Tregのマーカー「CD4」と「CD25」とは何か
前回はリウマチを発症するSKGマウスの話でしたが、今回はTregの話に戻ります。
Tregは「CD4がポジティブ、CD25がポジティブ」というところまで追い詰められていました。まずはこのCD4やCD25が何なのかを整理します。
CD4やCD25は、細胞の表面についているタンパク質です。細胞膜にいかだのように浮かんでいる「細胞表面タンパク」と呼ばれます。
細胞の中は水のような親水性で、外側との境界を作るために油の膜で覆われています。この油の膜が細胞膜です。
細胞膜の油は水をはじく疎水性で、中は水成分です。細胞表面タンパクは、その内と外をつなぐゲートのような役割を果たします。
細胞どうしが物質をやりとりする通り道になったり、「僕はこういう細胞だよ」と他の細胞に知らせる目印になったりもします。
司令官の証と、免疫を鎮める掃除機
CD4は、いわば司令官の目印です。T細胞の中のヘルパーT細胞が持っています。
たとえるなら、司令官が持つ通信機やタブレットのようなものです。
敵が来たという情報は、樹状細胞のような細胞が運んできます。CD4はその情報を受け取る鍵のような役割を果たします。
鍵がカチッと合うと、タブレットに「大腸菌が来た」「ウイルスが来た」といった情報が映し出され、指令が出せるようになる、というイメージです。
一方のCD25はTregが持っているものです。これはIL2という物質を吸い取る掃除機のようなものだと考えてください。
体のどこかで敵が来ると、免疫細胞を鼓舞するための栄養ドリンクのような物質IL2が放出されます。IL2が出ていると、免疫細胞は活性化して分裂し、敵に立ち向かいます。
ただしIL2が出過ぎると自己免疫疾患が起こります。そこでTregは、CD25でIL2をどんどん吸い取り、細胞内に取り込んで消化し、濃度が高まりすぎないよう調節します。
つまりTregはCD4とCD25を両方持ち、司令官の資格と、免疫の暴走を鎮める掃除機の両方を備えている、とまとめられます。
見分けがつかない「もう一つの細胞」TEFF
ところが問題がありました。CD4ポジティブ・CD25ポジティブの細胞は、Treg以外にもいるのです。
これだけではTregなのか、それ以外の細胞なのかを見分けられません。もう一つの細胞はエフェクターTセル、略してTEFFと呼ばれます。
TEFFはもともと、司令官役のヘルパーT細胞です。ふだんはCD4ポジティブだけでCD25は出していません。
ところが敵を見つけて活性化すると、CD25を表面に出してきます。ここが紛らわしいところです。
同じCD25でも、使い方が正反対です。TregはIL2を吸い取って無効化しますが、TEFFはIL2を取り込んで自分のやる気に使います。
Tregは(IL2を)取り込んで無効化しちゃうけど、TEFFはそれを自分のやる気に使っちゃうと。
やる気に使っちゃう、という感じになります。CD25は、やる気を吸い取るためにも、やる気を出させるためにも使うという感じですね。
つまりヘルパーT細胞はエフェクターTセルに切り替わると、CD4ポジティブ・CD25ポジティブになります。見た目だけではTregと区別できません。
そのため「もっと完璧なマーカーが欲しい」という状態が続いていました。
IL2をCD25で吸い取り、取り込んで無効化する。免疫の暴走を抑える
活性化するとCD25を出し、IL2を取り込んで自らのやる気に使う
難病IPEXが示した遺伝子Foxp3
2001年に博士研究員として坂口研究室に加わった堀翔平さんが、ある論文に注目します。
それは、IPEX症候群という自己免疫疾患が、Foxp3という遺伝子の異常によって起こる、という論文でした。
IPEX症候群では、重症の下痢や腸疾患が起こります。免疫細胞が自分の腸を攻撃し、栄養が吸収できなくなります。
さらに1型糖尿病も現れます。通常は数年かけて進む糖尿病が、生まれてすぐ、数日から数ヶ月で発症します。免疫が膵臓を破壊するためです。
ひどい湿疹や皮膚炎も全身に起こり、発症したお子さんは乳幼児期に亡くなってしまいます。
IPEXの最後のXは「X染色体につながった」という意味で、基本的に男子にしか起こりません。
男子はXY染色体、女子はXX染色体を持っています。X染色体上の遺伝子に異常があると、女子はもう一本のXで補えますが、男子はX染色体が一本しかないため、そのまま異常が出てしまいます。
もともとIPEXの症状は臓器ごとの異常と考えられていましたが、X染色体上の一つの遺伝子異常から、いろいろな場所で自己免疫疾患が起こっていると考えられるようになりました。
この家系を調べたのは、ワシントン大学シアトルこども病院のロバート・ウィルデンとシエル・ベネットら{要確認: ロバート・ウィルデン}{要確認: シエル・ベネット}の研究員でした。患者や家族の血液を集め、遺伝子の違いを調べていったのです。
その結果、X染色体上のFoxp3遺伝子が壊れていることを発見しました。ただし、彼らは免疫にはあまり明るくなく、なぜこの遺伝子が症状を起こすのかというメカニズムまでは解明できませんでした。
そこで堀さんと坂口先生は「自己免疫疾患が起こるならTregだろう」「Foxp3はTregに関係する遺伝子ではないか」と直感し、調べることにします。
