牛乳の値段は市場だけでは決められない
今回のお便りは、TikTokネーム・メルちゃんからの質問です。牛乳の単価は誰が、どこが決めているのかという内容でした。
川上さんによれば、これは酪農家や酪農業界で働く人でもわからないことが多い、複雑な仕組みだといいます。
もし市場で牛乳が売れているから値段を上げ、余っているから下げる、という決め方をするとどうなるでしょうか。値段が下がりすぎれば酪農家が生産コストに見合わずやめてしまい、上がりすぎれば消費者が牛乳を買えなくなってしまいます。
買われなければ牛乳は生産できなくなり、供給の目詰まりが起きます。これはコロナ禍や学校給食の長期休みのときに実際に起きたことだと話されています。
だからこそ、消費者が安定して牛乳を飲め、酪農家も経営を安定できるよう、バランスをとって決める仕組みが日本にはあるのです。
結論:酪農家でもメーカーでもなく「交渉」で決まる
まず結論から。牛乳の値段は、酪農家が決めているわけでも、乳業メーカーが一方的に決めているわけでもありません。
実際には、酪農家の代表組織と乳業メーカーが毎年交渉して決めていると川上さんは説明します。
川上牧場の場合も、牛乳をスーパーに持っていって直接売っているわけではありません。搾った牛乳をバルククーラーというタンクに溜め、乳業会社の集乳車が取りに来ます。
その牛乳は指定団体や農協系統を通じて乳業メーカーへ販売されます。牧場から集乳され、生乳販売団体、乳業メーカー、スーパーを経て、消費者の手元に届く流れです。
川上牧場
牛から搾った牛乳をバルククーラーに溜める
集乳
乳業会社の集乳車がタンクローリーで取りに来る
生乳販売団体
指定団体や農協系統を通じて販売
乳業メーカー
殺菌・容器詰めなどを行う
スーパー・消費者
店頭に並び消費者の手元へ届く
スーパーの値段と酪農家の受け取りは別物
ここで押さえておきたいのが、毎年「今年の生乳はいくらで買いますか」という価格交渉が行われる点です。酪農家が「今日から乳価は二百円です」と自由に決められるわけではありません。
たとえばスーパーで牛乳が一本二百五十円だったとしても、その全額が酪農家の収入になるわけではありません。
その値段には、牛乳を集める集乳コスト、乳業メーカーの殺菌、牛乳パックやボトルといった容器、運ぶための物流費、スーパーの利益などが含まれています。
だから輸送コストが上がれば牛乳の値段は上がり、こだわった容器にすればコストが増えることもあります。スーパーの価格と酪農家が受け取る乳価は、まったく違うものなのです。
さらに、この乳価は地域によっても違います。川上牧場のある島根と東京、北海道では値段が違ってくると話されています。
同じ牛乳でも用途で価値が変わる「プール乳価」
搾られた生乳は、飲用牛乳になるものもあれば、チーズやバター、脱脂粉乳になるものもあります。それぞれ価値も単価も違います。
普通に考えれば、高く売れる生乳を出した農家だけが儲かるはずです。しかし日本ではそうしていません。なぜなら、今日は牛乳向け、今日はバター向けと、農家側で選べないからです。
そこで日本には「プール乳価」という仕組みがあります。みんなの生乳をまとめて販売し、平均化した価格を酪農家に支払う方法です。
だから川上牧場の牛乳が牛乳工場に行くのか、チーズやヨーグルト、アイスクリームになるのかはわかりません。それでも同じルールで価格が決まっていきます。
毎日行き先が違っても、ひと月分をまとめて「大体これぐらいの値段」と決まります。この仕組みがあることで、地域全体の酪農家が安定して経営できるのだといいます。
国も関わる「三者」の仕組み
さらにもう一つ、この価格には国も関わっています。酪農家団体、乳業団体、そして国です。
バターや脱脂粉乳向けの生乳は、成分無調整牛乳より収益が低くなりやすいと川上さんは説明します。加工の手間がかかるためです。
そこで国が補給金を出して、加工向けの乳価を支える仕組みがあります。
つまり日本の乳価は単純な市場価格ではなく、酪農家の団体、乳業メーカー、国の三者が関わってできているということです。
「牛乳が高い=酪農家が儲かる」とは限らない
質問への答えを一言でまとめると、乳価は酪農家団体と乳業メーカーの交渉で決まり、国の制度がそれを支えている、という形になります。
牛乳が高くなったというニュースを見ると、酪農家が儲かっているように見えることがあります。
しかし実際には、餌代、燃料代、電気代、資材費なども同時に上がっています。乳価が上がってもコストの上昇の方が大きいことも珍しくないと話されています。
スーパーで牛乳を手に取るとき、その値段を誰が決めているのかを考えることは少ないでしょう。今は「高いな」と感じる人の方が多いかもしれません。
でもその裏側では、毎年かなり大きな交渉が行われ、たくさんの人が関わっています。牛乳一本にも、そんな仕組みが詰まっているのです。
税金で支える仕組みと、これからの課題
国が関わっているということは、国の税金で酪農家を支援しているということでもあります。牛乳や乳製品が売れず酪農家や乳業メーカーが困る部分を、税金で賄っているのです。
高いからと買い控えが続けば、それを支えるために税金が投入される。川上さんはこの構造を「いびつではないか」と問いかけます。
ね、ちょっとおかしくないですか?いびつじゃないですかって思いませんか?税金を投入しなくてもですね、酪農家さん頑張ってるから、その応援として買っていくっていう。
一方で酪農家も、消費者が買ってくれるからと甘えず、生産効率を上げてより美味しい品質の牛乳を作る。その両立が大事だと話されています。
この価格交渉の仕組みは戦後から作られ、時代に合わせて変わってきました。食糧難の時代に生産を増やそうと酪農家が頑張り、一年で牛乳生産量が三割ほど増えた年もあったといいます。
そのとき急に増えた生乳に対して乳業メーカーが価格を抑えようとし、酪農家が採算に合わないと苦しんだ歴史もあるそうです。歴史を知ると、今のいびつな形の理由も見えてきます。
世界情勢は一日ごとに変わります。それを一年に一度の乳価交渉で決めるのは時代に合っていないのではないか、と川上さんは指摘します。
だからこそ、これから酪農を続ける若い酪農家が乳価交渉に関わっていく必要があると話します。生乳販売委員会など地域の場に、ぜひ若い人を出してほしいと呼びかけていました。
まとめ
牛乳の値段は、酪農家団体と乳業メーカーの毎年の交渉で決まり、国の制度がそれを支えています。スーパーの価格と酪農家の受け取りは別物で、プール乳価という仕組みで地域全体の経営が安定するよう設計されています。
- 牛乳の値段は酪農家でもメーカーでも一方的には決められず、両者の毎年の交渉で決まる
- スーパーの価格には集乳・殺菌・容器・物流・小売利益が含まれ、酪農家の受け取りとは異なる
- 用途で価値が違う生乳をまとめて平均化する「プール乳価」が地域の経営を安定させている
- 加工向けには国の補給金があり、酪農家団体・乳業メーカー・国の三者が価格に関わる
- 乳価が上がってもコスト上昇の方が大きいことも多く、若い酪農家の交渉参加が課題となっている
