アートの原点はバブルとメディアアートの時代
話が横道に逸れ、いつ頃からデザインやアートが好きだったのかという問いが投げかけられます。
もともと好きだったのはアートの方で。アートはもう中学校ぐらいから好きでした。
絵を描いたり写真を撮ったり、見るよりも作る方が好きだったと振り返ります。
育った環境も大きかったようです。社会に出たのはバブルが弾けた第一世代でしたが、高校や大学時代はバブルの真っただ中でした。
高校とか大学はバブルの真っただ中なんで、それこそデザインブームのさらに前のブーム、バブルの時代のCIブームとか、そんな中で育ってきた。
影響を受けたものとして、メディアアート、テクノ、YMO、そしてナムジュン・パイクの名前を挙げます。
テレビが元気だった時代で、日比野克彦や糸井重里らが登場する番組もあり、テレビというメディアを使った表現に強く惹かれたと話します。
書店に本を買いに行くならセゾン系のリブロ、池袋は最先端という時代だったと語ります。哲学も、当時流行していたニューアカやフランス現代哲学の文脈から関心を持つようになったといいます。
セゾン文化にめちゃくちゃ刺激を受けた世代。そういう人たくさんいると思うんだけど。
写真部だった砂原さんは、キヤノン派として、当時登場したルイジ・コラーニがデザインに関わったカメラ「T90」に衝撃を受けたと語ります。
そのポスターが超かっこよかったんで。今までのないフォルムだったから。
テクノロジーとデザインがいい感じに組み合わさり、さらにシャッターを切ったときの感触といったユーザーインターフェイスの大切さにも惹かれたと話します。
携帯電話は「たまたま」だった
聞き手は、人間性とテクノロジーの接点への興味が、通信キャリアの場でつながっていったのではないかと解釈を示します。
これに対し砂原さんは、携帯電話が特別好きだったわけではないと率直に答えます。
携帯電話別に好きだったわけじゃなくて、たまたまそれが携帯電話だったっていうだけで。
もともとは映像制作会社に入り、3D映像の世界を志していたといいます。今でいえばVRやXRのような世界を目指していました。
何かその表現っていうか、今言ったようなことを形にする。
最初の会社で触れたMacや、1995年前後のインターネットの登場を経て、二次元や映像の世界で生きていたため、三次元のプロダクトを手がけるつもりは元々なかったと振り返ります。
聞き手は、キャリア初期には後にこれほど多くのプロジェクトを手がけるとは思わなかっただろうと述べ、まさに点と点がつながるようなキャリアだと表現します。
現代アートと製品をつなぐ流儀
草間彌生さんや名和晃平さんといった現代アートとのコラボについて、事業として成立させるのは難しいのではないかと問いかけます。
そもそもアーティストとコラボすること自体を会社に理解してもらうのが難しいと砂原さんは答えます。芸術支援としてのメセナはあっても、製品にするとなるとリスクを感じられやすいためです。
草間さんと携帯電話を作った2009年は、携帯電話業界がまだ元気で、新しいことをやりたいという機運があったため、社内を納得させられたといいます。
一方でアーティスト側への向き合い方も重要だと語ります。表面的にアートを使うと受け取られれば断られてしまうため、リスペクトを伝えることが欠かせないといいます。
むしろ砂原さんは、携帯電話を現代アートを世に広めるための手段として使ってほしいと考えていました。当時のauには数千万規模のユーザーがいて、製品にすれば普通のお客さんに届きやすいメディアになるからです。
草間さんの製品ではテレビCMも打たれました。現代アーティストの製品そのもののCMは、岡本太郎の時代など一部を除いてほとんど存在しないと二人は指摘します。
当時の草間彌生さんはまだ一般化する前で、ルイ・ヴィトンとのコラボより前でした。素晴らしいアーティストがいることを世に知らしめる手段だという思いを伝えたことが、うまくいった理由だと振り返ります。
生成AIマスコット「Ubicot」が目指す関係
一度アート方面に振り幅を広げたのち、今度はテクノロジーの方へ振り始めていると聞き手は指摘します。その象徴が生成AIマスコット「Ubicot」です。
