AIに奪われる仕事、奪われない仕事──最後に残る「個人のWhy」とキャリアの作り方
ぼくらの戦略論の「AI時代の戦略論」シリーズ第3回。グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナーの高宮慎一さんと、編集者・ライターの長谷川リョーさんが、AIが仕事を置き換える順番を「インパクト×導入容易度」で整理し、最後に人に残る領域は「合理では説明できない個人のWhy」と意思決定であると議論しました。さらに、特定の職種に固執せず"沈む船"から機敏にホップし続ける新時代のキャリア戦略にまで話が及んでいます。その内容をまとめます。
AGIへの道筋──方向は確実、時間軸は不確実
高宮さんは、AIが進化し普及すること自体にはもはや疑いの余地がないと断言します。問題は「それが千年後なのか明日なのか」という時間軸と、どの領域から浸透していくかという順番だけだと指摘しました。
興味深い傍証として、高宮さんはGoogle DeepMindGoogleの子会社であるAI研究機関。AlphaGoなどで知られる。2023年にGoogle BrainとDeepMindが統合して現在の形になった。の共同創業者でチーフサイエンティストのシェーン・レグShane Legg。ニュージーランド出身のAI研究者。AGIという概念を2000年代初頭に提唱した人物の一人。DeepMindをデミス・ハサビスらと共同創業した。氏と、グロービスグループが運営するG1サミットグロービス経営大学院の堀義人氏が主宰する招待制カンファレンス。政治家、経営者、学者などが集まり、日本と世界の課題を議論する。で直接話す機会があったエピソードを紹介しました。
シェーン・レグは2028年に「MAGI(ミニマルAGI)」ができると言っていて、2002年から予想カーブがぴったり合っていると。タイミングはフィフティーフィフティーだけど、近いうちにMAGIは来ると
MAGIとは「最低限のAGI」のことで、人間の子どもが行うような認知や論考レベルのことは概ねこなせるAIを指すといいます。レグ氏自身がAGIという概念の提唱者であり、2002年の初期予測から現在まで進化カーブが予想通りに推移しているとのことでした。
ただし、AGIはゼロかイチかでポンと出現するわけではないと高宮さんは強調します。個別のタスクをこなす小さなエージェントが一つずつ増え、それらをつなぐ上位のエージェントが現れ、やがて一連のワークフロー、さらにビジネスプロセス全体が自動化される──そうした積み上げ型で「できること」が広がっていくというのが、現実的な普及の姿だといいます。
AIが仕事を置き換える順番を決める2軸
では、AIはどの仕事から置き換えていくのか。高宮さんは2つの軸を提示しました。「導入インパクトの大きさ」と「置き換え容易度」です。
分かりやすい事例がコーディング(プログラミング)です。ある統計によれば、企業内でのAI導入率はコーディング領域で50%を超えている一方、マーケティングやファイナンスなど他の領域はいずれも10%未満にとどまっているといいます。
将来的に大変革が起こるが今は障壁あり
🔥 最優先で置き換えが進む(例:コーディング)
当面は手つかず
人がやると割に合わない作業(例:ポイ活の自動化)
インパクト面では、コーディングのAI化はコスト削減だけでなく、MVPMinimum Viable Product(実用最小限の製品)の略。リーンスタートアップの方法論で用いられる概念で、最小限の機能で素早く市場に投入し、ユーザーの反応を検証する手法。を大量に作って絨毯爆撃的にプロダクトを検証するという、ビジネスのやり方そのものを変えるほどの付加価値があります。
容易度面では、コーディングは文法というルールに従う世界であり、極めて定型化されているため置き換えがしやすいとのこと。逆に「あなたの今の気分を表現して」といったルールのないアート的領域は、前提条件の定義から始めなければならず、置き換えが難しいと説明されました。
導入容易度を左右する「雇用の慣性」と「人手不足」
置き換え容易度にはルール化の度合いだけでなく、「現場で導入できるか」という実務上の障壁も含まれます。高宮さんはここで2つの興味深い視点を提示しました。
雇用の慣性──人件費の二重コスト問題
