1ヶ月ぶりの復帰と、2度目の谷川嘉浩さん
超相対性理論は、Takramの渡邉康太郎さんと学びデザインの荒木博行さんによる番組です。今回は番組として初めて1ヶ月以上の休止を挟んだあとの収録で、2人は「夏休みみたいな感じ」と振り返っています。
荒木さんは休止中、ある大企業のセッションで聴衆から「超相対性理論を聞いていました」と過去形で声をかけられたというエピソードを紹介し、2人は喧嘩別れはしていないと笑いながら復帰を報告しました。
ちょっとごめんねみたいなことは言わなかったんだけど、うん。まあそんな感じで嬉しかったです。
復帰回のゲストは、哲学者の谷川嘉浩さんです。前回の出演は2023年1月ごろで、「想像力の暴走を止めるには」というテーマで話した回は反響が大きく、谷川さんの著書『スマホ時代の哲学』を番組経由で読んだという声も届いたといいます。
谷川さんと渡邉さんは、Takramラジオ ── Takramのメンバーが中心となって配信しているPodcast番組ですへの出演や、三鷹の書店UNITEでのトークイベントをきっかけに親しくなりました。京都で夜から翌日の夕方まで飲み続けたこともあったそうで、荒木さんは「俺の知らない間に」とジェラシーをのぞかせています。
「そんなことをそんな熱量で?」と思われるのが衝動
谷川さんは2024年4月に『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』を出版しました。今回のテーマ「組織と衝動の相性とは?」は、この本から着想したものです。
谷川さんによると、衝動とは、周りの人が「え?そんなことをそんな熱量で?」と思ってしまうような、長く持続する意欲のことです。少し非合理なところがある情熱だと言い換えています。
谷川さんは本の冒頭で、ダニエル・ピンクの著書『モチベーション3.0 ── アメリカの作家ダニエル・ピンクが2009年に出した本。報酬や罰に頼る動機づけの限界を指摘し、内発的動機の重要性を説いて広く読まれました』の分類を参照しています。この分類では、モチベーションが3段階に分けられています。
| 区分 | 中身 | 例 |
|---|---|---|
| 1.0 | 生理的欲求 | 睡眠、食欲 |
| 2.0 | 正負のインセンティブでかきたてられた欲 | 報酬や罰による動機 |
| 3.0 | 内発的動機づけ | 「私はこれをとてもやりたい」というやる気 |
| 衝動 | 3つでは説明できない、ずっとやってしまう意欲 | 部活や砂場で遊ぶ子ども |
谷川さんは、この3つでは説明できない「異常にずっとやっちゃうこと」が人間にはあると考えています。過去の部活を振り返って「なんであんなにやっていたんだろう」と思うような、自分のリソースを全部注ぎ込む持続的な意欲を、本の中では衝動と呼んでいます。
谷川さんは本を出してから、「組織の中で衝動はどう生きるのか」「会社を辞めるしかないのか」といった質問を何度も受けてきました。それが今回の問いの出発点です。
渡邉さんは本を楽しく読み、手元の本には上からも横からも付箋がびっしり出ていると話しています。読み方も変わっていて、興味のある章から読み始め、行ったり来たりしながら3日ほどで全編を読んだそうです。
興味のある章からうっかり読んじゃったんですよ。
組織と衝動は「食い合わせが悪い」のか?
荒木さんの著書『独学の地図』は、谷川さんの本のコラム「それっぽい説明から逃れるには」で引用されています。そのうえで荒木さんは、組織と衝動は表面的に見れば相性が悪いのではないかと問いかけました。
これだから表面的に考えると相性悪いってことですよね、やっぱり。食い合わせ悪い。
谷川さんも、本のタイトルに「人生のレールを外れる」とあるため、組織はレールを敷くもの、衝動はそこから外れるもの、というイメージで読まれているのだろうと応じています。本の中でも、世の中でいうタイプのキャリアデザインや進路指導には厳しい視点で書いているそうです。
荒木さんは、目的や計画に収まらないという点で、衝動は遊びに似ていると指摘します。ただ組織には、目的に向けて計画を立て説明責任を果たす側面だけでなく、人間が運営する以上「動物的側面」もあると続けました。
いつまでたっても人間が運営している機械ではないので、その側面から見ると、その衝動っていうのは欠かすことのできない大事な要素である
谷川さんはこの話を、宇田川元一 ── 埼玉大学の経営学者。組織の対話や変革をテーマに研究し、『他者と働く』などの著書がありますさんの『企業変革のジレンマ』につなげます。同書のキーワードである「自発性(spontaneity)」も、一種の衝動と捉えられるのではないかという見立てです。
目的に向けて計画を立て、ガバナンスやマネジメントのもとで実行する部分
自発性や衝動のように、計画に収まらない意欲が湧き出る部分
谷川さんの考えでは、問題はどちらかを消すのではなく、両者のバランスをどう取るかです。人間には両方の側面があるので、片方を抹消しようとすると無理が出てくるといいます。
一方で谷川さんは、本で紹介している「セルフインタビュー」で掘り下げた個人の引っかかりが、組織の目標と合わないこともあると認めています。会社だけでなく、家族やサークルのような集団でも、やむにやまれぬ意欲がどう着地できるのかは謎だと話しました。
仕事の中で衝動を燃やす方法はあるのか?
