愛知がんセンターから京都大学へ
前回は、愛知がんセンターでの坂口先生の実験を紹介しました。卵巣に自己免疫疾患が起こるマウスから、より分けたリンパ球を移植し、疾患が止まるかを調べる研究です。
その結果、T細胞の中に、免疫の暴走を止めてくれる細胞がいそうだ、というきっかけをつかんだところまで話しました。
その後、坂口先生は三年余りの愛知がんセンター在籍を経て、再び京都大学へ戻ります。京都大学の医学部に新設された免疫研究施設で、輸血部のお医者さんとしても活躍しながら研究をすることになりました。
愛知がんセンターでの成果をもとに論文を書き、博士号を取得したそうです。
あっちに行ったりこっちに行ったりみたいな感じじゃないですか、これって。優秀だから行ったり来たりできるみたいな感じですか?
研究者は若い間、いろんなポジションを求めて頻繁に動く印象があると、あきさんは話します。
結構三年ごとぐらいに所属が変わって、最終的には永久に雇ってくれるところを、もちろん成果を出して、いいポジションを求めて移っていく。
自己免疫を抑える細胞を、旗で選び分ける
京都大学では、卵巣摘出マウスをテーマとした研究を続けるのは気が引けたそうです。そこで一旦そこから離れ、自己免疫を調整する細胞を探すことに取り組みます。
ちょうどこの頃、免疫細胞をよりきちんと分けられるようになってきた、という時代の進化がありました。
坂口先生はまず、免疫の自己寛容免疫が自分自身の細胞や組織に対しては攻撃をしない状態のこと。この仕組みが壊れると自己免疫疾患が起こる。は、免疫反応を抑えるT細胞の亜集団のバランスで維持されている、という仮説を立てます。愛知がんセンターの実験から組み立てた仮説です。
そのうえで、自己に対する免疫反応をコントロールするT細胞の亜集団を見つけ、それを取り除いたら自己免疫疾患が起こるのかを検証しようとします。
健康なマウスから、自己免疫疾患を抑えている細胞集団を取り除いたら、自分に対して攻撃を始めてしまうのではないか。もしそうなら、その亜集団が自己免疫疾患を抑える集団だったと言えるだろう、という考え方です。
T細胞を亜集団に分けるために使うのが、細胞表面に種類別に出ている分子です。細胞表面には、いわば色とりどりの「旗」が出ています。
たとえば、あらゆるT細胞だけに出ていてB細胞は持っていない旗もあれば、狙っている細胞にだけ出ている旗もあります。この旗を目印にして、細胞を選り分けていきます。
ポリクローナル抗体とモノクローナル抗体のちがい
旗を目印にするには、その旗にだけくっつく「抗体」を使います。ここで登場するのが、モノクローナル抗体です。
愛知がんセンターの頃、坂口先生はマウスに抗原を注射し、血液から抗体を抽出して使っていました。これはポリクローナル抗体と呼ばれます。
抗体は抗原に比べてとても小さな分子です。抗原がコロナウイルスのようなウニ状の形だとすると、抗体はウニ全体を認識できず、トゲの先だけ、棒の部分だけ、丸いボールの部分だけ、といった具合に別々の場所を認識します。
そのため、一つの抗原に対して複数種類の抗体ができます。この状態がポリクローナル抗体です。
一方、トゲの先だけにくっつくといった、たった一種類だけの抗体がモノクローナル抗体です。この一種類だけを取ってくる技術が、この時代に確立されます。
一つの抗原に対し、認識する場所が異なる複数種類の抗体が混ざった状態
一種類のB細胞由来で、抗原の特定の場所だけを認識する一種類の抗体
寿命のあるB細胞を、永遠に抗体を作らせる技術
モノクローナル抗体には前提があります。一つのB細胞は、一種類だけの抗体を作ります。
だから、一つのB細胞を取ってきて増やせば、たった一つの標的だけを認識する便利な抗体が得られます。
ところが問題がありました。B細胞は、ある回数分裂すると寿命が来て死んでしまいます。実験で繰り返し使いたい抗体を、永遠に取り続けることができないのです。
これを解決したのが、1975年、ドイツのジョルジュ・ケーラーと、アルゼンチンとイギリス国籍のセーサル・ミルスタインという二人の研究者でした。{要確認: ジョルジュ・ケーラー} {要確認: セーサル・ミルスタイン}
めちゃくちゃ画期的じゃないですか。
二人のアイデアは、二つの異なる細胞を合体させ、お互いの長所を持った新しい細胞を作る、というものでした。
まず、抗体を作る正常なB細胞を取ってきます。ただし、こちらには寿命があります。
そこに、骨髄腫細胞ミエローマとも呼ばれる、B細胞ががん化した細胞。骨髄に居座って役に立たない抗体を大量に出し続け、正常なB細胞を追い出してしまう厄介な病気を起こす。を組み合わせます。これはB細胞ががん化した細胞で、寿命がなく無限に増殖しますが、B細胞の性質は持っています。
B細胞のゾンビみたいな感じ。
骨髄腫は、役に立たない抗体を作り続け、無限に増える一方で、抗体を作る能力は持っています。ならば、正常なB細胞と骨髄腫細胞を合体させれば、永遠に増えて、しかも役に立つ抗体を作り続けてくれるのではないか、というわけです。
使ったのは、細胞融合という技術です。糊の役割を果たすPEG(ポリエチレングリコール)を、二つの細胞を混ぜた培地に入れると、細胞どうしがくっついて一つの細胞になります。{要確認: ポリエチレングリコール}
細胞ってそんなくっついたりするんですね。
こうして融合した細胞は、抗体を作り続けながら、永遠に生き続けることが可能になりました。
