香港旅行の予告から始まる回
番組「超相対性理論」は、さまざまなテーマについて具体と抽象を行き来しながら話す番組です。冒頭で渡邉康太郎さんは、散発的な考えがいつの間にか結びつき、新しい星座や視点が見えてくることを目指して、物事の相対関係を意識した番組名にしていると説明しています。
本題に入る前に、荒木博行さんから予告がありました。オリジナルメンバーの深井龍之介さんを含めた3人で、香港旅行に行く企画が立ち上がったといいます。
渡邉さんは中学の3年間を香港で過ごした帰国子女で、10年ほど前には現地のビジネススクールで教えていた時期もあるそうです。
もともと香港にしようって言ったのは、こうたろう(渡邉さん)のルーツをたどろうみたいな、そんな話もあったもんね。
違うよ。龍ちゃん(深井さん)がもともと香港が大好きだから、3人で香港に行きたいって言ってた。
香港旅行は無計画に楽しむ方針で、現地から音源を届けたいという話で予告は締めくくられました。
万葉集の研究者はなぜ書評家になったのか
この回のゲストは、新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が大ヒットした文芸評論家の三宅香帆さんです。三宅さんは普段、本の解説の本などを書いていて、最近は本書の関係で読書の秋のイベントに出ることが増えたと話しています。
三宅さんは高知県出身で、京都大学文学部に進み、大学院の博士課程1年まで万葉集を研究していました。京都で和歌にどっぷり浸かる生活だったといいます。
三宅さんは大学院時代、本好きが高じて天狼院書店 ── 東京や京都などに店舗を構える書店。読書会やイベント、ゼミなど「体験」を重視した独自の運営で知られていますでアルバイトをしていました。この書店には学生アルバイトがブログを更新する文化があり、三宅さんが書いた本の紹介記事の1つが大きく拡散されたそうです。
その記事を明石の出版社ライツ社の担当者が見つけ、書籍化を持ちかけました。修士2年のときに出した1冊目が『人生を狂わす名著50』で、書評の本だったことから「書評家」を名乗るようになったと三宅さんは振り返っています。
博士課程1年で研究の道に進むか迷った三宅さんは、会社で働きながら書評家を続けるほうが今後書くうえで役に立つと考え、東京で就職しました。リクルートで3年半ほど働いたのち、2022年に京都へ戻り、書評家・評論家として活動しています。
渡邉さんが、この本によって三宅さん自身の人生も狂ったのかと尋ねると、三宅さんは本の紹介の仕方について語りました。三宅さんは、本は「人生を豊かにする」という文脈で語られがちだが、面白い本は良くも悪くも刺激が強く、悪影響かいい影響かわからないほどの影響をもたらすと感じていたそうです。
そうした刺激強めの本を紹介したいという思いが、『人生を狂わす名著50』というタイトルにつながったといいます。
時間はあるのに、なぜ会社員は本を読むモードにならないのか
荒木さんは、リクルートに就職したとき、書評家との半々のつもりだったのか、ビジネスパーソンとして生きる選択肢もあったのかを三宅さんに尋ねます。
三宅さんはもともとインターネットが好きで、ウェブを学べば会社員としても面白い道が見つかるかもしれないと考えていたそうです。自分の向き不向きもわからなかったため、リクルートに行けば何か見つかるかもしれないという感覚で入社し、仕事も楽しく、最初はずっと勤めるつもりだったと話しています。
荒木さんは、リクルートは企業カルチャーが独特で熱く働く人が多い印象があるため、入社して間もない時期は仕事外の時間を楽しむ余裕がなかったのでは、と問いかけます。
三宅さんの答えは少し意外なものでした。休日もあり、残業も日付を超えるほどではなく、世間的に見れば普通にいい働き方だったといいます。
それでも三宅さんは、会社員をしていると本を読むモードにならない感覚を強く持っていました。三宅さんは、問題は時間の有無ではなくモードの違いだと感じていたと語っています。
