生成AI時代に「その人らしい文章」はどこに出る?
渡邉康太郎さんは収録の数日前、深井龍之介さんとブックファースト新宿店でトークイベントを行いました。会場には二人の最新刊の書棚ができ、リアル会場に40〜50人ほど、オンラインにも同じくらいの人が集まったといいます。
イベントで深井さんは、渡邉さんの本を2周読んだと話したそうです。とくに前書きと最終章、後書きが好きで、内容以上に、テーマや読者にどういう態度で向き合っているかが文字の間からにじみ出ている点が良かったと伝えたといいます。
(深井さんが)前書きと最終章、後書きが特に好きなんだけど、書いてある内容もあるが、テーマとか読者にどういう態度で向き合ってるのかっていうのが、文字の間からにじみ出てくるっていうのがすごい好きだなみたいな感じで言ってくれて。
荒木博行さんも、渡邉さんの文章には個性があると感じています。生成AIの登場で世の中にのっぺりした没個性な文章が増えるなかでも、渡邉さんの文章はそれとわかるというのが荒木さんの見方です。
生成AIとかが出てきてさ、だんだん文章とかがのっぺりした文章が多くなってるじゃない、世の中に。ある種没個性みたいな感じになっている中で、やっぱり浩太郎の文章っていうのはなんか分かるよね。
荒木さんは、文章の個性が出る場所として、引用の選び方、展開の仕方、どこで体言止めを使うかといった美学を挙げます。そのうえで、言語化しきれないテンポのようなものが人それぞれにあるのだろうと話しました。
深井龍之介さんの「文体」は文字になると変わるのか
深井さんはイベントで、今後本を書くなかで自分自身の文体も探していきたいと話していたそうです。語った内容をライターさんに起こしてもらうだけでなく、一部でも自分で時間をかけて書いてみたいという意向でした。
これに対して荒木さんは、深井さんのメッセンジャーの文字は誤字だらけでグダグダだと笑います。渡邉さんは、音声で話すときの深井さんの言い切り方や自信が、文字になったときにどう表れるのかに興味があると返しました。
龍之介らしさみたいなのがあるけど、それが文字になった時にどう違う形で表れてくるのか来ないのか、ちょっと興味あるよね。
荒木さんは、自身も書きながら試行錯誤を重ねてきたと話します。一人称を「私」にするか「僕」にするか、です・ます調か、だ・である調かといった細かな選択でも、文体は大きく変わるといいます。
二人は、生成AIによって文体やものづくりがどう変わるのかを、今後ゲストを迎えて深掘りしたいと話しました。次回以降のゲストは2人すでに決まっているそうです。
ドバイの仕事とイスタンブール旅行はどうつながっていた?
ここで渡邉さんが本題を切り出します。荒木さんたちとイスタンブールを訪れた際、渡邉さんは食事やモスク訪問の合間もスマホを操作し、タクシーの中で電話会議までしていました。
めっちゃ大変そうだったよね。タクシーの中で打ち合わせしてたりとか。
渡邉さんによれば、あの電話会議はトルコからドバイにつないでいたものでした。トルコとドバイは言語こそトルコ語とアラビア語で異なるものの、同じイスラム圏で、時差もおよそ1時間だといいます。
渡邉さんは去年からドバイの仕事を続けており、今回は現地のアート展に参加して、キュレーションと自身の制作を行いました。そうしたなかで、イスラムのカルチャーをとても面白いと感じるようになったそうです。
参加したのは、アラブ系のアーティストを中心にドバイで毎年開かれるアートフェス「SECCA」です。渡邉さんは日本の美意識をテーマに、「不完全な礼賛」と名付けた展示を行いました。ただ、この回では展示の本題に入る前に、ドバイそのものの紹介から始まります。
外国人が9割、石油はGDPの1%というドバイの素顔
荒木さんのドバイのイメージは、人工的に急にニョキッと出てきた場所というものでした。渡邉さんも、ブルジュハリファのような高層ビルや七つ星を名乗るホテル、富裕層の移住先といった印象を多くの人がうっすら持っているだろうと話します。
ドバイは、アラブ首長国連邦 ── ペルシャ湾岸に位置する連邦国家。アブダビ、ドバイなど7つの首長国で構成され、首都はアブダビですを構成する7つの首長国のうちの1つです。渡邉さんが最初に驚いたのは、人口の約9割が外国人だという点でした。
(ドバイは)現地の自国民がマイノリティっていう。結構変じゃない?
