メンタルモデルとは何か
この回のテーマは「メンタルモデル」です。えばちゃんは改めて本を読み返したところ、「こんなにスピリチュアルっぽかったっけ?」と感じたと打ち明けます。おぐりんも同じ印象を持ったようで、ふたりの再読から話が始まります。
えばちゃんによるメンタルモデルの理解は、「本来この世界にあるはずのものがないことによって出てくる、心の免疫作用の4分類」というものです。あるはずのものがないことで傷つきすぎることを防ぐための仕組み、という捉え方です。4つのモデルに共通するのは「あるはずのものがない」という感覚だと整理されました。
4つの類型を整理する
メンタルモデルには4つの種類、言い換えれば「4つの痛み」があります。えばちゃんがそれぞれを紹介していきました。
ただ存在するだけでは価値がなく、何かをして人に価値を提供することでここにいられると感じる。大企業で働く人に割合が多いとされ、優秀さや有用性を示すルートが多いことが背景にあると語られました。
奉仕によって愛をもらい、滅私奉公型で尽くす。「こんなに愛しているのに受け取られない、分かってもらえない」という嘆きを抱えやすい。
本来ひとつであるはずのつながりが切れたという喪失感。「分離」がテーマで、人は去っていくものと割り切り、一人で生き抜こうとする一匹狼タイプが多い。
存在そのものに何か決定的に足りないものがあるという感覚。克服型は資格取得などで欠けを押し上げようとし、逃避型は目立たないように隠れようとする。
欠陥欠損モデル。これだけさ、語気が強いよね。
おぐりんが手放した「愛なし」と「価値なし」
愛なしモデルの説明に、おぐりんは強く反応します。かつては愛なしがとても強かったと振り返りました。子どもの頃から「リレーの選手をやっているしょうくんがいい」「応援する人ではなく応援される人になりなさい」といった言葉が多く、条件つきでしか肯定されなかった記憶があるといいます。無条件のまま愛される感覚が薄く、サプライズや贈り物で相手に喜んでもらうことで愛されようとしていたと語りました。
しかし、その性質は急激になくなったといいます。転機のひとつとして挙げたのが、転職後に代表から認められ、職位も給与も前職を超えた瞬間でした。役職や昇進への執着が一気に解き放たれ、外的な評価への興味が薄れたと振り返ります。時期としては2019〜2020年ごろだそうです。
目線が他者にある。他人からの評価・期待に応え、お役に立つことがテーマ。旅行先で必ずお土産を買う、みんながピザでも自分はおにぎりを持って食べに行く。
目線が自分自身に変わる。外的な評価への執着が解き放たれ、誰かに評価されるために何かをする気持ちはなくなった。
えばちゃんがおぐりんと知り合った2017〜2018年ごろは、まだこの変化の前でした。転職直後や出戻り直後は「肩をブンブン回して、俺の刃は結構切れるはず」という空気があったと、ふたりで笑い合います。
「好きにしたらいい」──ひとりぼっちの世界
3つ目のひとりぼっちモデルは、まさにえばちゃん自身です。基本理念は「来る者拒まず、去る者追わず」。口癖は「好きにしたらいいと思うよ」。人はいなくなるし去っていくものだという割り切りがあり、自然や動物など非言語で感じられる世界を好み、自由に生きたいというテーマを持ちます。
おぐりんは、ひとりぼっちの人は自己肯定感が相対的に高く見えると指摘します。ここで、自己肯定感は「上がる」ではなく「下がる」しかないのではないか、という見方が出てきました。ひとりぼっちの人は自己肯定感が不動で、他者との関係で下がりにくい。一方で価値なし・愛なしは外的環境に応じて爆下がりしやすい、という対比です。
価値があるかないか、愛されるかどうかが他人軸に左右される。外的環境に応じて自己肯定感が下がりやすい。
「私は私、あなたはあなた」。他者との関係で揺れにくく、自己肯定感が不動に見える。
その「来る者拒まず」の性質ゆえに、愛なしの人が寄ってきやすいとえばちゃんは言います。本人にそのつもりがなくても「ここにいていいんだ」と思わせる振る舞いになってしまうためです。実際、仕事で明らかな愛なしの相手と組むよう頼まれた際、「人を依存させてしまうので」とメンバー変更を申し出たエピソードも語られました。
ここで、ふたりの根本的なすれ違いが表面化します。おぐりんにとって「ここにいていいかな」と聞いて「好きにしたらいい」と返されるのは突き放されたと感じる出来事で、いっそ「いちゃいけない」と言われる方が嬉しいとまで言います。えばちゃんにとっては、それこそが相手の自由を尊重する優しさなのです。
約束と制約をめぐるすれ違い
えばちゃんは、人に制約をかけたくないと言います。おぐりんが前回話していた「死ぬときに誰かに手紙を書く」という発想も、えばちゃんには相手への制約に感じられるそうです。「何年後に会おうね」という約束も少し苦手で、たとえその場で交わしても、相手は忘れて生きていてくれて構わない、むしろそうであってほしいと語ります。
対するおぐりんは、約束や誓約にはむしろ力があると考えます。ここで例に出したのが漫画『ハンター×ハンター』のクラピカです。特定の条件でしか能力を使えないという誓約を自らに課すことで、通常とは違う強さを発揮するキャラクターです。おぐりんは、約束があるからこそ一人ではたどり着けない場所に行けたり、道半ばで折れずに進めたりするのではないかと語りました。
