あなたの弱点は何ですか?という問いから始まる回
番組の冒頭で、荒木博行さんは渡邉康太郎さんに「弱点はある?」と問いかけます。この回のゲストのテーマが「弱さ」であるため、まず二人が自分の弱点を語るところから話が始まります。
浩太郎ってさ、弱点ある?
俺、弱点の塊みたいなとこあるじゃん。
渡邉さんが挙げた弱点は、オヤジギャグばかり言うこと、クリエイティブディレクションの仕事なのに「こうです、決定」と言い切るよりモヤモヤしている時間のほうが長いことです。さらに、デザイナーを名乗りながら美大や工業デザイン科でデザインの専門教育を受けていない「頼りなさ」とも生きている、と語っています。
荒木さんは、渡邉さんの話を「こうあるべき」から外れた部分を自認している、と受け止めます。渡邉さん自身は、自分を王道ではなく「社会の周辺的な存在」だと表現しました。
一方で荒木さんは、周囲からそう見られているとは限らないと指摘し、一般に見られている姿と自認は違うものだと話します。そのうえで荒木さん自身も、最近は足首の骨折や靭帯の損傷、腰痛といったフィジカル面の弱点が出てきたと明かします。
(あと4ヶ月ぐらいで50年になって)できないこと増えてくんだ本当に。
あまりにリアルな告白に、渡邉さんは「リアルすぎてコメントしづらい」と笑いながら返します。弱点をめぐる軽いやり取りが、そのままゲストのテーマへの入り口になっていきます。
『弱さ考』はなぜ「手紙を書きたくなる本」なのか
荒木さんが呼び込んだゲストは、書籍編集者の井上慎平さんです。渡邉さんと井上さんは、2023年の年末ごろ、当時ニューズピックスの書籍レーベルで編集者をしていた井上さんが同僚を紹介するためTakram ── 渡邉康太郎さんが所属するデザイン・イノベーション・ファーム。デザインとテクノロジー、ビジネスを横断したプロジェクトを手がけていますのオフィスを訪ねたのが初対面だったそうです。その場をつないだのは荒木さんでした。
井上さんはダイヤモンド社で書籍を作った後、2019年ごろにIT企業のニューズピックスで書籍レーベルを立ち上げ、創刊編集長を務めました。現在は退任しています。
井上さんが今回出演するきっかけになったのが、新刊『強いビジネスパーソンを目指してうつになった僕の弱さ考』です。井上さんはこの本を、一言で言えば「思いっきり強がってずっこけちゃった」話であり、その体験がなければここまで弱さについて考えることもなかった、と説明しています。
渡邉さんは、この本を福岡旅行中に、本来やるべき作業そっちのけで飛行機やホテルで読みふけったといいます。そして読みながら、井上さんへの手紙をメモ帳に書いたそうです。
(『弱さ考』の)冒頭が赤裸々すぎて。それこそ自らの弱いところを余すことなく書いてくれちゃってるみたいなのが、直接話を聞いているような気持ちになって。
本を読んでるっていうよりも、話を聞いてるような気持ちになったので、何かこう応答したくなっちゃったっていうのがあるんです。
荒木さんも『弱さ考』について、読みながら自分もさらけ出したくなり、自分の中の記憶を反芻してしまう「不思議な力を持った本」だと共感しています。井上さんは、半分自伝的なところもある本だと補足しました。
成長・自己コントロール・自責は「強すぎる」理想なのか
井上さんが設定したお題は、「現代の理想的なビジネスパーソンの人間像は強すぎないか」というものです。井上さんは、これは弱くなってから気づいたことだと前置きします。
井上さんは今も障害が治っておらず、うつとうっすらしたうつの間を行き来している状態だといいます。そのなかで、以前は当たり前だと思って自分も強がっていたものが、実は現代的な「強さ」だったと気づいたそうです。
井上さんが挙げた現代的な強さは、次のようなものです。
- 強い成長欲求を持っていること
- 自分を、特に感情面で適切にコントロールできること
- 何が起きても他責ではなく、まず自責で考える思考モード
井上さんは冒頭の渡邉さんの弱点の話に触れ、渡邉さんは自分のダメな部分を挙げても背伸びしている感じがない、と話します。理想像からはみ出した部分を無理に理想のビジネスパーソン像に当てはめなければ、それは強がりにはならない、というのが井上さんの見立てです。
話を振られた荒木さんは、組織のリーダーや新規事業のリーダーを長く務めるなかで、弱い部分を見せられない辛さがあったと振り返ります。できないことの自覚はあっても、自分の立場で口にすれば組織がダメになるのではないかと考えていたそうです。荒木さんは「このレースは長続きしない」と感じ、最終的にそのレースを降りました。
