだし雰囲気合わないなみたいな。どうしてもいるじゃないですか、本音では。
ここで種市さんは、会社員時代に考えていた仕事の優先順位を引き合いに出します。
一番いいのはかっこよくて売れるもの、次がかっこよくないけど売れるもの、その次がやるべきだけど売れづらいもの。一番よくないのは、その両方が伴っていないものだと語りました。
つまり、いい客層で売り上げも上がるのが理想だが、なかなか両立しない。その一つの解が会員権の発行だ、というのが小畑さんの立てた仮説です。
会員権とは何か、何がうれしいのか
種市さんは、この会員権をクラウドファンディングに近いものとして受け止めます。
気に入った店の仲間になり、コミュニティのメンバーがみんなそれを持っている、というイメージです。
小畑さんはそれに同意しつつ、SLAPSはクラウドファンディング、ポイントカード、ファンクラブの中間のような考え方だと整理します。
気に入った店を支援し、コミュニティの一員になる感覚
継続的につながり、特別な扱いを受ける感覚
では会員になると何がうれしいのか。一言で言えば、特別な体験が得られ、いい常連として扱われることだと小畑さんは話します。
具体的には、通常のコースとは別の会員限定メニューや、季節に合わせた特別な一皿があります。
さらに、事前にコミュニケーションを取って好きなものを頼める「わがままコース」もあり、会食やお祝いの設えを相談できるといいます。
ここで種市さんは率直な疑問を投げかけます。
それなら普通に、常連が電話して名前を言って「やっといてよ」で済むところもあるのでは?
小畑さんは「済むところもある」と認めます。本当の常連は今もそれをやっている。だからそこは今の体験とそんなに変わらないかもしれない。ただ、それがアプリやチャットでもっとやりやすくなり、準常連まで含めて広げられる点に違いがあると説明しています。
デジタル会員証がひらく「クローズドなつながり」
SLAPSでは、お店から「あなたはメンバーですよ」というカードが渡されます。
そのカードをアプリに読み込むと、デジタルな会員証が発行される仕組みです。
今もLINE交換で常連とやりとりする店は多いですが、それをもっと明示的に、幅広いメンバーシップとして作っていく発想です。
メンバーになる利点の一つは、お店からクローズドな情報が届くことです。
今はドタキャンで空いた席を、インスタのストーリーで告知する店も多いと小畑さんは言います。
ただ、毎回それをやると「また空いてるのか」と見えてしまい、ブランディング的にはやりたくない面もあります。
そこでメンバー向けに限定して告知できれば、店にとっても会員にとっても都合がよくなります。ドタキャンで席が空いても、食材も人も既に配置済みで原価は変わらないため、七掛けなどでも売り上げが立つ方がいい、という理屈です。
今日空いちゃいましたと。今日いつもの七掛けとかでいいですよみたいな。普通、今日空いてる人はそんなにいないんですよ。でも百人ぐらいいると、今日行こうかなみたいな人はいるかもしれないです。
それはだから、今日百人LINE、みたいなもんだもんね。
もう一つの利点が、紹介のしやすさです。
今も「中目黒でいい店ない?」と聞かれ、予算や用途を確認してGoogleマップや食べログのリンクを送る、という流れはよくあります。
しかし、誰が紹介したかという情報は、実はお店にとって貴重なのだと小畑さんは言います。
メンバーはコースのチケットを自分で買って使えるだけでなく、友達に簡単にギフトすることもできます。ギフト券には紹介者の名前が記されます。
そこに僕の名前が書いてあるから、お店としては「小林さんの知り合いですか?」と。実はこういうお客さんの情報って、お店ってほぼないんですよ。
新規客が電話で来ても、店側はどう会話していいか分からないことが多い。だが、ちょっとした紹介情報があるだけで会話が弾み、お客さん側も距離が縮まって、また行きたくなると小畑さんは話します。
まとめ
SLAPSは、行列やインバウンドで「好きな店に行けない」もどかしさと、お店の「来てほしい人に届かない」ジレンマの両方に、デジタル会員権という形で応えようとする試みです。特別な体験、クローズドな告知、名前の残る紹介といった仕組みを通じて、常連であることの価値を再定義しようとしています。
- 発想の根幹は「好きな人に、ちゃんと物やサービスが届く環境を作る」こと。
- 飲食店から始める理由は、日本の飲食店のレベルが高く、常連・準常連という関係が濃いから。
- デジタル会員証で、ドタキャン席の告知など「クローズドなつながり」を実現できる。
- 紹介者の名前が残るギフトチケットが、新規客とお店の会話と距離を縮める。
- クラウドファンディング、ポイントカード、ファンクラブの中間にある新しい常連体験。
