なぜこの回は2人きりで始まったのか?
超相対性理論の今回の収録は、本来はオリジナルメンバーのコテン・深井龍之介さんを含めた3人で行う予定でした。ところが深井さんにダブルブッキングが発生し、急に参加できなくなったといいます。
(深井さんが)ダブルブッキングしましてですね、ありがちなんですけれども。なので、ごめん、急に行けなくなったみたいな話があり。
荒木さんによると、連絡を受けたのは収録の数日前で、何人かに代打を打診したもののうまくはまらず、荒木さんと渡邉さんの2人で収録することになりました。深井さんとはすでにリスケジュールが済んでいて、その声もそのうち届けられると話されています。
番組はこの回の前に、影山さんのゲスト回を最後にしばらく配信を空けていました。渡邉さんはリスナーから「最近放送がないけれど、終わっちゃうんですか」と心配されたといい、荒木さんも同じ声をもらったと応じています。
渡邉さんからは業務連絡もありました。3月末で放送を終えたTAKRAM RADIO ── J-WAVEで放送されていた、Takramの渡邉康太郎さんがナビゲーターを務めたラジオ番組。放送終了後もポッドキャストで配信されていますの特別編として、漫画『チ。』の作者・魚豊さんをゲストに迎えた回が配信されたこと、そして局の都合で消えていたポッドキャストが別アカウントで280回分まるごと復活したことが紹介されました。
さらに2人は、去年の年末に香港へ行ったのに続き、年明けにまた旅に出ようと話しています。行き先はヨーロッパ、なかでもイスタンブールが有力という噂で、現地で音源が取れればと荒木さんは期待を語っています。
十勝・浦幌町でビジネスリーダーは何をしているのか
話題を決めずに臨んだ2人ですが、渡邉さんに最近のホットなトピックを尋ねられた荒木さんは、北海道・十勝の浦幌町で関わっている地方創生のプロジェクトを挙げました。浦幌町は一次産業が中心の土地で、荒木さんは一次産業の人たちと話す機会が多いといいます。
その一次産業の人たちの思考モデルってめちゃくちゃ参考になるなって思ってて。
荒木さんは、一次産業の人たちの考え方を「丸の内」に取り入れられないかと考えています。ここでの丸の内はメタファーで、都会で働く人たち全般を指しています。
浦幌町のプロジェクトでは、都会の大手企業に勤めるホワイトカラーの人たちを招き、一次産業の人たちと一緒に話しながら示唆を紡ぎ出しています。持ち帰るべき成果はあえて決めず、畑の前で車座になったり、林の中で語り合ったりするのだそうです。
渡邉さんが目的を尋ねると、荒木さんは町おこし、つまり関係人口 ── 移住した定住人口でも観光で訪れる交流人口でもなく、地域と多様な形で継続的に関わる人々のこと。地方創生の文脈で重視されていますを増やすことだと答えています。浦幌町は東京23区ほどの面積に4000人を切る人しか住んでおらず、町長を含めて「町がなくなるのでは」という危機意識があるといいます。
荒木さん自身も浦幌町には10回ほど足を運んでいます。参加するビジネスリーダーたちは来る前こそ「何をしに行くのか」がわからないものの、帰るときにはさまざまな気づきやモヤモヤを抱えていくそうです。荒木さんは、そのポイントを「成長に対する問いを立てること」だと見ています。
一次産業の人はなぜ成長を志さないのか?
荒木さんによると、一次産業の人たちと議論していると「この成長はどこまでサステイナブルなのか」という問いが自然と立ち上がるといいます。一次産業は土地に由来する仕事で、生き物の時間は人の力では変えられないからです。
ジャガイモを促成栽培とか急にできないし、なんかその人の手でできることってものすごく限られている。
荒木さんは、焦っても仕方がないという感覚が一次産業の人たちのスタンスの根底にあると話します。結果へのコミットメントを手放し、最後にできることは「祈ること」になる、という捉え方です。
あんまり成長っていうものを志していないというかですね、もう地球とお付き合いしてんだからしょうがないよねっていう、なんかそういうところがあるんですけれども。
荒木さんが整理した一次産業と都市の時間感覚の違いは、次のような流れになっています。
生き物の時間
作物の育つスピードは人の手で変えられない
焦らない姿勢
結果へのコミットメントを手放し、最後は祈るしかない
都市との対比
二次・三次産業は時間をいかに短縮するかを追求してきた
成長への問い
エネルギーの源は地球なのに、このまま成長し続けられるのか
荒木さんは、二次産業・三次産業、さらに六次産業 ── 農林漁業者が生産だけでなく加工・販売まで手がける取り組み。1次×2次×3次を掛け合わせる意味で名付けられましたへと進むほど時間短縮の方向に向かうけれど、エネルギーは地球から来ていると指摘します。いつまで成長を志すべきなのかというテーマを、次の本のテーマにしようと考えているそうです。
