撤退は「終わりの始まり」ではなく「新しい始まりの始まり」
長谷川氏は、自身が20年来運営してきた会社「モメンタムホース」の決算で、売上が右肩下がりとなり休眠を検討しているという身近な話題から議論をスタートしました。印税収入の処理や、AIの台頭で凪状態にあるライター業の将来など、現実的な悩みが背景にあります。
この話を受けて高宮氏は、スタートアップ文脈での「撤退」を独自に捉え直します。一般的には「終わりの始まり」のイメージがある撤退も、自身にとっては「新しい始まりの始まり」だというのです。
会社経営の前提はゴーイングコンサーン企業が将来にわたって永続的に事業を継続する前提のこと。会計上も重要な概念。、つまり永続的に事業を続けることです。だからこそ、永遠に続け、かつより成長するために撤退するのだ、と高宮氏は語ります。有限なリソース、特にお金の制約のなかで赤字事業をどこまで続けるかを判断し、撤退したらそこで生まれた売上を埋める新しい成長シナリオを描く──これが本来の撤退の姿だというのです。
ゴーイングコンサーン自体を諦めて店じまい。資産を現金化して株主に分配する「終わりの始まり」。
事業ポートフォリオを再構築し、新しい成長シナリオに集中するための「新しい始まりの始まり」。
永遠に続けるかつより成長するために撤退するわけなんで。新しい始まりの始まりっていうイメージがあるんですよね。
スタートアップの撤退基準とグリーンライティング
では具体的に、どこで見切りをつけるべきなのか。高宮氏は大企業の新規事業の例を引き、定量的なルールを設けるのが定石だと説きます。「3年以内に黒字化」「3年以内に売上10億かつ5年以内に黒字化」など、全社的に新規事業に求めるラインがあり、それに基づいて継続可否を判断する仕組みです。
スタートアップの場合はキャッシュ制約がより大きいため、「何年以内に黒字化目処が立たなかったら」「何年でいくら燃やしたら」というパターンで線を引くことが多いといいます。
ただし、杓子定規に定量基準だけで判断すると、もう一息でスケールする夢があった事業を早すぎる段階で切ってしまう可能性があります。一方で例外措置ばかり認めていては規律が失われる。この両取りのために、よくあるパターンが「定量基準+戦略的判断」の二段構えだと高宮氏は解説します。
この考え方は、高宮氏が執筆中の『起業の戦略論高宮慎一氏による著書『起業の戦略論 スタートアップ成功の40のセオリー』。現在Amazonで予約受付中。』にも書かれているといいます。
AI時代に変わる「制約条件」
長谷川氏が話を展開させたのは、AI時代における撤退論の変化です。少人数、あるいは一人で生成AIを用いてプロダクト開発ができる時代、お金があまり必要ないからこそ「粘れる」時代になっているのではないか、という問いかけでした。
高宮氏はこれに対し、何を制約条件として撤退を判断するかが変化していると応じます。ビフォアAIの時代は開発コストがボトルネックだったため、「開発コストが◯◯まで超えたら撤退」「開発コスト対売上見込みのROIが◯◯になったら撤退」といった基準が機能していました。
開発コストが主な制約。お金 vs 売上見込みのROIで線を引く。
お金コストは激減。代わりに「人の時間」や「市場そのものの有無」が制約に。
しかしAI時代になると、単純なお金のコストはそれほどかからず、「AI対AIのトーク代」程度しか発生しないケースが増えてきます。となると、撤退基準を引くべき制約は別の場所に移ります。それを回す人の時間や、ボトムアップで多様なプロダクトをぶつけてみた結果として市場そのものが存在しないと判明したとき──こうした新しい制約に応じた撤退基準の引き方が求められるのです。
何を制約条件として撤退をしなきゃいけないのか次第だと思うんですよ。AI時代にあった新しい撤退基準の引き方みたいなのもあるのかなと。
個人キャリアにも撤退基準を導入する
議論はここから、個人のキャリアと人生にも当てはまる「ポートフォリオ論」へと展開します。長谷川氏が、福祉事業とポーカー事業のマーケティングのために毎日コンテンツを作っている近況を共有すると、高宮氏は「長谷川さんの時間とモチベもコストと考えると、そこが持つかという話がある」と返しました。
面白いのは、撤退ラインを引くこと自体がモチベーションを支える側面もあるという指摘です。「無水カレーを毎日作り続ける」のは好きでなければ続かない。しかし「1年間やり切る」と決めれば、パッションが完璧でなくてもやり抜けるというのです。
