なぜ香港の飲茶レストランで収録したのか?
超相対性理論のこの特別編は、3人で香港を旅した際に、にぎやかな飲茶レストランの店内で収録されました。周りの客が食事をする中で、3人もご飯を食べながら大きなハンドヘルドマイクを持って話しています。
香港旅行の話は、以前「神宮」で収録したあと、そばを食べながら持ち上がったそうです。出雲への旅行の帰りにも「どこか海外へ行こう」と話していて、それがようやく実現しました。
収録したのは、シェフの友人に教わった店です。地元の人にも人気で、ワゴンで飲茶を提供する数少ない店だと聞いていたといいます。ただ蛍光灯が非常に明るく、「ビックカメラぐらいの明るさ」と笑い合っています。
傍から見るとカラオケしてる3人だよね。
収録の前には深井さんが財布をなくし、3人で探し回るという出来事もありました。収録時点では財布はまだ見つかっていません。
日本より香港が居心地いいのはなぜか
香港に来て、メンバーの一人は「来る前は過労で死んでいたが、来たらだいぶ回復した」と話します。理由として挙げたのは、日本の相互監視の強さです。
日本では人の目を気にしなければいけない、という感覚を後から学ばされてしまったといいます。香港では、横断歩道のない場所を普通に渡るような、道の渡り方ひとつにも自由を感じるそうです。
一方で、細部の違いにも話が及びます。車の運転の荒さ、歩き方、タバコのマナーに加えて、5年ぶりに訪れたメンバーはキャッシュレス化が進んでいないことに驚いていました。
相互監視が強く、人の目を気にしなければいけない
道の渡り方も自由で、周りが自分を見ていない。一方でタクシーは現金払いが中心
長生きへの欲望はなぜ消えたのか
次の話題は、深井さんの厄年と死生観です。周りの厄年の人がみな大変そうで怖い、という話に続き、深井さんがXに「長生きすることへの欲望がなくなっている」と書いた件が取り上げられました。
深井さんによれば、長生きしたいと思ったことは元々なく、最近その気持ちが強まっているといいます。
サッと生きてサッと死ぬのが本当に気持ちよさそうだなと思って。
深井さんは、年を取るほど体の弱さや仕事、子どものことなど、気にしなければいけないことが増えていくと話します。何も考えずに突っ込んでフィニッシュする、という生き方が許されない立場になったことが煩わしいのかもしれない、と自己分析しています。
深井さんはさらに、歴史を勉強しているからこそ、昔の人の死に方を「シンプル」で少し羨ましく感じると語ります。渡邉さんは、20歳前後で決闘によって亡くなった数学者のガロア ── 19世紀フランスの数学者エヴァリスト・ガロア。方程式の解法に関わる「ガロア理論」の基礎を築き、20歳で決闘により亡くなりましたや、肺の病で亡くなった明治の文豪たちを例に挙げました。
ただ深井さんは、死にたいと思っているわけではないとも強調します。小学生の頃に布団の中で死について考えた感覚が、そのまま続いているだけだといいます。
大切な人を亡くした人に、どう寄り添うか
話題は渡邉さんの母親の死に移ります。数か月前に母親を亡くした渡邉さんは、母親が遺書や、蘇生を望むかどうかまで詳しく残してくれていたことに触れ、備えておくことの大切さを改めて感じたそうです。
渡邉さんの母親は末期がんで、少しずつ体が動かせなくなっていきました。そのため家族はゆっくり時間をかけて別れができたのではないか、と渡邉さんは振り返ります。
渡邉さんの心に強く残ったのは、相談していた友人がかけてくれた言葉でした。一人でいられなければいつでも連絡していい。話すのが気が重いなら、同じ部屋の遠くの席で読書をして、ただ待つこともできる。友人はそう伝えてくれたといいます。
渡邉さんは一人で眠れる心理状態だったものの、そのありがたさを感じたくて友人に来てもらい、近所のレストランでビールを飲んだそうです。
この話を受けて、3人は「何かしてあげる」ことより「いる」ことの大事さを語り合います。こうした寄り添い方は、自分がしてもらった経験がないとできないのでは、という見方も出ました。
何を言えばいいか、何をすればいいかを考え、言葉が見つからなくなりやすい
何もしなくても、いられる可能性を示すだけで相手は温かい気持ちになれる
利害関係を抜いたとき、友人関係に何が残るか?
