深井龍之介さんを迎えた収録は何から始まった?
超相対性理論の今回のシリーズは、オリジナルメンバーの深井龍之介さんをゲストに迎えた収録です。前回の収録は4、5ヶ月前に外苑前のスタジオで行われ、そのときに「定期的にやろう」と話していたことが実現した形です。
今回の収録場所は表参道にあるタクラムのオフィスで、マイクは1本だけ。深井さんが三角チョコパイを食べながら参加していることもあり、渡邉さんは雑音が入るかもしれないと断りを入れています。
三角チョコパイの音すげえ入るよ。けど、今もう入れとくね、じゃあ。
この3人の収録は前回同様、テーマを決めずに始まっています。前回は「ダブルスタンダードにどう向き合うか」というテーマに行き着くまで、名古屋の小豆トーストの話なども含めて、何を話すかのブレストから入っていました。
頭にタイヤを乗せて自転車をこぐ男がいるブルックリン
深井さんに最近気になることを問われ、荒木さんは渡邉さんの海外出張に話を振ります。渡邉さんはニューヨーク、コペンハーゲン、チューリヒと回り、フライトの都合で結果的に世界一周をしてきたといいます。
渡邉さんの今回の旅のテーマはブルックリンでした。到着してホテルの周りを歩いていると、自転車で走る男性が、頭の上に大きな車のタイヤを縦に乗せたまま走り去っていったそうです。
ものすごく驚きそうになったんだけど、違う。ここはブルックリンだから何でもありなんだっていうのを自分に言い聞かせて。
渡邉さんが後で現地の仲間に話すと、その男性は有名人で、夜の街を冷蔵庫やスーツケースを頭に乗せて歩き、たまにニュースにもなっているとのことでした。渡邉さんは「自由の国強いな」と感想を漏らしています。
旅先で五感がフル稼働するのはなぜ?
荒木さんは渡邉さんの旅の疲れを気づかいつつ、旅先では五感が全部頑張る感覚があると話します。歩き慣れた表参道では、五感がいちいち反応しないという対比です。
だからこの表参道を歩くと全然五感さ、歩き慣れてるから、なんかいちいち反応しない。
渡邉さんは海外で久しぶりに車を運転し、時刻表に縛られず荷物を積んで寄り道できる自由さを実感したといいます。今年は海外出張が多いため、行く先々で運転しようと思ったそうです。
一方で深井さんと荒木さんは運転にあまり乗り気ではありません。荒木さんは神経を使うから好きではないと言い、深井さんはサンフランシスコで見た夕日のドライブに感動しつつも、右折と左折が逆になる点で混乱したと振り返ります。
時刻表に縛られず、荷物を載せて寄り道できる自由を感じた
神経を使う、ルールや右左折が逆で混乱する。ただし景色の感動は残る
出雲への帰省と「連れて行くツアー」の今
深井さんのゴールデンウィークは、出身地の出雲への帰省でした。兄弟はいないものの、いとこと兄弟のように仲が良く、いとこの子どもたちとも集まったといいます。
深井さんの話では、福岡から出雲へはプロペラ機で70分ほど、ドアtoドアで最短2時間半ほどです。車では5時間半かかり、深井さんは出雲を「陸の孤島」と表現しています。
荒木さんが、深井さんが続けていた知人を出雲に連れて行くツアーについて尋ねると、深井さんは今も親しい人に限って趣味のように続けていると答えます。
なんで俺のこんな忙しい貴重な時間を使って、会ったこともない人を俺は案内しないといけないんだろうってなって。
荒木さんと渡邉さんも、以前出雲を訪れて岬などを巡った経験があります。夜に入った地元のスナックが名刺交換会のようになり、渡邉さんのエネルギーが尽きていった場面は、3人の笑いを誘う思い出になっています。
子育てを公表しにくい社会への苛立ち
何を話すかに戻ると、荒木さんと渡邉さんはゲストの深井さんの関心から聞きたいと促します。深井さんは、あまり公言していないものの子どもが生まれ、子育てを少しずつ体得している最中だと明かします。
深井さんは、子育ての話は「言われていたことを体感したらこんな感じだった」という話や、家族の関係性のステージが変わる感覚になるので、これまでの超相対性理論の雰囲気とは違うかもしれないと話しています。
