「うつりに行こう」という昔の習慣とウイルスの正体
今回のテーマは、1歳になってから受けるワクチンの3回目、水ぼうそうです。全身に水ぶくれができ、強いかゆみが出る病気として、多くの人が子供の頃に経験してきました。
あきさんもとみーさんも、赤ちゃんの頃にかかったことがあるらしいと話されています。かゆくて掻こうとすると「掻いたらあかんで」と親に怒られた、という記憶を持つ人もいるかもしれません。
かつては、近所の子が水ぼうそうになったと聞くと「じゃあもらいに行こうか」と、わざわざうつりに行く習慣があったといいます。
どっかの家の子が水疱瘡になったって聞くと、じゃあもらいに行こうかみたいな感じで、わざわざうつりに行くみたいな。
子供のうちは軽く済むけれど、大人になってかかると重くなる。だから軽いうちにかかっておこう、という発想が背景にありました。ただ、今はワクチンがあるので、あきさんは接種をすすめています。
この病気を引き起こすのは、水痘帯状疱疹ウイルスというウイルスです。水痘帯状疱疹ウイルス ── 水ぼうそうと帯状疱疹の両方を起こすヘルペスウイルスの一種。ヒトや類人猿の細胞にしか感染しないとされ、一度感染すると神経に潜み続けます。口内炎などを起こすヘルペスウイルスの仲間ですが、症状はかなり違います。
このウイルスの厄介なところは、一度感染すると子供の時に治って終わりではなく、生涯にわたって体の中に潜み続ける点です。そのため、水ぼうそうを経験した人は、老後に帯状疱疹になる可能性を抱えることになります。
子供は軽症、大人・喫煙者は重症化のリスク
9歳ぐらいまでの子供が水ぼうそうにかかった場合は、比較的軽症で済みます。熱が出ても37〜38度程度で、数日で下がることが多いです。
全身にかゆい水ぶくれがたくさん出ますが、1週間ほどでかさぶたになって治っていく子がほとんどです。子供の頃は、かゆみと若干の発熱くらいで終わってしまうといいます。
一方で、大人になってからかかると事情が変わります。熱は38〜39度、ときに40度近い高熱が出ることが多く、強い頭痛やだるさで何日も寝込むことになります。
皮膚の水ぶくれも子供より圧倒的に多く、一つひとつが大きく腫れ、かゆみだけでなく痛みも出ます。きれいに治るまで時間がかかり、痕が残ることもあります。
さらに怖いのが合併症です。ウイルスが肺に入って急に呼吸が苦しくなる水痘肺炎や、脳に及んで脳炎を併発することがあり、入院治療になるケースが多いと話されています。
特に注意が必要なのが喫煙者です。タバコによって肺や喉のバリア機能が弱まっているところにウイルスが入り込み、水痘肺炎のリスクが跳ね上がるといいます。
その結果、あっという間に重症化し、人工呼吸器が必要になるレベルまで悪化することもあります。水ぼうそうを経験していない喫煙者は、非常に注意した方がよいとのことです。
熱は37〜38度程度で数日で下がり、水ぶくれも1週間ほどでかさぶたになって治ることが多い
38〜40度近い高熱と強い頭痛・だるさで寝込み、水痘肺炎や脳炎など命に関わる合併症のリスクもある
妊娠中と出産直前の感染がもたらす深刻なリスク
もう一つ用心が必要なのが、水ぼうそうにかかったことがない妊婦さんです。妊娠初期に感染すると、赤ちゃんに重い後遺症が残ることがあります。
これは風疹の回でも触れられた話と似ています。一定の時期までに感染すると、先天性水痘症候群という病気が起こることがあります。別名CVSとも呼ばれます。
あきさんによると、妊娠のごく初期ではリスクは低く、妊娠週数が進むと一定期間で数パーセント程度になり、その後の時期にはこうしたリスクはほぼなくなるといいます。免疫がないと思われる妊婦さんは、初期にとくに気をつけてほしいとのことです。
症状としては、ウイルスが赤ちゃんの神経系に悪さをするため、左右が非対称に現れるのが特徴です。皮膚にケロイドのような深い傷跡が残ることがあります。
