なぜ若者は「オタク」に憧れるのか
谷川嘉浩さんを迎えたシリーズの最終回は、渡邉康太郎さんによる前回の振り返りから始まります。前回は、ドミニク・チェン ── 情報学の研究者。テクノロジーと人間の関係や、発酵などをテーマにした著作で知られていますさんの「微創造(マイクロクリエイティビティ)」という概念を手がかりに、衝動や固有性について話していました。
前回の結論の一つは、衝動やボイスの敵は習慣や合理性かもしれない、というものでした。日々の慣例が変化の兆しを素通りさせ、冷笑されたり理解されなかったりする瞬間にこそ、自分なりのボイスの兆しがあるのではないか、と話されています。
渡邉さんは本題に戻るきっかけとして、稲田豊史さんのオンライン記事を紹介します。倍速で映画やドラマの本数をこなす若者を扱った記事で、衝動や強みを見つけられない大学生の時代背景を説明してくれる内容だったといいます。
渡邉さんの紹介によれば、記事が描く背景は2つあります。1つはLINEグループなどで話題に乗り遅れないための「共感の強制」で、もう1つはゆとり教育以降の「個性の強制」です。
共感の強制
グループの話題に追いつくため、映画を2倍速で見るなど大量のコンテンツに触れる
個性の強制
競争社会の代わりだったはずの個性が、就活の競争の一部になる
無個性への不安
普通が失われ、売りがないと無所属になるという不安が生じる
オタクへの憧れ
かつての罵り言葉が、憧れの属性に変わる
まさに何かその時代が衝動を持つことを求めているっていう側面も半分ありそうだなと思いました。
荒木博行さんは、小さな子どもにコンパニオンロボットと何をしたいかを聞いたら「ポケモンカードをやらせたい」と答えた子がいた、という話を紹介します。ポケモンカードは友達と共有している趣味ではないので、友達とはできないという理由でした。
荒木さんはこの話を、付き合いのための趣味と自分の趣味が分極化している例として受け止めています。友達を誘ったり布教したりする選択肢が浮かばない子が一定数いることが衝撃的だったといいます。
続いて話題に上がったのが、本屋大賞を受賞した小説『成瀬は天下を取りにいく』です。主人公の成瀬は、閉店する滋賀の西武大津店に合わせて「この夏を西武に捧げる」と宣言するような、衝動に満ちた高校生として描かれます。
この作品の売れ行きについては、コスパに還元できない合理性や空気に流されきらない何かを、かっこいいもの、羨ましいものとして読む文化が強いのだと語られています。
組織が嫌いなのか、軍事的組織が嫌いなのか
渡邉さんは、学生時代のほうが衝動的に生きていたのではないかと問いかけます。スマホがなく、仕事にも縛られず、社会にあまり触れていなかったからこそ、「これかも」と思ったら突き進めた気がするという感覚です。
谷川さんの答えは逆で、今のほうが衝動的だといいます。お金を使えるようになったことが大きく、読みたい本を買う、旅行に行く、美味しいものを食べに行くといった行動がしやすくなったと話しています。
組織との相性というテーマに戻ると、谷川さんは「組織」という言葉が大きすぎて捉えようがないのではないかと指摘します。手がかりとして挙がったのが、MIMIGURIの安齋さんがVoicyで話していた内容でした。
谷川さんの紹介によれば、安齋さんはもともと組織が嫌いだったものの、今は組織を束ねる立場にいます。そのうえで、自分が嫌いなのは組織そのものではなく「軍事的組織」であり、作りたいのはその対極にある「冒険的組織」だと語っていたそうです。
トップが決め、目的に沿って遂行するコマンドアンドコントロール型。衝動とは折り合いが悪い
探求を大事にし、誰かの衝動で周りが動き変化していく。衝動と相性がよい
谷川さんは、前回渡邉さんが言語学の話をしてみんながスマホを見始めた場面も例に挙げます。それでも「何それ、でも面白いね」と言いながら変化していけるような、自発的なきっかけを楽しめる組織なら、衝動との相性はとてもよいだろうと話しています。
荒木さんは、安齋さんがVoicyで谷川さんの本をキャリアの文脈で取り上げていたことに触れます。冒険的に何かをしていくとき、つい出てしまった固有性を面白がることは、安齋さんの描く組織と相性がよいと考えています。
