バリアというテーマから脳の話へ
今回の話題は、科学系ポッドキャストの日というイベントの2月のテーマ「バリア」から始まります。
このテーマは「ひよっこ研究者のサバイバル日記」という現役研究者の番組から出されたものだと紹介されています。
とみーさんは「バリア」と聞いて、お気に入りのLINEスタンプが真っ先に浮かんだと話します。
うさまるっていうキャラクターが、こう手をバッテンにして自分を守るシールドを作ってるみたいなスタンプがあって。バリアって言われたら、もう私はそれしか浮かびません。
あきさんは、SFのバリアや社会的なバリアもある中で、今回は体の中のバリアを取り上げると切り出します。
脳を守る鉄壁のバリア「血液脳関門」
脳は体を動かす指令を出す、特に大切な臓器だとあきさんは説明します。
その脳を守るために存在するのが、血液脳関門と呼ばれるバリアです。
普通の血管は細胞と細胞のつなぎが少し緩く、隙間があります。
その隙間を使って、たとえば白血球がグイグイと血管を通り抜け、体の中に入ったり戻ったりしています。
一方で、脳の毛細血管は細胞同士が糊のようにビチッと塞がれていて、白血球すら通れない構造になっています。
この密着した結合はタイトジャンクションと呼ばれます。
壁を抜けるチート能力を持つ物質たち
ここで疑問が出てきます。脳の細胞も呼吸や栄養が必要なのに、隙間のない血管をどう栄養や酸素が通り抜けるのかという問題です。
血管の壁も細胞なので、細胞膜でできています。そしてその細胞膜は油でできている、とあきさんは説明します。
そのため、油に溶けやすい性質のものは細胞膜を通り抜けることができます。
この壁抜けのチート能力を持ってるものが、アルコールとかカフェインとかニコチン。油に溶けるのが得意なので、脳関門をたやすく通り抜けて神経に入り込む。
だからこそ、酔っ払ったりシャキンとしたりといった作用が起こります。
反対に、油に溶けず水に溶けやすい親水性の物質、たとえばグルコースやアミノ酸は、そのままでは通り抜けられません。
その代わりに、専用のトランスポーターがあります。あきさんはこれをエスカレーターにたとえています。
このエスカレーターにはグルコースやアミノ酸など決まった栄養しか乗れず、乗ると細胞の内側へと運ばれていきます。
ウイルスや細菌も本来は通したくない相手です。細菌は力ずくで血管の壁を壊して入り込みます。
HIVウイルスは白血球の中に潜み、脳関門がたまに白血球を通すタイミングで、なりすますように脳へ侵入することがあります。
何も通さないバリアと、栄養だけの専用通路
とみーさんが仕組みを整理しようと質問を重ねます。血液脳関門と専用エスカレーターは違うものなのか、という問いです。
血液脳関門は何を通すための仕組みなの?