さらに、手足が短くなる、指が欠損する、筋肉が萎縮するといった手足の異常も出ます。白内障や視神経の萎縮による視力障害、失明が起こることもあります。
脳への影響として、頭が小さく生まれる水頭症や小頭症、体重が小さく生まれること、自律神経がうまく働かず飲み込みが困難になる症状などもあると話されています。
先天性水痘症候群は、生まれてきた時にはもう症状が見えている形ですか。生まれる前にはわかるのですか。
とみー さんからの質問
あきさんは、生まれた時点で症状が見えている形で、エコーなどで生まれる前にも何らかの診断がつけられると思う、と答えています。
出産直前に水ぼうそうになった場合は、さらに厄介だと強調されます。発症から2〜3日で出産してしまうようなケースが問題です。
赤ちゃんは通常、お母さんからの抗体を持って生まれ、生後1年ほどはその抗体で守られます。しかし、お母さんがそもそも水ぼうそうにかかったことがないと、抗体を持っていません。
その結果、赤ちゃんは抗体を持たずに、ウイルスだけをもらって生まれてくる状態になります。赤ちゃん自身の免疫は未熟なため、ウイルスに対抗できません。
そうなると、ウイルスは肺や肝臓など全身の臓器を片っ端から攻撃し、細胞を破壊していきます。体のあちこちで出血が起こり、それを止めようとする血小板も使い切られてしまいます。
血が止まらなくなり、ちょっとした傷からも出血が続き、全身から血が噴き出すような状態になることもあるといいます。産む直前の水ぼうそうは本当に怖い、と話されています。
老後に牙をむく帯状疱疹、水ぼうそうとの関係
子供、大人、胎児に続いて語られるのが、年を取ってからの再発、帯状疱疹です。水ぼうそうと帯状疱疹は、実は同じウイルスが起こす病気です。
水ぼうそうは一度かかると治ったように見えますが、神経の根元である神経節にウイルスがずっと潜んでいます。神経節 ── 神経細胞の集まった部分。水痘帯状疱疹ウイルスはここに潜伏し、免疫が落ちたときに再び活動して帯状疱疹を起こします。
老後や、疲れなどで免疫が大きく落ちたとき、何十年も眠っていたウイルスが起き出して悪さを始めます。神経に潜んでいるため、そこから病状が進行し、非常に強い痛みが出ます。
帯状疱疹はもうすごい痛い。私の知り合いでも何人かなった人がいますけど、もうナイフでえぐられているような痛さがすると。
神経が直接攻撃されるため激しく痛み、体の片側だけに帯状にブツブツができます。一見治ったように見えても、痛みという後遺症が長く続くこともあるといいます。
水ぼうそうにかからないまま大人になった人がかかると、帯状疱疹はもっとひどくなるのですか。子供でかかるメリットは何ですか。
とみー さんからの質問
あきさんは、大人になってかかっても治った後は神経節にウイルスが残るのは同じで、帯状疱疹がとくにひどくなるわけではないと説明します。子供のうちにかかっておくメリットは、重い水ぼうそうを成人期に経験せずに済むこと。ただし帯状疱疹のリスクは誰しもが持ち続ける、とまとめています。
ウイルス発見の歴史と日本人が開発したワクチン
ここからは、水ぼうそうウイルスが発見されるまでの歴史です。水ぼうそうと帯状疱疹は見た目が違うため、昔は同じ病原体による病気とは思われていませんでした。
もともと天然痘とも見分けがついておらず、天然痘の軽いものが水ぼうそうだと考えられていました。1767年、イギリスの医師ウィリアム・ヘバーデンが、これは別の病気ではないかと論文で発表します。
ヘバーデンは、水ぼうそうは数日でかさぶたになって治りが早いこと、水ぼうそうにかかって治った子供が天然痘にもかかることを観察しました。天然痘は一度かかると再びかからないはずなので、前の病気は別物だと結論づけたのです。
1892年には、ハンガリーのブダペストにいた小児科医ヤーノシュ・フォン・ボーカイが、奇妙な法則を見つけます。帯状疱疹にかかった大人のそばにいた子供が、数日後に水ぼうそうを発症するというものでした。
