太陽に特許はない、ソーク博士の選択
前回はアメリカのポリオワクチン開発を取り上げました。市民が研究開発費を寄付し、ポリオワクチンの開発と小児麻痺患者の激減につながったという話です。
今回もまずアメリカの話を続け、その後で同時期の日本の話へ入っていきます。
話題は、前回登場した「鉄の肺」から始まりました。体自体を陰圧・陽圧で膨らませ、縮ませる発想の人工呼吸器です。
口から空気を送り込むんじゃなくて、体自体を陰圧、陽圧で膨らまして縮こませてっていう発想だったんだなと思って。びっくりしました。
この鉄の肺の研究開発費や病院への設置費用も、国民の十セント硬貨寄付運動「マーチオブダイム」から支払われていました。
ジョナス・ソーク博士のワクチンも、この寄付金から研究開発費が支払われて1955年に成功しました。
成功後のテレビインタビューで、記者が「このワクチンの特許は誰が持っているのか」と尋ねます。
特許などありません、国民のものです。太陽に特許を出すことができますか。
ソーク博士は、国民のお金でできたワクチンで利益を得ることを拒み、特許を取得しませんでした。
不活化と生、二つのワクチンの違い
日本の話に入る前に、もう一つのポリオワクチンが紹介されました。開発したのはアルバート・サビン博士です。
ソーク博士のワクチンは、ポリオウイルスを殺して不活化し、その殻をワクチンとして使う不活化ワクチンでした。
一方でサビン博士が目指したのは、ポリオウイルスの病原性を減らした生ワクチンです。ウイルス自体は生きていますが、神経性の毒性を出さないようにしたものです。
サビン博士は1931年、ニューヨーク大学で、口から入ったポリオウイルスが腸の中で増えて感染することを証明しました。これが生ワクチン開発を考えるきっかけになります。
その後、彼はジョン・エンダースによるポリオウイルスの培養細胞での培養報告を受け、試験管内で大規模な弱毒化実験を行おうと考えます。
コピーを重ねていくと画質が粗くなるみたいな話。
最初にこの現象が見つかったのは狂犬病ウイルスで、繰り返し感染させると狂犬病にならない動物が現れました。同じことをポリオウイルスで行ったのです。
以下は、二つのワクチンの作り方の違いを整理したものです。
殺したポリオウイルスの殻を使う。注射で接種する不活化ワクチン
病原性を弱めた生きたウイルスを使う。口から接種する生ワクチン
生ワクチンが世界で主流になった理由
何度も感染を繰り返して神経毒性を失わせた株ができ、1954年にはオハイオ州の刑務所で受刑者ボランティアを募り、安全性の試験を実施しました。
しかし1955年には、ライバルであるソーク博士の不活化ワクチンがすでに承認されてしまいます。それでもサビン博士は開発をやめませんでした。
アメリカではソークワクチンが普及して集団免疫が広がっていたため、大規模な治験ができませんでした。
そこでサビン博士はソ連のウイルス学者ミハエル・チマコフと共同研究を行い、弱毒株を分与してソ連で治験してもらいます。WHOの支援でメキシコでも予備的な治験を実施しました。
1959年、ソ連で1千万人の子供に投与する大規模臨床試験が行われ、安全性と有効性が証明されます。1960年にはアメリカのシンシナティ市でも大規模接種が実施され、生ワクチンが承認されました。
ここで、とみーさんが疑問に思っていた「なぜ腸で増えるとわかったから生ワクチンが必要なのか」が説明されます。
不活化ワクチンは注射で血液中に入り、血液中の免疫細胞が抵抗性を獲得します。ただし腸には免疫が届きません。
これに対して生ワクチンは、シロップや角砂糖に垂らして口から食べる形です。弱毒株が腸の中で増え、感染の入り口である腸で免疫が働きます。
食べるワクチン。
さらに生ワクチンは腸で増えるため、一回でも十分な免疫が得られます。不活化ワクチンは死骸を注射するため、抗体価を上げるには三回の注射が必要です。
ただし、都合が良い話には注意が必要だと、とみーさんは疑問を投げかけます。
そして都合がいいものってこう疑ってかかりたくなる気がするのは何なんだろうね。そんなうまい話あるんかいなみたいな気持ちで今聞いてるけど、どうなんですか。
