機能、デザイン、ストーリーの順番は崩せるのか
ファッションデザイナーの中里唯馬さんをゲストに迎えたシリーズは、この回で3週目に入りました。冒頭では、渡邉康太郎さんが前回の議論を振り返っています。
前回は、荒木博行さんが浜口隆一さんの『シフト:イノベーションの作法 ── イノベーションを生み出す考え方を解説したビジネス書。番組内では、商品が機能・デザイン・ストーリーの順に条件を満たして市場に広がる、という切り口が紹介されました』から、商品は第一に機能、第二にデザイン、第三にストーリーを満たしながら市場に広がっていく、という切り口を紹介しました。
機能
第一に満たすべき前提
デザイン
機能の上に重ねる第二の条件
ストーリー
第三の条件として、市場への広がりを後押しする
これに対して中里さんは、ファッションではあえて機能性を欠けさせ、不便さをまとうことで面白いものが生まれる場合がある、と話していました。渡邉さんは中判フィルムカメラのハッセルブラッドを例に、美しさや面白い体験は不完全さから生まれることもある、と応じています。
さらに前回は、ケニアのある民族がまとう装飾性の高いビーズの衣服や、権威と結びついた装飾と祭りの中で自然に生まれる装飾の違いにも話が及びました。
荒木さんが前回いちばん面白かったと振り返るのは、機能を欠けさせることでストーリーが増幅していく、という視点です。
ビジネス的に考えると、機能を満たした上でって考えるわけじゃないですか。そうすると制約がものすごく大きくなるみたいな部分があって。
(機能も)実はいじれるんじゃないかっていうね。だからいじっていい機能、欠損させていい機能って一体何なんだろうとか。
葉っぱと木の枝だけのドレスは百貨店で売れるのか
荒木さんの問いを受けて、中里さんは自身が運営する衣服デザインの学びの場「ファッションフロンティアプログラム」の事例を紹介します。過去の参加者が作った、葉っぱと木の枝だけでできたドレスが大きな議論を呼んだといいます。
中里さんによると、このドレスはファッションのコンテストや教育の場では評価されにくいものです。一度着ただけで崩れ、葉っぱは枯れてポロポロと落ち、洗濯もできず、1回の着用に耐えられるかもわからないからです。
議論のきっかけになったのは、「このドレスを百貨店で売っているのを見たことがあるか」という問いでした。見たことはない、ではなぜないのかに、参加者たちは本気で向き合ったそうです。
普通に考えれば、葉っぱのドレスは物性が足りず、壊れてしまうから売られていません。しかし中里さんは、葉っぱなら使い捨てでも成り立つのではないか、売ってはいけない法律があるのか、それとも固定概念でそう思っているだけなのか、と議論が広がったと振り返ります。
中里さんは、使い捨ては悪だと思いがちだが、葉っぱなら害がなさそうで成立し得るかもしれない、と話します。機能を一度抜け落ちさせて考えることで制約の輪郭が見えてくるのは、思考のトレーニングとして重要だという見方です。
蒸気船とiPhoneは、何の機能を捨てたのか
葉っぱのドレスの話を受けて、渡邉さんは「文化レベルが低い話」と前置きしつつ、イノベーションはたいてい機能を欠けさせることから起きているのではないか、と切り出します。
例えば、帆船の時代に蒸気船っていうのが導入されたと。で、蒸気船が導入された時って、実はスピードは遅かったんですよね。
渡邉さんの説明では、帆船は天候に左右され、早く着くことも遅く着くこともありました。到着が遅れると、荷下ろしの作業員を拘束し続けなければならず、そのダメージが大きかったといいます。
スピードでは上回るが、天候に左右されて到着日が読めず、遅れると荷下ろしの作業員を拘束し続けてしまう
導入当初はスピードが遅いが、日程が計画できるためリスクが低い
渡邉さんは、蒸気船はスピードという機能を捨てて別のリターンを得た、つまり軸をずらしたのだと整理します。その後に蒸気船の性能が上がり、スピードでも上回るようになったのかもしれない、とも付け加えています。
渡邉さんはもう一つの例として、最初のiPhoneを挙げます。iPhoneが登場したとき、機能としてはフィーチャーフォン、いわゆるガラケーのほうが圧倒的に高かったという指摘です。
荒木さんは、機能とひとくちに言っても、何が機能なのかを解像度高く見ることが大事なのだと受け止めます。
僕らは無意識のうちに10個ぐらいの機能、例えば洋服でも保温性だとか通気性だとか耐久性だとか、瞬時にいろんな機能を見て、まるっと機能的って言ってるんだけれども。
実はその10個のうち2つを劣後する、欠損させることにより、より自由度は高められるかもしれない。だから機能っていうのをまるっと語るべからずなのかもしれない。
渡邉さんは、前提になっている常識がバイアスだったと後から気づくことがあり、ある機能が大事だという前提自体が違ってもいいとは、あらかじめわからないものだと続けます。
中里さんは葉っぱのドレスに立ち返り、崩れないよう丈夫に加工して従来の機能性を担保する方向と、崩れてもいいのではと逆転の発想で考える方向がある、と話します。この2つの方向をぐるぐる行き来するうちに、新しい答えが見えてくるかもしれないという見方です。
パリコレは「問い」を投げかける場所なのか
荒木さんは中里さんに質問を向けます。葉っぱのドレスは極端な例でも、「私たちに必要な洋服の機能とは何か」というラディカルな問いを含んでいる、と指摘したうえでの問いかけです。
唯馬さんはその問いかけみたいなことっていうのは、そのパリコレの場面とかで、なんかやっぱすごく大事にされてると思うんですけど、なんかそれが中心でデザインとかを考えていってるんですか?
