AI導入は「組織の慣性」との闘い
AI導入は、単なるツールの入れ替えではありません。高宮さんは「組織とか人って慣性の法則みたいなのが働く」と指摘します。今までのやり方を変えたくない、システムが合わない、自分がやり方がわからない──こうした心理的・技術的なハードルが重なり、重い腰が上がらない状況が生まれます。
しかし、放っておいても変化は起きません。高宮さんは「最初はプッシュスタートで、人力でもいいから気合で押さなきゃいけない」と強調します。バッテリーが上がった車を後ろから押してエンジンをかけるように、最初の一歩を強制的に踏み出すことが必要です。
放っといても多分やらないので、プッシュスタートが必要なんです
出島型と薄く広く型──2つの浸透パターン
AI導入には大きく2つのアプローチがあると高宮さんは語ります。
別組織を作り、AI駆動で全部AIでやる。クイックウィンで成功事例を作り、他チームに飛び火させるか、出島単独で成長させて既存をカニバる。
全組織にAIツールを支給し、触るバリアを下げる。アメ(褒賞・表彰)とムチ(強制・評価項目化)で浸透を促す。
薄く広く型の場合、アメとムチの両方を使います。アメの例としては、月に一回「AIエージェントコンテスト」を開催し、優秀者に「AIエバンジェリスト」の称号や金一封を授与する。ムチの例としては、月に一回AIしか使わない日を設ける、または人事評価の項目にAI活用度を入れ込むといった方法が考えられます。
高宮さんは「これって別にAIに限らず、新しいことをやるためのセオリー」と指摘します。組織文化を変えるという抽象的な課題に対し、具体的な仕組みを設計することが鍵になります。
レッドゾーンの設定とリテラシーの重要性
AI導入を全社に広げる場合、もう一つ重要なのが「レッドゾーン」の設定です。高宮さんは、ミッションクリティカルな領域──データベースのマスターや決済、セキュリティ関連──にノンエンジニアが触れるリスクを指摘します。
この線引きは経営判断であり、組織のAI習熟度に応じて変化していくものです。最初は広くレッドゾーンを設定し、習熟度が上がるにつれて徐々に範囲を狭めていく──そうした段階的なアプローチが現実的かもしれません。
長谷川さんは「経営陣の一定リテラシーが求められる」と指摘します。AI時代において、経営層がテクノロジーを理解し、適切な線引きをする力は不可欠です。
ボトムアップの成功事例──福祉業界での実践
長谷川さんは、大阪の福祉業界でAI導入を進めた実体験を語ります。スタートアップ業界に近い環境から、テクノロジーとの距離がある福祉業界、しかもシニアが多い組織に飛び込み、ボトムアップでAIを浸透させたといいます。
全社ゴールでみんなAI使ってくださいじゃなくて、僕と僕のチームから始めて、一人に教えて、そのチームに教えて、成功事例ができて、他の事業所に広がっていった
「絵に描いた餅」を口で説明しても伝わらない。そこで長谷川さんは、まず自分で勝手に動かして、結果を見せてから承認を得るという順番を取りました。「こういうものですよ」と具体的に見せることで、「いいね」という反応を引き出すことができたといいます。
高宮さんはこのアプローチを「改善サークル」に例えます。日本企業が得意としてきたボトムアップの改善活動と、AI導入は本質的に同じだというのです。現場のメンバーが小さな改善を積み重ね、それが表彰され、他の工程にも横展開されていく──この文化こそ、日本の強みかもしれません。
戦略とプロセスの整合性──SaaS vs 自社開発の判断軸
AI活用が進むと、既存のSaaSを自社開発で置き換える動きも出てきます。長谷川さんの組織では、人事労務系のSaaSをClaude CodeAnthropic社が提供するAIアシスタント「Claude」をベースにしたコーディング支援ツール。対話形式でコードを生成・修正でき、非エンジニアでも簡単なツール開発が可能になります。などを使って次々とリプレースしているといいます。
しかし高宮さんは、「車輪の再発明」をする意味を問います。判断軸は2つです。
1. コスパ(ROI)
外部SaaSへの支払いと自社開発のランニングコストを比較し、先行投資を考慮した上でROIが良いか
2. 競争優位への寄与度
その業務プロセスが自社固有・業界固有で、競争優位に直結しているか
もし業務が標準的で、他社と差がつかないものなら、業界のベストプラクティスに乗っかる方が合理的です。一方、顧客満足度を極限まで高めるCRMなど、自社の戦略に直結する領域なら、自社開発する価値があります。
戦略と仕組み、プロセスの整合性が取れている。逆に言うと戦略にその仕組みは従うんです
高宮さんはリッツ・カールトン世界的な高級ホテルチェーン。一人一人のゲストに対する細やかなホスピタリティで知られ、従業員一人あたり最大2,000ドルまでの裁量権を持ってゲストの要望に応える「エンパワーメント」の文化で有名です。を例に挙げます。一人一人にホスピタリティを提供するプレミアム戦略なら、顧客フィードバックに答え続けるシステムを自社開発すべきです。一方、多くの人にアクセス可能なコスパ重視の戦略なら、標準的なシステムで十分かもしれません。
そして高宮さんは、さらに上位の概念に触れます。「戦略はWhyに規定される」──自分たちが何をやりたいのか、その思い(Why)が戦略を決め、戦略がプロセスを決める。この一貫性こそが、組織を強くするのです。
まとめ
AI導入は、単なるツールの話ではなく、組織文化を変革する戦略論そのものです。高宮さんと長谷川さんの議論から見えてきたのは、以下のポイントです。
出島型と薄く広く型、どちらのアプローチも有効であり、組織の状況や戦略に応じて選ぶべきです。薄く広く型ではアメとムチを併用し、レッドゾーンを明確に設定することが重要になります。また、ボトムアップで小さな成功を積み重ね、横展開していく日本型の改善活動は、AI普及においても強みになりえます。
さらに、SaaSを自社開発に置き換えるかどうかは、ROIと競争優位への寄与度で判断します。そして最上位には、Why(自分たちが何をやりたいのか)があり、それが戦略を決め、戦略がプロセスを決める──この一貫性が、AI時代の組織づくりにおいても変わらぬ原則です。
高宮さんは「まだ誰もクリアしてないので、セオリーとしてどっちが正しいってないからやってみるしかない」と語ります。正解のない時代だからこそ、自分たちの戦略に合った方法を模索し続けることが求められているのかもしれません。
- AI導入は「組織の慣性」との闘い。最初はプッシュスタートで強制的に動かす必要がある
- 出島型(小さく火をつけて広げる)と薄く広く型(全社に広げてアメとムチで浸透)の2つのパターンがある
- 薄く広く型では、ミッションクリティカルな領域を「レッドゾーン」として設定し、段階的に習熟度を上げる
- ボトムアップで小さな成功を積み重ねる改善サークル的なアプローチは、日本の強みになりうる
- SaaS vs 自社開発の判断軸は、ROIと競争優位への寄与度。戦略と仕組みの整合性が重要
- Why(やりたいこと)→ 戦略 → プロセスの一貫性が、AI時代の組織づくりでも変わらぬ原則
