FOXP3を突き止めた二人の研究者
前回はノーベル賞受賞につながる坂口先生の研究が語られました。今回はまず、同時受賞したフレッド・ラムズデル博士とメアリー・ブランカウ博士の研究をあらためて整理します。
二人はアメリカのシアトルにあったイミューネックス社の同僚でした。全身にひどい炎症を起こして死んでしまう謎のマウス、スカフィーマウスの遺伝子解析に取り組んでいました。
2001年、彼らはスカフィーマウスの原因遺伝子を特定し、FOXP3と名付けます。ブランカウ博士が論文の筆頭著者、ラムズデル博士が研究を指揮するシニアオーサーという立場でした。
すごいのは、マウスの原因遺伝子を見つけて終わりにしなかった点です。ラムズデル博士は、マウスに出る下痢や糖尿病といった症状が、人間の原因不明の難病IPEX症候群にそっくりだと気づきました。
そこで二人はワシントン大学の小児科医らに協力を依頼し、世界中のIPEX患者の男の子からサンプルを集めます。そして人間の患者でもFOXP3遺伝子が壊れていることを共同で証明しました。
成果は2001年のNature Geneticsに掲載されます。同じ号で、マウスのFOXP3変異と、人間のFOXP3とIPEX症候群の関連が報告されました。
これで人とマウス、種の壁を越えて一つの遺伝子が免疫の暴走を起こしていることが示されました。逆に言えば、FOXP3が壊れていなければ免疫の暴走を止められることがわかったのです。
世界中に呼びかけて集めた症例
IPEX症候群の解明には、もう一人の重要人物が関わります。ワシントン大学とシアトル子供病院で、生まれつき免疫に問題のある子供たちを長年診てきたハンス・オクス教授です。
オクス教授は治療だけでなく、なぜこの子が病気になるのかという原因遺伝子を探そうとする、研究的な思考を持った臨床医でした。ここに若き日のウィルデン博士やベネット博士が集まります。
ただしIPEX症候群は、一人の医師が一生に一人出会うかどうかというほど稀な病気です。生まれてすぐ亡くなることも多く、症例数がなかなか集まりません。
そこでオクス博士たちは、世界中の免疫学者や小児科医のネットワークを使って呼びかけを行いました。捜索の基準は明確でした。
男の子であること
X染色体連鎖の疑いがある
下痢と湿疹
生後間もなく激しく出ている
1型糖尿病
赤ちゃんなのに発病している
この呼びかけに、アメリカ国内だけでなくヨーロッパや中東からも医師が連絡してきました。日本でもIPEX症候群は8家系が知られていて、そのサンプルも集めたそうです。
ベネット博士は、送られてきた血液からDNAを取り出し、家系図を書き込み、原因遺伝子がX染色体上のどこにあるかを絞り込んでいきました。
ちょうどその頃、隣のビルにあったイミューネックス社でも、ラムズデル博士たちがスカフィーマウスの遺伝子を絞り込んでいました。両隣で同時に研究が進んでいたのです。
両チームの情報を付き合わせると、マウスの異常箇所と人間の異常箇所がぴたりと一致しました。2000年の終わり頃、ベネット博士はIPEX患者のFOXP3配列に変異を発見します。
こうして、何十年も呪いのように多くの赤ちゃんの命を奪ってきた病気が、たった一つの遺伝子の故障であると証明されました。
診断と治療への道が開けた
FOXP3がIPEXの原因だと分かったことで、まず遺伝子検査による診断が可能になりました。それまで原因不明で亡くなっていた赤ちゃんが、即座に診断できるようになったのです。
治療の道も開けました。ブレーキ役であるTregがいないことが分かったため、骨髄移植で正常なTregを補充する治療法が確立されました。
ただし骨髄移植には課題もあります。型が合う骨髄が見つかるかという問題があり、他人由来のため一生免疫抑制剤を飲み続けなければならないこともあります。
そこで期待されるのが、前回紹介した坂口先生の実験の応用です。普通のT細胞にFOXP3を入れるとTregに変身する、という発見を治療に使えないかという発想です。
患者さん自身のT細胞を取り出してTregに作り替え、体に戻せば、自分の細胞なので免疫反応が起こりません。
他人の骨髄を入れるより、よっぽど変化が少ないという。
そうですね。まさにそういうことになります。
エンジニアドTregという次世代治療
この考え方は「エンジニアドTreg」、つまり人工的に作ったTregと呼ばれます。スタンフォード大学のマリアグラッツィア・ロンカローロ教授らが中心に進めています。
手順としては、患者さん自身の血液から通常のCD4陽性のT細胞を取り出します。そこに無害化したレンチウイルスベクターを使ってFOXP3遺伝子を入れ込みます。
自分の細胞から作るため拒絶反応はゼロで、体内で欠けていたTregをピンポイントで補充できます。これにより病気を根本的に解決できると考えられています。
現段階では臨床試験、いわゆる治験が行われている段階です。ただし副作用なしに全身の炎症が劇的に改善したという報告が相次いでいるとされています。
1949年に見つかったスカフィーマウスの謎が、2001年の遺伝子特定、2003年の坂口先生の証明を経て、今まさに子供たちの命を救う医療になろうとしています。
IPEXは男の子に発症する病気なので、お母さんは男の子が2分の1の確率で亡くなると分かり、子供を作るのを躊躇することもありました。治療法ができれば、その躊躇もなくなるかもしれません。