そして話題は核心へ。高宮氏は、日本人は生真面目な人が多く、自分に合っていない職場でも「やり切ることが大事だ」「いつか成果が出る」と頑張り続け、結果バーンアウトや体を壊す事態を招きがちだと指摘します。
本来、撤退基準とは「自分というリソースが枯渇する前に、バーンアウトする前に撤退するため」のもの。同じ考え方を応用して、「この仕事に10年投資してダメだったら撤退」「1年で一度継続判断するゲートを設ける」といった仕組みを自分のキャリアに導入していいのではないか、というのが高宮氏の提案です。
事業ポートフォリオから人生ポートフォリオへ
長谷川氏は、自身の「モメンタムホース」を一時撤退して福祉事業に集中力をシフトすることが、「長谷川株式会社」の事業ポートフォリオ再構築だと整理します。これに対し高宮氏は、BCGのプロダクトポートフォリオマトリックスボストン・コンサルティング・グループが提唱した事業ポートフォリオ分析の枠組み。市場成長率と相対マーケットシェアの2軸で事業を「スター」「金のなる木」「問題児」「負け犬」に分類する。の考え方を引きながらさらに掘り下げました。
追加投資の判断が必要
積極的に投資
撤退検討
キャッシュ源
長谷川氏のコンテンツ事業が「自分は好きだけど成長性は見込めない」なら、キャッシュカウや負け犬的な位置づけ。そこにどこまでリソースを突っ込むのか、追加リソースにどう制限をかけるのかという視点を持つべきだ、という整理です。
さらに高宮氏は、人生そのものにもこの考え方を当てはめるべきだと述べます。趣味と仕事を分けたとき、「人生長谷川」を全体としてサステイナブルにするために、どこまで趣味に時間を突っ込んでいいか──という上位レイヤーのポートフォリオが必要だというのです。
キャリアだけで部分最適するというよりも、人生で総体的に最適化する道を模索していくのも、AI時代っぽいのかなっていう気はしますね。
WhyとWhatの再発見:コンテンツ作りの本質
議論の終盤、長谷川氏は重要な気づきを口にします。自分が好きなのは「ライティング」ではなく、もっと抽象度を上げた「コンテンツ作り」そのものだったというのです。一回作ったものが寝ている間にも誰かの目に届く生産性の高さ、リアクションが返ってくる喜び、誰かの考えに影響を与えられる喜び──。
高宮氏はこの発言を「すごくビジョン作りっぽい」と評価します。文章というメディアにとらわれず、コンテンツを人に届けることをやりたい、と一段抽象化することで、より普遍性の高いビジョンへと昇華できるからです。
長谷川氏はさらに、福祉の現場で支援員しかいない組織に対し、自分が触媒となってコンテンツ作りや生産性の考え方、戦略論を伝道していくことが、最近の喜びにつながっていると語ります。これに対し高宮氏は「長谷川さんが人生を通して実現したいことは、人をEnableする、Empowerすることかもしれない」と本質的なWhyを示唆しました。
WhyによってのみWhatの正しさが規定される──これは番組で繰り返されてきたテーマですが、ライティングという手段から「コンテンツを通して人をEnableする」という上位のWhyへ抽象化が進んだ瞬間でもありました。
まとめ
「撤退」という一見ネガティブに見えるテーマから始まった議論は、スタートアップの撤退基準、AI時代の制約変化、個人キャリアのポートフォリオ論、そして人生レベルでの最適化と、何度も抽象度を上げながら展開していきました。撤退とは終わりではなく、リソースを再配分し、より大きな目的に向かい直すための仕組みです。会社にも、キャリアにも、そして人生にも、その視点は応用できそうです。
番組末尾では、本能型から知略型へ変化しつつあるように見える長谷川氏に対し、リスナーへの「進化してほしいか、本能型のままでいてほしいか」という問いかけも行われました。ハッシュタグ「#僕専」での反応が、今後の長谷川氏の進む道を映し出すかもしれません。
- 撤退は「終わりの始まり」ではなく、永続成長のための「新しい始まりの始まり」
- スタートアップの撤退基準は「定量基準+戦略的合議」の二段構えがセオリー
- AI時代は開発コストではなく「人の時間」「市場の有無」が新たな制約条件になる
- 個人キャリアにも撤退基準を導入し、バーンアウト前に判断ゲートを設けるべき
- 事業ポートフォリオの考え方は人生レベルにも応用でき、仕事と趣味の最適配分が問われる
- WhatをWhyに抽象化することで、より普遍性の高いビジョンに昇華できる