縮退は楽しめるのか、春夏秋冬という発想
荒木さんの話を受けて、渡邉さんは高齢化や少子化が自治体だけでなく産業ごとにも起きていると指摘します。一次産業のほか、少子化の影響を受ける大学も、縮小することを運命づけられた業界の例として挙げています。
縮小していく。けれどもそれが今までの常識の、ネガティブなイメージではなくて、もはやそれは仕方がない。そんな中でどうクリエイティブにその縮退を体験していくのかみたいな風に課題が移っていくっていうのってあるよね。
荒木さんはこれに同意しつつ、何も変わらない完全なステイは無理だろうと話します。そのうえで、一次産業の人たちと接して感じるのは「変化は成長とは限らない」という感覚だといいます。
荒木さんにとって、春夏秋冬は変化ではあっても成長ではありません。成長しなければいけないのではなく、季節の移ろいを楽しむという価値観が一次産業にはある一方、都市のビジネスモデルではステイが悪のように受け止められていると対比しています。
春夏秋冬のように、成長ではない変化をそのまま楽しむ
ステイは悪とされ、成長し続けることが前提になる
荒木さんは、化石燃料を使い続ける限り成長は大きな目で見て永続的ではないとも話します。ただ、自分がその価値観を変えたいのかどうかも正直よくわからないといいます。
すごいある種分裂的なんだけれども。なんかあそこ(浦幌町)行くとやっぱね、そういうことになるんだけど、やっぱね、都会に戻ってくるとやっぱりでも成長だよねとか。
荒木さんは選挙にも触れ、どの政党も経済成長を外せない大前提にしていて、成長を諦めようと言う政党はどこにもないと指摘します。渡邉さんも、人口が増えず、資源にも恵まれない日本で成長を続けられるというシナリオ自体が眉唾だという前提はあると応じています。
一方で荒木さんは、国家間の競争や経済安保 ── 経済安全保障の略。半導体やエネルギーなど重要な物資・技術を確保し、経済面から国の安全を守るという考え方ですという言葉があるように、産業が強くなければ日本が危ないという危機意識もあると話します。売り上げや利益を伸ばすために企業が切磋琢磨しなければという考えは、荒木さん自身にも内面化されているといいます。
脱成長はなぜ職場で口にしづらいのか?
荒木さんは、数年前に斎藤幸平 ── 日本の経済思想家。マルクスの思想をもとに気候危機と資本主義を論じ、著書『人新世の「資本論」』で脱成長を提唱してベストセラーになりましたさんが脱成長というコンセプトを掲げ、本も非常に売れたことを挙げます。それでも、自分たちの仕事には脱成長の「ダ」の字もないと話しています。
コンセプトとしてはそうかもねとか思うけれども、なんか職場で脱成長なんて言ってたら、なんかちょっと大丈夫かお前みたいな感じになるよね。
このテーマ(脱成長)は正論と何か現実がなかなか折り合いづらいっていう問題があるんだよね。
渡邉さんがここで思い出したのは、長沼伸一郎さんの『現代経済学の直観的方法』です。渡邉さんの紹介によると、この本には、資本主義社会は欲望を刺激し続け、理想を打ち負かしてしまうということが書かれているといいます。
本の中で使われるメタファーとして渡邉さんが挙げたのがタバコです。吸わないほうが健康になれるのが理想でも、今吸いたくなって実際に吸ってしまうのが現実や欲望だ、というたとえです。
渡邉さんは、資本主義経済はそもそも成長し続けなければシステムを維持できない宿命を負っている、という話も本にあったと振り返っています。その論点の細部については渡邉さん自身が途中で記憶を訂正し、欲望が多様化すべきところで一部の大企業に富が集中して多様性が失われる、という議論だったと言い直しています。荒木さんは、その部分は覚えていないと応じました。
リジェネラティブ農法は何を教えてくれるのか
話は十勝に戻ります。荒木さんは、都市の人たちは地球から乖離してビジネスモデルを考えがちだけれど、リソースは地球にしかないと話します。地球のペースと同期して生きないと、いずれ破綻するのではないかという感覚です。
荒木さんは、昔から言われているありきたりな話かもしれないとしつつも、十勝に行くとそのことにとても気づかされるといいます。その具体例が、十勝で実験的に取り組んでいる農家さんがいるリジェネラティブ農法 ── 再生型農業とも呼ばれ、土壌の健康を回復させながら作物を育てる農法。耕起を減らす、被覆作物を使うなどの手法がありますです。
荒木さんの友人でもあるその農家さんは、土壌を回復させながら土の力で作物を育てています。荒木さんによると、この農法は土の中の見えない因果関係、つまり生態系のメカニズムを正しく理解しないと踏み込めないものだそうです。