リクルートには副業をしている人や、自分の会社を立ち上げる人も多く、余暇がまったくない職場ではなかったそうです。それでも、古典や海外文学を読むモードと会社員としてのモードは全然違うことが、三宅さんには印象深かったといいます。
休日も余暇もあり、働き方としては悪くない。それでも本を読む気持ちにはならない
古典や海外文学を読む状態。会社員としての自分とは切り替わり方がまったく違う
三宅香帆さんが考える「ノイズ」とは何か
番組ではゲストごとにテーマを1つ決めて話します。三宅さんが持ってきたテーマは「働きながらノイズを取り入れる方法」でした。
三宅さんは著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の中で、読書にはノイズが多いと書いています。インターネットの情報や仕事の中で得る情報と比べたとき、読書の特質はノイズという言葉で表せるのではないか、という考えです。
三宅さんによれば、ノイズは直訳すると雑音ですが、ここでは、今の自分には直結しないがどこかで自分のためになる知識や、仕事に直結しないが知り合う他人などを指します。一旦雑に取り入れることが必要なのに、余裕がないとできないものの総称だといいます。
三宅さんは、ノイズは働く人にとっても大事だと考える一方で、働きながら取り入れるのは難しいという課題感を持っていると話しました。そこで、どうすればノイズを取り入れられるのか、そもそもノイズ的なものは世の中に必要なのかを話したいと提案しています。
「一見役に立たないけれども大事な読書会」はどんな場だったか
渡邉さんにとって、ノイズというテーマは大好物だといいます。渡邉さんは去年まで青山ブックセンターで、嶋浩一郎さんとおすすめの本を3冊ずつ紹介し合う連続トークイベントを開いていました。
トークイベントのタイトルが「一見役に立たないけれども大事な読書会」っていうやつで、これなんかまさにノイズって感じがするなと思っていて。
最初から役に立たないって言っちゃうと、ちょっと角が立つから、一見役に立たないみたいな、けれども大事とかって言って銘打ってるんですけど。
渡邉さんのイベントでは「能動と受動」「早いと遅い」といった変わったテーマを毎回決めていました。「早いと遅い」の回は雨のせいもあってか集客が20人ちょっとと少なめで、調べるとその日は鈴鹿でF1が開催されていたそうです。
多分全国の早いファンはみんな鈴鹿に行っちゃったんで、イベントに来てるのはもう遅い派の人だけなのかもしれないとか言って。
渡邉さんは、すぐ役立ちそうなビジネス書も世の中には必要かもしれないとしながら、かえってすぐ使いづらくなったり古びたりすることもあると話します。だからこそ学術書や漫画、小説のように一見すぐには役立たなそうなものに腰を据えて向き合ってみよう、というのがこの読書会の提案だったといいます。
荒木さんも、この番組自体がそうした考え方だと応じます。荒木さんは、まっすぐ役に立てようとするから役に立たなくなる面があると話しました。
そもそも役に立つ立たないということを前提に議論するのがいいことなのかという話もやっぱりあって。
荒木さんは、ノイズが実は役に立つという言い方もあれば、そもそも役に立つかで考えること自体がおかしいというラディカルな問いの立て方もある、と議論の難しさを指摘しています。
ノイズの読書が、その人らしさを形づくる理由
三宅さんは、二人がノイズを必要だと感じているようだと受け止め、必要だとすればなぜなのかを聞きたいと問いかけました。普通の人は「役に立つから必要」と考えやすいので、それとは別の視点を知りたいという問いです。
渡邉さんの答えは、ノイズ的な読書のほうが自分のアイデンティティを表しているというものでした。デザイナーがデザインの本を読んでも、それはあまりアイデンティティにならない気がするといいます。
本棚を見回した時に、そこに何か詩集がある、短歌がある、お酒が好きな小説家の小説があるとか、よくわかんない70年代のエッセイ集があるとか。