Ubicotは深澤直人さんのデザインによる小さなマスコットで、au Design projectの最新の提案にあたります。2024年にインフォバーが20周年を迎え、今後の20年の方向性を示すものとして提案されました。
うちのジャンルとしては生成AIマスコットって名前を付けていて、全く広まらないと。
砂原さんは、これをロボットとは呼びたくなかったと語ります。サーボモーターが入っているような、いわゆるロボットとは違うものだからです。
アイデア自体は5、6年前からありましたが、当時はまだ音声アシスタント的なものしかできませんでした。生成AI時代になり、GoogleのGeminiと組むことで自然な対話ができるようになり、大きな可能性を感じたといいます。
砂原さんが目指すのは、効率化や合理化のためのAIではありません。アニメに出てくる「使い魔」のような存在です。
欧米ではアシスタントや秘書のようなキャラクター設定が多いといいます。二人は、アイアンマンのジャーヴィスのようにヒエラルキーがある関係を例に挙げます。
アニメの中に出てくる使い魔は、どちらかというとパートナーだったりとか、メンター的なこともやってくれるけど、やっぱりそこにヒエラルキーはないというか、まあ同等の。
時に人間より上でもOKと感じられるような、そういう関係性であってほしいと砂原さんは話します。
日本がAIの世界で勝てるかわからないけども、存在感を示せるとしたら、僕はそこかなと思ってるんで。
聞き手は、AIの性能が人間の求める水準に到達するのは早いだろうと述べ、その先はAIがどんなキャラクターでどう振る舞うかを人間がデザインする世界になると語ります。
性格とか声とかの総合的な出来栄えみたいなところを目指していく。
スマホのデザインがときめかなくなってきた今、AIであれば側も含めていろんなバリエーションができ、また皆でデザインを一緒にできるという思いも語られます。
バーチャルアーティストのリアルライブに感じた新しさ
AIエージェントと並行して力を入れているのが、Web3系カルチャーとの取り組みです。その一つがバーチャルアーティストのリアルライブでした。
聞き手はライブを見た感想として、新しいのにもう普通に受け入れられてしまう感覚を語ります。ステージ上の3DCGのバーチャルシンガーが、人間のシンガーと同じように会場とインタラクションを取っていたといいます。
これはau Design projectが2020年から始めたアーツアンドカルチャープログラムの一環です。AI、AR、XR、Web3などの技術と文化芸術を組み合わせ、新しい価値を生むプロジェクトです。
初期には東京国立博物館と組み、国宝「聖徳太子絵伝」をARで拡張する取り組みや、名和晃平さんの作品をARで楽しむアプリなどを手がけてきました。
今回組んだのは、バーチャルアーティスト花譜が所属するシンカーという会社と、そのレーベルである神椿スタジオです。
その源をたどればボカロ文化、初音ミク以来の流れがあると砂原さんは語ります。ただし当時の初音ミクは中の人がおらず、CGとボカロの声を組み合わせたものでした。今のバーチャルアーティストは中の人がいて、アバターを介して歌うスタイルです。
感動から始めるという一貫した動機
砂原さんは、2021年のコロナ禍に見た花譜の配信ライブに強く感動したと振り返ります。
ちゃんと感情に訴えるテクノロジーをテクノロジー全面に出さないで感情に訴えかける、そういうところまで至ってるんだなと思って。
その際、後ろに同じ映像を流しながら演奏するクラフトワークのライブを思い出し、映像と音楽の総合芸術表現としてここまで来たのだと感じたといいます。素直に感動したので、シンカーにアプローチしたと語ります。
聞き手は、作品を見て感動しキーマンにアプローチするやり方は、最初に深澤直人さんへ声をかけたときと全く同じだと指摘します。
基本自分が感動するとその人と仕事をしたくなるっていう。
マーケティングのために、あるいは上から降ってきてやった仕事はうまくいかないと砂原さんは言い切ります。
どこまで人でどこまでソフトか、が溶けていく
バーチャルシンガーとの乾杯や、衣装替えのときに「着替え早いでしょ」といったやり取りなど、その形式だからこそ成立する盛り上がりの作法が生まれていると聞き手は語ります。
