貰ったものは捨てられる?
今回のテーマは「他人からもらったものは捨てられますか?」という問いです。えばちゃんが「捨てられる」と言い切ったことから、この対比が始まりました。
一方のおぐりんは、記憶に紐づいたもらいものはほとんど捨てられないと言います。特に、彼氏彼女からもらったものや、お別れのタイミングでもらったものは残ってしまう。溜まる一方なのだそうです。
もらって家に置いてあるものを見たら、その時の周囲の関係性とか、自分がいた場所、当時感じていたこととか、全部セットでフラッシュバックされる。
えばちゃんは対照的です。かつてもらった宝石も「そんなにカラットがなかったし、炭素だから燃えるゴミだな」と思って捨てたことがあると言います。そもそも誰からもらったかを覚えていない、と。おぐりんにとっては、その「誰からもらったか覚えていない」という状態こそが決定的な違いでした。
誰からもらったか覚えていないことも多い。宝石も「使わないし」と捨てられる。ものと記憶がそこまで強く結びつかない。
もらいものを見ると当時の関係性・場所・感情がセットで蘇る。記憶に紐づくものは捨てられず溜まる一方。
「オンリーワン」かどうかという境界線
えばちゃんは、お世話になった人が退職のときに好きな漢詩や絵画を印刷して「みんなに」渡してくれたメモを、5年ほど経った大掃除で捨てたと話します。これに対しておぐりんが引っかかったのは「みんなに渡していた」という点でした。
みんなに渡してるものは、僕のために渡してくれたものじゃないから。オンリーワンじゃないじゃん。
みんなに渡したら僕のためじゃないの?
おぐりんにとって、結婚式の引き出物や退職時のお菓子のように「全員に配る同じもの」には思い入れがわきにくい。義理チョコに近いイメージだと言います。逆に、そこにリボンの色の違いや一言の手紙といった「向こう側の個別の気持ち」が表れていれば、その手紙は捨てられなくなるそうです。
ただし、この「向こう側の気持ち」は本人にしかわかりません。えばちゃんは「わかんないじゃん」と指摘します。おぐりんも「見える範囲でしかわからない」と認めつつ、表現として出てきたものを個別のものとして受け取る、と説明しました。
この違いは、おぐりんが最近もらったという「共通の友人が作った本」のエピソードにも表れます。その本は友人たちとの過去の手紙を一冊にまとめたもの。おぐりんはそれを受け取り、何年ぶりかに手紙を書いて送り返したと言います。相手の態度や行動によって自分の態度が決まる、という彼の性質がよく出ています。えばちゃんは「素敵」と思いつつも、自分なら手紙は書かないだろうと返しました。
捨てるとは「終わらせる」こと
二人の「捨てる」という行為の意味合いも、根本から違っていました。えばちゃんにとって捨てるのは、単にそもそも思い出せないから、興味がないからです。一方のおぐりんにとって、捨てるとは「終わらせる」「断ち切る」ことでした。
思い出すことのないものとして完了させたり、終わらせたりとかっていう。
だからこそ、おぐりんにとって捨てるのはもう思い出したくないときだけ。えばちゃんが「じゃあ全部捨てた方がいいのでは?」と提案しても、おぐりんは「そしたらスカスカの人生になっちゃうじゃん」と返します。彼にとって過去は、未来よりも優先度の高いものなのです。
思い出せない・興味がなくなったから捨てる。捨てる時間軸は「せいぜい三ヶ月」ほど。
過去を「終わらせる・断ち切る」ときに捨てる。捨てられるようになるまで「十年ぐらい」かかる。
捨てられないと感じる保存期間について、えばちゃんは「せいぜい三ヶ月」、おぐりんは「十年ぐらいはいける」と答えます。特に、初めての感情や初めての自分との出会いに関わるものほど、保存期間は長くなるそうです。おぐりんは、かつてえばちゃんに言われた「それはおぐりんの人生にとって大事なことなの?」という言葉も「保存期間十年コースの漬物」だと表現しました。フィードバックや言葉、知識は残りやすいのだと言います。
過去に生きる人、今に生きる人
話は、そもそもの時間感覚へと広がっていきます。おぐりんは「何かが溜まっていく状況にないと、自分の存在の肯定が難しい」と語り、前回のテーマだったメンタルモデルの話につなげます。
おぐりんは、蓄積に走ってしまう自分を「ハムスターモード」と呼びます。巣に持ち帰るように溜め込んでしまう。賞味期限切れの食べ物や、2015〜16年ごろにもらった子供の写真付きチロルチョコまで、探せば出てくると言います。
一方のえばちゃんは、過去でも未来でもなく「今」を大事にしていました。「今が一番楽しい」と言い切ります。寝る前に考えるのも「明日ホットケーキミックスで何作ろうかな」といったこと。対しておぐりんは、夜寝る前に「あの時ああすればよかった」という過去の反省で頭がいっぱいになり、寝られなくなると言います。
