丁丑年生まれは「白鳥のように」努力する?
てつ先生のラジオ「自然の景色で見る四柱推命」は、四柱推命の観点から見える日々の気づきを、短くカジュアルに伝える番組です。この回は丁丑の日にちなみ、丁丑年に生まれた歴史上の人物を取り上げます。
このシリーズの狙いは、「丁丑年生まれの人はこんな人生を送りやすい」という傾向が本当に当てはまるのかを、人物の歴史と照らし合わせて検証することです。
てつ先生によると、丁丑年生まれの人は「人知れずコツコツ努力することこそ素晴らしい」と教えられる環境や時代背景に生まれやすいといいます。
白鳥がね、水面下では必死に足をもがいているように、人に知られないような努力をしながらも、表面上は優雅な振る舞いをする。
丁丑年生まれの人は、努力を表に見せないことをかっこいいと感じやすく、結果として人にあまり甘えない生き方になりやすいそうです。功績を上げてもひけらかさないことが美徳だ、という価値観も教えられやすいといいます。
てつ先生は、丁丑年生まれの人は見えないところで努力を積み重ねることで、先祖からの運気のフォローを受け、人生を開運していく傾向が強いと説明します。
授賞式に行かなかったノーベル賞作家とは
丁丑年生まれの実例として、てつ先生が探してきたのは、ノーベル文学賞という栄誉を得ながら授賞式に参加しなかった作家です。1946年、今から80年ほど前の出来事で、その作家がドイツのヘルマン・ヘッセです。
てつ先生自身、ヘッセの名前に聞き覚えがあったものの思い出せず、調べてみると中学校の国語の教科書に載っている「少年の日の思い出」の作者だったといいます。
「少年の日の思い出」は、主人公の「僕」が友人エーミールの美しいクジャクヤママユの標本を妬んで盗み、壊してしまい、それをどう告白するかの葛藤を描いた作品です。
(「少年の日の思い出」を)35、6年前に読んだ時に、いまだになんとなく記憶に残っている話なんですけど、理解できなかったんですよ。
そもそも盗むなやって思ったし、蝶の標本いいからすぐ謝れよって思った記憶があります。
てつ先生は塾講師もしており、中学生の定期テストでエーミールの話を見かけたこともあるそうです。大人になった今読み直せば、「僕」とエーミールの気持ちのやりとりがもっと解像度高く見えるのではないか、と話しています。
火と土が強すぎる、ヘッセの命式
てつ先生が示すのは、ヘッセの元の命式です。生まれた時間がわからないため、時柱を除いた6字で見ていきます。
ヘッセの命式は、天干に火が並び、月支が午の夏生まれで、とにかく火が強いのが特徴です。土もある程度強くなりやすい形だといいます。
一見すると子(鼠)という水の要素を持っていますが、子は午と衝の関係にあり、強すぎる火の勢いに押されています。そのため、ヘッセの元の命式は水がそれほど強くなく、火と土が非常に強い命式だと読まれます。
四柱推命の言葉でいえば、火の自星 ── 四柱推命で、自分自身と同じ五行を指すてつ先生の呼び方。一般には比肩・劫財にあたり、自我や主体性の強さを表すとされますと、土の食傷星 ── 食神・傷官の総称。自分から生み出される五行で、表現力や言葉、時に反骨心の出方を表すとされますが強い命式です。
しかも自星が火。これね、僕にむちゃくちゃ似てるんですよ。
宣教師の家、神学校、国家──反抗し続けた人生
てつ先生がヘッセについて調べるほど感じたのは、ヘッセの人生が常に何かに対抗していたということです。
ヘッセは宣教師の家に生まれ、まず親に強く反抗しました。進んだ神学校とも全く合わず、逃げるように辞めています。自殺未遂をするほど追い詰められていた時期もあったようです。
その後、結婚して作家になってからは、ドイツという国家を批判し続けます。第二次世界大戦に突入して国家への忠誠を求められても、ヘッセはそれを拒みました。