抗原を注射
マウスに旗(抗原)を注射し、免疫がついた状態にする
脾臓からB細胞を回収
抗体を作る成熟したB細胞が多く集まる脾臓を取り出す
骨髄腫細胞と融合
寿命のないミエローマとB細胞をPEGで細胞融合させる
一個ずつ選別・培養
融合細胞を一個ずつシャーレで培養し、作られた抗体を回収する
モノクローナル抗体
旗の特定の場所だけにくっつく一種類の抗体が得られる
CD抗原で、狙う細胞を絞り込む
当時の免疫学では、モノクローナル抗体が一般的になり、細胞表面のタンパク質を認識してリンパ球の性質を分けることが流行っていました。
この時代はまだでしたが、後にこれらの目印には名前が統一され、CD1、CD2、CD3といったCD番号が振られていきます。
当時とくに研究されていたのがCD4とCD8でした。背景には、この頃エイズが流行り始めていたことがあります。
エイズのHIVウイルスはCD4という旗を持つリンパ球に取り付いて殺してしまうため、CD4とは何なのかが広く研究されていました。CD4プラスは、現在ではヘルパーT細胞という免疫の司令官役だとわかっています。
司令官がいなくなると、免疫細胞は誰を攻撃していいかわからなくなります。そのため、エイズの患者さんは風邪のような簡単な病気で亡くなってしまうのです。
CD4もCD8もよく調べられている。だったらそこではないだろう、と坂口先生は考えたようです。そして目をつけたのがCD5という旗でした。
ただ、CD5はほとんどのT細胞が持っているため、これだけでは細胞を分けられません。
そこでまず、CD4を持つ細胞を取ってきて、そこからさらにCD5の旗をたくさん持つ細胞と、ほとんど持たない細胞に分けます。多いほうがCD5ハイ、少ないほうがCD5ローです。
多いのと少ないのでハイとローってことですね。
CD5は全くないということがなかなかないため、ポジティブ・ネガティブではなく、ハイ・ローで分けたそうです。
ヌードマウスで確かめた、暴走を止める集団
分けた細胞は、ヌードマウス生まれつき胸腺がなく、免疫細胞を持たないマウス。ある系統を近親交配で維持する中で、毛のない突然変異体として現れ、免疫研究に使われるようになった。に打ち込みます。免疫を持たないマウスなので、免疫細胞を入れたときの反応を調べやすいのです。
実験動物は、結果がブレないように遺伝子的な系統を揃えます。兄弟をかけ合わせ続けると特徴が似通ってきますが、その系統から突然変異でぽろっと現れたのが、毛のないヌードマウスでした。
調べてみると、このマウスは生まれつき胸腺がなく、免疫細胞がいません。すぐ感染症で死んでしまうため、無菌的な部屋でのみ生きられます。だからこそ、免疫研究にはうってつけでした。
自己免疫疾患を止める集団を除いた細胞を入れれば疾患が起こり、ちゃんとした集団を入れれば何も起こらないはずだ、という発想です。
そこで、CD4プラスでCD5ハイのものとCD5ローのものを分けて打ち込みます。
結果、CD5ローの細胞を打ち込んだマウスが、甲状腺炎や胃炎、卵巣炎、睾丸炎などの自己免疫疾患を起こしたそうです。
つまり、免疫の暴走を止める細胞は、CD5ローではなくCD5ハイのほうに含まれているだろう、とわかりました。
限界と、次の活路としてのアメリカ留学
ここまでが、京都大学での坂口先生の仕事になります。ただ、限界も見えていました。
CD4プラスでCD5ハイのT細胞は、CD4プラスの細胞の中で八十パーセントを占めていたそうです。まだまだ絞り込みが足りません。
より分ける必要があると。
もっと絞り込む必要がある。しかし、京都大学の技術ではそこまでが限界で、坂口先生自身も、それ以上どうすればいいかというアイデアが出てこなかったといいます。
その活路を見出すために、次回はアメリカ留学へと進みます。
一個の研究をするのにどれぐらい時間がかかるんだろう、どれぐらいお金がかかるんだろうとか。前の研究結果や他の人の成果、全部がつながっていくんだなっていうのを、回を追うごとに感じてます。
研究は積み重ねだと、あきさんも応じます。CD5のモノクローナル抗体を先生自身が作ったのか、他の研究者や販売品を使ったのかは、本からは読み取れなかったそうです。
今なら抗体は膨大なコレクションがあり、注文すれば一週間以内に手に入りますが、当時はそこまでではなく、準備には苦労もあっただろうと話されています。
CD5に目をつけたことについて、坂口先生は本の中で、一種の予感のようなものだったと書いていたそうです。たまたま目をつけて、結果がとても良かったといいます。
まとめ
京都大学に戻った坂口志文は、新技術であるモノクローナル抗体を武器に、細胞表面の「旗」であるCD抗原を使って、免疫の暴走を止める細胞を追い詰めていきました。CD4プラスかつCD5ハイの集団にその手がかりがあると突き止めましたが、絞り込みには限界もあり、次の活路としてアメリカ留学へと向かいます。
- 愛知がんセンターの成果をもとに、免疫を抑えるT細胞の亜集団を探す研究に着手した
- 一種類の標的だけを認識するモノクローナル抗体は、B細胞と骨髄腫細胞の融合によって永遠に作れるようになった
- CD4もCD8も広く研究される中、坂口はあえてCD5という旗に予感で目をつけた
- ヌードマウスへの移植実験で、免疫の暴走を止める細胞はCD5ハイの集団に含まれると突き止めた
- CD5ハイでもなお集団が大きく、絞り込みの限界を感じてアメリカ留学へ向かうことになった