この過去志向には良い面もあります。おぐりんは、過去の一手を振り返って未来がどう変わるかを考える性質が、プロダクトマネージャー(PM)の仕事に向いていると気づきます。実際に、システム開発のPMにインタビューしたとき、考えていることがよく似ていたそうです。
興味深いのは、自分についての考え方の違いです。おぐりんは、過去の系譜があっての「今の自分」という捉え方をします。日本人のルーツや明治維新、世界大戦といった過去を踏まえて、今の自分の価値観ができていると考える。だからこそ、過去に対して謝罪もできると言います。
これに対しえばちゃんは、「過去の系譜があっての今の社会や人類はわかるけど、過去の系譜があっての自分はあまり考えたことがない」と返します。理由は「自分についてあんまり考えないから」。二人の視線の向き方が、根本から異なることがよくわかるやりとりです。
ストックすると安心か、ストレスか
話が進むにつれ、実は問題は「もらったものかどうか」ではなく「そもそも物を捨てられるか」だったことが見えてきます。えばちゃんも比較的物は捨てられない方だと言い、二人の対比のなかでより極端に見えていただけだと整理されます。
ただし、二人には決定的な違いがありました。おぐりんは「溜まっていくこと」が好きなのです。行った国に画鋲を刺していく地球儀、埋まっていく本棚、中学時代の日記まで残っている便箋袋。ルーズリーフは増えていくから続けられるのに、分量の変わらないノートは3ページで終わってしまう、という自己分析も飛び出します。
ここで、おぐりんは自分の癖を「収集癖ではなくストック癖」だと言い当てます。コップのお茶が3分の1に減ると注ぎ足して常に6〜7割にしておく。炭酸のペットボトルは箱で何箱もあり、賞味期限の長い味噌も二つストックしてある。カットトマトのホール缶も一時期は十個ほど。ないと不安になるのだそうです。災害への備えも理由の一つだと言います。
ないと不安。味噌もトマト缶も水も溜めておきたい。溜まっている状態が安心。
あるとむしろ嫌。「なくなってほしい」と思う。味噌は今使っている一箱があればいい。
えばちゃんは真逆でした。ストックがあると「なくなってほしい」と思ってしまう。味噌は今使っている一箱だけあればいい。水も飲む分が月に届くだけ。コストコで大量に買えることも、彼女にとってはむしろ「嫌」なのです。「これを使わないと新しいのが買えない」という縛りが好きになれないと言います。
縛られたい人と、自由でいたい人
二人の違いは、最終的に「縛られたいかどうか」という一点に集約されていきます。ジムの回数券を例に、えばちゃんは「途中で気に食わなくなるかもしれないから、いつでもやめられるようにしておきたい」と、一回ごとの支払いを選びます。対しておぐりんは回数券を買う。この対比が象徴的でした。
俺は縛られたいんだと思う。過去にも物にも。不自由な方が生きやすいかも。
縛られたいんだね。やだー。
おぐりんはカレンダーもぎゅうぎゅうに埋めがちだと言います。その理由を「自立がなく、依存がスタート地点にあるから、何かに不自由な状況や埋まっている状況じゃないと立っていられない」と分析します。予定が何も入っていない日は「どうしよう、やることがない」と不安になる。暇を遊べず、「この世の中から自分という存在は不要になってしまったのでは」とまで感じてしまうそうです。
えばちゃんは正反対で、「暇であればあるほどいい」。この二人の感覚のズレが、そのまま「捨てられる/捨てられない」の違いの正体だったと言えそうです。
過去に生きる
今を生きる
まとめ
「他人からもらったものは捨てられるか」という軽い問いは、話すうちに二人の生き方の根っこへと下りていきました。捨てられるえばちゃんは「今」を生き、暇を歓迎し、ストックを嫌います。捨てられないおぐりんは「過去」に価値を置き、溜まっていくことで自分を保ち、縛られることに安心を見出す。
どちらが良い悪いではなく、時間軸との向き合い方そのものが違うのだという発見が、この回のおもしろさでした。もらったものを捨てられるかどうかは、その人がどの時間を生きているかを映す鏡なのかもしれません。
- おぐりんはもらいものを見ると当時の記憶がフラッシュバックし、捨てられない。えばちゃんは誰からもらったかも覚えておらず、捨てられる。
- おぐりんにとって大切かどうかの境界線は「オンリーワン(自分だけに向けられた気持ち)かどうか」。全員一律に配られたものには思い入れが持ちにくい。
- 「捨てる」の意味も違う。えばちゃんは興味がないから、おぐりんは過去を「終わらせる・断ち切る」ために捨てる。
- えばちゃんは「今」を、おぐりんは「過去」を優先して生きている。おぐりんは過去の系譜のうえに今の自分を捉える。
- おぐりんの癖は収集ではなく「ストック癖」。溜まっていると安心する。えばちゃんはストックがあると「なくなってほしい」と感じる。
- 最終的な違いは「縛られたいか、自由でいたいか」。おぐりんは埋まっている状態で自分を保ち、えばちゃんは暇であるほど心地よい。