てつ先生によると、ヘッセは受賞そのものはとても喜んでいたらしく、体調不良もあったといいます。それでも授賞式には行かなかったという点に、てつ先生はヘッセらしさを見ています。
ヘッセ作品を貫く「自分自身として生きる」メッセージ
ヘッセの作品について、てつ先生は「本当に素晴らしいメッセージを出している」と評価しています。全作品に通じているのは、人間は自分自身として生きていいんだ、というメッセージです。
社会の期待に合わせるだけではなくて、やっぱり自分自身の生き方を探すことがすごい大事だっていうことを、一貫して言っていた作家さんなんですよ。
ノーベル文学賞の受賞につながった作品として挙げられたのが、1943年の『ガラス玉演戯 ── ヘッセ晩年の長編小説。架空の未来世界で、精神的な遊戯「ガラス玉演戯」を極めた人物の生涯を描きます』です。学問と芸術が高度に発達した架空の世界を舞台に、知識と現代社会の関係を問う作品で、てつ先生はヘッセを哲学的な思考をする人でもあったと紹介しています。
ヘッセが言い続けたのは、人は何のために努力するのかという問いでした。てつ先生の解釈では、ヘッセにとっての努力とは、周囲に認められるためではなく、自分が自分として生きるための努力です。
あふれる情熱が毒舌になる命式の仕組み
てつ先生は、火の自星が強く土の食傷星も強い人は、とにかく頑固精神がすごいと話します。ヘッセは火が強いため、情熱そのものが非常に大きい人です。
ただ、ヘッセの大きすぎる情熱は、土の食傷星に隠されて、まっすぐ周囲に出ていきません。てつ先生は、その情熱が結構な毒舌として出ていくと読んでいます。
火が強い
情熱が大きすぎるほどある
土の食傷星
情熱が土に隠され、まっすぐ出ない
出口
毒舌や天邪鬼として表に出る
ヘッセの日干は太陽にたとえられる丙で、本来は自分が主役になり注目されることを好むはずだといいます。実際、ノーベル賞を受けたときもヘッセはとても喜んでいたそうです。
(ヘッセは)天邪鬼になっちゃうんですよ。いや、俺そんな場所に行かねえからみたいな。
受賞が決まると、周囲からは祝福の手紙が次々と届き、本人が喜ぶ以上のフィーバーになったそうです。ヘッセはその騒ぎに相当うんざりしていて、妻への手紙に「こんな騒ぎ、悪魔と一緒にいなくなってしまえ」という趣旨の辛辣な言葉を書いたといいます。てつ先生は、言葉がはっきりと辛辣なところが土の食傷星らしいと見ています。
1946年、大運の切り替わりで何が起きたか
てつ先生は、ノーベル文学賞を受賞した1946年の運の流れを読み解きます。1946年は丙戌の年で、見えている命式の上では丙が3つ並び、太陽がとても強く輝く状態でした。太陽であるヘッセに脚光が当たりやすい状況だったといいます。
さらに1946年は、ヘッセの大運がちょうど切り替わった年でもあります。新しい大運で亥が巡り、命式にもともとある子・丑と重なって、北方の方合 ── 十二支のうち同じ方角・季節に属する3つがそろう特殊な組み合わせ。亥・子・丑がそろうと北方の水の気が強まるとされますがそろいました。
やっぱり歴史が動くとか、本人の人生が大きく動く時って、やっぱり方合とか会局っていう十二支の特殊な動きがあるなっていうのは本当に思いますね。
ヘッセにとって水は官星にあたります。官星は社会的な役割や社会的な名誉を表すため、水がそろったタイミングでノーベル賞という大きな名誉が入ってきた、というのがてつ先生の読みです。
一方で、同じ大運で巡った戊は、午との結びつきで食傷星の働きを強めるといいます。大きな名誉を得ながら授賞式には行きたくない天邪鬼が出た理由も、ここに表れていると考えられます。
社会的な名誉が大きくなり、ノーベル文学賞を受賞する
名誉を受けながら授賞式に行きたくない天邪鬼が出る
みんなが右なら左へ。てつ先生がヘッセに感じた親近感
