発端となったネイルサロンでの出来事
今回のテーマは「謝罪のお作法」です。西野さんは連日いろいろなところで謝罪していると前置きし、意外と誰も謝り方を習っていないことを指摘します。
発端は、ムビチケ購入者へのチケット直接配達という企画でのことでした。50枚購入した人のもとへ、西野さん自身が交通費も自腹で配達する特典です。
この配達には差し入れがNGと事前に伝えられていました。西野さんは移動が多く手荷物が増えると困ること、口に入れるものを管理していることが理由だと説明します。
あるネイルサロンに配達へ行った際、帰ろうとすると「お茶を一杯」と勧められ、断るコストが発生してしまったと言います。さらに帰ろうとすると引き止められ、周囲にも人が集まって嫌な雰囲気になったそうです。
差し入れっていうのは基本的に僕は四六時中NGなんですけど、そういうのも事前にお伝えしていたりします。あくまで配達ですよ、ということをやらせていただいてるんですね。
「スペシャルゲスト」として集客されていた
その夜、西野さんはインスタのDMやストーリーで、店の周年イベントに自分が「スペシャルゲスト」として告知されていたことを知ります。
ストーリーには「お手洗いに行っている数十秒で帰ったらしく会えずじまいだった」という趣旨のメンションが飛んできていました。告知画像には「スペシャルゲスト KingKong西野さん来店予定」とあったと言います。
店の公式アカウントには「短時間ご来店予定。西野さんとの交流時間のみ先着予約制」といった集客文言まで載っていました。イベントのゲストとして扱われ、集客に使われていたのです。
西野さんは、これは非常に困ると強調します。実際にお客さんに「いてくれたらよかったのに」というマイナスの感情が生まれてしまったからです。
なぜ「勝手に名前を出す」ことが問題なのか
西野さんは、CHIMNEYTOWNはこうしたサービスをやっていないと説明します。イベント出演時には契約を結び、名前が出るときは相手を必ず確認しているといいます。
理由の一つが反社チェックです。名前や顔を売って信用で活動している人は、組む相手を事前に調べる必要があると話します。
もう一つの理由が、他社との契約上の兼ね合いです。映画『えんとつ町のプペル』の製作委員会にローソンが入っている例を挙げ、競合他社と組めない取り決めがあると説明します。
こうした事情から、勝手に名前を出されると後々問題になりかねないと言います。集客できたのがたとえ一人であっても、契約なしに名前を使って集客したことは詐欺に該当してしまうという結論です。
契約していないのに西野が集客しました、というのは詐欺なんですよ。でも、別に俺は訴えないよ、これは。ただ、これ詐欺に該当してしまうので、やめましょうと。
謝罪の基本は「事実と向き合う」こと
ここから本題の謝罪論に入ります。西野さんが挙げる謝罪の基本は「事実と向き合うこと」です。
ここで言う事実とは、自分が何をしたかだけではありません。自分の行為によって相手が何を受け取ったかまでを含めて事実だと言います。
たとえ善意でも、悪気がなくても、相手が困っていればそれが事実だという考え方です。差し入れをNGと伝えられたのに持ってきて、相手に断る負担を発生させたこと自体が事実になります。
だから謝罪では「喜んでもらいたくてつい差し入れをしてしまった」ではなく、事実とその結果に対して謝るべきだと言います。
差し入れがNGだと事前に伝えていただいていたのにも関わらず、自分の判断で差し入れをしてしまいました。その結果、断る負担まで負わせてしまいました。大変申し訳ございませんでした。
事実に対して謝るんですよ。私がどう思っていたかじゃないんですよ。
絶対に使ってはいけない「誤解を与えてしまって」
西野さんは、謝罪の際に絶対に使ってはいけないキーワードがあると言います。それが「誤解を与えてしまって」です。
この言葉には「自分はそんなつもりじゃなかった、あなたが間違って受け取った」というニュアンスが含まれていると指摘します。つまり相手にも責任があると言っているのと同じだという見立てです。
同じく避けるべきなのが、意図を先に説明してしまうことです。「悪気はなかった」「よかれと思って」「応援したかった」などは、謝罪の第一声としては重要ではないと言います。
悪気がなくても人を傷つけることはあり、善意でも負担をかけることがあるからです。西野さんは、意図は免罪符にならないと繰り返します。
意図っていうのは免罪符にならないの。だから意図はあまり重要ではないんです、謝罪の場において。
謝罪の正しい順番
西野さんは、謝罪には決まった順番があると言います。
逆に「そういうつもりじゃなかった」「誤解された」「僕にも事情があって」から始めると、謝罪がいつの間にか弁明に変わってしまうと言います。それは相手が聞きたいことに答えていないからです。
謝罪っていうのは、自分の潔白を証明するための場じゃないんですよ。自分の意図よりも事実、自分の感情よりも相手の影響、自己弁護よりも責任なんです。
ぶり返さず、事実を受け入れて終わりにする
今回のケースでも、旦那さんが謝罪し、西野さんが「これで終わり」と一度手を打ったといいます。しかし翌朝、奥さんから長文のDMが届き、事態がこじれました。
西野さんは、その内容が「私はこう思っていた」という意図の説明に終始していたと振り返ります。大切なのはそこではなく、何が起きたのかという事実に対して謝ることだと強調します。
リスナーからのコメント「謝罪をしているようで、自分を理解してほしいが伝わるから余計に疲れる」に対し、西野さんは強く共感を示します。
「理解してください」があるから、そうじゃないんですよねとなってしまう。そのDMはちょっとスルーさせていただきました。
西野さんは、店側にも奥さん側にも「素直にごめんなさいして終わりにしてほしい」と呼びかけます。ぶり返したり論破しようとしたりしても社会では通用しないと締めくくりました。
身内で慰めてくれる人はいるかもしれないですけど、社会では絶対通用しないので気をつけてください。
まとめ
西野亮廣さんが語ったのは、事実と向き合うことこそが謝罪の基本だという考え方です。意図や感情ではなく、相手が受け取ったものに責任を持つことが求められると強調されました。
- 謝罪の基本は事実と向き合うこと。自分が何をしたかだけでなく、相手が何を受け取ったかまでが事実になる
- 「誤解を与えてしまって」は、相手にも責任があると示唆するため謝罪では避けるべき言葉
- 「悪気はなかった」など意図の先出しは謝罪を弁明に変えてしまい、免罪符にはならない
- 謝罪の順番は「事実を認める→相手が受け取ったものを認める→責任を引き受ける」
- 一度手打ちにした話をぶり返し、自分の理解を求めることは事態をこじらせるだけで社会では通用しない
