音楽史カテゴリー4位、次の目標はミッツ・マングローブ?
00年代編の最終回は、番組の近況報告から始まります。安藤さんは冒頭で、勤務先の代表から「必然の音楽ばかりやっているならクビにするぞ」と言われたことを笑い話として明かしました。
福の神さんはその代表について「楽しそうにやっているから嫉妬しているのだろう」と返し、続けて番組の成績を発表します。必然の音楽は、瞬間風速ながらポッドキャストの音楽史ジャンルで最高4位に入ったといいます。
福の神さんによると、上位にはラジオ局が制作する番組のほか、絶対的なナンバー2としてミッツ・マングローブさんの番組があるそうです。個人でやっている番組として、福の神さんはミッツ・マングローブさんの番組だけは倒してほしいと2人に頼みました。
ここまでミッツ・マングローブと戦いたいと思ったこと初めてですけれど、ミッツには勝ちたいですね。
福の神さんは阪神ファンで、もともと徳光さんが好きではないと冗談めかして話し、ミッツ・マングローブさんが徳光さんの甥であることを安藤さんに教えます。世俗の情報に弱いという安藤さんと、「神なのに世俗に詳しい」福の神さんとの掛け合いで、番組はいつもの部室の空気に包まれます。
Ableton Liveの登場で、音楽制作の何が変わったのか
本題に入った安藤さんは、00年代編の最終回のテーマを「音楽制作がどう変わったか」だと説明します。安藤さんによれば、この時代の音楽制作では激変が起きたといいます。
音を切り貼りするサンプラー ── 録音した音を取り込み、切り取ったり並べ替えたりして再生できる機材。ヒップホップやクラブミュージックの制作で広く使われてきましたは80〜90年代からすでにありました。00年代に入るとパソコンの性能が一気に上がり、それまでパソコンでは難しかった音楽制作ができるようになったと安藤さんは話します。
安藤さんが挙げるのは、DAWソフト ── Digital Audio Workstationの略。録音、編集、打ち込み、ミックスなど、音楽制作の工程をパソコン上でまとめて行うためのソフトウェアですと呼ばれる音楽制作ソフトの普及です。DAWソフト自体は90年代から存在していましたが、パソコンの性能向上によって使う人が増えていきました。
その流れの中で、この番組の収録にも使われているAbleton Liveという革新的なソフトが初めて販売されます。福の神さんは「スープに入っているやつとは違う?」と、クルトンのようなカリカリしたものと混ぜ返し、安藤さんがそれに乗る場面もありました。
安藤さんの説明では、Ableton Liveのようなソフトによって、曲の録音が大きく楽になりました。それまでは最初から最後まで弾き直さないと録り直せなかった演奏も、ピンポイントで切り貼りして作れるようになったといいます。
最初から最後まで曲を弾かないと録り直しができない
必要な箇所だけをコピペや切り貼りで直し、ピンポイントで曲を作れる
ラップの声を打楽器に変えたPrefuse 73の切り貼り
安藤さんは、パソコンでの切り貼りが広がった影響を、90年代のIDM ── Intelligent Dance Musicの略。踊るためだけでなく、聴くことに重きを置いた実験的な電子音楽を指すジャンル名ですから説明します。安藤さんはIDMを「ちょっと内省的なクラブミュージック」と表現し、代表例としてAphex Twin、Autechre、Ovalのほか、Squarepusher、Boards of Canadaの名前を挙げました。
IDMのような音楽の流れから、カット・アンド・ペーストを徹底的にやり込んだ音楽が登場します。安藤さんが例に挙げたのが、Prefuse 73による2001年のアルバムです。
Prefuse 73のアルバムでは、ラップのボーカルをとても細かく切り刻み、打楽器のように扱っています。安藤さんは、それまで「ズンズン」だったリズムが「デデデデデデ」と細かく刻まれるようになったと、擬音で違いを説明しました。
Prefuse 73の手法を受けて、福の神さんは音楽の「身体性」の変化を指摘します。テクノロジーがない時代は、自分の腕で叩けるリズムが上限でしたが、パソコンなら人間には不可能な速さで音を並べられます。
肉体じゃ演奏できない音が作れちゃうってことなんですよね。だからある種そこから身体性ってちょっと失われてきてる感じがするんですよ。
