遺伝子治療にかけたペンシルベニア大学
前回、実験でサイトカインストームが起こってしまったところまでが語られました。ちょうど同じ頃、ペンシルベニア大学でも大変なことが起きていきます。
カリコがペンシルベニア大学に来た時に学長が変わり、大学は遺伝子治療に力を注ぎ始めていました。いよいよ本格的にやっていこうというタイミングだったと話されています。
その舞台となったのが、1999年9月9日の出来事です。18歳のジェシー・ゲルシンガーという少年が、遺伝子治療を受けるためにペンシルベニア大学へやって来ました。
18歳の少年に起きた悲劇
ジェシーは、オルニチントランスカルバミラーゼ、いわゆるOTCという酵素の欠損症でした。DNAの一部が欠けていて、この酵素をうまく作れない遺伝子病です。
この酵素が作れないと、食事で取ったタンパク質を分解できません。すると体内にアンモニアが溜まってしまいます。
毒が。
毒が。もうアンモニアは大変な毒なので、タンパク質が食べられないということになるんです。
タンパク質は三大栄養素の一つで、生命の源です。それが取れないというのは、死ぬしかない状態だと説明されています。
そのため彼は、症状を抑えるために一日50錠もの薬を飲み、タンパク質を生命ギリギリしか取らない低タンパク質の食事療法を続けていました。そうしてなんとか18歳まで育つことができていたのです。
この治療では、体内に治療用のDNAを送り込むための運び屋として、アデノウイルスが使われました。ジェシーは、その被験者として治療に挑んだのです。
アデノウイルスのDNAではなく、患者に必要なOTC酵素を作るDNAを、ウイルスの殻に載せて送り込む仕組みでした。ウイルス自体は増えず、欠けていた酵素の遺伝子だけが細胞に届いて働けば、病気が治せるのではないかと考えられたのです。
ところが、このアデノウイルスベクターが、後から分かるとんでもない副作用を起こしてしまいます。カリコのmRNAで起きたのと同じように、免疫が過剰に反応してしまったのです。
サイトカインストームが起こり、免疫がところ構わず攻撃してしまいました。ジェシーは臓器不全を起こし、治療を受けた8日後に亡くなってしまいます。
大学は動物実験なども行っていたはずですが、成果を出したいという焦りから治療を急いだ部分もあったのかもしれません。結果として一人の患者を亡くし、多額の罰金を支払い、大学は危機に陥りました。
なぜ外から入れたmRNAはダメなのか
この事件を見て、カリコは思いました。自分のmRNAも、実験室レベルでサイトカインストームを起こすことが見えてしまっている、と。
私のメッセンジャーRNAも実験室レベルでサイトカインストームを起こすことが見えてしまった。これは大問題になる。絶対に回避しないといけない。
ペンシルベニア大学に来てから十年が経ち、共同研究者もすでに三回変わっていました。それでも頑張ってこれたのは、mRNAが治療に使える日が来ると信じていたからです。
ところが、別の手法とはいえ、遺伝子治療が目の前で潰れてしまいました。自分の方法もダメなのかもしれないと、カリコは強い不安に襲われたそうです。
それでもカリコは考えます。体内では無数のmRNAが作られ、タンパク質を作って消えていくのに、なぜ外から送り込んだmRNAはサイトカインストームを起こすのか。
この原因を追求できると思ったんですね。本当に強いですよね。ダメかもしれないというところから。
普通の人ならこんな目の前でサイトカインストームを見たら、もう無理だってなりそうですけど。
いろいろなRNAを振りかけて分かったこと
原因を追求するため、カリコはまず論文を読みまくりました。ヒントを探し、思いつくままに実験を組み立てて実行していきます。
最初にやったのは、いろいろな種類のRNAを集めて比べる実験でした。RNAにはmRNA以外にも、多くの種類があるからです。
ミトコンドリアが作るミトコンドリアRNA、アミノ酸を運ぶトランスファーRNA、そして細菌のRNAなど、さまざまなRNAを取り出しました。
それらを樹状細胞の上に振りかけ、免疫反応を計測しました。とにかく分からないので、いろいろなものを試してみたという段階です。
すると、免疫反応が大きいものと小さいものに分かれました。免疫反応が大きかったのは、ミトコンドリアRNA、細菌のRNA、そしてカリコが実験室で作ったmRNAでした。
一方、免疫反応が小さかったのは、細胞をすりつぶして取り出した哺乳類のmRNA、細菌や哺乳類のトランスファーRNAでした。ここに何か違いがあるはずだと考えたのです。
パワハラボスから学んだ「修飾」という鍵
その違いを考えたとき、カリコは過去の経験を思い出します。アメリカに来て最初に所属したのが、ロバート・スハードルニック博士の研究室でした。
この研究室は最悪のパワハラで知られていましたが、そこでカリコはたくさんの「修飾」について学んでいました。博士はヌクレオシド修飾のプロだったのです。
その経験からカリコはひらめきます。炎症を強く起こすRNAには修飾がない、つまり修飾のないRNAが炎症を引き起こすのではないか、という仮説に行き着いたのです。
パワハラボスも無駄ではなかった。
無駄ではなかったですね。
カタリンが成功に行き着くためには、必要な要素だったわけですね。
十種類の修飾から見つけたシュードウリジン
仮説を証明するには、ヌクレオシド修飾されたRNAを作らなければなりません。ところが、カリコはその方法を知りませんでした。そして、人類の誰もその方法を知らなかったのです。
