渡せなかったおもたせと、粋な贈り物の話
番組の冒頭は、渡邉康太郎さんと荒木博行さんの近況トークから始まります。2人は翌朝もドミニク・チェンさんとのフライヤーの連続ワークショップで顔を合わせる予定で、最近はフライヤーの久保さんを交えて食事にも行ったそうです。
その食事会で、渡邉さんは2人へのおもたせを用意していました。大きな荷物だったため事前にご飯のお店へ預けたものの、早く集まって先にパブへ行ったこともあり、持ち帰るのを忘れてしまったといいます。
そう、だから(おもたせを)2人に渡せずにそのままお店に置きっぱなしっていうことが起こってしまいました。
荒木さんは、渡せなかったことよりも、普段から会う仲間にお土産を用意する渡邉さんのセンスに感心します。
いや、だって普通に会ってる仲間にさ、なんか出会い頭とか、まあ別れる時に「ちょっとあるんだけど」みたいな。粋じゃないですか。
渡邉さんは「ノープレッシャーだけど」と笑いながら、楽しいと思えるときにやっていこうと応じました。
ゲスト品川皓亮さんは、弁護士からスタートアップ、そして哲学へ
この回のゲストは、株式会社COTENの歴史調査チームに所属する品川皓亮さんです。荒木さんとは、荒木さんのVoicyでの対談が初対面でした。荒木さんはもともと品川さんのPodcast「日本一楽しい哲学ラジオ」のリスナーでもあったといいます。
品川さんの経歴は少し変わっています。最初は企業法務を担う弁護士として働き、学生時代から抱いていた「ビジネスの力で社会を良くしたい」という思いから、スタートアップへ移りました。
移った先は女性のキャリア支援の会社で、品川さんはそこで10年ほど、転職支援、人事の責任者、事業開発などを担当したそうです。弁護士の仕事とはまったく関係のない領域でした。
哲学とか宗教、思想が、もう神様っているのかなとか、いるとは何だろうみたいなことをですね、中学3年生くらいから(ずっと)考え始めていて。
品川さんの哲学への関心は中学生の頃から続いており、大学の専攻とは別に独学で学び続けてきました。現在は哲学・思想・歴史と社会をつなぐ仕事を個人で行い、その一つとしてCOTENの歴史調査チーム「ディオゲネス」に3年ほど関わっています。
品川さんは、超相対性理論を第1話から聴いていたリスナーでもありました。荒木さんは、番組がもともと深井龍之介さんを発起人に3人で始まったことを振り返り、「気づいたらやつがいなくなっていた」と笑います。
『資本主義と生きていく。』が問う「資本主義との距離感」とは?
品川さんは2025年3月に、大和書房から『資本主義と生きていく。』を出版しました。品川さんはCOTENに入ってから3年ほど、ポスト資本主義 ── 資本主義の次に来る経済・社会のあり方を探る議論の総称。脱成長論や新しい分配の仕組みなど、さまざまな構想が含まれますの調査を続けてきたといいます。
その調査の過程で「そもそも資本主義とは何か」を調べるうちに、資本主義と自分たちの生き方の関係を本にしたいと考えるようになったそうです。
品川さんが問題視したのは、資本主義をめぐる本の多くが極端に振れている点でした。ビジネス書の棚には資本主義を全面的に肯定して「勝っていけ」と説く本が並び、一方で脱成長 ── 経済成長を前提としない社会を目指す考え方。環境問題や格差を背景に、成長至上主義を批判する立場から唱えられていますのように資本主義を否定する本もあります。
資本主義は素晴らしいもので、その中で勝っていけと説く
脱成長のように、資本主義はダメだから次へ行こうと説く
品川さんは、どちらも極端ではないかと感じていました。そこで本のコンセプトに据えたのが、資本主義との距離感という言葉です。
資本主義を捨てることはできないけれども、それに囚われる必要もないかなといった時に、資本主義との距離感をどういうふうに調整するとうまく生きていけるか。
品川さんは、その距離感の調整こそが、これからの人生リテラシーであり、幸せな人生につながるのではないかと話しています。
なぜ私たちはいつも「何か」に追われているのか?