中里さんは「そうかもしれない」と答えます。問いを見つけるには歴史を深く知る必要があり、歴史を見ていくと今問いになり得るものがおぼろげに見えてくる、と話しています。
中里さんにとって問いは、注目を集めたり、そこからインスピレーションを得た人がアクションを起こしたりする「トリガー」になるものです。パリは、デザイナーたちがこれまで問いを立て続けてきた場所だといいます。
中里さんは、自分がどんな問いをぶつけられるかを考えると同時に、パリから「どんな問いを立てますか」と問われているようにも感じているそうです。偉大なデザイナーたちの問いによって、着てはいけないといったルールが崩れていくのを見てきた経験が、その背景にあります。
中里さんは、衣服はこうやって更新されていくのだと感じ、そこに何か一つ関われたらという思いから、ずっと問いを探しているのかもしれないと語ります。
荒木さんは、中里さんの話で主演ドキュメンタリー映画『燃えるドレスを紡いで』への理解が深まったと話します。映画はケニア編と日本編の前半、パリ編の後半で構成され、矛盾を抱えたままパリコレのスケジュールに追われて駆け抜けていく内容だったといいます。
あそこでだから唯馬さんがやってたのは問いを投げかける行為だったんだなっていうのが。つまり問いそのものを解消するっていう話ではなくて。
世の中に問いを提示していくっていう役割だったんだなっていうのが今わかって。
中里さんによると、映画のスタート地点にはゴミがあります。そこからものを生み出す必要があるのか、服はこれ以上必要なのか、という疑問と、パリで発表を続けることとの矛盾を抱えながら突き進まざるを得なかったといいます。
中里さんは、答えを出さなければと思うと苦しく、足が止まってしまうと話します。それでも前に進むために、問いをみんなで考えていく形にしていったのかもしれない、と振り返っています。
答えではなく「暫定の仮説」を出すのはなぜか
渡邉さんは、シリーズ1回目で話した「ゴミを移動させたり加工したりすることで意味を変えられるのではないか」という考えは、一つの答えの可能性でもあるのでは、と中里さんに確認します。
中里さんは、その方向を追求すると、また新しい矛盾が出てくると答えます。そこまでエネルギーをかけて物を動かす意味がどこまであるのか、と考え出すとキリがないといいます。
一方で中里さんは、人は物語を求めていて、壮大にものを動かすほうが価値が生まれそうな気配もある、と話します。どれを取ればいいのか迷う、というのが中里さんの率直な状態です。渡邉さんは、それは最終結論ではなく暫定の仮説なのだと受け止めました。
荒木さんは、中里さんのやり方に誠意の見せ方を感じたといいます。
問いを投げっぱなしだと無責任だと。いい問いであればあるほど、じゃあどうすんのよっていう、そういうリアクションが来るから。
それ(問い)にある種の仮説だとか、あとは補助線だとか、そういうものを提示することによって、よりみんなが乗っかりやすくするみたいな。
中里さんはこの見方に同意し、問いを投げかけるだけでなく、粗削りでも自分なりの答えを出して前向きな方向に持っていこうとあがいている、と話します。
中里さんによれば、映画の前半で「とんでもないことが起きている」と告発するだけで終わることは、旅の始まりの時点からしたくなかったそうです。問いと一緒に解決策を出し、そこで出てくる新しい問いや矛盾をみんなで議論していけばいい、という考え方です。
問いを立てる
ゴミや服の必要性など、すぐには答えが出ない問題を世の中に提示する
暫定の仮説を出す
粗削りでも自分なりの解決策を、問いと一緒に示す
みんなで議論する
仮説から生まれる新しい問いや矛盾を、多くの人と考えていく
渡邉さんは、ここで一つの「引き裂かれ」を感じると話します。大事な問いは半年で終わるものではなく考え続ける類いのものなのに、中里さん自身は次の問いも追求し続けなければならないからです。そのうえで、ゴミは今後も続く問いのキーワードなのか、と尋ねました。
中里さんは、ゴミは考え始めると面白いと言うと語弊があるかもしれない、と前置きします。人類が宇宙へ行けば宇宙ゴミがついてくるように、ゴミのない世界はないのかもしれないといいます。
中里さんは縄文時代の貝塚 ── 縄文時代などの人々が食べた貝殻や動物の骨などを積み重ねた遺跡。当時の暮らしを知る手がかりとして各地で発掘されていますにも触れ、ゴミかどうかは諸説あるものの、食べ終わった骨や貝を一か所に集めた場所があったと話します。ゴミは過去も未来も人類についてくるものだという見方です。
