衝動とボイス、どちらから探すと見つかりやすい?
谷川嘉浩さんを迎えた超相対性理論のシリーズは3回目に入りました。もともとのテーマは「組織の中で衝動はどう生きるのか」でしたが、渡邉康太郎さんによると、実際には谷川さんの著書『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』の内容を、違う角度からさらい直す展開になってきています。
渡邉さんは、これまでの回を振り返ります。1回目では、ダニエル・ピンク ── アメリカの作家。著書『モチベーション3.0』で、報酬や罰ではなく内発的な動機づけが創造的な仕事を支えると論じましたの言うモチベーション3.0と衝動は何が違うのかが話題になり、衝動には「過剰さ」があるという整理がされました。
衝動は感情的な高揚とは区別してよく、静かなものや長年続くものも含めてよい、とも話されました。谷川さんの場合、哲学者のフレーズと漫画の会話を一般書の中で一緒に引用する文体に衝動が生きていて、それは幼い頃にレゴとぬいぐるみを混ぜて遊んでいたことにつながる、という見立てです。
さらに衝動の言い換えとして「狂気」や「ボイス」が挙がり、衝動の探し方について2つの説が浮かび上がりました。
小さな声や些細な自分のこだわりに端を発して、それを膨らませていく
むしろ憧れを手がかりにして探していく
谷川さんは、衝動やボイスは「やりたいこと」よりも「やっちゃってること」の中にあるような気がすると話しています。学生が自分の強みを紋切り型のカテゴリーに収めようとして、本当は強みかもしれないものを早いうちに捨ててしまう、という前回の話題も確認されました。
「微創造」とは何か?無意識に漏れ出す小さな創造
渡邉さんは、谷川さんの本を読みながら、ボイスの話がドミニク・チン ── 情報学研究者。テクノロジーとウェルビーイング、発酵などを横断的に論じ、日記や記録にまつわるワークショップも手がけていますさんの提唱する「微創造」というコンセプトに通じると感じていたといいます。
(微創造は)微生物の微とクリエーションの創造なんですけれども、一言で創造って言った時、新しい作品を作っちゃったみたいな大掛かりなものを想像するかもしれないんですけど、そうじゃなくて。
頭の中で湧いては消えていく、ちょっと泡のような発想みたいなものとか、どうしても考えてしまうこと、やってしまう癖みたいなのも含めて、それはミクロなスケールでのクリエーションなんである、と。
渡邉さんが読み上げたドミニクさんの文章には、メモ帳の落書きで繰り返してしまうモチーフ、気づかないうちに口ずさむメロディー、夕暮れの空を見て湧き起こる「言葉にならない衝動」が例として挙げられていました。文章の中に「衝動」や「固有性」という言葉まで出てきたことに、谷川さんは驚き、自分も「引用するべきだった」と反応しています。
この文章は、渡邉さんとドミニクさんが開いたワークショップの告知文で、谷川さんの本の刊行とほぼ同じ時期に書かれたものでした。ワークショップでドミニクさんは、自分の中の微創造に気づいて観察し、記録してみるという宿題を参加者に出したそうです。
渡邉さんが挙げる例は、誰かに言われた言葉が知っているアニソンの歌詞に出てくると、頭の中で必ずそのアニソンが流れてしまう、という小さな状況です。何も作り出してはいなくても、自分の頭の中で起こっている固有の出来事に意識的になっておくことが大事なのではないか、と渡邉さんは話します。
これに対して谷川さんは、微創造は広い意味での感性や知覚の話で、「気づこう」という掛け声だけでは気づけないのではないかと問いかけます。隣でいつも「これ微創造じゃない?」と言ってくれる人がいるわけではないので、どう発見するかの工夫が必要だという指摘です。
渡邉さんによると、ワークショップで具体的なテクニックが示されたわけではなく、日々日記をつけてみる形をとっていたといいます。完璧にすべて拾えるようになるのではなく、気づけたら記録し、記録することで観察する目が養われていく、というアプローチです。参加者同士で記録を共有し、日記の書き方(ノーテーション)そのものを作り替えていくこともテーマにしていました。
なぜ「上達」ではなく「変化」を日記に書くのか
渡邉さんは、ワークショップのもう1つの大きな目的が「成長神話から脱すること」だったと明かします。渡邉さん自身が写真を撮り続けてみようと決めても、日々上達している実感はないといいます。
その日々上達の実感ない時って別に手応えないんで、面白くないなとかやめたいなって思いかねないっていう状況がいつもある。
そこでワークショップでは、目標の置き方をずらしました。下手になっていても上手くなっていてもよく、とにかく変化を日誌に書く、という方法です。
上達や成長を期待して見つめる。実感がない日は手応えがなく、やめたくなりかねない
日々の変化に目を向ける。上達すれば嬉しく、上達しなくても自分をちゃんと認められる
ショート動画は微創造を押し殺す?「好きなもの、TikTok」問題
谷川さんは、スマホの哲学を書いてきた当事者として、YouTubeやTikTokを見ているときの自分の感覚を語ります。Aというゲーム実況とBというゲーム実況、Aという動画とBという動画の区別がだんだんなくなり、何を見たのか記憶が混濁していくというのです。
