ドバイの報道と京都のオフ会から始まる回
この回の収録は2026年3月上旬です。冒頭で渡邉康太郎さんは、アメリカ・イスラエルとイランの抗争の影響でドバイにも被害が及んでいるという報道に触れました。
番組では前の週にドバイの話をしたばかりでした。渡邉さんによると、アブダビやドバイの空港で死傷者が出ている、観光地に被弾したといった報道に心を痛めているといいます。
渡邉さんは現地の友人や仕事仲間と連絡を取ったそうです。連絡が取れた人は全員、直接の被害はなく日常生活も続いているとのことでした。ただし今後については緊張感があり、注視していきたいと話しています。
僕がつながっている人については、ひとまず直接被害を受けているっていうようなことはなく、あくまで日常生活は今まで通り進んでいますよっていう人が、全員だったんだけど。
話題は変わって、荒木博行さんの京都での近況です。荒木さんは京都在住の哲学者の谷川さん、近内悠太さんと3人で対談するオフ会を開き、翌日には龍玄さん、近内さんと再び対談したといいます。
荒木さんは、京都で会った人がみんな超相対性理論に出演済みだと気づきます。渡邉さんも「また来てもらってもいい」と応じ、準レギュラーとして呼ぶ案で盛り上がりました。
哲学研究者がなぜVTuberを研究するのか?
今回のゲストの山野弘樹さんは、谷川さんとも親しい哲学研究者です。2人が初めて会ったのは2019年、コロナ禍の直前に中国で開かれた国際学会で、ともに英語で発表した後の懇親会だったといいます。
山野さんは現在、千葉工業大学と東京女子医科大学で非常勤講師を務めています。前年の3月に東京大学大学院に博士論文を提出して博士号を取得し、専門はフランス現代哲学です。
山野さんは近年、VTuber ── 2Dや3Dのキャラクターの姿(アバター)で配信や動画投稿を行う配信者の総称。ゲーム実況や歌配信などを中心に活動する人が多くいますの研究も並行して進め、本の執筆や発表を行っています。
荒木さんと山野さんの縁は、荒木さんが書籍『独学の思考法』をVoicyで紹介したことから始まりました。その後も『二十代からの文章読解』で番組に来てもらったり、flierのサービスに協力してもらったりしてきたそうです。
実はまだリアルには一度もお会いしたことがないという、そんな関係。
荒木さんが「山野さんがリアルに存在するかどうか未確認」と冗談を言うと、山野さんは「バーチャルな存在ではなく、ちゃんと物理的におります」と返しました。渡邉さんは、VTuber研究者とバーチャルな関係を育んでいること自体が面白いと笑います。
山野さんがVTuberの哲学的研究を始めたのは約4年前です。当初は若者の娯楽を哲学的に研究することに「急にどうしたんですか」という驚きの声が多かったものの、今では懐疑的な目はかなり和らいできたといいます。
山野さんによれば、VTuber研究には系譜があります。哲学の分野には、マリオやゼルダ、パックマンのようなビデオゲームを対象にした研究が成熟しており、2018年には慶應義塾大学出版会から『ビデオゲームの美学』という金字塔的な本が出ています。
山野さんは研究者仲間とこの本の読書会をして、ビデオゲームが哲学の研究対象になることに新鮮な驚きを覚えたそうです。そこから、ゲーム実況などをするVTuberも哲学研究の対象にできるはずだと考えました。
ビデオゲーム研究
哲学の領域でマリオやパックマンなどを対象にした研究が成熟
読書会
『ビデオゲームの美学』を研究者仲間と読み、驚きを得る
着想
ゲームが研究対象になるなら、VTuberも対象になりうると考える
VTuber研究
ビデオゲーム研究の直系の系譜として研究を開始
AI時代の思考力というテーマは、なぜ「怖い」のか
今回のテーマは山野さんが持ち込んだもので、「AI時代において思考力、考える力とはどのようなものか、いかなる思考力が要求されるのか」という問いです。
AIについて語ること自体がちょっとビビっちゃう部分があるんだけど、怖いテーマ来ましたって感じで。
渡邉さんが「怖い」と言う理由は、AIの分野ではニュースが毎日のように届き、状況がすぐに変わるからです。荒木さんも、1年前に話すべきことと今話すべきことは違うかもしれないと応じ、渡邉さんは「もう1週間で全然違う」と重ねます。
渡邉さんは、開発すら対話でできるようになればノーコード ── プログラミングをせずにアプリやシステムを作れる手法やツールのことというジャンルも、流行しているSaaS ── インターネット経由で提供されるソフトウェアサービス。月額課金型の業務ツールが代表例ですもなくなるかもしれないと話します。荒木さんも「SaaS is dead」とよく言われていると応じました。
渡邉さんはほかにも、アメリカで大学を出てブルーカラーとして働く人が増えている現象や、Anthropic ── 対話型AI「Claude」を開発するアメリカのAI企業。OpenAIの元メンバーらが設立しましたが国防へのAI利用を断ったというニュースを挙げます。山野さんは、断った直後にOpenAIが契約を結んだことに触れ、Anthropic設立の経緯がそのまま表れた出来事だと驚いたと話しました。
そのうえで渡邉さんは、1年後に聞く人には古く感じられるかもしれないが、AI時代の思考力は中長期的に考えられるテーマでもあると位置づけ、山野さんに問題意識の背景を尋ねます。
AIで一発なのに、なぜ学生は自分で文章を書くのか?