てつ先生自身も、ヘッセと同じく火と土が強い命式を持っているそうです。この命式の人について、てつ先生は「反抗したいわけではない」と前置きしたうえで、次のように語ります。
みんなが右に行くって言ったら左に行きたいんですよ。
で、またみんなが左に行くって言い出したら、また右に行くんですよ。
ヘッセもまさにそうした生き方をしていたことから、てつ先生は強い親近感を覚えたといいます。火の自星と土の食傷星が強い人なら、きっと共感できる話ではないかとも話しています。
この後、番組では公式LINEで配布している通変星の出し方の無料PDFと解説動画、11月6日開始予定の命式サイトのサブスク販売、四柱推命基礎完成講座のアーカイブ販売と12月1日開始の第2期の案内がありました。
ヘッセは「外格」だった?用神が当てはまらない謎
告知のあと、てつ先生はヘッセの命式の用神 ── 命式のバランスを整えるために必要とされる五行や干。用神が巡る時期は運が開きやすいと考えられていますがとても難しいと話を戻します。候補は庚や癸あたりだと考えているそうです。
ところが、ヘッセの人生では、庚や癸が巡っている時期に大きく開運しているわけではありません。作品が世間に本当の意味で認められた1946年のノーベル文学賞受賞にも、庚・癸は絡んでいないといいます。
庚や癸がもっと前に巡った時期、ヘッセは意外と苦労していたそうです。庚の時期にたくさん作品を書いているので、庚はある程度用神として働いているかもしれない、とてつ先生は留保しています。
てつ先生が挙げるひとつの可能性は、偏りの大きいヘッセの命式が、人生の前半などに外格だったかもしれないということです。外格になると火の自星の要素がさらに強く出て、周りの「こうしろ、ああしろ」がますます聞けなくなるといいます。
全体の約95%。用神の考え方が使える
全体の約5%。ヘッセの場合、火の自星の要素がさらに強く出る
ヘッセが作品で伝えた「あなたはあなたとして生きましょう」というメッセージも、てつ先生はまさに自星のメッセージだと読みます。用神は内格の人に使える概念であるため、ヘッセの人生が用神どおりに動いていないのは、外格の時期があったからではないかという考察です。
てつ先生は、火の自星と土の食傷星が強いと、やはり天邪鬼になるのだとわかって個人的に嬉しかった、と締めくくっています。
丁丑の日は立ち止まり、靴紐を結び直す
最後にてつ先生は、放送日の丁丑の日のエネルギーを解説します。丁は、釘を打つように2つの異なる概念を丁寧に打ち付け、1つの安定状態に持っていく性質だといいます。
丑は、一度立ち止まって足元を見て、靴紐を結び直すように、自分の現状を冷静に正すエネルギーだそうです。丁と丑が重なる日なので、新しいことを始めるより、一度立ち止まることが勧められています。
(手元にあるAとBを組み合わせたらいいという気づきは、)一回本当に立ち止まってみないと見えないですので。
てつ先生によると、手元のものを組み合わせる発想は、一度立ち止まってみないと見えてこないものです。番組は週末休みを挟み、月曜日から再開すると案内して終わります。
まとめ
丁丑年生まれの「人知れず努力する」傾向を検証した今回、てつ先生はヘルマン・ヘッセの反抗の人生と授賞式欠席を、火と土が強い命式と1946年の運の流れから読み解きました。
- 丁丑年生まれは、努力を見せずにコツコツ積み重ねることで開運しやすいとされる
- ヘッセは親、神学校、国家に反抗し続け、ノーベル文学賞の授賞式にも行かなかった
- 火の自星と土の食傷星が強い命式は、大きな情熱が毒舌や天邪鬼として表に出やすい
- 1946年は亥の大運で北方合がそろい、官星の名誉が巡る一方、戊が食傷星を強めた
- 用神どおりに動かないヘッセの人生には、外格だった時期がある可能性も考えられる