フケだらけの「スカフィーマウス」
もう一つの手がかりが、スカフィーマウスというマウスでした。話は1949年、第2次世界大戦直後にさかのぼります。
アメリカのオークリッジ国立研究所で、放射線が遺伝に与える影響を調べていた遺伝学者ウィリアム・ラッセル{要確認: ウィリアム・ラッセル}が、研究用マウスの群れの中に奇妙な個体を見つけます。
そのオスのマウスは、生後まもなく皮膚がカサカサになってフケだらけになり、耳や尻尾が赤く腫れ上がり、生後3〜4週間で死んでしまいました。
フケだらけを意味する英語スカフィーから、スカフィーマウスと名付けられ、「変なマウスだ」と報告されました。
この研究所は、広島と長崎に派遣した調査員のデータを補完するため、マウスに放射線を当てて影響を調べていた、と語られています。
倫理的にどうかっていうところは、考えるところですね。
ラッセルは、この病気がオスだけに現れメスには出ないことから、血友病などと同じX染色体連鎖性の遺伝子だろうと突き止めます。ただし当時の技術では、なぜ死ぬのかは謎のままでした。
顕微鏡で見ると、リンパ球が自分の肺や肝臓、腸をめちゃくちゃに攻撃していました。ひどい自己免疫疾患が起きていたのですが、その暴走の理由は誰にも説明できませんでした。
Foxp3の発見からノーベル賞へ
1990年代に分子生物学が進み、スカフィーの原因遺伝子探しが始まります。
1991年、ゴートフリー{要確認: ゴートフリー}がスカフィーマウスの症状は免疫の暴走だと決定づけました。
続いて、アメリカのメアリー・ブランカウ博士とフレッド・ラムズデル博士ら{要確認: メアリー・ブランカウ}{要確認: フレッド・ラムズデル}が、X染色体上の非常に狭い範囲に原因遺伝子があることを突き止め、それがFoxp3遺伝子だと発表します。この二人は坂口先生とともにノーベル賞を受賞しています。
一方、堀さんが率いる坂口チームは、人でもマウスでもFoxp3の異常が自己免疫疾患を起こすことから、「Foxp3はTregの分化と機能に重要な遺伝子ではないか」という仮説を立てます。
そこで、まずCD4ポジティブの細胞を集め、CD25ポジティブ(Treg側)とネガティブ(ヘルパーT細胞側)に分けました。
そしてリアルタイムPCRという手法で、それぞれの細胞でFoxp3が働いているかを調べました。
Foxp3がタンパク質になるとき、まずDNAからメッセンジャーRNAという指令書が作られます。その量を調べれば、細胞内でどれだけFoxp3が働こうとしているかがわかります。
結果はきれいでした。CD25ポジティブの集団ではFoxp3がたくさん存在し、ネガティブの集団では全く存在しませんでした。
では紛らわしいTEFFはどうか。CD25がネガティブの細胞を活性化してCD25を出させ、Foxp3が出るかを調べたところ、こちらは出ていませんでした。
これでFoxp3はTregだけに出ると証明され、完全なTregのマーカーとして使えるようになりました。
さらに坂口先生たちは、Foxp3遺伝子をCD4だけがポジティブの細胞に入れて、無理やりTreg化できるかを試します。
すると、遺伝子を入れた細胞はまるでTregのように振る舞いました。そこでこの人工Tregを、自己免疫疾患を起こしたマウスに入れてみます。
結果、自己免疫疾患は見事に止まりました。
この成果はすぐ論文にまとめられ、科学雑誌サイエンスに投稿され、2003年2月14日に掲載されました。
実はこのとき、Foxp3とTregの関係に気づいたチームは他にもいました。しかし坂口チームがバレンタインデーに掲載され、ライバルは3月3日にNature Immunologyへ。わずか10日ほどの僅差での勝利でした。
この論文は今も引用され続けています。引用数は約1万4000件にのぼります。
発表から20年以上経った今も毎年引用されており、坂口先生いわく、とてつもない論文だといいます。
そしてこの成果が評価され、坂口先生は2025年、ついにノーベル生理学・医学賞を受賞します。1995年にTregの存在を論文で発表してから、実に長い年月を経ての受賞でした。
同時に受賞したのは、スカフィーマウスからFoxp3を発見したメアリー・ブランカウ博士とフレッド・ラムズデル博士の二人でした。
おめでとうございます。
まとめ
難病IPEXの患者と、フケだらけのスカフィーマウス。この二つの手がかりが同じ遺伝子Foxp3に行き着き、坂口チームがそれをTregの完全なマーカーだと証明しました。2003年の論文はTreg研究の起点となり、2025年のノーベル賞へとつながりました。
- Tregは司令官の証CD4と、IL2を吸い取る掃除機CD25の両方を持つが、活性化したTEFFも同じ組み合わせになるため見分けが難しかった。
- 難病IPEXとスカフィーマウスが、いずれもFoxp3遺伝子の異常で自己免疫疾患を起こすことがわかり、TregとFoxp3の関係が疑われた。
- リアルタイムPCRでの検証により、Foxp3がTregだけに現れる完全なマーカーであることが証明された。
- Foxp3を入れた細胞は人工Tregとなり、自己免疫疾患のマウスの症状を止めた。
- 2003年のサイエンス論文は約1万4000件引用され、2025年に坂口先生はFoxp3発見者2名とともにノーベル生理学・医学賞を受賞した。
