AI時代にこそ文学が必要!人生の厚みを作る読書の戦略論
ぼくらの戦略論第50回は、ベンチャーキャピタリストの高宮慎一さんと編集者・ポーカープレイヤーの長谷川リョーさんが「読書」をテーマに議論しました。かつて年間300冊読んでいた長谷川さんが最近は年10〜30冊に激減したという課題感から、海外生活で日本語に飢えた原体験、AI時代における情報摂取と読書の違い、そして文学が人生にもたらす厚みまで話が広がっています。その内容をまとめます。
「一冊を通読する」行為の減少
今回のテーマは「読書の戦略論」。50回の放送を重ねてきた番組ですが、意外にもこれまで正面から読書を扱ったことはなかったそうです。きっかけは長谷川さん自身の課題感でした。
ピークの学生の頃は年間300冊、400冊読んでいたのに、ここ5年くらいは年に10冊、20冊、30冊くらいしか読んでないかもしれないですね
この感覚は高宮さんも同じだといいます。活字を読む総量自体はそれほど減っていないものの、「一冊の本を最初から最後まで通読する」という行為が明らかに減ったと振り返りました。ニュース記事やSNSの短い文章を大量に読む一方で、ひとつのテーマにじっくり向き合う読書体験が失われつつあるという問題意識が、今回の議論の出発点です。
海外生活と日本語への飢餓感が生んだ乱読体験
高宮さんの読書の原点は、小学校高学年から中学生にかけてのイギリス生活でした。海外に住んでいると、日本語そのものに飢えるのだそうです。当時はまだインターネットもスマートフォンもない時代。漫画のジャンプ週刊少年ジャンプ。集英社が発行する少年向け漫画雑誌。海外では空輸されるため発売が遅れ、価格も高くなる。は空輸で3日遅れのうえ価格も高く、補習校で回し読みしても一瞬で消費してしまいます。
そこで手を伸ばしたのが、実家にあった本でした。『アルセーヌ・ルパン』モーリス・ルブラン作の怪盗小説シリーズ。紳士的な怪盗ルパンが活躍する冒険物語で、児童向け翻訳版が日本でも広く読まれている。や『ズッコケ三人組』那須正幹による児童文学シリーズ。ハチベエ・ハカセ・モーちゃんの3人が主人公の冒険もの。全50巻で累計2500万部を超えるベストセラー。から始まり、『ホームズ』アーサー・コナン・ドイル作の推理小説シリーズ。名探偵シャーロック・ホームズが数々の事件を解決する。を全巻制覇し、やがて戦国物や三国志へ。吉川英治日本を代表する歴史小説家(1892-1962)。『宮本武蔵』『三国志』『新・平家物語』など大衆文学の名作を多数執筆。国民文学作家と称される。の歴史小説を読み尽くすと、今度は親が置いていた村上龍小説家・映画監督(1952-)。デビュー作『限りなく透明に近いブルー』で芥川賞受賞。『コインロッカー・ベイビーズ』『五分後の世界』など多数の作品がある。の『限りなく透明に近いブルー』や瀬戸内寂聴小説家・天台宗の尼僧(1922-2021)。『源氏物語』の現代語訳や『夏の終り』など多数の著作がある。51歳で出家した。の作品にまで手を伸ばします。
Webがないから本を読まないと日本語に触れられないんですよね。めちゃくちゃ頭に入ってくるんですよ、ダイレクトに
さらに読むものがなくなると、補習校の図書コーナーが救いになりました。海外赴任を終えたサラリーマンが置いていった本が雑多に並んでおり、赤川次郎推理小説家(1948-)。『三毛猫ホームズ』シリーズなどで知られ、著作は580冊以上。非常に読みやすい文体で幅広い読者層を持つ。のようなエンタメ作品からマニアックな文学まで何でもありました。貸出制限を交渉して10冊借り出し、帰りの車中で2冊読み終えるほどの勢いだったそうです。
この「日本語への飢え」が生んだ乱読の習慣は大学時代まで続き、村上春樹小説家(1949-)。『ノルウェイの森』『1Q84』など世界的ベストセラー多数。ノーベル文学賞候補として毎年名前が挙がる。や村上龍を全作品読破。社会人になってからは西加奈子小説家(1977-)。2015年に『サラバ!』で直木賞受賞。『さくら』『きいろいゾウ』など、人間の弱さや温かさを描く作品で知られる。の作品にも惹かれ、お子さんの名前の第一候補が西加奈子の小説『さくら』に由来する「さくら」だったというエピソードも飛び出しました(画数の都合で別の名前になったそうです)。
文化的資本ゼロからの読書遍歴