それ以上に深井さんが引っかかっているのは、子どもの誕生を公表しにくい状況です。顔を出している経営者にはプライバシーがほとんどなく、変なメッセージも届くため、子どもにリスクを1%も残したくないといいます。
深井さんは前回挙げたアウティングやキャンセルカルチャーにも触れ、私刑 ── 法の手続きによらず、個人や集団が勝手に制裁を加えること。ネット上での晒しや集団的な非難などもこれに例えられますが蔓延する世界はコモンロー ── 判例の積み重ねによって形成されてきた英米法の体系。ここでは、社会が共有するルールに基づく秩序のイメージで語られていますから程遠いと感じていると話します。ただ、この話題は「ダメ」と言って終わりそうだとして、深掘りは見送られました。
内観に向かう深井さんが感じる「言語で表せない領域」
深井さんがもう一つ挙げたのは、最近の自分が内観的な方向に向かっているという話です。勉強は定期的に続けつつ、一方で自分の身体やメンタルを精緻に観察することをずっと続けているといいます。
深井さんはもともと自分のメンタルや身体状態を把握するのが得意ではないと感じていましたが、この2年ほどでそこをブーストさせ、今は人並み以上に敏感な状態になっているそうです。
コテンってすごく言語値を重視する会社なんだけど、一方でやっぱ逆に言語で表せない領域みたいなものの存在みたいなのを強く感じながら生きてるっていう感じかな。
この深井さんの話に渡邉さんがすぐ反応し、今回のシリーズはこの方向で進めることが決まります。
ベースの「1拍目と3拍目」を意識しすぎると何が起きる?
深井さんは具体例として楽器の話を始めます。もともとベースを弾いていましたが、今はベースとギターをそれぞれ週1時間ずつ習っているそうです。
同じフレーズを弾くにしても、指が動くようになったとしても、音に対する認知とかリズムに対する認知でめっちゃ変わるんだよね。
深井さんによると、ベースではノリが、ギターでは音色まで変わるため、ギターのほうが今の自分の音に対する認知や体調が分かりやすく出てしまうといいます。
印象的だったのは、洋楽のMUSEなどをベースで弾いていたときの経験です。指は動き、原曲より速く弾けるのに、どうしてもノれていない感覚があったため、深井さんは先生に理由を尋ねました。
何が悪いんですかね?って聞いたら、1拍と3拍目意識しすぎって言われたんだよね。
先生の説明は、洋楽のほとんどは2拍目と4拍目に重きが置かれ、むしろ4拍目から曲が始まっているという認知で弾くとハマる、というものでした。深井さんは、できるときとできないときがあるものの、できたときは「ガチっとハマる」と驚いています。
1拍目と3拍目を意識し、指は動いて速く弾けるのにノれない
2拍目と4拍目を重視し、4拍目から曲が始まる認知で弾くとガチっとハマる
深井さんは、この違いは音楽をしない人から見れば0.001の長さや強さのような細かい差だと言います。そのうえで、どう捉えるかで全てが変わるのは仕事や人間関係でも同じだと話を広げます。
渡邉さんは、客観的にはほぼ同じ音楽でも本人の体感は全く違う状態、つまり「エンジンが違う」状態だと応じます。深井さんは、聴いているだけでは腑に落ちず、弾いて初めて違和感に気づき修正されていく経験が面白くてしょうがないと語っています。
スネアとリズムが反転するジャズの「どんでん返し」
渡邉さんは、ドラムを叩けば普通のロックのビートでは自然と2拍目と4拍目にスネア ── スネアドラムの略。響き線を張った小型の太鼓で、ロックのビートでは「タン」と鋭く鳴る音を担いますが入ると指摘します。深井さんも、スネアは強調ポイントだから先生の話はまさにそのことだろうと同意しました。
スネアを知らない人のために、深井さんはマーチングバンドで「ドゥルルル」と鳴る太鼓であり、「シャンシャンパン」の「パン」にあたる音だと口で説明しています。