フィジカルはなくなる。フィジカルじゃないところで音楽作れちゃう。
福の神さんは、パソコンでの音楽制作によって、演奏する体から離れた場所で音楽が作れるようになったと捉えています。この「身体性」というキーワードは、後半のFlying Lotusの話にもつながっていきます。
初音ミクが起こした「機械の歌を人間が歌う」逆転
パソコンによる制作の流れで、安藤さんが「一番びっくりした」と話すのが、2007年に登場した初音ミクです。安藤さんの説明では、人間の声を機械で出せるだけでなく、歌詞を付けて歌わせられるソフトウェアとして登場しました。
それ以前にも、キーボードの鍵盤に人間の声のような音を割り当て、「ドレミ」と鳴らす仕組みはありました。初音ミクでは、たとえば「ドレミ」の音程で「あなた」と歌えるようになったと安藤さんは説明します。
安藤さんがこのソフトウェアをヤマハから出たものとして紹介すると、加藤さんは「ヤマハからなんだ」と反応します。初音ミクが登場した頃に12〜13歳だった加藤さんは、初音ミクを「対象物として」知っていると話しました。
初音ミクがはい対象物としてなんか甲高い声でテクノボイスを奏でてるのはなんとなくイメージつきますね。
安藤さんは、機械で歌えるこの仕組みをボーカロイド ── ヤマハが開発した歌声合成技術。メロディーと歌詞を入力すると、人の声に近い歌声で歌わせることができますと説明します。そして、ボーカロイドから生まれたのが「歌ってみた」文化だといいます。
さらに大きかったのが、2007年12月にスタートしたニコニコ動画 ── 動画の再生時間に合わせてコメントが画面上を流れる動画共有サービス。ボカロ曲や「歌ってみた」動画の発表の場として大きな役割を果たしましたとの掛け算です。安藤さんは、ボーカロイドがニコニコ動画の中で文化として「魔改造」されていったと表現しました。
安藤さんは、その代表例として米津玄師さんを挙げます。福の神さんが「ボカロ出身だもんね」と応じると、安藤さんも米津玄師さんがもともとボカロ出身だと続けました。
順番が逆転してくるんですよ。人間を、人間の歌を機械でやるから。機械の歌を人間がやる風に入れ替わってくる。
初音ミク以前
人間の歌を機械で再現しようとする
初音ミクの登場
歌詞を付けた歌を機械で歌わせられるようになる
ニコニコ動画との掛け算
初音ミクの歌を人間が歌う「歌ってみた」文化が広がる
その後
ボカロ出身の米津玄師さんのような存在が登場する
図のように、安藤さんは人間と機械の関係が入れ替わった流れを説明しています。安藤さんによると、ボーカロイド以後の大きな変化は、ボーカルの音符の数がめちゃくちゃ増えることだといいます。
安藤さんは、機械にできる限界を人間がうまく取り込めるようになったと見ています。ボーカロイドは、制作の方法が変わったことで音楽そのものも変わった一例だという整理です。
J Dilla『Donuts』とPrefuse 73、切り貼りが出した2つの答え
切り貼りの話はヒップホップにも広がります。安藤さんが紹介したのは、32歳の誕生日の3日後に亡くなったJ Dillaです。
安藤さんによると、J Dillaは難病を抱え、入院中に代表作『Donuts』を制作しました。小型のサンプラーとレコードプレーヤーを使い、多くの曲を病院で作ったといいます。
J Dillaの『Donuts』は、1曲あたり2分ほどの短い曲が詰め込まれたアルバムだと安藤さんは説明します。安藤さんは、Prefuse 73とJ Dillaが、同じ切り貼りの文脈から「全然違う答え」を出してきたと見ています。
2001年のアルバムで、ラップのボーカルを細かく切り刻み、打楽器のように扱った
小型のサンプラーとレコードプレーヤーを使い、入院中に1曲2分ほどの短い曲を『Donuts』に収めた
安藤さんは、制作環境がラップトップに変わったことで、生まれる音楽も変わってきたと整理します。福の神さんはその延長として、今のヒット曲を挙げました。
言ったら多分YOASOBIの曲とか。生でやろうとしたら多分相当難しいんですよ。
福の神さんは、YOASOBIやAdoの曲を例に、フィジカルを凌駕した音が今の音楽にもつながっていると話します。それが良いことか悪いことかは別にして、デジタルネイティブが流行の中心になるなら、当然の帰結だろうとも語りました。
人は人工物にも、自然と同じように感動できるのか?