中里さんは、解決策があるのかもわからないが、よくなさそうで問題をはらんでいそうだから、自分ができる範囲で向き合ってみよう、というのが今の正直な状態だと語っています。
未完成のまま発表し続けることに意味はあるのか
渡邉さんは、問いと仮説をセットで示しながら周りを巻き込み、結論を急がない中里さんの姿勢を評価します。番組自体も結論を急がない態度だ、と重ねています。
中里さんは、自分は常に途中段階なのだと話します。パリコレクションは半年に1回やってくるため、自分の中で消化しきれていなくても発表の場が来てしまうといいます。
中里さんによると、発表した直後に答えが少しずつわかってくることもある一方で、未完成のまま世に出してしまったかもしれない不安にも襲われるそうです。それでも未完成状態で世の中と対峙しているから、考え続けなければならず、止まらないと話しています。
荒木さんは、今残っている問題は先人が解けなかった矛盾ばかりだと応じます。
資本主義問題とかも多分そうだと思うし、ゴミ問題とか環境問題とかも、やっぱこっち立てばあっち立たずみたいな。そういう状況に置かれると、やっぱ人間って目を背けるっていうか。
でもそこにあえてまた大きな旗印を立てて。で、そして仮説を提示する。それは絶対にやっぱり一人の人間では解決までいかないから、誘うことしかできないんですよね。
荒木さんは、中里さんが回答を出してしまえば「それでいいじゃん」となるが、そこに広大な余白があるから人が寄ってくる、と続けます。
中里さんは、問いに加えてもう一つの言葉として「インスピレーション」を挙げます。半年に1回の発表で、答えではなくても、ひらめきにつながるものを世に出し、いろんな人の中でひらめきが起きるきっかけを作りたいという考えです。
中里さんは、技術の進化よりも、人の価値観や意識の変化のほうが、何かのきっかけで促されれば早い可能性もあると話します。例として挙げたのが、服に対する価値観の変化です。
服はたくさん持っていたほうがいい。ボロボロの服はみすぼらしく見える
ずっと長く着ていたほうがかっこいい。大量の服は必要ない
中里さんは、価値観がいろんな力学で入れ替われば、大量の服が必要ないという方向にすっと切り替わる可能性もあると考えています。それを信じて問いなのかヒントなのかを投げ続けることが、ファッションデザインの力の一つなのかもしれないと語りました。
最終回へ。不完全さの効用と「不便益」の本
荒木さんが次回の議論について尋ねると、渡邉さんは、中里さんの「未完成の状態で世の中に対峙している」という話が印象に残ったと答えます。あらゆる人にそういう部分があるはずだ、という受け止めです。
これってなんか2週目に話していた、その不完全性によってデザインが駆動するみたいな話と結構近い部分があると思って。
渡邉さんは、未完成や不完全であることがもたらす思いがけない効用、直感に反する良さを、次回のシリーズ最終回で展開してみてはどうかと提案しました。
回の終わりには、紹介する本として、渡邉さんが不便益 ── 不便であることから生まれる益(よいこと)に注目する考え方。便利さだけを追い求めることを見直す研究分野として知られていますの本を挙げます。タイトルは『もしあなたがちょっとでも行き詰まりを感じているなら、不便をとり入れてみてはどうですか?不便益という発想』で、京都大学の川上浩二先生の著書だと紹介されています。
渡邉さんによると、この本は「人は本当に便利だけを求めているのか」をロジカルに説明する一冊です。山登りでいえば、便利さを追求するなら頂上までのエレベーターがあればいいが、多くの人は自分で登りたいと感じる、という例が挙げられています。
渡邉さんは、便利という軸だけでは物事を比べられないとして、不便を取り入れることにどんな意味があるのかを考える本だとすすめています。
まとめ
この回では、機能を欠けさせる発想を入り口に、中里唯馬さんがパリで問いと暫定の仮説を投げ続ける理由が語られました。答えを出し切らず、未完成のまま世の中と向き合うことが、多くの人を巻き込む余白になるという視点が浮かび上がっています。
- 葉っぱと木の枝のドレスのように、機能を一度外して考えると、思い込みによる制約の輪郭が見えてくる
- 渡邉さんは、蒸気船やiPhoneを例に、イノベーションは比較軸をずらすことで生まれると話した
- 中里さんにとってパリコレは、答えではなく問いを立て、パリからも問われる場所になっている
- 問いを投げっぱなしにせず、粗削りでも仮説を添えることで、周りが乗りやすくなる
- 未完成で未解決だからこそ人が寄ってくるという視点が、次回最終回の「不完全さの効用」につながる