渡邉さんはまず、上司は「言われたことを言われたようにやってほしい」と思うものだと前置きしました。そのうえで、衝動を仕事の中で燃やすか燃やさないかに大きく分けて考えています。
仕事の中で燃やす場合について、渡邉さんは2つの方法を挙げています。1つは、言われたことをやりつつ、自分がこだわれる部分を一部でもくっつけたり混ぜたりすることです。もう1つは、自由度の高いプロジェクトリーダーや責任者の立場に立候補することです。
これなんか恒久的なものじゃなくてもいいってか、なんかずっと続かなくても、今回やらせてくださいみたいな感じでもいいのかなと思ってて。
谷川さんは、企業に勤める哲学者チュ・ヒチョルさんが共著『京大発 専門分野の越え方』の中で語っていた話を紹介しました。仕事をしっかりこなして「あいつがやるなら」と思われる地位を築けば、自分で追求したいことをやれる程度の裁量も手に入ることがある、という内容です。業界にもよるという留保付きの話です。
やりたいことを形にできない人には何パターンある?
谷川さんは現在、芸大のデザイン科に勤めています。芸大の学生は「やりたいことを持っているはずだ」という前提で入学しますが、やりたいことが明確でなかったり、形にする方法がわからなかったりする学生は、課題と自分のやりたいことを結びつけるのが不器用だといいます。
渡邉さんは、やりたいことを形にできない状態にはいくつかのパターンがあると答えました。1つ目は、やりたいことはあるのに、得意なほうへ流れてやりきれないパターンです。
例えばロラン・バルトはずっと小説を書きたかったけど、ついに書くことができなかったとか。
渡邉さんは、ロラン・バルト ── 20世紀フランスの批評家・記号学者。『神話作用』『明るい部屋』などで知られ、晩年には小説を書く構想を語っていましたに加えて、正岡子規も例に挙げています。小説で頑張りたいのに、呼吸するように詠めてしまう俳句のほうへ流れてしまった、という例です。
渡邉さんが挙げた2つ目は、そもそも自分が何をやりたいのか見つけられていないパターンです。衝動そのものを探している状態だといえます。
谷川さんは、本の反響で一番多かったのが「私には衝動がなさそう」「あるっぽいけど見つからない」「衝動だと思っていたものは単に得意なだけかもしれない」という感想だったと明かしました。そこから谷川さんは、本当の問題は組織と衝動の折り合わせ方ではなく、衝動が見つからないことなのかもしれないと話しています。
いや、衝動見つからない問題みたいなのめっちゃ根深いと思うな。
衝動の火種は、どうすれば燃え上がるのか?
荒木さんは、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 ── 起業家精神の育成を掲げる武蔵野大学の学部で、略称はEMC。実務家教員が多く、在学中に起業する学生もいますで学生に自由研究をさせています。問いを探してアウトプットし、仮説検証を繰り返すという取り組みです。荒木さんはその様子を見て、衝動が見つからないのも無理はないと感じているそうです。
荒木さんによると、衝動は他人に関わってもらって初めて盛り上がるものです。谷川さんが「小さな好きの火種はあるけれど大きくならないイメージか」と尋ねると、荒木さんは火起こしにたとえて説明しました。
小さな火種
本人の中に小さな好きはあるが、自力では大きくならない
他人の手助け
周りが扇いだり風を防いだりして、火を起こすのを手伝う
一度燃えた経験
「こうやって火を起こせばいいのか」とわかる
自家発電
次は小さな火種から自分でやってみようと思える
ただ、火起こしたことない人がすごい燃え盛ってる火を見たりすると、いや私無理ですみたいな。あんな火ないですみたいなことを感じてしまう
EMCには起業してメディアに取り上げられる学生もいます。荒木さんは、そうした目立つ学生を見た大多数の学生が「私はそういう人ではない」と自分にレッテルを貼ってしまう場合があると話しました。
谷川さんが気になるのは、こうした自己レッテルが「私はこういう人間だからできない」という簡単な因果で納得してしまう思考だという点です。谷川さんは自身を例に、研究者になった因果は本当はわからず、ターニングポイントの1つが違っても研究者になっていたかもしれないと語りました。
渡邉さんは、衝動が見つけられないことについてもう少し深掘りしたいと提案し、議論は次回へ続くことになりました。紹介された本は、谷川さんの『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』、宇田川元一さんの『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』、ダニエル・ピンクの『モチベーション3.0』です。
まとめ
シリーズ初回は、組織と衝動の相性という問いから始まり、より根深い「衝動が見つからない」という問題にたどり着きました。衝動は1人で湧き出るとは限らず、周りの手助けで火がつくものかもしれない、という見方が示されています。
- 衝動とは、周りが「そんな熱量で?」と驚くほど長く続く、少し非合理な意欲のこと
- 組織には計画的な側面と動物的な側面があり、どちらかを消すのではなくバランスが問われる
- 仕事の一部に自分のこだわりを混ぜる、責任者に立候補するなど、仕事の中で衝動を燃やす方法もある
- 本の反響で最も多かったのは「衝動が見つからない」という声だった
- 衝動の火種は他人の関わりで燃え上がり、一度経験すると自分で火を起こせるようになる



