愛知がんセンターでの再スタート
1977年、坂口志文は京都大学の大学院を中退し、愛知がんセンターに入って研究生時代を送ります。
この地を選んだ理由は二つあったと話されています。一つは西塚先生たちの論文に惹かれたこと、もう一つは名古屋大学出身の高橋利忠先生の存在でした。
高橋先生は二度の米国留学を経て帰国し、西塚先生のもとに着任したばかりだったそうです。若き坂口先生は、最先端のアメリカの免疫研究の技術を持ち帰った高橋先生から、直接の手ほどきを受けたかったと言われています。
当時の流行は「リンパ球の分類」
当時の免疫学の流行りは、リンパ球の分類だったそうです。
きっかけの一つは、1960年代前半にジャックミラーがT細胞を見つけたことにあります。そこからどう分類するかが徐々に広がっていったのではないか、と話されています。
リンパ球は顕微鏡で見ても、まったく違いがわかりません。ですが今では、大きく分けるとB細胞、T細胞、NK細胞の3種類に分かれ、それぞれがさらに細分化されています。
当時はこうした分類がまだよくわかっていませんでした。そこで研究者たちは、ある細胞集団をなくしたり、逆に移植したりして、その集団がどんな仕事をしているのかを調べていったのです。
見た目が同じなので、顕微鏡で染色して分けるようなことはできません。だからこそ、さまざまな手法で性質の違う集団を分けていく技術を磨く必要がありました。
自己免疫を止める集団はいるはず、という仮説
坂口先生はまず、胸腺を失ったマウスがなぜ自己免疫疾患を起こすのかを解明しようとします。そこに関与するT細胞の存在を突き止めるのが狙いです。
立てた仮説はこうです。胸腺を失ったマウスは、卵巣が免疫細胞に攻撃されて自己免疫疾患を起こす。ところが、そのマウスに正常なマウスのリンパ球を注射すると、卵巣への攻撃が止まる。
つまりリンパ球の中には、自己免疫疾患を止めてくれる集団がいるはずだ、という考えです。ここまでは正しいだろう、というところですね。
次の問いは、そのリンパ球の中から自己免疫を止めてくれる集団だけを、なんとかより分けられないか、というものでした。その集団だけを注射して攻撃が止まれば、「こいつらだ」と言えるからです。
リンパ球が着ている「制服」を利用する
正常なマウスからリンパ球を取ってきて、それを小さな集団に分けていきます。その手がかりが、細胞表面に出ているタンパク質です。
リンパ球は見た目こそ同じですが、役割に応じて細胞の表面に特定のタンパク質を出しています。わかりやすく言えば、それぞれが「制服」を着ているようなものです。
なんかわかりやすいように制服を着てるみたいな感じになってます。
たとえば、警察の制服を着たT細胞、消防の制服を着た集団、自衛隊の制服を着た集団、というイメージです。この制服の違いを利用して集団を見分けようというわけです。
ここで使うのが抗原抗体反応です。抗原とは病原体などが持つタンパク質で、抗体とはそれにぴったりはまる分子です。
うちの家の鍵は隣の家では使えない、というのと同じで、スパイクタンパクにはまる抗体は他のものにはくっつかない、という原則があります。
制服ごとの抗体を作り、集団を消していく
そこで坂口先生は、リンパ球の「制服」だけを取ってきて、別のマウスに注射します。
他のマウスから見れば、その制服は外部から来た敵です。すると免疫が反応し、その制服にだけくっつく抗体が作られます。
たとえば警察の制服を打ち込めば、警察の制服にだけ反応する抗体が。別のマウスに消防の制服を打ち込めば、消防にだけ反応する抗体が得られます。こうして制服ごとの抗体をそろえていきます。
得られた抗体を別のマウスの血液に振りかけると、その制服を着た集団だけがいなくなります。たとえば警察の集団だけが消え、消防や自衛隊は残る、という具合です。
そうして特定の集団を欠いたリンパ球を、胸腺を失ったマウスに注射します。ある集団がいなくなった状態で、卵巣への攻撃が止まるかどうかを試すのです。これをいろいろな組み合わせで繰り返していきます。
気の遠くなる抗体づくり
この実験の裏には、途方もない地道な作業がありました。抗体を作るには、マウスに抗原を注射し、一〜二週間ほど待って血液中に抗体が増えるのを待ちます。
ところがマウスは小さく、血を大量に取れば死んでしまいます。一回に取れるのは、ほんの百から二百マイクロリットルほどでした。
そのため、少し血を取っては回復を待ち、また傷をつけて取る、という作業を何度も繰り返します。遠心にかけて血清だけを集め、抗体を少しずつ蓄えていったそうです。
気が遠くなりそう。
最終的に、一匹のマウスから一ミリリットルの抗体を集めたと記されているそうです。この量を得るために、止血して回復を待ってまた採る、という工程を何匹分も並行して続けたと考えられます。
千回やるみたいな話だよ。
なお、警察・消防・自衛隊というたとえは、あくまで話をわかりやすくするための例えです。番組内でも、それぞれの職業に何の恨みもなく、むしろ尊敬しているとフォローされています。
リンパ球の中に「炎症を抑える集団」がいた
こうして組み合わせを変えながら、集団を一つずつ追い詰めていきます。消防と自衛隊だけを残して攻撃が止まれば、次はそのどちらかだ、と範囲を狭めていく要領です。
最初は正常マウスのリンパ球すべてを打ち込んでいたところから、対象をどんどん絞り込んでいったのです。
その結果、卵巣炎を抑え込めるリンパ球の集団を、かなり特定した形で分類できるようになりました。
たどり着いた結論は明快です。リンパ球の中には、炎症を抑えてくれる特定の集団が間違いなくいる、ということでした。
次の一手と、次回への持ち越し
この実験は、坂口先生の研究全体からすればごく一部にすぎません。とみーさんは、どれほどの時間と大変さがかかったのか想像がつかないと話しています。
胸腺を失ったマウスで自己免疫疾患を抑えられたなら、次はどんなことを考えますか。
とみーさんは、卵巣炎以外の自己免疫疾患、たとえば1型糖尿病や多発性硬化症でも同じ細胞集団が作用するのかを調べたい、と答えています。あきさんは面白い視点だとしつつ、そうした疾患を起こすモデルマウスをまず作る必要があり、それ自体が大変だと補足しています。
そのうえで、坂口先生が次に取り組もうとしたのは別の問いでした。正常なマウスから、自己免疫を抑え込む集団を全部取り除いたら、自己免疫疾患は起こるのか、というものです。
この続きは次回に持ち越しとなります。番組ではXやThreadsでの感想も呼びかけられています。
まとめ
坂口志文は愛知がんセンターで、自己免疫を止めるリンパ球集団を突き止めようとしました。制服ごとの抗体を自作し、特定の集団を消しては胸腺のないマウスに移植する、という気の遠くなる実験を重ね、炎症を抑える集団が確かに存在することを確かめていきます。
- 1977年、坂口志文は京大院を中退し、愛知がんセンターで研究生時代を送った
- 当時の免疫学の流行はリンパ球の分類で、細胞表面のタンパク質を手がかりにした
- 制服ごとの抗体を自作し、特定の集団を除いたリンパ球を胸腺のないマウスに移植する実験を繰り返した
- 採血と回復を何度も繰り返し、一匹から一ミリリットルの抗体を集める地道な作業だった
- 結論として、リンパ球の中に炎症を抑える特定の集団が確かに存在することが示された