見た目も症状も痛みも違う二つの病気が、同じ病原体から生じているのではないか。ボーカイはそう仮説を立てました。
これが解明されたのは、およそ60年後の1954年です。天才ウイルスハンターと呼ぶべきトーマス・ウェラー博士が、このウイルスを見つけ出します。
当時はウイルスの分離培養が難しく、まず細胞をうまく培養できないと研究が進みませんでした。水痘帯状疱疹ウイルスはヒトや類人猿の細胞にしか感染しないため、ニワトリの卵での培養も使えませんでした。
切り取った皮膚の細胞に感染させようとしても雑菌が入り込み、皮膚の細胞だけを培養するのは非常に難しかったといいます。
ウェラー博士は、この問題を二つの工夫で乗り越えます。一つは培養液にペニシリンを加え、細菌だけを死なせて人の細胞を守る方法です。今では細胞培養で当たり前の手法ですが、これを応用したのがウェラー博士だったとあきさんは驚いています。
もう一つは、試験管を斜めにしてゆっくり回転させる方法です。壁に張り付いた皮膚細胞が、培養液に触れる時と空気に触れる時を交互に得られ、栄養と酸素の両方を取れるようになりました。
この装置で培養した皮膚細胞を使い、まず風疹ウイルスの培養に成功します。その後、帯状疱疹の患者と水ぼうそうの子供、それぞれから取ったウイルスを別々の試験管で培養しました。
このウイルスは感染すると隣り合う細胞をどんどん引っ付けて大きな一つの細胞に変えてしまいます。両方の試験管で同じように巨大な細胞が現れたことから、同じ病気だろうと考えられました。
さらにウェラー博士は中和実験も行います。水ぼうそうにかかって治った人の抗体を培養液に混ぜておくと、水ぼうそう由来のウイルスも帯状疱疹由来のウイルスも、どちらも細胞に変化を起こしませんでした。同じ抗体が両方に効いたことで、二つは同じ病原体だと証明されました。
続いてワクチン開発の話です。現在採用されている水ぼうそうワクチンは生ワクチンで、これを開発したのは日本人でした。生ワクチン ── 病原性を弱めたウイルスそのものを用いるワクチン。実際に軽く感染した状態になることで免疫をつけます。
1974年、大阪大学微生物病研究所の高橋理明博士が開発しました。1964年に留学中、当時3歳の息子が水ぼうそうを発症し、苦しむ姿を見て、絶対にワクチンを作ると決意したといいます。
帰国後の1971年、水ぼうそうを発症した男の子からウイルスの分離に成功します。この男の子の名前が岡くんだったことから「岡株」と名づけ、弱毒化に取り組みました。
水ぼうそうウイルスは宿主特異性が強く、ヒトやサルのような霊長類の細胞でしか増えないと考えられていました。そうした細胞は培養に技術も費用もかかり、開発の壁になっていました。
さらに、細胞の中では元気でも、細胞の外に大量には出てこない性質があり、培養細胞から培養細胞へ植え継ぐのが難しかったといいます。出てきたウイルスもデリケートで、すぐ感染力を失いました。
高橋博士はこの難局に独創的に挑みます。手に入りやすい細胞を探すなかで、モルモットの胎児の細胞なら水ぼうそうウイルスが増えることを発見しました。モルモットは飼育しやすく、細胞を簡単に確保できました。
外に取り出すと死んでしまう性質には、ウイルスに感染した細胞をそのまま次の新しい細胞に植え継ぐ方法で対応しました。細胞ごと回収して次にまき、感染をバトンタッチさせることで大量培養に成功します。
安定して培養できる技術のもと、継代と低温培養を繰り返して毒性の低い株を探し、非常に安全性の高いワクションを作り上げます。1974年、岡株ワクチンとして商品化されました。
この岡株ワクチンはWHOも推奨する世界標準のワクチンとなり、今では世界中に広がっています。アメリカ、日本、韓国、台湾、ヨーロッパ諸国などで使われていると話されています。
1歳からのワクチンと、老後の帯状疱疹への備え
開発当初、この水ぼうそうワクチンは、白血病などで免疫が低下した子供の重症化を防ぐ目的で使われ始めました。その後、一般の子供にも任意接種として広がっていきます。