荒木さんは小説の成瀬にも話を戻します。成瀬は家族にも同級生の島崎にも戸惑われる異質な存在ですが、M-1に出よう、町内パトロールをしようという誘いに、周りが「ありかも」と感化されていきます。
何を言ってるんだこいつって思うんだけど、一拍置いてありかもみたいに言える仲間を、この小説の場合だと運良く増やせたんですよね。
衝動が組織でうまく働くのはどんなときか
渡邉さんは、ここまでの議論が「やるべきことが決まった場所で個人の衝動がぶつかる場面」ばかりを想定していたと気づきます。むしろ衝動が組織でうまくいく場面も多いのではないか、という問いです。
例えばなんかある衝動に突き動かされて一芸を持ってるメンバーが君あれできるからさ、このプロジェクト入ってよって言われた時に、その人の一芸でもうガンガンやっちゃおうみたいな時ってあるじゃん。
渡邉さんは、あらゆるビジネスは他と同じことをしていては売れないと話します。マーケティングの工夫よりも、誰かの衝動で個性を発揮できたほうが、仕事自体も面白くなるはずだという考えです。
荒木さんは、衝動を活かした例を思い浮かべると宮崎駿のような創作寄りの人ばかりになると打ち明けます。組織に向いていない人の周りに人が集う例は、「衝動が強すぎて私にはない」と思わせてしまうからです。
渡邉さんが挙げたのは、調査プロジェクトに統計の専門家と文化人類学者が入っている例です。統計の理解や、集団に入り込む民族誌学的リサーチ ── 研究者が対象の集団に入り込み、観察や対話を通じて生活や文化を記述する質的調査の手法ですができる人がいることで、プロジェクトが具体的な強みを持つことは日々の仕事でもあり得ると話しています。
荒木さんは、専門が違う人を混ぜるのは学問の世界でも難しいと応じます。専門性が高まるほど、用語だけでなく関心の持ち方や「どこにエクスタシーを感じるか」が根本的に違ってくるからです。
荒木さんが紹介したのは、コミュニケーション研究者の高梨さんの言葉です。他者に関心を持つのではなく、他者の関心に関心を持つという入れ子の関心が必要だという考え方で、京都大学の専門分野をめぐる本のシンポジウムで語られていたといいます。
どの事象を面白がってるかっていうより、どういう目でそれ(事象)を面白がってるかっていう、なんか価値軸みたいなのをインストールすると、他の事例もじゃあこれも面白くなるのかっていう、なんか世界の見方を手に入れることができますよね。
荒木さんも、その人の「目」がわかれば、どんなタイミングで呼べば、どんな話題を振れば喜ぶかもわかってくると応じます。よいインタラクションを生むのは、事象ではなく目のほうかもしれない、と話しています。
役に立たない関心を、雑談で受け止められるか
谷川さんは、宮崎駿や文化人類学者では例のスケールが大きすぎて、衝動がインフレを起こすと指摘します。本当に大事なのは微創造のようなマイクロな衝動だという立場です。
谷川さんが挙げたのは、クライアントワーク時代にいた、お客さんの人間関係を読み解くのが大好きな人です。誰が誰に頭が上がらないか、誰と誰が付き合っていそうかといった観察は、直線的ではないものの、提案に入れるキーワードを考えるときなどにいざという場面で役立ったといいます。
谷川さんはこうした傾向を専門性と呼ぶべきか迷いつつ、「利き足」「利き腕」のように、まずそこを見てしまう人だと表現しています。
荒木さんは、安齋さんの冒険的組織の話から「プロセス」というキーワードが浮かんだと話します。冒険はどこかにたどり着くことも心躍るものの、何を準備するか、どの道をたどるかという何も得ていないプロセスも面白い、という点が大事だと考えています。
渡邉さんは、営業の教科書にもクライアント内の人間関係を正確に把握せよと書かれていると補足します。人間関係を見る癖が成果につながることもあり得る一方で、役に立っていないときにプロセスを楽しめるかが次の問題だと指摘します。
ちょっと吉田さん、めっちゃ人間関係観察してるけど、もうその時間いいからみたいな。