山野さんの問題意識の出発点は、千葉工業大学で担当している初年次教育の「日本語表現法」の授業です。新1年生に、文法から論理的な説得力まで、文章の中身と形式を添削しながら教える科目だといいます。
教員共通のテキストの序盤には、「赤い服めっちゃいい感じ」のような崩れた日本語を適切な敬語に直す問題が並んでいます。ところが山野さんによれば、こうした問題はChatGPTやGeminiに打ち込めば一発で、カジュアルな敬語から格式高い敬語まで段階を分けて示してくれます。辞典を引くよりよほど早く正確だそうです。
山野さんが前年に取ったアンケートでは、AIを使う学生は5割から6割ほどでした。しかしAIの普及が一気に進んだ2025年を経て、今年はほぼ100%の学生が使うだろうと予想しています。
そうなると、山野さんは授業の意義を一から説明しなければなりません。電卓で計算できるのになぜ暗算させるのか、という問いに近い声が学生から上がりうるからです。後半の意見文の課題も、AIにディベート形式で書いてと頼めばおおむね出てきてしまいます。
山野さんが想定する学生の反論は、「大人も大きな計算は電卓でやる。それなら考える・読む・まとめるといった作業もAIに出力してもらえばいい」というものです。大学で自分で文章を考えて書く意味は何かという声が年々強まるのではないか、というのが山野さんの問題関心です。
荒木さんも大学生を教える立場から、この悩みに強く共感します。提出物はAIが入っているため評価がほとんどできず、面談でないと学生が何をどのレベルまで考えているか見えなくなっているといいます。
書かれた提出物で、学生の考えのレベルを評価できた
提出物にはAIが入るため、1on1や面談などライブの会話でしか見えない
(ライブの会話が)ある種ラストリゾートになってるんですけれども、それすらどうなんだっていう、1年後にはどうなってるのかみたいな気もしなくもない。
渡邉さんも、眼鏡型デバイスや身につけるマイク、小型ディスプレイやイヤホンがあれば、会話中もAIをアシスタントとして使い続けられると指摘し、それも時間の問題だと話します。山野さんは、すでに骨伝導で音を伝える機器があることや、ネットで話題の作品『超輝姫』に描かれたコンタクト型でメタバースに入る技術にも触れ、遠からず実現しそうだと応じました。
AIが高価になったら、生身のスキルはどうなるか
渡邉さんは最近、WIRED日本版の編集長・松島さんと毎年行っている「今年大事になる5冊の本」を紹介し合う対談に向けて、これに近いテーマを考えていたといいます。
渡邉さんの論点の1つは、生成AIが冷却のための水や動かすための電力を大量に使うことです。今は多くのサービスがユーザーの囲い込みなどのため無料や安価で使い放題にしていますが、将来は高いお金を払わないと使えなくなる可能性もあるのではないか、と渡邉さんは考えています。
渡邉さんによれば、そうなった場合、高いお金を払ってAIを使いこなす人々と、AIにアクセスできない人々に分かれるかもしれません。そのとき、AIを使わない生身の人間のスキルがどれほどのものかがシビアな問題になる、という見立てです。
コスト
生成AIは大量の電力と冷却用の水を使う
有料化
無料・安価な使い放題が続かず、高額になる可能性
分断
AIを使いこなす人々と、アクセスのない人々に分かれる
問われるもの
AIを使わない生身のスキルがシビアに問われる
渡邉さんのもう1つの論点は、AIを使うと短期的にはアウトプットが上がるものの、中長期的には創造性や脳の活性化する領域が減るという調査があることです。人間性が少しずつ損なわれる危機感の中で、人間的な活動をどれだけやるかが大事なトピックになると渡邉さんは予感しています。
山野さんはこれに共感しつつ、哲学研究者として「そもそも人間性とは何か」を問いたいと話します。AIに奪われかねない人間性とは何か、AIと共に生きることで豊かになる人間性があるならそれは何か、という原理的な問題です。山野さんは、人間性はかなり漠とした概念だと付け加えました。
自分の人生の物語は、誰が語るのか
荒木さんは、人間は最終的に自分の人生を自分で総括しなければならない存在だと話します。何のために生きたのか、自分の人生はどういう物語なのかを自分で作り出すことです。
荒木さんの懸念は、その物語づくりにもAIがどんどん侵食してきていることです。AIが物語を作ってくれるようになったらどうなるのか、と荒木さんは問いかけます。