因果関係断ち切って、もうこの農薬入れればすぐ育つみたいな、そういうのはわかりやすいんだけれども、それやっちゃうと、どんどんどんどん土の本来の力を前借りしながらなんかやっちゃってるみたいな部分があって。
荒木さんは、農薬に頼る方法を長く続けると作物が育ちにくくなり、その限界を感じてリジェネラティブ農法へ移った農家さんもいると話しています。ただし、荒木さん自身は農薬に反対しているわけではなく、必要に応じてうまく使えばよいという立場だと断っています。
農薬を入れればすぐ育つ。成果はクイックだが土の力を前借りし、長く続けると育ちにくくなる
複雑な生態系を理解したうえで土壌を回復させ、地球由来の力で育てる
荒木さんは、この構図が会社の人間関係にも似ているといいます。強烈なアメとムチを導入すれば成果は短期的に上がるかもしれないが、人間関係は希薄化してしまう、という例えです。
あんまり簡単なものに還元してしまうと、むしろ仕組みを損なってしまうことが起こりうるという。
荒木さんは、広い視点と長期的な観点がなければ本来の力は発揮できず、焦りすぎていては何もできないという示唆を十勝で感じるといいます。それは結局、生き急ぐ「時計の針」をどう止めるかという問題に行き着くのだそうです。
トレッドミルから降りられないのはなぜか
渡邉さんは再び長沼伸一郎さんの本に戻り、そこにあった「我々は資本主義経済の中でトレッドミルに乗せられている」というメタファーを紹介します。ジムのルームランナーやハムスターの回し車のように、同じ場所で走り続ける道具のたとえです。
さらに回転数の速いトレッドミルにジャンプして乗り移ることを常に求められるみたいな。
渡邉さんは、これが都市や経済成長を求められるときの姿だと話します。同じスピードではだめなのか、だんだんゆっくりになるのはだめなのかという問いは、本来あちこちで出てきてよいはずなのに、ビジネスの現場ではあまり議論されず、タブーにすらなっているといいます。
荒木さんはこれを囚人のジレンマ ── お互いに協力すれば全体が得をするのに、相手に出し抜かれる不安から各自が自分に有利な選択をし、結果的に全員が損をする状況を示すゲーム理論のモデルです的な構図だと指摘します。2人の話から、降りられない理由は次のように連鎖しています。
企業間の競争
自分だけゆっくりすると、相手にパイを全部持っていかれるかもしれない
国家間の競争
日本だけ緩めたら近隣諸国に奪われるという恐怖心がある
ダッシュの惰性
脱成長や環境問題を外で言う人がいても、もっと速く走らなければとなる
(ビジネスのメカニズムがわかるから)なんかね、毎回ね、ちょっとね、引き裂かれる状態になって。なんかこれは答えがあるのかしらみたいなことでね、いつも悩む。
荒木さんは、どちらかといえばビジネスのメカニズムをよく理解している側だからこそ、十勝と都会を行き来するたびに引き裂かれるといいます。渡邉さんも「悩みますよね」と共感しています。
「成長」を分解すると何が見えるのか?
荒木さんが今いちばん取り組みたいのは、成長という言葉を分解し、構造的に捉えることです。成長は善だと刷り込まれていて、荒木さん自身も成長したいと感じているからこそ、その正体を確かめたいといいます。
荒木さんが挙げた問いは、具体的には次のようなものです。
- その成長は、一体何の成長なのか
- 成長のパターンは何種類あるのか
- 本当に単一の指標の成長を求めているのか
荒木さんは、シンプルに言えば求めているのはGDPの成長ではないだろうと考えているものの、それを構造的に捉えるところまではまだ至っていないと話します。
渡邉さんは、このブレストを次回も続けることを提案します。手がかりとして、少し前の本だがエマニュエル・トッドらが寄稿した『グローバリズムが世界を滅ぼす』の内容も関係しそうだとして、次回取り上げてみようと話し、この回は締めくくられました。
まとめ
超相対性理論のこの回は、深井さん不在の2人雑談として始まり、荒木さんが十勝・浦幌町の一次産業の現場で抱いた「成長はどこまで続けられるのか」という問いを、渡邉さんと解きほぐし始める内容でした。結論は出さず、成長という言葉そのものを分解するという次回以降の宿題を残しています。
- 浦幌町では、都会のビジネスリーダーと一次産業の人たちが車座で語り合い、成長への問いを立てる取り組みが行われている
- 一次産業の人たちは生き物の時間を変えられないため焦らず、春夏秋冬のように成長ではない変化を楽しむ価値観を持っている
- 脱成長は正論として理解されても、企業間・国家間の競争というトレッドミルの中では職場で口にしにくい
- 農薬に頼る短期的な手法とリジェネラティブ農法の対比は、会社の人間関係や成果主義にも通じる
- 荒木さんは、何の成長なのか、何種類あるのか、単一指標なのかと、成長を構造的に捉え直そうとしている






