三年越しに動き出したTレグ評価
前回は、アメリカ免疫学会の大物イーサン・シバックが、坂口先生の制御性T細胞(Tレグ)の研究に注目したところまでを紹介しました。
シバックは1995年の坂口先生の論文に注目し、密かに再現実験を重ねていたそうです。
そして1998年、追試の結果に確信を得たシバック自身がTレグについて論文を書き上げました。
三年間、シバック自身は隠れてというか、まあ研究ってそんなもんなんですけど、突然、成果を出して論文が出てきたということですね
さらに2000年には、抑制する免疫細胞という概念を「高らかに謳う」総論を発表し、かつて信用を失っていたサプレッサーT細胞の名誉挽回が進みました。
凱旋の理由はTレグではなかった
この時期、坂口先生は母校・京都大学に新設された再生医科学研究所へ、教授として迎え入れられることになりました。
後に坂口先生自身が分かったことらしいんですけど、Tレグの研究が評価されたわけでは全然なかったみたいでですね
おっと
当時Tレグはまだ世に知られていない時期でした。京大が評価したのは、もう一つの大きな仕事だったのです。
それが、SKGマウスというモデルマウスの確立でした。
関節が腫れたネズミから始まった発見
発見のきっかけは、チームが飼育していたマウスの中に関節が腫れた個体を見つけたことでした。
実験動物で面白い形態が見つかると、兄弟姉妹どうしを掛け合わせてその特徴を維持するのが定石だと話されています。
近親交配を重ねた結果、生まれてくる子がいつも関節の腫れを示す家系ができあがりました。
体内で何が起きているかを解析すると、このマウスは関節リウマチを発病していることが分かりました。人のリウマチをマウスで再現できたのです。
京大はこのモデルマウスを持つ坂口先生を評価し、リウマチの原因や病態の研究を発展させる期待から、教授として迎え入れました。
このマウスは坂口(SAKAGUCHI)にちなんでSKGマウスと名付けられました。
なるほど
SKGマウスは現在、民間会社に委託されて系統の維持と販売がされ、受精卵は理化学研究所などで凍結保存されているそうです。研究の資材を広く他の研究者が使えるようにする取り組みだと説明されています。
膨大なゲノムから犯人を絞り込む
病態が親から子、孫へと遺伝することから、遺伝子のどこかに異常があると推察されました。
そこで、正常なマウスとSKGマウスのDNAを並べて違いを探る方針を立てます。
ただしマウスのゲノムはおよそ26億文字あります。1文字1ミリで書くと、稚内から石垣島までの約2600キロにもなる膨大な量だと説明されています。
この手法で違いを洗い出し、坂口先生たちのチームは原因の範囲を約30万文字まで絞り込みました。1文字1ミリなら約300メートル分です。
めちゃくちゃ絞りましたね
二千六百キロから三百メートルまでいきましたんで、グーグルアースでグッと寄っていって、地球規模から大阪市ぐらいまではいけたかなみたいな感じですね
当時のDNAシーケンサーは一度に約500文字しか読めませんでした。重ねて読む必要もあり、300万文字規模では3〜5倍の読み込みが求められたそうです。
絞り込みを重ねた結果、ZAP70という遺伝子で決定的な違いが見つかります。
たった一文字が引き起こすリウマチ
正常なマウスでグアニン(G)だった配列が、SKGマウスではアデニン(A)に入れ替わっていました。
DNAは三文字で一つのアミノ酸を決めます。この一文字の違いで、ZAP70というタンパク質のアミノ酸がアラニンからバリンに変わっていました。
たった一文字の違いで、リウマチが発症してしまうことが分かったのです。
一文字の違いが病気を招く例として、鎌型赤血球症も紹介されました。SKGマウスも同じように、たった一文字の違いでリウマチになっていたのです。
リュウマチ
遺伝子を戻して完成した証明
原因の遺伝子が分かったので、次はそれが本当に原因だと証明する段階に進みます。
そこでSKGマウスに正しいZAP70遺伝子を入れ、リウマチが治るかを試すレスキュー実験を行いました。
当時はゲノム編集の技術がなく、マイクロインジェクションという方法が使われました。
正常なZAP70遺伝子を注入した結果、期待どおりリウマチのないマウスができあがり、完璧な証明実験になりました。
さらに、この遺伝子はT細胞の中で働いていることも分かりました。
SKGマウスは、ZAP70が正しく働かないためにTレグが失われ、リウマチを起こしていたのです。正しい遺伝子を入れるとTレグが復活し、発症しなくなりました。
こうしてSKGマウスは、Tレグとリウマチをつなぐ重要な仕事として位置づけられました。
まとめ
1998年の京大凱旋を支えたのは、Tレグではなくリウマチを再現するSKGマウスでした。膨大なゲノムからたった一文字の違いを突き止め、遺伝子を戻す実験で証明まで到達した過程がたどられました。
- 京大が評価したのはTレグではなく、人と同じリウマチを発症するSKGマウスだった
- 近親交配で病態を安定させ、ヒトのリウマチをマウスで再現するモデルを確立した
- ポジショナルクローニングで約26億文字のゲノムから原因を約30万文字まで絞り込んだ
- ZAP70のたった一文字の違いが、アミノ酸の置換を通じてリウマチを引き起こしていた
- 正常な遺伝子を戻すとTレグが復活しリウマチが消え、SKGマウスとTレグの関係が証明された