しかしえばちゃんの受け取り方は根本から異なります。仮に約束をしたとしても、それは「私と関係のない、その人自身の物語の中で、元々持っていた力を発揮しただけ」だと捉えるのです。目の前のおぐりんの像や言葉も、おぐりんという存在とは切り離され、えばちゃん自身の物語の中で再現されて組み込まれていく感覚だと言います。
全然あれだね、分かり合わないね。
えばちゃんの根っこにあるもの
おぐりんは、えばちゃんがひとりぼっちの「真ん中」にいる人なのかを知りたいと問いかけます。えばちゃんは自分を「結構スタンダードなひとりぼっち」だと答えたうえで、その原点を語りました。
父と母が共働きで、身の回りの世話は主におばあちゃんがしていたといいます。ただし、ここで注意深く前置きされたのは「大好きなおばあちゃん」という一般的なイメージとは切り離して話す、という点でした。まだ一人で生きていけない子どもにとって、生活の基盤である大人が、おそらく親より先に亡くなるだろう──その恐怖が物心ついた頃からの根本にあったのです。
その恐怖は、おばあちゃんが亡くなるまで続きました。大往生の老衰で徐々に生命力が落ちていく形だったため、ある日突然足場が崩れた感覚ではなく、「終わった」という感じだったといいます。そして今は、その終わりのあとの「延長線」にいる感覚だと語りました。
本のなかでは、ひとりぼっちの人は分離から統合へ、つながる世界へと戻り、それを牽引するミッションを持つとされています。世界を「ワンネス」へ導く役割です。しかしえばちゃんは、世界がひとつであればいいと思い、そのための活動もしているものの、「結局そこに自分がいない感じ」がすると話します。導くのは構わないが、「導くミッションを持っている」と言われると気持ち悪い、というのが正直な感覚でした。
こんなにも人は違う
おぐりんは「漫画なら、おばあちゃまが天国から地に足着けて歩きなさいと声をかけるシーンが出てきそう」と例えますが、えばちゃんは「そういうんじゃない」と返します。「もの悲しいでしょ」「おばあちゃんが大好きだったんだね」と言われても、そういうことではない。大好きだったというより、「おばあちゃんありきで世界ができている感じ」なのだといいます。
おぐりんはその感覚が分からないと正直に言います。親がいなくなったあとの世界を「延長線」としてイメージできないのです。えばちゃんは、それは「元からなくなるものとして生きていないから」だと指摘しました。子どもの頃から前提が違う。だからこそ、伝わらないことも織り込み済みなのです。
おぐりん自身は克服型の欠陥欠損だと語ります。「口の中いっぱいにひまわりを詰めて、巣に整理整頓して並べているハムスター」という例えで、資格などを積み上げる姿が描かれました。ただしそれに気づいたのはここ数年で、本と最初に出会ったときは自覚がなかったといいます。愛なしや価値なしを克服型で積み上げた先に「別に満ちた感じはしない」となり、欠陥欠損が見えてくるようになった、という流れが語られました。
最後に、価値なし・愛なし・ひとりぼっち・欠陥欠損の4人を集めて、ひとつのテーマで一問一答をしたら面白そう、というアイデアが出て、ひとりぼっちと欠陥欠損の話は次回へ持ち越しとなりました。
約束は相手が忘れてくれていい。世界が終わったあとの「延長線」に今いる感覚。人に制約をかけたくない。
約束や誓約は前に進む力になる。連続性の中で記憶は残る。制約の中でこそ自分を成立させられる。
まとめ
メンタルモデルは、「あるはずのものがない」痛みに対する心の免疫作用として、価値なし・愛なし・ひとりぼっち・欠陥欠損の4つに分けられます。おぐりんはかつて愛なし・価値なしが強かったものの、外的評価への執着が解け、いまは欠陥欠損の克服型と自認しています。
そして、この回の核心は「同じ言葉でも受け取り方がまったく違う」という発見でした。「好きにしたらいい」を最大の優しさと感じるひとりぼっちのえばちゃんと、それを突き放しと感じる欠陥欠損のおぐりん。約束や制約、亡くなった人との関係のあり方まで、ふたりの世界は平行線のまま交わりません。伝わらないことを前提に、それでも語り合うことで、人それぞれの「生きている世界」の輪郭が見えてくる回でした。
- メンタルモデルは「あるはずのものがない」痛みに対する心の免疫作用で、価値なし・愛なし・ひとりぼっち・欠陥欠損の4類型がある
- おぐりんはかつて愛なし・価値なしが強かったが、外的評価への執着が解け、いまは欠陥欠損の克服型と自認する
- えばちゃんはひとりぼっちで「来る者拒まず、去る者追わず」「好きにしたらいい」が基本。相手の自由を尊重することが優しさだと考える
- 約束を「力になるもの」と捉えるおぐりんと、「相手は忘れていい」と捉えるえばちゃんは平行線
- えばちゃんはおばあちゃんの死を「終わり」と感じ、いまは「延長線」にいる感覚を持つ。ワンネスに導く役割には違和感がある
- 同じ言葉や場面でも、メンタルモデルによって受け取り方がまったく違うという発見が語られた