ある種の尊いリーダーみたいな感じじゃないですか。弱音を言わずに歯を食いしばって頑張るみたいな。それがなんかこう、組織の力を生むみたいな。
荒木さんは、こうしたリーダー像を漫画やアニメ、ドラマなどのストーリーから吸収してきたと話します。井上さんはさらに、小学校の図書室の伝記から始まっていると付け加えました。多くの伝記は、歯を食いしばって頑張ればうまくいく、必死に頑張ったから今がある、という物語になっているというのです。
井上さんは、そうしたリーダー像を自分で選び取ったのではなく、生まれ育った環境のなかで無自覚に「インストール」してしまっていたのではないか、と語ります。渡邉さんはそれをドミナントストーリー ── ある社会や集団の中で支配的になり、当たり前のものとして受け入れられている物語。ナラティブ・セラピーなどで使われる言葉で、それ以外の語り方が見えにくくなる状態を指しますという言葉で受けました。
こういう感想を言うと社会に認めてもらえるとか、こういう風に考えていると、とりあえず王道から外れてないっていうのがうっすらと規定されていて。努力することで報われるみたいなのもその象徴だし。
井上さんは、職場の人事の1on1が「成長したい」前提で組まれていることにも触れます。成長そのものは悪いものではないが、人生には仕事に全力で踏ん張れない時期もある、というのが井上さんの考えです。
井上さんによれば、多くの人は成長前提の「演技」を演技だと気づかないまま働いています。そのため、しんどいのに何がしんどいのかさえ自覚できない状態にある、と井上さんは話しています。
天候に勝てない一次産業と、成果をコントロールしたがる大手町
荒木さんは、成長前提の働き方の根に「コントロール思想」があるのではないかと話します。その手がかりとして荒木さんが挙げたのが、北海道十勝の浦幌町で一次産業の人たちと続けているプロジェクトでの体験です。
一次産業の人たちの話って、ある種ね、すごい潔い弱さがあるんですよね。何かっていうと、天候に勝てないっていう大前提があるんですよ。
荒木さんによれば、一次産業ではどれだけ収穫を目指しても、直前に台風が3つ来れば完全にアウトです。負けない努力はしつつも、究極的には勝てないと手放す。その絶妙なバランスを、荒木さんは一次産業のリーダーたちから感じるといいます。
荒木さんは、浦幌町の一次産業と、大手町に代表されるビジネスの世界との違いを対比しています。
天候には勝てないという前提があり、努力はしつつも究極的には手放す潔さがある
成果はコントロールできるという自負があり、100を120にできず110なら「あなたの責任」とされる
荒木さんは、一次産業から二次・三次産業へ移るにつれて自然との関わりが断ち切れ、人為的なコントロール思想が強まってきたと考えています。
井上さんもこの話に強く共感しました。テクノロジーに社会が傾くほど世界をコントロールできるという思想が強まり、その影響を受けた人は自分自身までコントロールできると考えてしまう、と井上さんは話します。世界へのコントロール思想が自分への価値観にまで及んでいる点に、大手町的な働き方のしんどさがあるという見方です。
日本の「なる」の文化は、ビジネスのゲームとどう噛み合わないのか
渡邉さんは、一次産業の「自然をコントロールできない」という話が、『弱さ考』の無常について書かれた部分につながると指摘します。『弱さ考』の9ページには、日本で「自ずからなる」受動的な価値観が育まれた背景に、自然環境や災害があるのではないか、という指摘があるそうです。
井上さんは、和辻哲郎 ── 近代日本の倫理学者・哲学者。著書『風土』では、気候や地理などの風土が人間のあり方や文化に影響すると論じましたや丸山眞男 ── 戦後日本を代表する政治学者・思想史家。日本人の思考様式や政治意識の特徴を、古典や歴史をもとに分析しましたといった文系の思想家が、日本文化が成り行き的になる理由を最後は災害や地質のような自然科学的な要因に求めて終わる点が、調べていて面白かったと話します。
井上さんは、私たちは5年10年単位で時代にキャッチアップしている感覚で生きていても、実際には長く続く文化の上で生きている、と考えています。丸山眞男によれば『古事記』と『日本書紀』で最も多い単語は「なる」であり、日本は「成り行きの国」としての歴史が長い、と井上さんは紹介しています。