荒木さんは、『資本主義と生きていく。』がミクロとマクロの話を踏まえて生き方へつなげる、バランスの取れた構成になっていると評価します。渡邉さんも構成に注目し、特に第1部で「なぜいつも時間に追われているのか」「なぜ働くことはつらいのか」といったキーワードと問いが続く形を気に入ったといいます。
渡邉さんによると、自身が最近出した本も第1部で問いが連続する構造になっており、偶然重なっていたそうです。
品川さんは、この構成にした理由を説明します。いきなり「資本主義とは何か」から入っても興味を持ちにくいと考え、まず「6人の追っ手」というキーワードを置いたといいます。
これ自分も含めてなんですけども、すごい追われてるんですよね。何かに。
品川さんが挙げる「追っ手」は、時間、数字、成長しなければという感覚、労働、お金、消費の6つです。第1部では、それらが人類史の中でどのように現代の日本人の追っ手になってきたかをダイジェストで紹介しています。
第1部
時間・数字・成長・労働・お金・消費という「6人の追っ手」と、その成り立ちを紹介する
第2部
その追っ手が資本主義の構成要素とどうつながっているかを説明する
読者の変化
最初は資本主義に興味がなかった人も、身近な感覚から関心を持ちやすくなる
持ち込まれた問いは「哲学・思想は会社経営に役立つのか」
番組では毎回ゲストに問いを持ってきてもらいます。品川さんが今一番興味のあるテーマとして選んだのが、「哲学とか思想は会社経営に役立つのか」という問いでした。
やばいテーマきました。
荒木さんは「役立つんじゃないですか?」と返しつつも、答え方はいろいろありそうだとして、まず問いの背景を品川さんに尋ねます。
品川さんは、資本主義を見る視点を2つ持っていると話します。1つ目は、人類が資本主義とどう向き合い、今後どうなっていくのかという「大きな物語としての資本主義」です。この関心は、COTENでの調査や深井さんたちとの議論で満たされているといいます。
2つ目は、今日の生活の息苦しさや「追われている感じ」とつながる「小さな物語としての資本主義」で、品川さんが本で論じたのはこちらだといいます。
さらにVoicyの収録後、品川さんは3つ目の「中くらいの物語」があることに気づきました。それが、株式会社や会社という存在です。
やっぱ一個人よりも圧倒的に大きな力を持っている。けれども、人類よりももっともっと自分の中で、特に経営者にとっては会社っていうものはこうコントロールができるというか、左右できるものだったりする。
品川さん自身は、哲学を「役立つから」ではなく「面白いから」学んできたといいます。ただ、COTENに出会ってから「できれば役立ってほしい」という思いが芽生え、実感も持てるようになってきたものの、まだ自信を持って言い切れないそうです。
そのため品川さんは、この問いに一つの答えを出すよりも、哲学・思想が持つ可能性を3人で広げたいと考えていました。
渡邉さんが整理する「哲学は役立つ」論の5つの型
渡邉さんは、このテーマに関する本をある時期にまとめて読み、自分なりに考えたことがあるといいます。そこで、知っている論点を見出しだけ先に共有しました。
渡邉さんが挙げた論点は、哲学が経営に役立つと主張する立場から、役立つかどうかという枠組みそのものを疑う立場まで広がっています。
| タイプ | 主張 |
|---|---|
| 具体的に役立つ | 意思決定の質を高める実践知になる |
| 問いを立てる力 | 問いを立てる力は経営者にとって最重要スキルになる |
| 長期的に役立つ | 価値観のパラダイムが変わる時にこそ必要になる |
| 哲学と経営は同じ | そもそも両者は同じ営みである |
| 役立たないから価値がある | 「役に立つ」という発想から脱却しようとする |
渡邉さんによれば、どの論点にも分厚い論拠があり、一流の学者がそれぞれの立場にいます。一方で、どれを主張しても反論がある状況なので、議論は発散するしかないと予想していました。
品川さんがこのテーマを調べた動機を尋ねると、渡邉さんはコロナ禍に入った頃だったと答えます。純文学的な本を読むことや、そうした話を人とすることが好きだった一方で、日々のビジネスの現場とはあまりに距離があると感じていたそうです。
クライアントプロジェクトやってるのに、「別の勉強会の時間を取りませんか?」とか言って、なんか突然プロジェクトに関係しそうな本を紹介する謎の自由参加打ち合わせ。
品川さんは、渡邉さんには「実践が先にあった」と受け止めます。渡邉さんはその後、文系学部廃止をめぐる議論も参照しながら、すぐ役立つ知が流通しやすい中で、それ以外の知をどう正当化できるのかに関心を持つようになったといいます。
経営者との対話で人文知が効く場面とは?
