成長し続けなければならない世界に、亀裂は入れられるか
このシリーズの出発点は、荒木さんが仕事で関わっている北海道十勝の浦幌町 ── 北海道十勝地方にある町。人口減少が進む地域で、地域外の人との関わりを増やす取り組みが行われていますでの町おこしです。人口4000人を切る町で、関係人口を増やすことがプロジェクトのテーマになっています。
浦幌町のプロジェクトでは、一次産業の人たちと畑で車座になって話す時間があります。その滞在のたびに荒木さんは、成長し続けることはそもそもサステナブルではないと強く感じるといいます。
前回は、ただ春夏秋冬を楽しむような時間の価値に社会がシフトできるのか、という問いが話されました。一方で都市の資本主義経済では、成長せずにとどまることが「悪」とされます。業界や国家のレベルでも、囚人のジレンマのように成長から降りられない構造がある、という悩みが共有されていました。
荒木さん自身は、このテーマをいずれ本にまとめたいとも考えています。前回を振り返った荒木さんは、ビジネスの現場では成長を求める現実から逃れられないと話します。
割り切れないところに毎回モヤモヤするんだけれども、やっぱりそのビジネスシーンに行くとね、全然そうは言ってられない現実があって。
やっぱりね、株主から期待値があり、それを上回る成長みたいなこと当然あるし、それは分かりやすく売り上げだったり、利益の成長みたいなね、そういうことがあるわけだよね。
荒木さんによると、企業の成長が国を強くすることにもつながる、という動かしがたい思想が根底にあります。だからこそ成長を疑うことは、自分が立っている足元を問うことになり、とても難しい問いになっているといいます。
グローバリズムは「基準の覇権」を生む?
グローバリズムへの疑問として、もう一人の出演者が紹介したのが『グローバリズムが世界を滅ぼす』という本です。エマニュエル・トッド ── フランスの歴史人口学者。家族構造の分析から社会や国家の行方を論じ、グローバリズムへの批判的な発言でも知られますらが寄稿した本だったと記憶している、と話されています。
『グローバリズムが世界を滅ぼす』は、グローバリズムこそが経済危機や格差拡大、社会崩壊を招いているのではないかと警鐘を鳴らす内容です。規制撤廃やグローバル経済が世界を救うという以前の議論とは逆の立場で、経済エリートが思考停止に陥っているのではないか、とも論じているそうです。
実際、ブレグジット ── イギリスがEU(欧州連合)から離脱したこと。2016年の国民投票で離脱が決まり、2020年に正式に離脱しましたや、内向きになったアメリカの姿勢のように、グローバル化とは違う方向を実験している場所は増えているのではないか、という見方も示されました。
前回荒木さんが挙げた「競争から降りると、業界の中でも国としても負けるだけ」という懸念にも触れられます。労働コストの低い新興国に製造をアウトソースする流れが、近隣国との経済戦争につながっていくことも、この本では語られていたといいます。
もう一人の出演者が個人的に好きな言葉として挙げたのは、松岡正剛 ── 編集工学を提唱した編集者・著述家。日本文化や知の体系について幅広く著作を残しましたさんと田中優子さんの対談本にあった「グローバリズムは基準の覇権を生む」という一節です。
国境を越えて物や価値を融通するには、取引のために単位や価値観を揃える必要があります。本来は多様な価値が重んじられるべき社会システムが、その結果、すべてお金で測れるものに単純化されてしまうという指摘です。
価値観は多様化していると言われるのに、物差しはまったく多様化していない。幸せや生きる喜びには多様な姿があるはずなのに、社会システムがそれに柔軟に対応できていない、という問題が提起されました。
仕切りのないタンカーはなぜ危ういのか
「基準の覇権」の話を聞いて荒木さんが思い出したのは、投資家ジョージ・ソロス ── ハンガリー出身の著名な投資家。ヘッジファンドで巨額の利益を上げる一方、慈善活動や金融システム批判でも知られますの言葉です。出典は映画『インサイド・ジョブ』だったかもしれないが覚えていない、と荒木さんは断っています。
ソロスは、産業や国ごとの規制という壁が規制緩和や撤廃で取り払われ、1つの大きな市場になっていく状態を、巨大なタンカー船にたとえたといいます。
そのタンカー船がちゃんと安定的に運航するにはですね、その中のコンパートメントがしっかりと仕切られてるっていうことが大事で。
コンパートメントが分かれてると、その波の揺れが分散するので、結果的に安定的になると。
仕切りがなくなると、片側の揺れで中の石油全体が大きく揺れ、大事になってしまいます。もう一人の出演者は、タンクに穴が開いたときに全部が漏れてしまう点も付け加えました。
コンパートメントが分かれていて、波の揺れが分散するため安定して運航できる
片側の揺れが全体に広がって大きく揺れる。穴が開けば全部が漏れる
荒木さんは、つながる世の中は便利な半面、大きな怖さもはらんでいることを示すメタファーとして非常にわかりやすいと話します。