谷川さんによると、何本見たのか、それが誰の動画だったのかといった観察が鈍っていく自分に気づくといいます。とくにショート動画では、鑑賞中に何かが起きていても、その記憶がどこに帰属するのかに注目する目を持ちにくい娯楽環境が整っている、という見立てです。
谷川さんは、作品に注目していれば「区切り」があり、区切りごとに「今回はこうだった」と体験の違いを観察できると話します。一方で、漠然とたくさん、場合によっては倍速で見ていると、微創造を捉える目が鈍り、押し殺してしまうのではないかと考えています。
その行き着く先として谷川さんが挙げたのが、「好きなものは何?」と聞かれてプラットフォームの名前を答えてしまう状態です。「好きなもの、TikTok」となるのはもったいないのではないか、という問いかけに、渡邉さんは笑いながら「めっちゃ大事なポイント」と応じました。
荒木博行さんの「具体と抽象」:自分の物語という磁石を剥がす
ここで、収録中ほとんど聞き役だった荒木博行さんが口を開きます。
今回の収録で今まで一言も喋ってない。聞くだけみたいな。
荒木さんは、手垢がついた言葉かもしれないと断りつつ、「具体と抽象」の話を持ち出します。
まずね、具体が乏しいと抽象化できないんですよね。でね、大抵うまくいかないパターンって抽象ばっかり意識しちゃって、つまり自分が組み立てた物語から逃れられないんですよね。
荒木さんの考えでは、「自分はTikTokが好き」「YouTubeが好き」とくくってしまうと、そこから逃れられなくなります。衝動や強みが見つからないのも、そうしたくくりが原因になっているのではないか、と話しています。
荒木さんは、谷川さんが初回で話した「人は勝手に因果をつなげてしまう」という指摘を引き、一度つながった因果を強い磁石にたとえます。意図して引き剥がすと、ばらばらといろいろな具体が落ちてくるというイメージです。
目的をリリースする
一度目的を手放し、「この一日、何をやっているのか」と具体を見る
ラベルを剥がす
磁石のようにくっついた因果やくくりを、意図して引き剥がす
具体が広がる
「これも、これも」といろいろな具体が落ちてくる
新しくラベリングする
最後に、見つけた具体に良いラベルをつけ、新しい因果をつなげ直す
荒木さんは、微創造というキーワードはこの磁石を解き放つような言葉なのかもしれないと話します。そうしない限り、人は自分が作った物語の中で生き続けてしまう、という指摘です。
ソフィ・カルはなぜ見知らぬ男を尾行したのか
渡邉さんは、目的を解放して具体を見つめ続けるという荒木さんの話を受けて、フランスの現代アーティストソフィ・カル ── フランスの現代アーティスト。見知らぬ人の尾行や他人の生活の記録など、自身の行動をもとにした写真と文章による作品で知られますのヴェネツィアを舞台にした作品を紹介します。
パリに住むソフィ・カルは、気乗りしないパーティーで知らない男性と知り合い、彼が翌日からヴェネツィアに出張すると聞いて、尾行してみようと思い立ちます。翌日には自分も飛行機に乗り、会話で聞いたホテルの前で男性が出てくるのを待ち、数日間あとをつけて写真を撮り、地図にルートを書き込んで作品にしたといいます。
(ソフィ・カルの尾行は)冷静になっちゃうと、そんなこと別に意味わかんないじゃん。おい、尾行ダメだよみたいな。
渡邉さんは、ホテル代や飛行機代がもったいないといった冷静な声はいくらでも出てくるのに、それを一度脇に置いて行動に身を投じる力が、アート作品にはあると話します。
ブレーキかけちゃう時に、いやこれ続けちゃったらどうなるんだっけ?っていうので、一回なんか騙されてみるっていうか、自分が自分に騙されてみるみたいなのが結構面白くなる一個の入り口になり得るかなっていう予感がしますよね。
谷川さんは「いたずら心が起き上がることはあっても、人は普通やらない」と同意し、自身の小さな経験を語ります。群馬県のアーツ前橋で対談に呼ばれた際、京都から東京、高崎を経て前橋まで6時間ほどかかると知って迷ったものの、「このままでは一生群馬に行かないかもしれない」と思って出かけ、行ってみて対談がとても楽しかったといいます。
谷川さんはさらに、養老孟司 ── 解剖学者。『バカの壁』などの著書で知られ、虫の採集など自然の中でのフィールドワークを長く続けていますさんがBRUTUSの動画で「今の人は見せられることに慣れてしまっている、自分で見に行かないと」と話していたことを紹介します。谷川さんは、これはYouTube的なものを念頭に置いた言葉ではないかと受け止めています。
谷川さんは、自分なりの「見に行く」をどう用意するかが鍵だと整理し、これまでに出た例を並べます。
| 人物 | やり方 | 出典 |
|---|---|---|
| ソフィ・カル | 直感に従って、とりあえず尾行してしまう | 渡邉さんの紹介 |
| ドミニク・チン | 自分なりに記録をつける | ワークショップの宿題 |
| 嶋浩一郎 | Twitterを見ながらメモを取る | 谷川さんの紹介 |
谷川さんは、嶋浩一郎 ── クリエイティブディレクター。博報堂ケトルの創業者で、編集やPRの分野で活動していますさんの方法を「意味がわからない」と笑いつつも、こうした工夫があれば荒木さんの言う「具体」に近づけるのかもしれないと話しています。
洋服のこだわりと合理性:衝動の「敵」は何か?