日本国内で定期接種となったのは2014年10月で、比較的最近のことです。あきさん自身は、まだワクチンが世に出たばかりの頃の子供で受けておらず、とみーさんの時代も定期接種ではなかったため、水ぼうそうにかかったのだろうと話されています。
現在は、1歳から3歳の間に2回接種することになっています。1回でおよそ80パーセント、2回でおよそ95パーセントまで免疫の効果が上がるとわかってきたため、2回接種になったといいます。
2回接種でどれくらい免疫が持つかは経過観察中ですが、少なくとも20〜30年は維持されるだろうとされています。ただ、それだと帯状疱疹に間に合わないのではという疑問も残り、そこはまだよくわからないと率直に話されています。
生ワクチンはウイルスそのものなので、接種で軽く水ぼうそうにかかった状態になり、そのウイルスも神経節に潜みます。免疫が下がれば暴れ出すこともありますが、弱毒化されているため症状は非常に軽く済むと考えられています。
老後の備えとして、県などによっては一定年齢以上で帯状疱疹ワクチンを公費負担で受けられる仕組みがあります。あきさんは、痛いのは嫌なので、その年齢になったら受けようと決めていると話しています。
自治体によっては50歳以上で受けられるところもありますが、あきさんの住む地域はまだ対象外で、65歳以上で費用の補助があるとのことです。自費で受ける選択肢もあり、どこかで受けたいと考えていると話されています。
とみーさんは、一番楽なのは一生水ぼうそうにならないことだけれど、感染力が高いので難しいのでは、と問いかけます。あきさんは、社会全体で免疫を持てば広がりにくくなるので、一人ひとりに免疫を持っていてほしいと応じています。
日本で開発され、今も世界で使われているワクチンは珍しいのでは。高橋先生が開発したワクチンが世界で使われているのですか。
とみー さんからの質問
あきさんは、岡株が各国で使われていると答えます。アメリカでは1歳と4〜6歳の2回接種、アジアで定期接種しているのは日本のほかは韓国ぐらい、ヨーロッパではドイツ・イタリア・スペインなどで定期接種、イギリスでも始まったと紹介しています。
日本で定期接種が遅かった理由について、あきさんは調べたわけではないと前置きしつつ、かつてワクチンをめぐる訴訟で国が敗れ、及び腰になった面もあったのではと推測を語ります。日本が誇るワクチンだけに、もっと早く導入できればよかったのに、との思いも述べられました。
最後に、天然痘と水ぼうそうを別の病気と発表したウィリアム・ヘバーデンが、指の関節が変形する「ヘバーデン結節」のヘバーデンと同じ人物らしい、というとみーさんの雑談も交わされます。一人の研究者が複数の分野で成果を出す面白さに、二人はあらためて感心していました。
一つの発見でどんどん他の発見につながっていく。やっぱり応用が利くというか、そう思いますね。
まとめ
水ぼうそうは子供の頃は軽く済みがちですが、大人・喫煙者・妊婦・胎児には深刻なリスクがあり、さらに治った後もウイルスは神経節に潜み、老後に帯状疱疹として痛みをもたらします。日本人が開発した岡株ワクチンが世界標準となった今、1歳からの2回接種と老後の帯状疱疹ワクチンが、この一生付き合うウイルスへの備えになると語られました。
- 水ぼうそうと帯状疱疹は同じ水痘帯状疱疹ウイルスが起こし、一度感染すると神経節に生涯潜み続ける
- 大人・喫煙者は重症化しやすく、妊娠初期や出産直前の感染は赤ちゃんに重い障害や命の危険をもたらすことがある
- トーマス・ウェラーの培養技術が発見を進め、高橋理明博士の岡株ワクチンが世界標準の生ワクチンになった
- 日本の定期接種は2014年からで、現在は1歳から3歳の間に2回接種する
- 接種後も帯状疱疹のリスクは残るが症状は軽く済むと考えられ、老後の帯状疱疹ワクチンも備えになる