(そういう本が)並んでいたとして、その方が圧倒的にその人が何者かみたいなのが彫刻されていくような気がするんですよね。
渡邉さんは、ノイズを必要とすることは呼吸するようなものだとも表現しました。人は類型的に分類できても、その中に完璧に収まる人間は1人もいないため、どこがはみ出ているかを示すものの1つが読書のノイズだと考えているそうです。
荒木さんも答えは同じだといいます。荒木さんはビジネススクールで教えるキャリアが長く、戦略論や組織論の本を片っ端から読んで、役に立つ情報を受講生向けに加工して教えていました。
荒木さんは、そのやり方は極めて合理的だが、つまらないという感情が出てきたと振り返ります。課題をAIに入れれば視点が返ってくるような、AI的なふるまいに近づいていく感覚があったといいます。
荒木さんは、自分ならではのものは合理の先にあるバグのようなもの、なぜか興味を持ってしまうものや傾いてしまうものに表れると考えるようになりました。「こう読むべき」から自分を解放し、自分は何を読みたいのかを問うフェーズに入ってから、読書が開かれていったと語っています。
戦略論や組織論のビジネス書を片っ端から読み、役に立つ情報を受講生向けに加工する。合理的だがつまらない
「こう読むべき」から自分を解放し、自分が何を読みたいかで選ぶ。そこに自分らしさが表れると考える
「競争」と「表現」のバランスをどう考えるか
二人の話を聞いた三宅さんは、ここ数か月ずっと考えている「競争と表現」の話を持ち出しました。長くなりそうなため、今回は問題提起だけにとどめることになりました。
三宅さんによれば、社会には基本的に「競争に勝つ」という軸があります。役に立つかどうかや合理性もこの軸にあり、仕事をする意味や勉強・就職の理由も、勝たないと生き残れない、勝ってアドレナリンが出るといった動機に結びついていると三宅さんは見ています。
一方で三宅さんは、人間は競争だけでは虚しくなることもあり、別の軸として「表現したい」という価値観があると話します。表現は意外とその人の個別性を表してくれるもので、趣味や、服やインテリアを買うこと、栄養のためだけではない美味しいものを食べることにも、その意味があるのかもしれないといいます。
ただし三宅さんは、芸術家などは別として、表現だけではお金にならず生き残れない人が多数だとも指摘しました。そのため、競争と表現のバランスをどう考えるかに関心があり、読書の意味もこの枠組みで考えられそうだと話しています。
勝たないと生き残れない、勝ちたい。役に立つかどうかや合理性もこちらの軸にある
その人の個別性を表すもの。趣味や服、インテリア、美味しい食事などに表れる。ただしそれだけではお金になりにくい
荒木さんと渡邉さんも面白いと応じ、競争と表現の話は次回へ持ち越されました。
番組が本を紹介する「超相対性理論書店」には、三宅さんの集英社新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が入るそうです。渡邉さんは、本の帯のイラストを描いた八木渉さんと個人的に親しく、帯を見つけて嬉しくなったと話していました。
まとめ
初回では、三宅さんが会社員時代に感じた「本を読むモードにならない」感覚から、読書のノイズという考え方が紹介されました。渡邉さんと荒木さんは、役に立たない読書こそがその人らしさを表すと語り、話は次回の「競争と表現」へと続きます。
- 三宅さんは、働いていると本が読めないのは時間の問題ではなく、会社員と読書のモードの違いだと感じていた
- 三宅さんの言うノイズとは、今の自分に直結しないが、どこかで自分のためになる知識や出会いを指す
- 渡邉さんは、ノイズ的な読書や本棚こそが、その人が何者かを彫刻していくと考えている
- 荒木さんは、合理的な読書の先で「自分じゃなくていい」と感じ、読みたいものを読む方向へ開かれていった
- 三宅さんは「競争」と「表現」という2つの軸のバランスを問題提起し、次回へ持ち越された