福の神さんは、デジタルネイティブ世代に近い加藤さんに意見を求めます。加藤さんは、判断できるほどの情報量は持っていないと前置きしたうえで、別の角度から考えを話し始めました。
加藤さんが考えていたのは、人は圧巻の景色だけでなく、人工物にも圧倒的な感動を覚えるのかという問いです。加藤さんは、大手町で圧倒的なビルを見たときの感覚を例に挙げました。
福の神さんも、新宿の都庁ができたときに圧倒され、何度も見に行ったと話します。安藤さんはその経験を「なかなか尖った経験」と笑いました。
そもそも人って自然と一体な動物と同じホモサピエンスとして、自然と一体だったものとして、自然に対する感受性みたいなものは非常に高いんだろうなと思った。
人が作り出したもの(人工物)に対してそれと同じぐらいの感受性を持てるのかみたいなことを、今どこまで行けるんだろうなと。
福の神さんは、人工物が「そこまで行くか」と思わせることもあると応じます。福の神さん自身は、ボーカロイドを「すげえな」と感じていました。
一方で福の神さんは、デジタルネイティブ世代にとってはボーカロイドが特別に驚くものではなく、普通のこととして入ってくるのかもしれないとも考えます。加藤さんは、実際に音楽を聴いている人に聞いてみたいと話しました。
Flying Lotusとアリス・コルトレーン、機械と身体性の交差
安藤さんは補足として、90年代から00年代にかけて、ミュージシャンの子どもや親族が新たに登場してくる流れがあったと話します。この流れと機械の話を組み合わせる例として、安藤さんはFlying Lotusを挙げました。
安藤さんによると、Flying Lotusは2008年にWarp Records ── イギリスのインディーレーベル。Aphex TwinやAutechreなど、電子音楽の重要なアーティストを多く送り出してきましたからアルバム『Los Angeles』を出し、同じ年に自身のレーベルもスタートさせました。安藤さんは、Flying Lotusをその後のシーンを握る人の1人と見ています。
Flying Lotusの大叔母は、ジャズ界の大物であるアリス・コルトレーンだと安藤さんは紹介します。ジャズの血脈を持つFlying Lotusが機械と結びつき、アナログと機械をマッシュアップした音楽を作ったことに、安藤さんは重みを感じているといいます。
すごい身体性を帯びながら、機械をこうバシバシって入れ込んで、ちょっと説明うまくないですけど、そういったのを作っていったりとかする。
安藤さんが語るFlying Lotusは、前半で福の神さんが指摘した「身体性が失われていく」流れとは別の方向を示す例でもあります。機械を使いながらも身体性を帯びた音楽として、安藤さんはFlying Lotusを位置づけています。
福の神さんは、Flying LotusとRadioheadのボーカル、Thom Yorkeとの関係を思い出します。収録中に調べた福の神さんは、2人が楽曲を共作し、ツアーで共演もしていると伝えました。
Thom Yorkeと同じ誕生日、生まれてくる娘は「ロータス」に?