大きくなることの便利さと効率には副作用もあるからこそ、顔が見える範囲で何かをやってみる実験が各地で行われています。例として挙がったのは、面白法人カヤックの柳澤さんが掲げる「鎌倉資本主義」や、前シーズンに出演した影山さんが国分寺で取り組む地域通貨「ぶんじ」です。
お金そのものに寿命があり、一定期間に使わないとなくなってしまう通貨の概念も紹介されました。貯め込めないので自動的に経済が回り、独占も難しくなる、という考え方です。
荒木さんは、ローカルの復権は世界を安定させるうえで大きな意味があると受け止めます。GDP一本で評価するようなつながった世界では、価値観が単一化してトーナメント戦になり、強いところがより強くなる格差が生まれるからです。
多様な価値観がそれぞれ認められている、そのローカルの集合体の世界だと、すごい生産性は落ちるかもしれないんだけれども、安定的であるっていう、そういうことだよね。
だからこのバランスなんだろうな、多分ね。
Bコープとチネリ、別の価値軸は既存の仕組みの中で育つか
ローカルとは別の動きとして話題になったのが、企業単位で長期的な目標や社会的責任を優先する取り組みです。代表例がBコープ ── 環境や社会への配慮など、厳しい基準を満たした企業に与えられる国際的な認証。アメリカの非営利団体B Labが運営していますです。
Bコープの認証を取るには、CO2排出を自社だけでなく取引先まで追跡することや、サプライチェーン全体で人権に配慮しているかのチェックなど、多くの項目をクリアする必要があります。
もう一人の出演者によると、Bコープだからといって売り上げが伸びるわけでは決してありません。それでも、ある価値基準をクリアしていること自体が前向きなメッセージになり、採用にも役立つだろうといいます。似たビジネスの競合のうち片方がBコープなら、そちらを応援したい人は多いかもしれません。
既存のシステムの中でも別の価値軸が可視化され、少しずつ形を変えていく取り組みがある、という見方です。荒木さんもこうした価値を変える試みはとても大事だとしつつ、すべての会社がBコープになるべきだとは考えていません。
(いろんな価値観が)共存できりゃいいんだよね。なんかね。なぜかさ、一本化したがるじゃん。
で、ナンバーワン決めたいんだよね。
荒木さんの考えでは、ナンバーワンを決めようとすると、結局は統一された尺度の話になっていきます。セ・リーグとパ・リーグは価値観が違うのだから、それぞれの1位で終わりにしてはいけないのか、という問いかけです。
一方で、多くの人がより安いものを求めてしまう現実もあります。わかりやすく安いものに人が流れると、新しい挑戦をしている側が一方的に損をするリスクが常にある、ともう一人の出演者は指摘します。
それでも挑戦している企業はたくさんあります。もう一人の出演者が好きな例として挙げたのが、イタリアのチネリです。チネリは昔から、地元の従業員や自治体、学生に利益を還元する思想を持ち、経営者が富を独占せず地域や共同体に還元することを根本に置いているといいます。
イタリアには家族を大事にするイメージがありますが、チネリはその家族の輪を大きく構えているイメージだ、と表現されました。ただし、こうした実践にはある程度の余裕が必要で、明日明後日に潰れないという安定があってこそ取り組めるというリアリティも語られました。
ドーナツ経済は「最低限」と「上限」をどう両立させるか
荒木さんは、明日のご飯に困る状態をなくすことがまず大事だと応じます。そのうえでどうバランスを取るかを考える手がかりとして挙げたのが、最近読んだ経済学者ケイト・ラワース ── イギリスの経済学者。社会の土台と地球環境の限界の両方を満たす経済モデル「ドーナツ経済」を提唱しましたのドーナツ経済です。
ドーナツ経済では、ドーナツの真ん中の穴が超貧困のような状態で、そこをいかになくすかが課題になります。一方で外側は、それ以上の成長を志さない境界です。人々がいかにしてドーナツの輪の中にとどまれるかを考える、新しい経済学のアプローチだと荒木さんは説明します。
もう一人の出演者は、安全な水や教育へのアクセスといった最低基準と、これ以上成長しなくていいという上限の両方を、各分野でレーダーチャートのように定めるものだと補足しました。最低と最高があるので、同心円のドーナツがモチーフになっています。
内側の穴
超貧困の状態。安全な水や教育へのアクセスなど、最低基準を満たせていない
ドーナツの輪
最低基準を満たしつつ、上限は超えない。人々がとどまるべき範囲
外側の境界
それ以上の成長を志さない上限
やっぱりその真ん中の最低限っていうところはしっかり成長させていこうっていうような部分は多分必要だと思うんですよ。
なんだけど、それ(最低限)を脱出した上で、そのもっともっとっていうところをいかにしてこうとどまらせるかっていう、だからこれ全然違う話なんだよね、これ両方はね。
荒木さんは、ドーナツ経済の概念には本当に腹落ちしたといいます。成長させるべき部分と、とどまるべき部分は別の話という整理が、脱成長を考えるうえでの手がかりになっています。