バーチャルシンガーの潮流は日本だけでなく世界にも広がっています。二人は中国のバーチャルシンガーや、ゲーム「リーグ・オブ・レジェンド」のキャラクターをアバターにしたグループを例に挙げます。
聞き手はAdoの例も挙げ、顔を出さずにアバターを使いながらファンとコミュニケーションする表現を紹介します。
だからなんかそのテクノロジーとかメディア使った人とのコミュニケーションとか、アーティストのコミュニケーションももうだんだん溶けてる、テクノロジーと溶けてきてるのがなんかすごい面白いなと思いますね。
神椿の場合はさらに複雑です。リアルな花譜がいて、AI版の花譜がいて、両者が一緒に歌うといいます。
AI版はボカロなので、花譜に似ているけれど少し違う合成音声です。VWPというグループの5人と、その5人のAIを合わせた10人で歌う演出もあり、砂原さんはそれを謎に面白いと語ります。
リアリティの演出も巧みです。神椿では曲の間にアーティストが後ろを向いて水を飲むのがお決まりで、キャップを開ける音などがリアリティを生むといいます。
逆にそれがないと、あれ、これ映像じゃね?ってなるんで。
実際はリアルタイムのモーションキャプチャーで演じられていますが、そうした間を入れないと収録映像に見えてしまうため、そう見せない演出の工夫があると砂原さんは語ります。
バーチャル舞台劇「御伽噺」と、これから
この先の取り組みとして、バーチャル舞台劇「御伽噺」の話が出ます。葛飾シンフォニーヒルズで行われる、神椿としても新しい試みです。
音楽ライブではなく、ストーリーのある舞台劇で、花譜や他のメンバーが役者として演じます。
聞き手は、リアルな劇場で観客が座って舞台を見るのと同じように鑑賞するが、舞台上には投影構造を使ったスクリーンがあり、そこにバーチャルの役者がリアルな劇場空間とマージして立つ形式だと説明します。
舞台装置もCGですが、その分、普通の舞台装置ではできない動きも可能になります。さらに今回はリアルなオーケストラが融合し、劇伴をリアルタイムに演奏する構造だといいます。
東京公演の後は地方を数か所回ります。地方巡業自体が神椿として初めての試みで、今回は配信をしないという新しいやり方に挑戦していると語られます。
最後に、これからの活動や目標が問われます。
砂原さんは、Ubicotの商品化を強く望んでいると答えます。もし商品化できたら、それで引退したいくらいの気持ちだといいます。
もし商品化できたらもうそれで引退したいな。
簡単には製品化できないと理解しつつ、着実に進めたいと語ります。背景には、OpenAIなどが新しいAIハードを出そうとしている時代の流れがあります。
それに対して我々というか、日本ならではの製品、AI製品を提案できたらなと思ってるのは今一番かな。
聞き手は、商品化のハードルは高いため、欲しいという世の中の声が大きいほど通りやすいと述べます。砂原さんも、GeminiとつながったUbicotの喋れるプロトタイプを多くの人に体験してもらい、面白いと思ってもらいたいと話します。
砂原さんの結局クリエイティブなものが好きっていうのがそもそもの根幹にある人なんだなという印象がやっぱすごく強く理解できて、すごい面白かったです。
まとめ
後編では、アートに惹かれた原点から、携帯電話、生成AIマスコット、バーチャル舞台劇へと続く砂原哲さんの歩みが語られました。一貫していたのは、テクノロジーそのものより、人の感情や関係性をどう形にするかという関心と、「感動」から仕事を始めるという姿勢でした。
- 砂原さんの原点はアートで、バブル期のメディアアートやセゾン文化、フランス現代哲学などに強く影響を受けた
- 現代アートとの製品化では、マーケティングの手段ではなくアートへのリスペクトを伝えることを重視した
- 生成AIマスコット「Ubicot」は、秘書型ではなく「使い魔」のような、ヒエラルキーのない存在を目指している
- バーチャルアーティストのライブや舞台劇では、人とソフトの境界が溶け、世界観や作品性が重視されつつある
- 砂原さんの創作の動機は一貫して「感動」にあり、感動した相手と仕事をしたいという姿勢が貫かれている