Flying Lotusについて調べていた福の神さんは、Flying LotusとThom Yorkeの誕生日が同じだと知ります。安藤さんは「関係性どころの話じゃない」と驚き、誕生日を尋ねました。
福の神さんが答えた日付は10月7日でした。安藤さんの奥さんは収録時点で臨月で、下の子がちょうどその頃に生まれるかもしれないといいます。
もし10月7日に生まれたとしたら、名前はロータスです。
安藤さんは、生まれてくるのが女の子だと明かし、「安藤ロータス」案に「やだー」と悲鳴を上げます。3人は、ロータスと名付けられた子の未来を勝手に想像して盛り上がりました。
加藤さんが「生まれる前からこんな語り方をされる」とつっこむと、安藤さんはポッドキャストにはライフログの意味合いもあると話します。安藤さんは、数年後に子どもが聞いて、そのとき父親が何を思っていたかを知る可能性もあると語りました。
SpotifyとSoundCloudが変えた作り手とファンの距離
雑談から本題に戻った安藤さんは、00年代の最後の話題として、2008年に登場したSpotifyとSoundCloudを挙げます。
安藤さんはSoundCloud ── 音源を手軽にアップロードし、公開や共有ができる音声配信サービス。DJやトラックメーカーの発表の場として広く使われていますについて、ミュージシャンやDJが自分の音源を「聴いてください」と上げる場所だと説明します。加藤さんに向けては、ストリーミングの簡単なものというイメージだと補足しました。
安藤さんによると、こうしたサービスの登場によって、作り手とファンとの距離感や、カタログのような聴き方が変わっていきました。00年代には、これまでと文脈が本当に変わってくるプレイヤーが一気に出そろったといいます。
「さらっと」のはずが4か月、シーズン1「MAP」は目次だった
00年代の話を終えると、安藤さんはシーズン1を振り返ります。シーズン1は、聴いている人も含めて4か月間にわたって展開してきました。
福の神さんによると、シーズン1のそもそもの目的は、ロックが始まった1950年代頃から2000年代頃までの音楽史を、さらっと加藤さんに聞いてもらうことでした。その「さらっと」が4か月に及んだことを、福の神さんは「非常にヘビー」と笑います。
安藤さんは、それでも意図的にこぼれ落ちている部分がかなりあると話します。福の神さんは、全貌を語るとさらに長くなるため、ここから各テーマにフォーカスしていくと説明し、シーズン1をプロローグと位置づけました。
プロローグ。あの、そうですね、あの目次ですね、本当に。
加藤さんは、各時代を2グループずつくらいにまとめ直せば自分でも覚えられるのではないかと提案します。福の神さんと安藤さんは、ここで扱った時代は2グループにまとめにくく、変にまとめるとその後がややこしくなると答えました。
デジタル化で、音楽が生まれる「土地の必然」は薄れたのか?
2グループにまとめにくい理由について、福の神さんは「必然の音楽」という番組の視点から説明します。福の神さんによると、デジタル化以前は、その音楽が生まれる必然性がとてもわかりやすかったといいます。
デジタル化以前は、音楽に共感する背景となる社会情勢や若者の空気感もわかりやすく、圧倒的なヒーローも生まれやすい時代だったと福の神さんは話します。
ところがデジタル化以降の音楽の世界は、標準化や均一化が進みます。福の神さんは、その結果として音楽が生まれる必然性も希薄になっていくと見ています。
ヤワラギさんがね、そこで気づいてないかもしれませんが、意外に土地の話(が)少なくなったと思いません?