品川さんは、経営者でもあり、経営者の相談に乗る立場でもある2人に、別の角度から質問します。品川さん自身もコーチとして経営者と話すことがありますが、コーチングは基本的にティーチングをしないため、人文知を話に出してよいか迷う場面があるといいます。
それでも、これまでの実践を振り返ると、結局は人文知や思想に関わることを話しているのではないかと感じることもあるそうです。渡邉さんは、この話は「意思決定の質を高める」という論点に関係しそうだと応じます。
荒木さんが挙げたのは、時間軸です。経営者との議論では、相手がどのくらいの時間軸で話しているのかが毎回論点になるといいます。
明日の数字にどう落とし込むかが中心になる
測定できないことが議論の中心になる
荒木さんは、まず短期の話をしている経営者には、その時間軸に付き合う必要があると話します。そのうえで、時間軸を少しずつ長くしていくことが、アドバイザー、社外取締役、コーチの大事な役割だと考えています。
まあそういう意味で時間軸を外すっていう時に、ビジネス書的なものでは語れない何かという意味において、知的なものっていうのは結構役に立ちますよね。
相対化の参照点としての人文知
荒木さんは時間軸に加えて、空間軸も重要だと話します。経営では、目の前の課題を絶対だと考えている人と対話する場面が多いからです。
たとえば日本のビジネスを語る時に、ヨーロッパや中東ではどうかと考えたり、東京のスタートアップの話をしている時に、九州ではどうかを見たりします。このように視点を動かすことで、自分たちの状況を相対化できるといいます。
時間軸でも、産業革命の時代や古代ギリシャで人々が何を考えていたかを参照すれば、今の自分たちを相対化できます。荒木さんは、参照点をどう持つかが大事であり、人文知はその手がかりになりやすいと話しています。
多角的に見るっていうのは、その言葉でもって本当に多角的に見れる人って相当少ないと思っていて。
品川さんは、ただ「いろんな角度から見よう」と言うだけでは、多角的に見るのは難しいと考えています。西洋や東洋、その中の特定の思想といった具体的な概念を通して見ることで、物事が立体的に浮かび上がるところに人文知の効能があると話します。
「役立つ」の先にある問いの本丸
荒木さんは、人文知が使えるという議論はいくらでもできるとしつつ、この問いの本丸はそこにはないのではないかと指摘します。品川さんが考えているのは、「こういうものを読めばこう使える」という話ではないように見えたからです。
荒木さんは例として、マルクス・ガブリエル ── ドイツの哲学者。「新実在論」で知られ、倫理と資本主義を結びつける議論でも注目されていますが提唱した、チーフ・フィロソフィー・オフィサー(CPO)という概念や、『倫理資本主義の時代』を挙げます。主張には注目すべき点があるものの、実際の株式会社でCPOが何をするのかと考えると、絵に描いた餅のようにも感じるといいます。
なんか理屈で片付かないようなものって結構いろいろあるような気がするんですよね。
品川さんは、まさにそこが問いを持ち込んだポイントだったと応じます。哲学に取り組む動機は、発見の喜びという、知を愛することそのものが9割を占めるといいます。
品川さんは、役立つから学んでいるわけではない一方で、役立つことも必ずあると考えています。その間で揺れているのが今の状態だといいます。
議論は次回に続きます。品川さんがこの問いの背景についてさらに考えていることを示し、そこから深掘りしていく形で、初回は締めくくられました。
まとめ
この回では、品川皓亮さんの新刊『資本主義と生きていく。』が示す「資本主義との距離感」から出発し、会社を「中くらいの物語」として捉えたうえで、哲学・思想が企業経営に役立つのかという問いの輪郭が整理されました。
- 品川さんは、資本主義を全面的に肯定も否定もせず、その距離感を調整することが生き方のリテラシーになると考えています
- 資本主義には「大きな物語」と「小さな物語」に加え、会社という「中くらいの物語」があるという視点が示されました
- 渡邉さんは、哲学と経営をめぐる論点を、具体的な実践知から「役立たないから価値がある」まで5つの型に整理しました
- 荒木さんは、時間軸や空間軸を動かして相対化するための参照点として、人文知が役立つと話しています
- 一方で、問いの本丸は「使える」議論の先にあり、役立つかどうかでは割り切れない感覚が次回の議論につながっていきます