近い議論として紹介されたのが、フランスの思想家セルジュ・ラトゥーシュ ── フランスの経済学者・思想家。経済成長至上主義を批判し、「脱成長」を提唱した代表的な論者ですです。会話の中では最初「ラトゥール」と呼ばれ、荒木さんが「ラトゥーシュ」と言い直しています。
もう一人の出演者の記憶では、ラトゥーシュは経営者や資本家の収入に上限を設ける具体的な提案もしていたといいます。たとえば新入社員の月給が30万円なら、経営者がその100倍を超えて取るのはトゥーマッチ、といった内容で、具体的な数字は忘れたと断っています。何億円かの年収まではいいが、何十億円はいらないのではないか、という提案だったそうです。
荒木さんは、ラトゥーシュの『脱成長』を当時読んだときはあまり理解できなかったと振り返ります。もう一人の出演者は、最大多数の最大幸福を目指す民主主義や平等主義と、資本家のためのシステムである資本主義は根本的に矛盾する、という議論が面白かったと話します。
ラトゥーシュの議論によると、20世紀までは先進国が成長を続け、中産階級が増えて社会保障も良くなっていたため、その矛盾は表面化せずに済んでいました。しかし今は先進国でも失業率が高まり、経済格差も広がり、内側の矛盾が表に出始めているといいます。
荒木さんが「先進国もドーナツではなくなってきている」と受けると、もう一人の出演者は、上限を定めるという概念自体が今のシステムに組み込まれていないので、そもそもドーナツを目指してもいないと応じました。
ラトゥーシュの提案はすぐに実現するには無理があるように見えます。それでもフランスでは2020年の6月ごろ、気候変動市民協議会がこれに近い提案をマクロン大統領に提出し、真面目に議論されていることがニュースになっていたといいます。その後どうなったかは追いかけていない、とも話されています。
もう一人の出演者が勧めたのは、編集者の菅付雅信さんによる『物欲なき世界』です。最終章で資本主義の今後を論じ、経済学者や思想家の議論をわかりやすくまとめていて、ラトゥーシュの議論もそこで整理されているそうです。荒木さんは「ちょっと読んでみよう」と関心を示しました。
イカゲームが描く、民主主義を資本主義がハックする構図
資本主義と民主主義の「食い合わせ問題」は、超相対性理論でも何度か議論になってきました。荒木さんがこの問題に関連して挙げたのが、直近で見たドラマ『イカゲーム ── 韓国のNetflixドラマ。多額の借金を抱えた人々が、巨額の賞金をかけて命がけのゲームに挑む物語です』です。
もう一人の出演者はシーズン1の2〜3話でドロップしたそうですが、荒木さんはシーズン3まで見たといいます。荒木さんは、抽象度を上げて見れば、イカゲームは民主主義を資本主義がハックしてしまう物語としても読み取れると話します。
イカゲームは、最後まで残れば賞金を総取りできる仕組みです。シーズン2あたりからは、ゲームを続けるかどうかを参加者全員の投票で決めるシステムが登場します。
冷静に考えりゃさ、もうそんな人殺しなんてあれだから、一定ぐらいまで人が減ったら、そっからドロップして一人の分け前それなりにもらった上でドロップすればいいんだけれども
それを一人一票の公平な投票システムで決めるんだけれども、結果的にはみんな継続になっちゃうんだよね。多数決で。
荒木さんは、その背景に資本家が参加者の心理をうまくハッキングし、続けたいと思わせるコントロールがあると読み解きます。投票で決めているようでいて、その裏側に資本主義の力が垣間見えるというのが、イカゲームの裏のテーマだといいます。
荒木さんは、下手に語ると難しいと前置きしつつ、とても難しいテーマだと感じながら見ていたと話します。もう一人の出演者は、それより荒木さんがシーズン3まで熱中して見たことのほうが面白いと笑い、荒木さんは「えぐいけど最後まで見ちゃう」と返しました。
最後に、新しい尺度やゴール設定がいかに可能なのかがとても面白いテーマだという話になり、次回はそこを考えてみようと締めくくられました。
まとめ
この回では、グローバリズムが物差しを単一化し、成長と競争から降りられない構造をつくっていることを入り口に、ローカルの復権や別の価値軸、ドーナツ経済に脱成長の手がかりが探られました。最低限は成長させつつ「もっともっと」をどうとどめるかという問いは、次回の「新しい尺度やゴール設定」へと引き継がれます。
- グローバリズムは価値基準を揃えることで、多様なはずの価値をお金で測れるものに単純化してしまう
- ソロスのタンカー船のたとえのように、仕切りのない巨大な市場は効率的な半面、揺れが全体に広がる危うさを持つ
- ローカルの集合体やBコープ、チネリのように、生産性より安定や別の価値軸を重んじる試みがある
- ドーナツ経済は、最低限を満たす成長と、上限を超えない抑制を「別の話」として整理する
- イカゲームの投票システムは、民主主義を資本主義がハックする構図としても読み取れる