渡邉さんの説明では、UAE国籍を持つ人はエミラティと呼ばれ、人口の12%ほどしかいません。残りの88%は外国からやってきた居住者で、外から人を呼び込むことで経済を回しているといいます。
もう1つの意外な点は、産油国でありながら、石油がGDPに占める割合が1%ほどしかないことです。観光、貿易、不動産、金融など資源に頼らないビジネスへの転換に、最も成功した場所の1つではないかと渡邉さんは話します。
渡邉さんはドバイを、勢いがあった頃の中国のノリに近い場所とも表現しました。数日で建物が建ったり、スタートアップが急にシェアを広げたりと、動きの激しい場所だといいます。
ドバイは東京より安全?意外な治安と柔軟さ
文化圏が大きく違うため危なそうに思われがちなドバイですが、渡邉さんによると、都市の安全性のランキングでは世界トップ5に入り、東京よりも上位だそうです。測り方はわからないとしつつ、そうした指標があると紹介しました。
荒木さんが実際の様子を尋ねると、渡邉さんは「超安全」と答えます。人通りのある駐車場で車のボンネットに金色の時計を置いても1時間誰も手を出さない、というYouTube動画もあるといいます。
いろんな人が働いている割に全然身の危険を感じるとか、危ない目に遭うとか、物がなくなるとかってことは一切なかったのでございます。
ドバイの男性は伝統衣装のカンドゥーラを、女性は全身を覆う服を着ていますが、女性も顔は出していて、髪を覆う布がずり落ちてもさっと戻す程度だといいます。渡邉さんは、頭の覆いがなくなる日も来るのではと感じたそうです。
ルールの柔軟さを示す例もあります。イスラムでは金曜日にモスクへ行く習慣がありますが、ドバイでは休日を土日に変え、西洋諸国など他の文化圏と足並みを揃えたといいます。渡邉さんは、経済の利便性のためにイスラムのルールも少し変えてしまうリラックスした部分を面白いと話しました。
金・土がイスラムの休日で、金曜はモスクへ行く
休日を土日にして、他の文化圏と足並みを揃える
外国人9割の国で、伝統衣装はどんな意味を持つ?
荒木さんは、人口の9割が外国人の国で、国としてのアイデンティティはあるのかと尋ねます。渡邉さんの答えは「すごくある」でした。
渡邉さんによると、外から来た人には必ずしもムスリムが多くありません。そのなかでエミラティが着る伝統衣装は、単に心地よくフォーマルにもカジュアルにも使えるだけでなく、自分たちのルーツの表れでもあるといいます。
西洋文化と異なるルーツをちゃんと持ってるっていうことに自覚的であるっていう、自分たちのアイデンティティの表れでもあるんでね。
渡邉さん自身の現地での装いは、普段と同じだそうです。エミラティへのリスペクトから肌を大きく露出しない節度は保ちますが、もともとタンクトップで街を歩くこともないので、特別な準備はいらなかったといいます。
渡邉さんは、モスクを訪れるなら頭を覆うといった配慮はあるものの、それ以外は特に気にすることはないと話します。隣のサウジアラビアにはより厳しいルールがあると考えられる一方、ドバイはもともと商人の国で、外国文化に寛容です。イスラム国家でありながら、レストランやホテルでお酒も飲めるといいます。
商人の国で外国文化に寛容。普段の装いで過ごせ、ホテルなどでお酒も飲める
ドバイより厳しいルールがあると渡邉さんは見ている
イスラムのカルチャーに触れる初心者の渡邉さんにとって、ドバイはグラデーション的に入っていける場所として、とてもやりやすかったそうです。
カンドゥーラを観光ショップで買ってはいけない理由
荒木さんが白い衣装を着る人の割合を尋ねると、渡邉さんは、エミラティの男性が仕事をするときはカンドゥーラを着るのがルールになっていると説明します。正装でもあり、休日にカジュアルに着ることもあるそうです。
渡邉さんは観光地のお店で出来合いのカンドゥーラを試着したものの、いまいち似合わなかったといいます。その話を、仕事仲間で友人でもあるマジードさんにしたところ、強く止められました。
いやいやいや、まじでそれはやめておけみたいな。おかしいだろって。お前は日本で着物作る時に出来合いのやつを観光ショップで買うか?つって。