既存社員をAIで置き換えれば効率化できる──理屈ではそうでも、すぐにクビにできない社会では人件費とAI導入費が二重にかかってしまいます。特に日本は雇用の弾力性が低く、この「慣性」が導入のフリクション(摩擦)として働くと指摘されました。
人手不足の現場──置き換えではなく「新規の穴埋め」
一方で、慢性的な人手不足に悩む現場では事情が異なります。長谷川さんが携わる福祉の現場を例に、「採用に苦労し続けるぐらいなら、最初からAIを入れた方がいい」という発想で導入が進みやすいケースがあると語られました。既存の人を置き換えるのではなく、埋まらないポジションを新規に埋める用途の方がはるかに導入のハードルが低いのです。
・既存社員の置き換え
・人件費とAIコストが二重に発生
・雇用の弾力性が低い(特に日本)
・慢性的な人手不足の現場
・採用が困難なポジションの穴埋め
・人がやると割に合わない極小タスク
さらに高宮さんは、もう一つの意外な導入先として「インパクトが小さすぎて人力では割に合わない領域」にも注目します。ポイ活や動画広告の閲覧など、時給換算すると数十円にしかならない作業でも、月額課金のAIが勝手にこなしてくれるなら任せてもいい──そうした「小さすぎる仕事」こそ、短期的には普及が早いかもしれないという視点でした。
フィジカルAIと社会の受容──技術が先、制度が後
デジタル領域の業務以外に、物理世界でのAI活用──いわゆるフィジカルAIロボティクスとAIを組み合わせ、現実の物理空間で作業を行う技術の総称。NVIDIAのジェンスン・フアンCEOがこの概念を強調し注目を集めた。にも話が及びました。高宮さんの投資先であるTelexistence(テレイグジスタンス)遠隔操作ロボットを開発するスタートアップ。コンビニのバックヤードでの飲料補充作業など、ロボット×AIの実用化を進めている。が手がけるコンビニのバックヤード補充ロボットが好例です。
コンビニの冷蔵庫は、裏側から段ボールを開けてペットボトルを一本ずつ補充する作業が必要です。極寒のバックヤードで行うブラックな仕事であり、人手不足が深刻。ここにAIロボットが導入されつつありますが、現状ではイレギュラー処理だけ人間が遠隔から介入するモデルを取っています。
AIがメインパイロットで、人がコパイロット。ただ責任を取るために座っているだけじゃなく、イレギュラー処理までやっている。事例が蓄積すればルール化が進み、人の介入余地はどんどん減っていく
これは自動運転の普及段階にも通じるアナロジーです。技術的にはすでに自動運転は可能(Tech is ready)でも、事故時の責任問題やトロッコ問題倫理学の思考実験。暴走するトロッコの進路を切り替えれば5人を救えるが1人が犠牲になる。自動運転における事故回避の判断基準として議論される。のような倫理的課題が未解決であり、社会がreadyではない。法制度や社会の受容が追いついて初めて完全無人化が実現するという構図です。
段階1:AIメイン × 人がコパイロット
AIが主体的に動くが、イレギュラー処理は人が遠隔介入
段階2:AIのみ × 人は監視・責任者
例外処理もルール化され、人はただ座っているだけの状態
段階3:完全無人(AI only)
法制度・社会受容が整い、人の介在が不要に
最後に残るのは「個人のWhy」と意思決定
では、AIが次々と仕事を代替していく中で、人に最後まで残るものは何か。高宮さんの答えは明快で、「Whyに裏付けされた意思決定」だといいます。
番組ではおなじみの「Why・What・How」のフレームワークで整理すると、WhyとWhatの最上流は人が担い、Whatの下流とHowの部分はAIがかなり代替できてしまう。つまり「何をやるか」の戦略部分はAIが選択肢を出してくれるようになるが、「なぜやるのか」というビジョンの根幹は人から離れにくいという見立てです。
高宮さんはSaaSとAIエージェントの違いを対比して説明しました。SaaSは「人がトータルでやっていたものの一部を代替する=機能の提供」であるのに対し、真のエージェントは「人手を介さずにアウトプットを丸ごと提供する=価値の提供」であると。しかし、そのエージェントに「何を望むか」を設定するのは、なお人間の仕事です。
高宮さんは、合理的な分析(マーケットの大きさ、競争環境など)から導き出されるWhyはAIでも真似できてしまうと語ります。しかし、「ポーカーが好きだから」「子供の頃からアフリカに憧れていた」といった、身体性・原体験・個人のストーリーから生まれる"情理"のWhyはAIには模倣できません。この「情理と合理の組み合わせ」こそが、人間だけが持てる完璧なWhyであり、AI時代に最も価値を持つものだという結論でした。