福の神さんの指摘は、00年代以降の回では「この地方でこの音楽が生まれた」「工場地帯があった」といった話が少なくなったというものです。どの地方に住んでいても同じ音楽を聴け、同じバックボーンを持てるようになると、その土地特有の悩みも消えていくといいます。
福の神さんは、音楽の必然性そのものが消えるのではなく、デジタル社会の中における必然性へシフトしていくのかもしれないと話します。たとえば、SNSで取り上げられるため、Spotifyで聴いてもらうために音楽の形が変わるという方向です。
特定の土地、社会情勢、若者の空気感と結びつき、音楽が生まれる理由がわかりやすい
どこでも同じ音楽を聴けるようになり、SNSやSpotifyで聴かれることなど、ライフスタイルが背景として大きくなる
福の神さんは、国が戦争をしているから、経済が成長していないからある音楽が生まれる、という構図ではなくなってきていると感じています。これは00年代以降についての福の神さんの個人的な印象として語られました。
ヒーローもアンセムも要らない時代に、なぜOasisは歌われたのか
安藤さんは、00年代は時代を代表する音楽がない、とよく言われることに触れます。福の神さんも、デジタル化以降は圧倒的なヒーローやアンセム ── もとは賛歌や国歌を指す言葉。音楽では、ファンや大勢の人が一緒に歌い上げる、時代や集団を象徴する曲という意味で使われますが生まれにくい土壌になっていると考えていました。
福の神さんは、人々がもうアンセムを必要としていないのかもしれないとも思っていたといいます。その考えを揺さぶったのが、ワールドカップでイングランドが勝った後、選手が観客と一緒にOasisを歌っている姿でした。
アンセムあるやん、なんかアンセム求めてるやんみたいなのを、なんかそこにこう、ちょっと感動したというか。
福の神さんが心を動かされたのは、今の20代の選手、つまり2000年以降に生まれた選手たちが、サポーターと肩を組んでOasisを歌っていたことです。安藤さんも、その時代に生まれていない選手たちが自分事のように歌う姿を「めちゃくちゃ面白い」と話しました。
福の神さんは、イングランド代表のジュード・ベリンガム選手が得点した後の試合で『Hey Jude』が流れたエピソードも紹介します。福の神さんは、スタジアムDJの選曲を「わかってんな」と感じたといいます。
1960年代のThe Beatlesの曲がスタジアムで歌われていることに、加藤さんは「教科書の歌ですからね」と驚きます。加藤さんは、時代を越えてみんなで歌われる歌になること自体がすごい価値だと話しました。
福の神さんは、デジタルの世界があれば一体化は必要ないはずの時代に、人々が一体化している姿に感動したと振り返ります。その言葉に、加藤さんははっきりと答えました。
選択肢が多すぎる時代、00年代を象徴する音楽はあったのか?
安藤さんは、00年代について自身の印象を語ります。インターネットの登場と技術の革新によって、音楽と社会が加速度的に変わっていくのが見えた時代だったといいます。
00年代に大学生だった安藤さんは、いろいろな時代の音楽を聴けたことを大きな恩恵として挙げます。過去の音楽やドイツの音楽などが、まるで今の世代にいるかのようなリアルタイム感で今の音楽と結びついていたのが面白かったと話しました。
一方で、安藤さんの周囲では当時から「00年代には何もない」という話が出ていました。安藤さんは、00年代を象徴する音楽を探し求めながら、答えがないまま2010年代を迎えたという印象を持っています。
いい意味の選択肢が多いのと、自分で決めなきゃいけない、音楽に関しても。
ここの不可知さっていうところが、なんか本当に今の世相だったりとか、人の世相っていうのを音楽でも表現してるのかな。
福の神さんは、選択肢が多すぎる背景を考えると、ヒットチャートだけを聴いていたという加藤さんのスタイルも理解できると話します。音楽に触れるための判断基準がない中では、流行っている曲や耳に入る曲にしか触れられなかったのではないかという見方です。
「魂の男」はいないのか、Billie Eilishという例外
加藤さんは、00年代の回では、これまでのように引っかかる「魂の男」が出てこなかったと指摘します。加藤さんは、早くに亡くなったアーティストの話のような、強い印象を残す人物像が見当たらなかったと話しました。