マジードさんは、カンドゥーラはテイラーで仕立てるものだと言い、10分先にある自分の行きつけのテイラーへ今すぐ行こうと渡邉さんを連れて行きました。その場で採寸し、サンダルから、グトラ ── アラビア半島の男性が頭にかぶる布。白無地や赤白の格子柄が代表的ですという頭の布、アガルという黒い輪っかまで一式を見繕ってもらったそうです。
生地は綿やリネンの最高級品で、見せられたのはすべて日本の紡績会社のものだったといいます。マジードさんは、ディテールを自分のカンドゥーラと全く同じ作りにするようテイラーに頼みました。
問題は時間でした。渡邉さんは明後日の早朝の便で帰国する予定で、その時点ですでに夕方だったため、実質中1日しかありません。それでもテイラーは翌日の夜9時に仕上げると請け合いました。
店に取りに行く時間はありませんでしたが、マジードさんが「何でもウーバー」のような現地サービスのカリームを手配し、仕上がったカンドゥーラを夜9時にホテルのフロントまで届けてもらったそうです。
試着
観光地の店の出来合いを試すが似合わない
案内
マジードさんが行きつけのテイラーへ連れて行く
仕立て
日本製の生地を選び、その場で採寸
配達
翌日夜9時の完成品をカリームでホテルへ
一式の費用は、帽子2パターン、カンドゥーラ、下着の上下、サンダルを合わせて8万円ほどでした。荒木さんは、スーツのようなものだと考えればそんなものだろうと受け止めます。帰りのスーツケースの分くらいがカンドゥーラ一式で埋まったそうです。
「いつ着るのか」より大事な、地球で生きる興奮
仕立てたカンドゥーラをいつ着るのかは、渡邉さん自身にもわかりません。次にドバイへ行くときに着て入国審査を受けたらかえって怪しいかもしれない、と笑いながら話します。荒木さんは表参道で着てほしいと冗談を返しました。
渡邉さんは、アラビア半島から友人が来たときに着るのはありかもしれないと話します。荒木さんは、それくらい強引に連れて行ってもらわないと躊躇してしまうと、マジードさんの踏み込み方を評価しました。
渡邉さんは40年あまりの人生で、欧米の文化には多く触れ、現地で働いた経験もある一方、アラブ系の文化には無頓着だったと振り返ります。だからこそ今、地元の人と地元の衣装を作る体験や、今すぐ行こうと誘ってくれる仲間の存在に、特別な意味を感じているそうです。
渡邉さんは、「これいつ着ようかな」という問いを、合理的な選択ではなく人間的なノイズとして抱えておきたいと話します。ゴールに一直線に向かう人生より、よくわからないことをしちゃった事例の積み重ねとしての人生が楽しいという考えです。
効率、ゴールを一直線に目指すような人生の歩み方じゃなくて、なんかよくわからないことをしちゃったっていう事例の積み重ねとしての人生が楽しいと思うんだけど。
荒木さんもこれに強く共感します。冷静になると、いつ着るのか、値段に対して一生で何回着るのかと合理性が働いて「まあいっか」となってしまうからこそ、勢いが大切だという見方です。
最後に渡邉さんは、500名以上のアーティストが参加したSECCAでの展示の話を予告しました。ドバイの文化庁長官に相当する人や王妃も展示を訪れ、渡邉さん自身も茶室でお茶をたてたといいます。その経緯は次回語られる予定です。
まとめ
この回では、深井龍之介さんとのイベントで話題になった文章の個性から始まり、渡邉康太郎さんが仕事で通うドバイの意外な姿と、伝統衣装カンドゥーラを仕立てた体験が語られました。合理性では説明しきれない勢いのある行動が、異文化との出会いを豊かにするという実感が、二人の会話の芯になっています。
- 生成AIでのっぺりした文章が増えるなか、引用や展開、テンポに書き手の個性が出ると荒木さんは話す
- ドバイは人口の約9割が外国人で、経済に占める石油の割合は1%ほどと渡邉さんは紹介した
- 休日を土日に変えるなど柔軟な一方、伝統衣装はエミラティのアイデンティティの表れでもある
- マジードさんの強引な誘いで、日本製の生地を使ったカンドゥーラ一式を約8万円で仕立てた
- 「いつ着るか」より、よくわからないことをしてしまう経験の積み重ねが人生を楽しくすると二人は語る