血液脳関門は基本的に何も通さないための仕組みです。血管の壁がガチガチに硬く、グルコースやアミノ酸といった栄養だけは専用の通路を使って通ることができます。
つまり脳以外の血管は隙間があって自由に行き来できますが、脳の血管は血液脳関門を通さないと栄養の行き来ができない、というのが基本の仕組みです。
そのうえで、油に溶けるものは壁をすり抜けてしまう性質もあります。守っているつもりでも通ってしまう、という状態です。
だからアルコールやカフェイン、ニコチンは、いわば裏ルートで脳に作用できるわけです。
油に溶けやすいアルコール・カフェイン・ニコチンは壁を通過。グルコースやアミノ酸は専用のトランスポーター経由で通過。
水に溶けやすい多くの物質や白血球は通過不可。細菌は壁を壊し、一部ウイルスは白血球に紛れて侵入。
タイトジャンクションの正体クローディンの発見
この壁を強く保つ接着剤の正体を突き止めたのが、京都大学の月田昇一郎先生です。
話は1960年代にさかのぼります。電子顕微鏡が普及し、光学顕微鏡よりもさらに小さな世界が見えるようになりました。
そのなかで、脳の血管細胞が他の血管細胞とまるで違い、隙間なく密着していることが分かりました。これがタイトジャンクションです。
ただし、何がこれほど強く細胞をつなぎ止めているのかは長く謎でした。
接着剤の正体がわからないんだったら、細胞を徹底的にバラバラにして、その接着部分だけを凝縮して集めればいいじゃないか。
月田先生は膨大な数のネズミの肝臓から、細胞同士がくっつくごくわずかな部分だけを取り出しました。
そして1998年、その接着の正体であるタンパク質を突き止め、ラテン語で「閉じる」を意味する言葉からクローディンと名付けます。
月田先生は2005年に52歳の若さで亡くなられましたが、印象的な言葉を残しています。
その遺志は奥様である月田幸子先生が引き継ぎ、クローディンの研究を大きく発展させています。
バリアが壊れると何が起こるのか
では、このバリアが壊れると何が起こるのでしょうか。
一つは、脳の中に白血球が入り込んでしまうことです。
入り込んだ白血球が脳の神経を敵と見間違えて攻撃してしまいます。これが多発性硬化症という難病の一種につながります。
また、バリアが緩むと脳の中にゴミが溜まりやすくなり、認知症の進行に関わるという研究もあると紹介されています。
つまり血液脳関門は、多発性硬化症や認知症から脳を守る役割も担っていると考えられます。
鉄壁の壁に薬を届ける最新の作戦
一方で、バリアが強すぎるために、脳の病気に薬を届けられないという問題もあります。
そこで、このバリアをうまく突破して薬を届けようとする研究が進んでいます。あきさんは二つの作戦を紹介します。
一つ目はトロイの木馬作戦です。脳が要求する物質の一つである鉄分に薬をひっつけて送り込む方法です。
鉄分は脳へ通っていけるため、それを利用して薬を運びます。日本のJCRファーマがこの技術を実用化しています。
特定の酵素が足りないハンター症候群という難病の治療薬として使われており、脳が鉄を欲しがる仕組みを利用して薬を届けることに成功しています。
二つ目は超音波を使った作戦です。収束性の超音波で、振動を一点に集中させることができます。
血液の中にナノバブルと呼ばれる小さな泡と薬を注入し、病気のある部分に外から超音波を当てます。
すると、その部分の毛細血管でナノバブルが振動し、タイトジャンクションが一瞬緩みます。
緩んだ隙間から血液中の薬が入り込み、超音波をやめると脳関門はすぐに閉じて元に戻ります。
この方法なら病気の部分だけに薬を集中して送り込めます。アルツハイマー病や、治療が難しい脳腫瘍への応用が研究されています。
脳が欲しがる鉄分に薬をつけて送り込む。JCRファーマが実用化し、ハンター症候群の治療薬に使われている。
ナノバブルと薬を注入し、超音波でタイトジャンクションを一瞬緩めて薬を届ける。アルツハイマー病や脳腫瘍への応用を研究中。
まとめ
脳を守る血液脳関門は、隙間なく密着したタイトジャンクションで有害な物質の侵入を防ぎつつ、栄養だけを専用の通路で通す鉄壁のバリアです。その正体であるクローディンの発見や、壁を突破して薬を届ける最新技術まで、バリアという切り口から脳の守りの仕組みが語られました。
- 脳の血管は細胞がタイトジャンクションで密着し、白血球すら通さない鉄壁のバリア「血液脳関門(BBB)」になっている。
- 油に溶けるアルコールやカフェインは壁を通過し、グルコースなど親水性の栄養は専用トランスポーターで運ばれる。
- タイトジャンクションの接着剤クローディンは、京都大学の月田昇一郎先生が1998年に発見した。
- バリアが壊れると多発性硬化症や認知症の進行につながる一方、強すぎると薬が届かない問題も生む。
- 鉄分に薬をつけるトロイの木馬作戦や、超音波で壁を一瞬緩める作戦など、薬を届ける研究が進んでいる。