だからこそ井上さんは、急にビジネスのゲームに乗り換えて世界をガンガンコントロールしようとしても、当然そうはなれないだろう、と話しています。
「雨が降っても自分の責任」はかっこいいのか、傲慢なのか
荒木さんは、コントロール思想が「傲慢さ」を生み、その傲慢さが尊いリーダー像と思われてしまう風潮があると話します。例として挙げたのが、若い頃に聞いて感動したある社長の講演です。
荒木さんの記憶では、天候に左右される小売りのような事業の社長が「雨が降っても自分の責任だと思う」と語りました。若い頃の荒木さんは、それを「かっけー」と感じたそうです。
荒木さんは、その社長も本気で天気を自分の責任だと思っていたわけではなく、リーダーの覚悟や言い訳しない姿勢を象徴的に語ったのだろう、と考えています。それでも今振り返ると、その姿勢自体がとても傲慢に思えるといいます。
若い頃は、リーダーの覚悟や責任感を示す言葉として「かっこいい」とうっとりした
今は、天候までコントロールできるかのような姿勢を「超傲慢だ」と感じる
ただし荒木さんは、覚悟やかっこよさに惹かれる感覚も確かにあると認めています。その感覚もひとつの価値観なので全否定されるものではない、と井上さんも応じ、二人は「すごく微妙な話」だと確認し合いました。
若さの力でもあり弱点でもある、単純な因果関係への熱狂
井上さんは、「雨も俺の責任」のような言葉に感銘を受けやすいのは若い時だと話します。若い時は考える力があっても人生経験が追いついていないため、「めっちゃ努力すれば絶対成功する」といった解像度の低い、シンプルな因果関係で世界を捉えがちだというのです。
井上さんはそこから、今の世の中にあふれる断定的な言説に話を広げます。ロジックを積み上げて「これをやらないのはバカじゃない?」と言い切るオピニオンリーダーに、若い人たちは熱狂しているのではないか、と井上さんは見ています。ただし、井上さんはオピニオンリーダーを攻撃したいわけではないと断っています。
井上さんの気づきは、解像度が低いからこそロジカルな説明が成立するということを、若い頃はわからなかった、というものでした。荒木さんもこれに強く同意します。
社会は実際は予測不可能なカオスで、めちゃくちゃちっちゃいことが大きな影響を持っちゃうかもしれないし、ほとんど単純な因果関係で語れないっていうのが本当は実際なのに。
それを短絡させちゃう豪胆さみたいなのが、なんか若さの力でもあり弱点でもあるっていう感じなのかな。
続けて、上海の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を起こすかという話にも触れられます。世界には無数の変数や初期の鋭敏性、ランダム性が関わっているため、何が起こるかわからないこと自体が面白い一方で、そのままではあまりに開かれすぎていて動けなくなります。
限られた時間とお金で行動するには、問題をいったん小さくしてシミュレーションできるつもりになる「短絡」が避けられない、という整理です。ただしそれを過信しすぎるとつらくなる、というのがこのパートの着地点でした。
最後に井上さんは、冒頭の弱点の話を出発点に自分の考えを開き、皆さんの声を聞きたいと話します。その話は次回の冒頭で扱うことになりました。紹介された本は『弱さ考』と、和辻哲郎の『風土』です。
まとめ
この回では、井上慎平さんの『弱さ考』をきっかけに、成長欲求や自己コントロール、自責思考を当然とする現代のビジネスパーソン像がなぜ「強すぎる」のかが語られました。一次産業の手放し感や日本の「なる」の文化、若い頃に惹かれた断定的な言葉を手がかりに、コントロール思想の無理が浮かび上がっています。
- 井上さんは、成長欲求・感情のコントロール・自責思考を、弱くなって初めて気づいた「現代的な強さ」として挙げた
- こうした理想のリーダー像は、伝記や物語を通して無自覚にインストールされてきたのではないか、と語られた
- 荒木さんは、天候に勝てない一次産業と成果をコントロールしたがる大手町を対比し、人間が自然と接点を持つ以上そこに無理があると話した
- 「雨が降っても自分の責任」という言葉を、荒木さんは若い頃はかっこいいと感じ、今は傲慢だと感じている
- 単純な因果関係で言い切る言説は解像度が低いからこそ成立し、行動には必要でも過信するとつらくなる、と整理された