渡邉さんは、学生から友人関係の相談をよく受けるといいます。そこから「大人にとって、友達とは一体何なのか」という問いを投げかけました。
これに対して荒木さんは、中学時代に一度トラブルがあって以降、友人関係で悩んだことは一度もないと気づいたそうです。
議論になったのは、仕事上の付き合いと友人関係の境目です。渡邉さんは、記事を一緒に作る編集者やフォトグラファーとの関係は、利害関係でありながら仲間でもあると指摘し、超相対性理論の3人の関係も「共犯者」のようだと表現しました。
深井さんは、COTENのメンバーも仕事で関わる人も「友達じゃない」とは思っておらず、重要な関係性という意味ではみんな同じだと話します。
そこで渡邉さんが提案したのが、どこまで誘えるかという「レイヤー」で関係を見る考え方です。
ご飯に誘える
多くの人と行ける段階
旅行に誘える
深井さんは連絡を取っている人なら誘えるという
4日以上ずっと一緒にいる
「なんで?」となり、誘いづらい
つらい時にそばにいてと言える
甘えられるかどうかで大きく変わる
荒木さんは、関わる人は多く関係が悪くなったこともないものの、旅行に行くほどの距離までは、ほとんど誰とも近づかないといいます。めっちゃ広いんだけど狭いというこの構造を荒木さんは「いびつ」と呼びますが、渡邉さんは「みんなそうかもよ」と返しています。
渡邉さんも、人間関係の広さはあるものの、週末に出かけまくるわけではないそうです。ただ、ズカズカと誘ってくれる人がいると、最初はギョッとしつつも結局楽しく、ありがたいと話しています。
コテンラジオの深井さんは、なぜ人を選ぶのか
深井さんの場合は、人との付き合い方が少し違います。付き合いたい人とそうでない人の好き嫌いがはっきりしていて、コテンラジオ ── 深井さんが代表を務める株式会社COTENが配信する歴史Podcast。歴史上の人物や出来事を、数回にわたるシリーズでじっくり語る番組ですをきっかけに、親和性を感じた人の方から近づいてくることが増えたといいます。
そのため、ここ3〜4年は自分と感覚がまったく合わない人に会う機会がほとんどなかったそうです。年に1〜2回イベントで毛色の違う人に会うと、「こういう人もいっぱいいたな」と気づくといいます。
やっぱりこっちも時間が有限で、その選定するっていうこと自体すごくストレスがかかるから、本当は全部受けたいから。
実際には、深井さんではなく組織のメンバーが選定を担っています。深井さんは、良くも悪くもエコーチャンバー ── 似た考えの人とばかり接することで、自分の考えが強化されていく状態を指す言葉です的に自分の領域に特化し続けている状態だと説明しました。
今
狭めて特化させる。本人にも組織にも大事な時期
あと1〜2年後
再びオープンなフェーズに移る予定
深井さんは、方向性が違っても「なんで」と思うほどぶっ飛んだ人には興味が湧くと話します。ただ、興味のないタイプだとわかってしまう人には、今は時間を使っていないそうです。高校時代にはいろいろな組を回って弁当を食べていたといい、もともと誰かとべったりするのは好きではないと語っています。
一方、渡邉さんは逆のタイプです。渡邉さんは酒を飲まず、夜は内省の時間にしたいため会食は苦手だといいます。それでも、誘われたこと自体は事前にあまりふるいにかけないそうです。
個人的には誘われたら大体ついていくタイプ。騙されたと思う(ついていく)タイプ。
頼れる人に、抱えていることを全部話せるか
最後の問いは、数少ない頼れる人に、自分の抱えていることを全部話せるかどうかです。渡邉さんは、話せない領域はあると答えました。
深井さんは、1〜2か月という短いスパンでは話せないことがあっても、1年かければ全部話せるといいます。大事なのは、相手が受け止められるタイミングだという考えです。
ここで荒木さんは、代官山蔦屋書店で開いた超相対性理論初の公開収録の直前の出来事を振り返り、2人に感謝を伝えました。プライベートで重い案件を抱えていて、控室のラウンジで2人に話したことに救われたそうです。
荒木さんによれば、そのとき2人は何かをしてくれたわけではなく、いてくれた状態だったといいます。第4セクションで語られた寄り添いの話と、ここでつながりました。
受け止めた側の2人は、頼ってもらえること自体が嬉しいと応じます。深井さんはさらに、その感覚を人類という種の話にまで広げました。
僕みたいな性格の人間でもそう(嬉しい)だから。本当にホモサピエンスだなと。
渡邉さんは、深井さんの視点の飛び方を、物理学者寺田寅彦 ── 明治から昭和初期に活躍した物理学者・随筆家。科学と日常を結ぶ多くのエッセイを残しましたのエッセイ「茶碗の湯」になぞらえます。湯気の一粒からいつのまにか宇宙まで広がる文章のように、N=1から種全体へ一気に飛んだ、と笑っています。
収録は、録音機材の電池が切れそうになったところで終わりました。
まとめ
香港の飲茶店でのゆるい雑談は、死生観から始まり、「ただそばにいる」ことの価値、そして大人の友人関係へと広がっていきました。3人とも、人との距離の取り方は違いますが、頼り頼られることの温かさは共通して語られています。
- 日本の相互監視の強さから離れ、香港では居心地のよさを感じたメンバーがいた
- 深井さんは、長生きへの欲望が薄れている理由を、立場とともに増える煩わしさや歴史の学びから語った
- 渡邉さんは母親を亡くした際、友人の「ただそばにいる」という申し出に救われた
- 友人関係は利害の有無より、誘えるか、甘えられるかというレイヤーで捉えられる
- つらい時に話を聞いてもらえることも、頼ってもらえることも、どちらも嬉しいものだと語られた