渡邉さんはここから、ジャズピアニストのブラッド・メルドーのアルバム『Largo』の冒頭曲の体験を紹介します。一定間隔のコードに乗って聴いていたところ、メロディが入った瞬間に、四分音符だと思っていたものが付点四分音符 ── 四分音符の1.5倍の長さを持つ音符。これを連ねると、拍の頭が少しずつずれていくように聞こえますだったと気づき、リズムが転倒したといいます。
これもまさにその世界の捉え方で、Aだと見ていた世界が、実は全然違う、なんかBダッシュみたいな世界でしたみたいな。
深井さんも同じ感覚をバンドのTOOLで味わっているそうです。変拍子の曲は聴いていると心地いいのに、いざ弾こうとするとずれていき、そのリズムを感じられるようにならないと弾けないといいます。
足首を3回動かすだけで腰痛が変わる理由
荒木さんは、頭で理解する話と身体が伴う話はまた違うとして、最近通い始めた整体の話を始めます。足首を痛めて以来、腰が大変なことになり、ついに整体へ行ったそうです。
荒木さんの腰痛の原因は、両足首の靭帯が切れてほぼなくなっていることにありました。整体で指示されたのは、足首の上下運動を5回、1日に3回やるという、拍子抜けするほど簡単なものでした。
整体師の説明によると、荒木さんは足首が弱いという認識から無自覚のうちに足首を庇って歩いており、その結果として身体がこわばっていたといいます。
足首の不安
靭帯がほぼなく、足首が弱いと無自覚に認識している
庇う歩き方
足首を庇って歩き方が変わる
筋肉のこわばり
ふくらはぎ、太ももへとこわばりが広がる
腰痛
最終的に腰に負担が来る
要するに自分の脳で君の足首はコントロールできてるんだよっていうことをリマインドしてるらしいわけよ。
荒木さんによれば、足首の運動によって脳と足首がつながっている自信が持て、庇わなくなることでこわばりがリリースされるという説明でした。渡邉さんはすかさず「それも認知だな」と反応しています。
ピラティスと「旅立論」が示す、認知と身体のループ
深井さんも整体のほか、ピラティスをパーソナルトレーニングで習っており、音楽と全く同じことを感じていると話します。ピラティスを通じて、自分が外側の筋肉しか使っておらず、腿の内側や脇の下などを使っていなかったことが分かってきたそうです。
渡邉さんはこの流れで、為末大さんの本『旅立論』に触れます。コーチがオノマトペを使い、ロジックではなくフィーリングを伝えるコミュニケーションで認識の仕方を教える話が出てくるといいます。
渡邉さんは、深井さんの「感じられなければ弾けない」という話と荒木さんの整体の話をつなげ、認識がアウトプットの前提になっているというループを指摘します。荒木さんの施術は、自分でも気づかない庇いの変化を一度ほぐすものだという整理です。
認知をだからそう変えるっていうのはすごい大事な行為だよね。
ただし深井さんは、認知の変え方そのものが分からないから難しいとも付け加えています。最後に渡邉さんは、言語も捉え方によって変わるという話を次回したいと提案し、今回のシリーズを「内観、自分を感じる、自分を見る」方向で展開すると締めくくりました。
まとめ
旅の五感や近況の雑談から始まったこの回は、楽器のリズムや整体の体験を通じて、どう認識するかが身体の動きやアウトプットを左右するという話にたどり着きました。言語の役割をめぐる議論は次回へ続きます。
- 深井さんは、ベースで2拍目と4拍目を重視する認知に切り替えると演奏がハマる体験から、捉え方の重要性を語った
- 荒木さんの腰痛は、足首を無自覚に庇う認知が原因で、簡単な足首の運動で脳に「大丈夫」と伝えることが施術だった
- 渡邉さんは、認識がアウトプットの前提になっているループとして、音楽と身体の話を結びつけた
- 深井さんは子どもの誕生を公表しにくい社会のプライバシー状況に苛立ちを示した
- 認知の変え方は難しいという課題を残しつつ、次回は言語と捉え方の話へ進む