福の神さんも、やはりヒーローは出にくいと応じます。それに対して加藤さんは、00年代のアーティストの人生を掘ってみれば、同じような葛藤があるのかもしれないと比較に関心を示しました。
福の神さんは、それでもちょこちょこいると話し、Billie Eilishを挙げます。福の神さんが以前の回で話した、Spotifyで再生されるには冒頭の数秒で聴き手を掴まなければならないという状況に、あえて逆らうような曲作りをしているといいます。
福の神さんによると、Billie Eilishには、前半はジャジーでアコースティックな耳心地のよい曲が、後半ではギターが鳴り響くノイジーな曲に変わる作品があります。さらに、アルバム全体を通して聴くことで表現できるCD時代の方法をデジタルのフォーマットで行い、シングルカットをしない試みもしているそうです。
最初の数秒で聴き手を掴み、再生されることを目指す
穏やかな前半からノイジーな後半へ変わる曲や、シングルカットしないアルバムで、アルバム全体で表現する
加藤さんは、Billie Eilishのようなアーティストに興味を示し、もっと知りたいと話します。福の神さんはさらに、Amy Winehouseが27歳で亡くなったことにも触れ、27クラブ ── 27歳で亡くなった著名なミュージシャンたちを指す俗称。ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、カート・コバーンなどが含まれますの伝説は00年代以降も息づいていると話しました。
神保町ジャニスと消えていった音楽との出会い方
最後に安藤さんは、完全に個人的な話として、ストリーミングサービスが広がったことでレンタルCD店が姿を消していったことを語ります。安藤さんが特にお世話になっていたのが、神保町のジャニスという店でした。
福の神さんは、ジャニスのオーナーと釣りに行ったことがあると明かします。安藤さんは「そういう繋がりがあると思った」と笑いました。
福の神さんによると、ジャニスは日本でレンタルレコードやレンタルCDのような仕組みを最初に始めた店だといいます。安藤さんは、ジャニスには会場限定版のような珍しいCDまで揃っていて、借りられたと振り返ります。
安藤さんは余談として、空耳アワー ── テレビ番組『タモリ倶楽部』の人気コーナー。外国語の歌詞が日本語のように聞こえる部分を、短い映像付きで紹介していましたで使われた曲はすべてジャニスから借りていたという話も紹介しました。
安藤さんは、ジャニスの姉妹店で高円寺にあったスモールミュージックの店長から聞いた話を明かします。ストリーミングサービスにはCDより音質が良いものも出てきて、そのうち自分たちの商売は駆逐されると店長は話していたそうです。その後、スモールミュージックはなくなったといいます。
僕も多感な時期っていうのもあったんで、なんかエモい時期なんだよなと思いながら、なんか今まであった青春の姿がなんか徐々になくなっていくっていう。
福の神さんは、ジャニスを作ったオーナーが千葉に別荘と船を持っていて、船を出してもらって釣りに行き、別荘で魚をさばいたという思い出を語ります。ただ、なぜオーナーとつながったのかは、今も覚えていないそうです。
安藤さんは、次回はシーズン1「MAP」の振り返りを兼ねた雑談回にすると予告します。「MAP」は、音楽の全体像を描くシーズン1のタイトルで、安藤さんによると、そのコピーは福の神さんが書いたものでした。
まとめ
00年代編の最終回では、パソコンの性能向上とソフトの普及によって音楽の作り方が大きく変わり、その変化が音楽が生まれる「必然」のあり方まで変えたことが語られました。それでも、スタジアムで古いアンセムを歌う若い世代の姿から、人が音楽による一体感を求め続けていることも浮かび上がります。
- Ableton Liveなどの普及で切り貼りによる制作が容易になり、Prefuse 73とJ Dillaはそれぞれ違う形の答えを示した
- 初音ミクとニコニコ動画は、機械の歌を人間が歌う逆転現象を生み、米津玄師さんのようなボカロ出身のアーティストにつながった
- 福の神さんは、デジタル化で音楽と土地や社会情勢の結びつきが薄れ、ライフスタイルが背景として大きくなったと見ている
- OasisやHey Judeがスタジアムで歌われる姿から、3人は人が今もアンセムと一体感を求めていると語った
- ストリーミングの広がりは、神保町ジャニスのようなレンタル店での音楽との出会い方を変えていった