なんか4回に1回役立ったとして、あれめっちゃ面白かったねとか、普段から着目してるのがこういう時に花開く可能性もあんだねみたいな会話がなんか自然にできるチームなのかどうかかってのは結構大事だね。
荒木さんは、プロセスを評価するにはディスカッションではなく雑談が必要だと応じます。会社でも大学でも、意思決定や期限があると逸脱しにくく、計画や習慣や目的が硬く決まりすぎると余白が持てなくなるからです。
荒木さんはこの点を、飲み会で「今日の結論は」と総括したことはない、という例でも説明しています。
計画と逸脱は両立できるか
渡邉さんが仮の結論を尋ねると、相性のよい組織と悪い組織があるという場合分けをしていけば、より精度よく語れるだろうという答えが返ってきます。
そのうえで、人は目的のある活動からはみ出した他人に対して厳しくなりやすい、という指摘がありました。テストの点数のように目的のあることにはまっていない人を見たとき、厳格になってしまう自分をどう飼い慣らすかが大事になるといいます。
空気を読まずに何かを言ってしまった人がいたとき、止めるべきだとしても一拍置いて、その人の「目」を面白がれるかが大事なのかもしれない、とまとめられています。
谷川さんは、組織の中でどう余裕を持つか、他人の関心の楽しみ方をどう組み入れるかを問いとして持ち帰ります。「ちょっと吉田さん、今その時間じゃない」という場面をまろやかにできている組織は何をしているのか、という問いです。
最後に紹介されたのが、アフォーダンス ── 環境が生き物に提供する行為の可能性を指す概念。心理学者ジェームズ・ギブソンが提唱しましたの研究者エドワード・リード ── アメリカの生態心理学者。ギブソンの思想を受け継ぎ、日常の行為や経験を研究しましたの「マイクロスリップ」という言葉です。マグカップを取るような単純な動きでも、人の手は直線的に動かず、小さくよどみ、ペンに伸ばしかけてコップに変えるような瞬間があります。
この手の動きのよどみは、会話が滞ることの比喩に近く、目的だけ考えれば無駄に見える変なプロセスを許容できるかを考えるメタファーになる、と語られています。
渡邉さんはグッドハートの法則 ── 指標が目標になると、その指標は良い指標として機能しなくなるという経験則。経済学者チャールズ・グッドハートに由来しますを引き合いに、目的を研ぎ澄ましすぎると逆にうまくいかないことがあると話します。合理化しすぎると人間性が失われ、チームワークがうまくいかなくなるかもしれないという懸念です。
こういう組織だからっていう、AオアBっていう風に決めるっていうよりも、なんかそういう組織になるために何したらいいかっていうのを、なんか結構時間かけて組織ごとに取り組んでいくのかなっていうイメージもあります。
荒木さんも、ゼミのような規模でもよくわかると応じます。個別に関わる時間も全体で議論する時間もあり、雑談ができる土壌、ときには計画を逸脱できる土壌を少しずつ整えていけるかもしれないと話しています。
誰かが吉田さんになっても面白がり方を面白がってあげるっていう関係でいたいですね。
荒木さんは、面白がるときに心を一つにする必要はないと付け加えます。内容はわからなくても「面白そうだね」と笑ってくれるだけで、存在は肯定されるという話で、全4回のシリーズは締めくくられました。
まとめ
衝動と組織の相性は、組織をひとくくりにせず、軍事的組織と冒険的組織のように場合分けすると見えやすくなります。鍵になるのは、役に立たない関心やはみ出した行動を、一拍置いて面白がれる余白です。
- 安齋さんの言う軍事的組織は衝動と折り合いが悪く、探求を大事にする冒険的組織は衝動と相性がよいと語られた
- 大切なのは他者に関心を持つことより、他者の関心に関心を持ち、その人の「目」を面白がること
- 人間関係を見てしまうようなマイクロな衝動は、ときどき役立つことがあり、そのプロセスを雑談で受け止められるかが問われる
- 計画があるからこそ逸脱に気づけるので、大丈夫な範囲であえて逸脱する時間を取るという考え方が示された
- マイクロスリップのように、目的に対して遠回りなよどみを許容できるかが組織の余裕につながる


