ノイズは「目的」があるから生まれる?
三宅香帆さんをゲストに迎えた「超相対性理論」の4週目、最終回は、渡邉康太郎さんによるこれまでの振り返りから始まります。1週目の終わりに三宅さんが「競争と表現」というテーマを持ち込み、2週目と3週目はその「表現」について考えてきました。
渡邉さんの整理によれば、三宅さんは世間と比べて「表現ラバー」です。自分で表現するのも、他人の文章や個別性に触れるのも好きだからこそ、世の中の人が競争側のノウハウや話題に引っ張られていることへの懸念があると語られていました。
前回までの議論では、勝ちたい欲望と組織のルールに沿いたい気持ち、キャリアトランジションの時期、本は役に立たなくていいのかという問いなどが扱われました。最後は「新しいアイデアのためにノイズを摂取するのは目的化ではないか」という荒木さんのツッコミから、効能と目的は違うのではという会話に進んでいます。
三宅さん自身は、自分は議論をかき混ぜて「どこに行くんだこの会話」という状態にするのが好きだと笑い、それでもとても楽しかったと振り返ります。渡邉さんも自分はかき混ぜ系で、荒木さんがなんとかしてくれると思っていると応じます。
話を振られた荒木さんは、この番組のスタイルそのものをノイズの話に結びつけます。
だから逆に言うと目的があるからノイズができるんだと思うんですよね。
だから目的にそぐわないものがノイズになるっていう、そういう構図じゃないですか。
荒木さんによると、超相対性理論は「何かを伝える」という具体的な目的を定めず、出演者がその瞬間に感じていることを語り合う番組です。だからこの番組にはノイズがない、と少し無理やり結びつけてみせ、渡邉さんは「エレガントだな」と受け止めました。
そのうえで荒木さんは、三宅さんが持ってきたテーマ「働きながらノイズを取り入れる方法」への答えとして、目的を弛緩させる時間を意図的に作ることを挙げます。そうすると、ある時間がノイズなのかどうかの判断がつかなくなるといいます。
荒木さんは背景として、生産性が大事なキーワードになり、働き方改革も含めて「短い時間で成果を出す」圧が強まっている状況を挙げます。働くことが強い目的意識と結びつくほど、目的から外れたものがノイズとして浮かび上がってしまうという見立てです。
現実逃避は「体の声」を聞く時間になる
荒木さんの「目的を弛緩させる」という提案に対して、三宅さんは「この時間は何のためにやるのか」を考えない時間を持つことかと確認します。荒木さんに逆に問われた三宅さんは、仕事から離れる時間の優先順位を下げないことが、自分にとってのそうした時間だと答えます。
三宅さんによれば、仕事が切羽詰まると、仕事と関係のない本を読む時間や、友達とただ喋る時間、趣味の時間が後回しになりがちです。そこで踏ん張って時間を取り、仕事を頭から外すことを意識しているといいます。
一方、ノイズはあるかと聞かれた渡邉さんは、「ノイズしかなくて困っている」と答えます。締め切りがあるときほど別のことをしてしまう自分がつらくなり、現実逃避の中に意味を見出す術を編み出したと話します。
例えば絶対作らなきゃいけない資料があるよみたいな時に、それに着手できないって現実逃避する。で、それ(現実逃避)が結構いい現実逃避になっちゃう説。
渡邉さんが挙げる例は、皿洗いや風呂掃除などの家事です。家事の最中はデフォルトモードネットワーク ── 特定の作業に集中していない、ぼんやりした状態のときに活発になる脳内のネットワーク。記憶の整理やひらめきとの関係が研究されています的に、脳がリラックスしながらも活発に動いていて、シャワー中にアイデアを思いつくのと似た状態だといいます。
渡邉さんはアルキメデス ── 古代ギリシアの数学者・技術者。入浴中に浮力の原理を思いつき「わかった(エウレカ)」と叫んだという逸話で知られますが風呂で叫んだ逸話も引き合いに出します。家事の間に出たアイデアが資料に生きたり、関係のない本や締め切りの遠い作業が捗ったりして、未来への種まきになっていると自分を説得しているそうです。
渡邉さんの話を聞いた荒木さんは、それは脳ではなく体の言うことを聞いているのだと指摘します。
脳の言うことではなくて、体が赴く、なんとなく仕事をしたくない、体が拒否してるみたいな。
荒木さんの考えでは、脳が優位になると「やるべきだ」と無理に作業を続け、かえって生産性が落ちることがあります。体の言うことを聞く時間を作り、あとから理由を添えて脳も満足させてあげる、という順番が大事だといいます。
「やるべきである」と無理に作業を続け、かえって生産性が落ちることがある
気が乗らない感覚に従って別のことをし、理由はあとから添えて脳を納得させる
荒木さんの「後付けの理由」という言葉に、渡邉さんも強く同意します。大抵のノイズはノイズのままですが、その何分の1かは伏線のように回収され、3年前に読んだ本が急に役立つことがあると話します。
だからなんか今そうこうしてる間にも作業は進んでいるのだ的な自己催眠も時には大事ですね。
ノイズはなぜ人の魅力やキャリアのしなやかさになるのか