渡邉さんも同じことを考えていたといい、「誰が物語を物語るのか」というオーサーシップの問題を挙げます。スティーブ・ジョブズの「コネクティング・ザ・ドッツ」のように、ばらばらな過去の出来事を1本の筋で語り直すことで、自分とは何かが事後的にわかってくる、という物語的自己同一性 ── 自分が何者であるかは、自分の人生を物語として語ることで形づくられるという考え方。哲学者ポール・リクールの議論で知られますの考え方です。
渡邉さんによれば、これまでは自分の人生を自分で総括するからこそ自分だけの物語ができる、というのが暗黙の前提でした。しかし今、多くの人があらゆる相談をAIにしています。自己PRや企画書など、AI以前のドキュメントまで全部AIに入れることもできます。
そうなるとむしろAIの方が上手に短時間にいろんな切り口で自分の物語を生成できちゃうかもしれないと。
渡邉さんは、自分の物語の作者を「自分」と言い切れていたのが、だんだん自分ではなくなるシナリオが現れると話します。荒木さんはここで、物語論で知られるリクール ── フランスの哲学者ポール・リクール。物語や解釈、自己の問題を論じ、物語的自己同一性の概念で知られますにも関わる話だとして、山野さんに意見を求めました。
AIのおべっかに、2回目の質問で切り込めるか?
山野さんは、AIが個人の物語を押し付けるという危惧に対し、逆向きの問題もあると指摘します。自分の人生語りをAIに聞いてもらい「わかる」と言ってもらうことで、思い込みが強化される問題です。
山野さんが挙げたのはシコファンシー ── 英語のsycophancy。AIがユーザーに迎合し、過度に肯定的な応答をしてしまう傾向を指しますという言葉です。前年の夏ごろには、10代が生成AIを使いすぎると過度に肯定されて、自分の考えを疑う力や批判的思考が育ちにくいという議論が盛んだったといいます。
山野さん自身はGeminiをよく使っていますが、改善はしたものの、まだ肯定的な傾向が強いと感じているそうです。そこでGeminiの評価をPerplexityに見せると「Geminiは肯定的になりすぎている」と診断し、そのやり取りをChatGPTに聞くと「Perplexityの方が妥当」と答えたといいます。
山野さんが新しく提起されるべき問題だと考えるのは、偏った見方でも「AIもお墨付きをくれた」と強化されてしまうことです。AIが物語を押し付けるだけでなく、思い込みを補強してしまう危うさがあります。
渡邉さんはこれを受け、AIが事実よりユーザーを喜ばせることに注力する傾向を整理します。さらに最近は、ユーザーが「本当にそうかな」と疑問を呈した瞬間に、それまでの話を覆して反論を並べ出す現象も話題になっていると付け加えました。
ユーザーの喜ぶ方向が逆かもしれないって分かった瞬間に、本当にそうかなっていうと、そうですよね、他の方向も考えてましたみたいな感じで、さらにもてなされる。
山野さんは、この性質を逆手に取る見方を示します。もう一歩突っ込めばAIは別の回答を出すので、情報量が2倍になり違う視点が開けます。ところが多くの人は1回の質問で終わり、その回答を切り貼りして質の高くない成果物になってしまうといいます。
言葉さえ使えれば誰でもでき、回答をそのまま切り貼りして質が上がりにくい
AIが別の展開を示し、違う視点が一気に開ける
山野さんの見立てでは、1回目の質問は全人類が簡単にできます。差がつくのは、2回目に突っ込めるかどうかの質問力だというのが、初回の議論のひとまずの到達点です。
荒木さんと渡邉さんもこの点に問題意識を持ったところで時間となり、続きは次回に持ち越されました。
まとめ
初回は、AIが敬語も意見文も肩代わりする大学の現場を出発点に、生身のスキル、人間性、人生の物語の作者、AIのおべっかへと論点が広がりました。結論はまだ出ず、AI時代の思考力を考える外堀が確認された回です。
- 山野さんの授業では、AIで一発で済む課題に学生が取り組む意義を、一から説明する必要が生まれている
- 荒木さんは、提出物では学生の思考を評価できず、ライブの会話すら1年後には頼れないかもしれないと話す
- 渡邉さんは、AIの有料化による分断や、自分の人生の物語をAIが語る未来を懸念する
- 山野さんは、AIの過度な肯定が思い込みを強化する問題と、2回目に突っ込む質問力の重要性を指摘した