2004年当時、どの酵素がその修飾をするのかも分かっていませんでした。分かっている酵素があっても、実験室で作るには複雑すぎて無理だったそうです。
そこで別の方向からアプローチします。すでに修飾されたヌクレオシドが商品として販売されていたので、それを使うことにしたのです。
ここで、ハンガリー時代の同級生ヤノーシュが再登場します。彼に相談し、いろいろなタイプの修飾されたヌクレオシドを十種類買い集めてきました。
RNAを作る時は、まず鋳型となるDNAの配列を用意し、RNAポリメラーゼという酵素に、材料であるNTPを一つずつつなげさせます。カリコは、そのNTPの代わりに修飾されたヌクレオシドを混ぜて実験しました。
十種類のうち五種類は、RNAポリメラーゼがうまく取り込めず、RNAが作られませんでした。候補は一気に五種類まで減ってしまいます。この中に答えがなければアウトでした。
残った五種類で修飾したRNAを細胞に振りかけたところ、シュードウリジンという修飾がついたmRNAだけが、免疫反応を起こさなかったのです。
おー。
シュードウリジンは、通常のウリジンとほとんど同じ構造です。違いはたった一箇所、CがNHに置き換わっているだけの、本当にわずかな変化でした。その小さな違いが、免疫反応が起こらない引き金になっていたのです。
通常のmRNAで使われる。細菌やウイルスなどにも見られ、免疫反応を起こしやすい
一箇所だけCがNHに置き換わった修飾型。免疫反応を起こさず、生体内のmRNAに近いと考えられる
さらにプラスアルファの効果もありました。シュードウリジンを使ったRNAは、通常のRNAより少し壊れにくかったのです。
壊れにくいし、免疫反応も過剰に起こらない。
しかもタンパク質を作る効率も、通常のウリジンを使ったmRNAより倍も高かったそうです。設計図通りにしっかり働いてくれるということです。
考えてみれば、生体内ではもともとシュードウリジンを取り込んだmRNAが普通なのかもしれません。ウリジンで構成されたRNAは、むしろ細菌やウイルスのような異物に近い、という見方も語られています。
大発見でも鳴らなかった電話
ここでカリコが成し遂げたことを整理しておきます。mRNAを実験室で作る方法、細胞に届ける方法を確立し、シュードウリジンで劣化しにくくし、炎症を起こさず、しかも大量のタンパク質を作らせることにまで成功したのです。
共同研究者のドリューと大喜びし、二人はネイチャーに論文をまとめて提出しました。ただ事ではない騒ぎになると思ったのです。
ところが24時間以内に返信があり、「インクリメンタルではない」として却下されてしまいました。あまりにも小さな一歩だ、大したことではない、という理由でのリジェクトです。
えー、なんで?
レフリーもRNAへの知識があまりに乏しかったのだろうと話されています。誰も知らなかったことなので、その価値が伝わらなかったのかもしれません。
そこでドリューと相談し、免疫学系の有名誌「イミュニティ」に送ったところ、無事に掲載されました。ドリューは、電話が鳴りっぱなしになるぞ、覚悟しておけと言ってくれたそうです。
ところが、彼女の電話が鳴ることはありませんでした。世間はまだ、この大発見の何がすごいのか追いつけていなかったのです。
特許は取れても、評価されない現実
それでも可能性を信じ、ドリューとカリコはRNARxという会社を立ち上げます。mRNAを使った医薬品開発を行うスタートアップで、少しずつ資金も得られるようになっていきました。
さらに、免疫を回避できるシュードウリジン修飾mRNAで特許を取ることもできました。ただし、大学など政府系の研究所に所属する研究者の特許は、所属機関のものになります。この特許もペンシルベニア大学のものになりました。
一方でカリコ自身は、助成金が取れず、ネイチャーにも論文を取り上げてもらえない下級の研究者として、大学内では疎まれていました。画期的なブレイクスルーだと思える発見でも、世間にも大学にも評価されなかったのです。
悔しいね。
発表をしている間も、学科長のショーンに何度も呼び出され、成果が出なければ居場所はなくなると警告されていました。サイトカインストームが起きないと説明しても、興味を持ってもらえなかったそうです。
背景には、外部資金を取ってこられない研究者は経営上お荷物になってしまう、という大学の現実があると話されています。日本でも同じような構造があるのではないか、と補足されています。
メッセンジャーRNAでやっと成功して、誰もできなかったことが叶った。けど、まだ世界はちょっとカタリンのことを見てくれていないっていう。
遺伝子治療の失敗を、シュードウリジンという手段で乗り越えたにもかかわらず、また危機がひたひたと訪れている。そんなところで、今回は終わりとなりました。
まとめ
遺伝子治療の悲劇を出発点に、カリコは「なぜ外から入れたmRNAは免疫反応を起こすのか」を追い続けました。過去のパワハラボスから学んだ修飾の知識が鍵となり、シュードウリジンという答えにたどり着きます。それでも、その大発見はすぐには評価されませんでした。
- 1999年、遺伝子治療の被験者だった18歳の少年がサイトカインストームで亡くなり、ペンシルベニア大学は危機に陥った。
- カリコは多種類のRNAを比べ、修飾のないRNAが炎症を起こすという仮説にたどり着いた。
- 十種類の修飾を試した結果、シュードウリジンを使ったmRNAだけが免疫反応を起こさなかった。
- シュードウリジンのmRNAは壊れにくく、タンパク質を作る効率も倍も高かった。
- 画期的な発見でもネイチャーには却下され、大学でも評価されず、カリコは苦しい立場に置かれ続けた。