後付けの理由の話に、三宅さんも深く共感します。学生時代は勉強を、社会人になってからは仕事や健康を置いておいて本を読んできた三宅さんは、自分は人生ずっと何かをサボりながら本を読んでいると感じているそうです。
三宅さんによれば、ノイズは取り入れる前はただの模様やサボりで、何になるかわかりません。それでも人生のどこかで意外と帳尻が合うものだと思っている、と語ります。
さらに三宅さんは、ノイズは個別性につながるからか、人の魅力になりやすいと話します。人と違うものを取り入れていたり、人と競争をしない時間を持っていたりする人には独特の面白さがある、という感覚です。
荒木さんは三宅さんの話に「ほんとその通り」と応じ、「ノイズレスな人はちょっと怖い」と付け加えます。そしてキャリアの観点から、経営学者の金井敏弘先生が使った竹のメタファーを紹介します。
荒木さんが紹介する金井先生の話では、竹が風に強くしなやかでいられるのは節があるからです。キャリアも、ノイズのないまっすぐな道をずっと進むと、行き詰まったときにポキッと折れてしまうといいます。
よくわかんないことに手を出してみるっていう時期っていうのがやっぱり必要で。多分ですね、2、3年の間に一回ぐらい来ると思うんですよね。
荒木さんは、金井先生の竹の話を次のような循環として説明し、節にあたる時期をノイズと置き換えられると話します。
ストレート
やるべきことが定まり、まっすぐ進む
節にぶつかる
「私は何をやってんだろう」と意味不明な状態になる
ノイズを取り入れる
よくわからないことにどんどん手を出してみる
天命が定まる
自分が何をすべきかが見え、再びまっすぐ進む
三宅さんは竹の節の話を、世間でいう中年の危機や、アラサー頃に悩むクオータークライシス ── 20代後半から30代前半ごろに、キャリアや人生の方向性に迷いや不安を抱える状態を指す言葉。「人生の4分の1の危機」という意味ですと重ねます。悩める時期こそノイズを取り入れやすいのかもしれない、という見方です。
荒木さんは、節にあたる時期には思いきり悩み、意味不明な行動をしたほうがいいと強調します。三宅さんも、中年の危機は表層だけでいいのか、表現が必要なのではと考える時期なのかもしれないと応じます。
ノイズの供給源は、人間関係と組織の「余白」にある
荒木さんにとって、渡邉さんとの付き合いは重要なノイズの供給源だといいます。荒木さんは自分を目的合理性の高い人間だと捉え、そういう生き方をしてきた反省もあるそうです。
(康太郎との接点では)すごい普段聞けないキーワードがいっぱい出てくるんですよ。え?何それ、面白そうだけどよくわかんないみたいな。
渡邉さんは、自分は目的合理性が低すぎるので荒木さんから学びたいと返します。三宅さんは、二人の関係こそがこれまで話してきた対比のメタファーだったのではと笑いました。
三宅さんは人間関係の話を受けて、業界も含めて全く違う文脈を持つ人の話を聞いたり本を読んだりすることの大切さを語ります。自分の文脈が実生活だけになると閉じてしまい、自分の中のノイズが減ってしまうという実感です。
三宅さんはそこから、企業にとってもノイズは一周回って役に立つのでは、と問いを広げます。日本の組織の中でノイズを確保することは難しいのか、むしろあるべきではないか、という問いかけです。
渡邉さんは組織のノイズの例として、コロナ禍で広がったリモートワークの後、多くの企業がオフィスに人を集め直した動きを挙げます。一人で集中できて通勤もないリモートワークは合理的ですが、人が一緒にいるときにしか生まれないやりとりの大切さに皆が気づいたのではないか、という解釈です。
渡邉さんはさらに、読書会をよく一緒に開いている白桃ケトルの嶋浩一郎さんの会社の例を紹介します。嶋さんの会社では年に一度の合宿で、なるべく仕事に関係なさそうなことをテーマにしていて、全社員でグレイシー柔術を学びに行ったことがあるそうです。
荒木さんは嶋さんの取り組みの重要性を認めつつ、会社で予算を申請すれば「グレイシー柔術に何の意味があるのか」とまず言われるだろうと、その難しさを指摘します。
だから事前に意味がわからないことをやるっていうのをもうシリーズにしますみたいな宣言がいるんですよね、多分。
渡邉さんは、地位のある人ほどそうした呼びかけをするべきだと続けます。荒木さんも、意図を持って予算と時間を確保しなければならないと同意し、逆に「ノイズがなさすぎる合宿は認めない」くらいの発想があってもいいと冗談まじりに話しました。
渡邉さんはもう一つ、コミュニティデザイナーの山崎亮 ── 地域の課題を住民自身が解決するための場づくりを手がけるコミュニティデザイナー。各地で住民参加型のワークショップを数多く実施していますさんの話を挙げます。地域住民とのワークショップで、省庁の役人から休み時間を削ってアジェンダを1個増やすよう求められることがあるそうです。
山崎さんによれば、アジェンダから外れた休み時間こそ、地元のおばちゃんたちが本当の悩みを話してくれる時間です。だから成果を追求するほど、目的的な時間を減らしたほうがかえってよいと語っているといいます。
目的を追いかけるほど、目的は逃げていく?