長谷川さんの読書体験は、高宮さんとは対照的なスタート地点から始まっています。「家に本が1冊もなかった」と語るとおり、いわゆる文化的資本社会学者ピエール・ブルデューが提唱した概念。家庭の蔵書、芸術体験、教養といった非経済的な資産のこと。子どもの学力や進路に大きな影響を与えるとされる。がない環境だったそうです。
転機は高校1年生のとき。担任の先生の影響で本を読み始め、その直後にアメリカへ渡ります。高宮さんと同じく田舎での生活で、しかもスマートフォンのない時代。母親に頼んでブックオフでダンボール2箱分の本を適当に詰め込んで送ってもらい、村上春樹と村上龍を中心に読みふけりました。
文化的資本がない家庭だったので、本が家に1冊もなかったんです。そこから読書に入っていきました
大学生になると時間が生まれ、文学以外のジャンルにも手を広げます。同時に「書く」という行為にものめり込み、アメリカ留学中は365日分の英語日記を手書きで書き続け、大学ではブログにも挑戦。この「読む」と「書く」の両輪が回り始めたことで、のちのライターとしてのキャリアにつながっていったとのことです。
📚 実家に本が豊富にあった
🇬🇧 イギリスで日本語に飢え乱読
📖 小学校高学年〜中学がピーク
🎯 児童文学→歴史小説→純文学と段階的に広がる
📚 家に本が1冊もなかった
🇺🇸 アメリカで日本語に飢え読書
📖 高校1年の恩師がきっかけ
🎯 読む+書くの両輪でライターへ
出発点は正反対でも、「海外で日本語に飢えて本を読みまくった」という原体験が二人に共通しているのは興味深いところです。環境によって選択肢が制限されたことが、かえって本への没入度を高めたと言えるかもしれません。
書評アーカイブ × AIで過去の読書を再活用する
長谷川さんは現在、NewsPicksソーシャル経済メディア。ニュースに対して識者やユーザーがコメントを付ける仕組みが特徴。「プロピッカー」は各分野の専門家として選ばれたコメンテーター。のプロピッカーとしてブック部門を担当しています。ここで活きているのが、大学時代に書き溜めたブログの書評アーカイブです。読んだ本の内容や感想が膨大に残っており、それを掘り起こして投稿しているとのこと。
ただし、10年以上前に書いた文章は当然ながら表現が稚拙だったり、時代に合わない部分もあります。そこで活用しているのがGeminiGoogleが開発した大規模言語モデル(LLM)。文章の要約・リライト・翻訳など多様なタスクに対応する生成AIサービス。です。過去の書評をGeminiに通し、プロンプトを調整しながら文体を整えてから投稿するワークフローを構築しているそうです。
アナログなAI時代みたいですね
高宮さんが「夜中に書いたラブレターを振り返ると黒歴史」と笑いましたが、長谷川さんはプロンプトの調整を重ねた結果、今では過去の書評をプロジェクトに通すだけで「大体いい感じになる」状態まで仕上げているとのこと。過去に蓄積した読書体験が、AIという新しいツールによって現在の仕事に再活用されているという、象徴的な事例です。
過去のブログ書評
大学時代に書き溜めた読書記録を発掘
Geminiでリライト
プロンプトを調整し、文体・表現を現在の水準に整える
NewsPicksに投稿
プロピッカー・ブック部門として書評を配信
まとめ
今回は「読書の戦略論」の導入として、二人の読書原体験と、現在の読書量の変化が語られました。共通していたのは、海外で日本語に飢えた環境が結果的に深い読書体験を生んだという点です。情報があふれる現代では一冊を通読する機会が減りがちですが、過去の読書体験は蓄積として残り、AIなどの新しいツールと組み合わせることで再び価値を発揮する可能性があります。「選択肢がないからこそ深く読めた」という原体験は、情報過多の時代にどう読書と向き合うかを考えるヒントになりそうです。
- 活字を読む量は減っていなくても、「一冊を通読する」行為は明らかに減少している
- 海外生活で日本語に飢えた環境が、二人に共通する猛烈な読書体験の原点になった
- 選択肢が制限された環境のほうが、かえって本への没入度が高まる逆説がある
- 文化的資本の有無に関わらず、きっかけと環境次第で読書習慣は形成できる
- 過去の読書記録は、AIツールと組み合わせることで現在の仕事に再活用できる