・市場規模が大きいから
・競争が少ないから
・ROIが高いから
→ そろばんで計算できる
・原体験に基づく「好き」
・人生のストーリーから来る使命感
・身体性に根ざした直感
→ コンテキストが唯一無二
長谷川さんも、無水カレーを毎日何年も作り続ける人のように、合理性では説明できない「突き抜けた情熱」自体がコンテンツになり、数万人のファンを集めるクリエイターエコノミー個人クリエイターがSNSやプラットフォームを活用して直接ファンから収益を得る経済圏のこと。YouTube、note、Substackなどが代表的な基盤。の世界観を挙げ、一周回ってそこにしか人間の価値がないのかもしれないと応じました。
沈む船からホップし続けるキャリア戦略
「AI時代に残る仕事は何か?」──多くの人が抱くこの問いに対し、高宮さんは「その発想を持たない方がいい」と明言します。
未来を見据えて永遠に残る仕事を見つけるという発想ではなく、自分も変化していく前提で「残る仕事を常に考え続けなきゃいけない」んじゃないかな
その理由は、AIの進化スピードが予測不能だからです。「あと2年は大丈夫」と思っていた仕事が、翌日の新しいAIモデルで一夜にして置き換えられる可能性がある。SaaSショックAIエージェントの台頭により、企業がSaaSを外部購入する必要がなくなるのではないかという懸念から、SaaS銘柄の株価が急落した現象。2024年後半から顕在化した。がまさにその実例で、「社内システムをAIで自作できるなら外部SaaSは不要」という認識の変化が一夜で起きました。
長谷川さんは自身のキャリア──ライター10年→ケニアでのポーカー生活→福祉事業──を両利きの経営既存事業の深化と新規事業の探索を両立させる経営理論。ここでは個人のキャリアに応用して、既存スキルの深化と新領域の探索を同時に進める戦略として語られている。のアナロジーで振り返りました。高宮さんはこれを「結果的にAIが侵食されにくい方にどんどん行っている」と評価しつつ、理想を言えばキャリアの各ステップにシナジーがあると美しいが、完璧に設計できなくても「結果オーライ」で十分だと述べました。
高宮さんが提案するキャリア戦略は、企業の中期経営計画のローリングに近い考え方です。今手に入る情報でベストな予測を立てて動くが、環境が変わったら計画ごと更新する。3年前に描いた中計と今の立ち位置が違っていて当然であり、常に「次の2年」を再設計し続けるという発想です。
長谷川さんは、大企業のホワイトカラーはフリーランスのように案件数や単価が直接的に減るわけではなく、「真綿で首を絞められるように」徐々に仕事のバリューが削られるため、行動に移しにくいのではないかと指摘。高宮さんも同意しつつ、エンジニアのように危機感が早く訪れた職種の方がむしろAIを使う側に回れた人が多いのではないかと分析しました。
まとめ
AI時代の戦略論シリーズ第3回では、「AIに奪われる仕事」を恐れるよりも、AIの普及メカニズムを正しく理解し、自分のポジションを柔軟に更新し続けることの重要性が語られました。インパクトと容易度の2軸で導入順序を読み、フィジカルAIの普及段階や社会受容の壁も見据えつつ、最後に残る「情理のWhy」を自分の中に育てる。「永遠に安全な仕事」を探すのではなく、沈む船を見極めて機敏にホップし続ける──それがAI時代に求められるキャリア戦略であると、二人の議論が結論づけています。
- AGIへの方向は確実だが、時間軸と領域の順番は不確実。DeepMind共同創業者シェーン・レグ氏は2028年にMAGI(ミニマルAGI)到達を予測
- AIの導入は「インパクトの大きさ」×「置き換え容易度(ルール化の度合い・雇用の弾力性・人手不足など)」の2軸で進む
- コーディング領域はルールが明確かつインパクト大のため導入率50%超。人手不足の現場やインパクトが小さすぎる作業も導入が早い
- フィジカルAIは技術的には可能でも、法制度・社会受容が追いつかない段階では人間のコパイロットが必要
- 最後に残るのは「個人のWhy」と意思決定。合理的なWhyはAIも出せるが、原体験や身体性に根ざす"情理のWhy"は人間固有
- 「永遠に残る仕事」を探すのではなく、中計のローリングのようにキャリア計画を定期更新し、沈む船から機敏にホップし続ける戦略が求められる