将来的にはゲノム編集で受精卵のDNAを最初から正常なFOXP3に書き換え、病気を持たない子供を産ませることもできるのではと話されています。
がん治療でTregをどう扱うか
続いて、Tregの発見が広げた応用の話です。まず期待されているのががん治療です。実はTregは、がん細胞を逆に守ってしまう働きをします。
がん細胞は賢く、自分の周りにTregを呼び寄せます。「僕は普通の細胞だから攻撃させないでくれ」とお願いするようなものです。
そのためキラーT細胞ががん細胞に近づいても、周りのTregがブレーキをかけてしまい、免疫が働かず、がんが大きくなってしまいます。
では単純にTregを全部殺せばよいかというと、それはできません。全部消すとスカフィーマウスやIPEX患者と同じことが起き、自分の細胞まで攻撃してしまうからです。
そこで坂口先生たちは、Tregの表面の目印を狙った抗体を使い、がん組織にだけ潜むTregをいなくさせる方法に取り組んでいます。他の場所で体を守るTregは残すのがポイントです。
さらに、免疫チェックポイント阻害薬オプジーボとの併用も考えられています。オプジーボは本庶佑先生が発見してノーベル賞を受賞した薬です。
がんの周りのTregを殺す薬とオプジーボを組み合わせれば、がん細胞を守るバリアを壊しながら攻撃力も高められると考えられています。
もう一つ面白いのが、ブレーキをアクセルに変える発想です。特殊な化合物でがん組織の中だけFOXP3の働きを弱めると、TregがCD4陽性の攻撃役に切り替わります。
前回、CD4陽性の細胞にFOXP3を入れるとTregになるという実験がありました。今度は逆に、TregからFOXP3の働きを取り除くと攻撃役に戻るというわけです。
もともとがん細胞を守っていたTregを、逆に攻撃役に変えてがんを殺す。この逆転の発想も試されているところだと語られています。
臓器移植・自己免疫疾患・花粉症・認知症への応用
がん以外にも応用が広がっています。一つは臓器移植での免疫抑制剤の代わりとしての期待です。
臓器移植では他人の臓器を異物と見なして拒絶反応が起きるため、患者は一生免疫抑制剤を飲み続ける必要があります。免疫抑制剤は感染症のリスクなども伴います。
そこで、移植する臓器を仲間だと認識するよう教えたTregを臓器と一緒に移植します。成功すれば薬なしでも拒絶が起きない「免疫寛容」を作り出せます。これは実用化が近いと言われています。
自己免疫疾患の根本治療にも使えます。リウマチは関節でブレーキが利かなくなる病気なので、患者から取り出したTregを体外で増やして戻したり、関節で働くよう改造したTregを作る方法が考えられています。
花粉症も対象です。坂口先生は小学生からの質問で、Tregで花粉症が治せるなら治療してみたいかと聞かれ、副作用がなければぜひやってみたいと笑いながら答えていたそうです。
Tregに花粉やピーナツを「敵ではない」と教え込ませて体に戻せば、アレルギー反応を抑え込める可能性があります。一度治療すれば、残りの人生ずっと反応しない体になるかもしれません。
僕も花粉症なので、ぜひやってほしいなと。結構お金がかかりそうな気がしますけれどもね。
さらに認知症への応用も研究されています。認知症では脳の中で慢性的な炎症が起きており、それが病気を悪化させると分かってきました。
炎症は免疫細胞が働いている証拠なので、そこにTregを送り込んで脳内の炎症を鎮め、記憶障害の進行を遅らせられないかと考えられています。
Tregを制する者は健康を制する
これだけ多くのメジャーな疾患に有効だと分かってくると、Tregの発見の大きさが実感できます。とみーさんも論文の引用件数に触れました。
これだけいろんなメジャーな疾患の治療法として有効であろうという研究が出てるとなると、論文の引用件数が1万4000件になるのも頷ける気がします。
あきさんは、今や新しい治療法を考えるうえでTregがどう動いているかを必ず見なければならないレベルに来ていると話します。
新しい治療法が出てきたとき、「Tregの状態は見たのか」とレビュアーに必ず聞かれるくらいになるかもしれない、とも語られました。
最後に坂口先生の言葉が紹介されます。Tregを操ることは、免疫のボリュームつまみを操作することと同じだ、という表現です。
オンかオフかではなく、つまみを微調整して量を調節すること。それがさまざまな疾患へのアプローチの鍵になると締めくくられました。
まとめ
坂口先生シリーズの最終回は、FOXP3の発見から、Tregを使った次世代医療の広がりまでが語られました。ブレーキ役の細胞を「消す・補う・増やす・性格を変える」という多彩な発想が、がんから花粉症、認知症まで幅広い疾患の治療につながろうとしています。
- FOXP3はスカフィーマウスとヒトのIPEX症候群の共通原因遺伝子として、種を越えて特定された
- 患者自身のT細胞から作るエンジニアドTregは、拒絶反応なしにIPEXを治療する次世代医療として治験段階にある
- がん治療では、がんを守るTregだけを狙う抗体や、オプジーボとの併用、ブレーキを攻撃役に変える発想が試みられている
- 臓器移植の免疫寛容、リウマチなどの自己免疫疾患、花粉症、認知症まで応用が広がっている
- 坂口先生はTregを「免疫のボリュームつまみ」と表現し、オン・オフではなく微調整が健康の鍵だと語った