山崎さんの話を受けて、渡邉さんは目的を極めるほど目的から遠ざかるという現象を、目の前に蚊や埃が飛んでいるように見える症状にたとえます。浮遊物を目で追って視野の真ん中に持ってこようとするほど、エアホッケーのように端へ逃げていくという感覚です。
最短ルートを目指すほど、むしろ何かが失われて損なわれていくみたいな。
三宅さんは渡邉さんのたとえに、作家としての実感を重ねます。売れる本や大本命の企画ばかりを狙っていると、かえって売れたり影響力を持ったりできず、いろいろなノイズ的なものがあったほうが、その中から次の時代の変なものが生まれる気がするといいます。
三宅さんは、企業が目的を持つほど目的外のことをやったほうがいいという話に共感する一方、数値化できないことが今の時代には難しいとも指摘します。
渡邉さんは数値化の問題に対して、状況によってやることが違うのではと切り分けます。すでにデータがあって売り上げを伸ばしたいときと、そもそもデータが存在しない新規事業を立ち上げるときは別だという見方です。
すでに取っているデータで数値化でき、明らかな問題に沿って改善できる
数字のある領域に打ち込んでもゼロサムゲームに巻き込まれるため、新しいマーケット自体を作る発想がありうる
渡邉さんはさらに、数値化できているものが多いジャンルはあえて避ける、という逆転の発想もあると付け加えます。
三宅さんは、KPIを設定する世界観ではどうしても測れず生まれないアイデアがあると話します。資本主義の社会の中で、そうした新しいものをどう評価してもらい、時間や予算をつけてもらうかが大事だと締めくくりました。
シリーズの振り返りと、紹介された本
終盤、荒木さんが三宅さんに4週の対話の感想を尋ねます。三宅さんは、ノイズのような会話をたくさんしてしまったと笑いつつ、自分の中で考えたいキーワードがたくさん出て考えが進んだので、とてもありがたかったと振り返ります。
荒木さんは三宅さんの感想を受けて、「また後付けの理由がいろいろ出来上がると思う」と返します。第2セクションで語られた「理由はあとから添える」という話を、対談そのものにも当てはめた締めの一言です。
荒木さんは改めて、三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を中心に話してきたことを確認します。あわせて、3〜4回目で触れた谷川嘉郎さんの『人生のレールから外れる衝動の見つけ方』も紹介されました。
荒木さんは最後に、自身の新刊『裸眼思考』も挙げます。目的からいかに逃れるかを扱った本で、この回のテーマと関わっているそうです。
こうして、4週にわたって文芸評論家の三宅香帆さんを迎えたシリーズは幕を閉じました。
まとめ
三宅香帆さんを迎えた最終回では、ノイズを「目的に合わないもの」と捉え直し、目的を弛緩させる時間をどう作るかが語られました。体の声に従い、理由はあとから添えるという考え方は、個人の働き方にも、組織やキャリアの設計にも通じるものとして示されています。
- 荒木さんは、目的があるからノイズが生まれるとし、ノイズかどうか判断できない時間を意図的に作ることを提案しています
- 渡邉さんの現実逃避や三宅さんのサボり読書のように、ノイズの一部はあとから伏線として回収されると語られました
- 竹の節のたとえから、意味不明な時期に意味不明なことをする経験がキャリアをしなやかにするという見方が紹介されました
- 組織では、合宿や休み時間のような「目的外の時間」に、意図して予算と時間を確保する必要があると話されています
- 数値化できる領域とデータのない領域を切り分け、測れない新しいものをどう評価するかが今後の課題として挙がりました