荒木さんは、長旅から帰ったばかりで頭が回っていなかったと沈黙の理由を明かしたうえで、二人の話は目的合理性に縛られない何かについてのものだったと受け止めます。人は目的にとらわれすぎて、そこに転がるチャンスを逃しているのではないか、という整理です。
荒木さんが例に挙げたのは、ドライブ中の友人の話です。何十万円もするヴィンテージの服について、昔のアメリカ海軍が使っていた素材だと熱く語る友人に、荒木さんは「着心地いいの?」「じゃあなんでそんな高い値段で買うの?」と、合理性の塊のような質問をしてしまったといいます。
荒木さんは自分を野暮だと感じる一方で、楽しそうに語る友人に憧れも抱いたそうです。服を機能性で考えてしまう自分が、どうすればその合理性から抜け出せるのか、という問いは、衝動をどう見つけるかという問いと重なっていました。
谷川さんは、これまでの話から、衝動や微創造やボイスを見つける上での「敵」が浮かび上がってきたと整理します。
谷川さんは、こうしたものが変化の兆しを素通りさせる理由を与えてしまうと話します。よくある例として、算数に夢中になっている小学生に「国語の時間だから片付けて」と言う場面を挙げ、「もうちょっとやりたい」という気持ちを殺す体が作られていると指摘しました。
空気が気まずくなった瞬間にこそ、ボイスがある?
続いて語られたのは、前夜の食事会での小さな失敗談です。青山の店で偶然合流した知り合いたちとの大テーブルで、副詞「なんなら」が新しい用法を帯びてきているという論文の話を始めたところ、2、3分で皆が退屈そうな顔になったといいます。
建築やファッション、デザインの話をする場だったこともあり、席を立つ人や携帯を見始める人が出て、話した本人は「やっちゃったな」と感じていました。けれど、この日の対話を聞いて、逆の見方が浮かんだといいます。
理解されないとき、人は普通は傷ついたり自分が悪かったと思ったりします。そこを逆に、引かれたとき、冷笑されたときこそ「ここに何かある」と考えられれば幸せかもしれない、空気を読めなくなった場面をコレクションすればボイスが集まるかもしれない、という発想です。
谷川さんはこの発想を「それだけで書けそう」と面白がり、空気とは誰でもない誰かに合わせて集合的に作られるものだから、それに乗りきれないものこそボイスであり衝動ではないか、と応じます。
谷川さんは、モチベーションには合理性に加えて、抽象的かつ一般的に語れて質問紙などで測れるという特徴があると補います。一般的な脈絡では測りにくく、そこからにじみ出るものが衝動であり、空気を外れた瞬間に衝動が兆しているというのは良い手がかりで、本に書きたかったと話しています。
回の最後には、寄り道を重ねてきた話を、本来のテーマである「組織と衝動の相性」に戻そうという提案が出ます。食事会のエピソードも、組織とまではいかなくても集団での出来事なので、良いとっかかりになるのではないかとして、次回の最終回へ続きます。
まとめ
この回では、衝動を見つける手がかりとして、微創造を記録すること、目的を手放して具体を見ること、自分なりに「見に行く」こと、そして空気から外れた瞬間に目を向けることが語られました。衝動を押し殺すのは習慣や合理性、目的、計画であり、それらから少しはみ出した場所にボイスが潜んでいるのかもしれません。
- ドミニク・チンさんの微創造は、無意識に漏れ出す癖や発想を小さな創造として捉える考え方で、日記による記録で観察の目を養う
- 上達ではなく変化を記録すれば、上達しない日も自分を認められる
- 荒木さんは、自分が作った物語というラベルを剥がし、具体を見つめてから新しくラベリングし直すことを勧める
- ソフィ・カルの尾行や谷川さんの前橋行きのように、自分に騙されて行動してみることが入り口になりうる
- 話が引かれた、空気が気まずくなった瞬間こそ、ボイスや衝動の手がかりになるかもしれない