実際、ごく稀にウイルスが先祖返りを起こして麻痺を引き起こすリスクが報告されています。
もう一つのメリットは、当時の衛生状況とも関わります。腸で増えたウイルスは糞便で排出され、それが別の人の口に入ると二次感染が起こります。
弱毒ウイルスのため、接種していない人も免疫を獲得できます。衛生管理が悪いことが、かえって集団免疫の獲得につながるという逆説的な仕組みです。
これらの理由から、世界ではポリオに関して生ワクチンが主流になっていきました。
昭和の母親たちが起こした奇跡
1945年8月15日に太平洋戦争が終結し、その10年後の1955年にソークワクチンが成功します。アメリカではポリオの恐怖が徐々になくなりましたが、日本では相変わらずポリオが猛威を振るっていました。
1960年には北海道を中心に5600人もの患者が出る大流行が起こります。日本の母親たちも、自分の子がいつ動けなくなるのかという恐怖に怯えました。
当時輸入されていたソークワクチンは3回の接種が必要で、量も十分ではありませんでした。そこへ生ワクチンが登場したのが、この時代背景です。
母親たちは、まだ承認されていない生ワクチンを早く輸入してほしいと、赤ちゃんを抱いて厚生省に集まり、デモを行いました。
当時はインターネットもなく、世界のニュースがどう届いていたのかも話題になりました。新聞やラジオ、口コミが情報源だったのではないかと話されています。
ただし、当時の報道の傾向やソ連との関係についての言及は、あきさん自身の想像だと断ったうえでの発言でした。
責任はすべて私が持つ、超法規的措置
生ワクチンはソ連で大規模に作られていたため、政治家の決断としてソ連からの輸入が進められます。
しかし、この薬はまだ日本国内で日本人への安全性が確認されていませんでした。そこで用いられたのが超法規的措置です。
当時の古井厚生大臣が「責任はすべて私が持つ」と宣言し、法律を飛び越えてソ連とカナダから300万人分の生ワクチンを緊急輸入しました。
1961年の夏、全国の子供にシロップ状の生ワクチンが一斉投与され、流行は数ヶ月で収束します。
母親たちが自分の子供を守るために政治を動かした、という展開でした。
日本の患者数の推移を見ると、ワクチンの効果がはっきり表れています。
現在ポリオは、アフガニスタンやパキスタンの一部地域にのみ残る病気となっています。
カッター事件と、より安全なワクチンへの歩み
一方で、怖い話もあります。ワクチンへの不安につながりやすい事例として、1955年のカッター事件が紹介されました。
カッター研究所が製造した不活化ワクチンで、ウイルスを殺すプロセスにミスがあり、生きた野生株が混入してしまった事件です。
ワクチンだと思って注射したら、実は病気になるためのウイルスを注射されていたみたいな。めちゃくちゃ怖いじゃん。
この事件で接種後に麻痺を発症した子供が出て、死亡者も出ました。接種プログラムは一旦中断され、原因究明の後、アメリカ政府はワクチンの検定・検閲体制を大幅に強化しました。
ただし、これは不活化の手順をミスしたことが原因で、生ワクチンより不活化ワクチンが危険という話ではありません。現在は不活化がきちんと行われているかを必ず検査しています。
日本では生ワクチン関連麻痺も起こっていました。弱毒ウイルスが腸で増える際に、ごく稀に先祖返りを起こすためです。割合は数百万接種に一人でした。
私の中のゼロリスク信仰が胸騒ぎを覚えてます、今。
打たなければかかる可能性があり、打っても数百万分の一のリスクがあります。このリスクを天秤にかけて選択する必要がある、という話に整理されました。
すでにポリオが撲滅されていたにもかかわらず生ワクチンが使われ続けたことについて、あきさんは自身の見方を述べています。
一回こう決めてしまって、大成功してしまった道のりなので、日本としてはなかなかそれを、より安全な方向にかじを切ることを怠ったのかなっていうふうに思ってて。
アメリカは2000年に完全に不活化ワクチンへ切り替え、日本はそれから12年遅れて、ようやく不活化ワクチンだけに移行しました。
最後にあきさんは、集団免疫の重要性を語ります。ポリオはまだパキスタンとアフガニスタンに残っており、接種を止めれば感染者が入ってきたときに一気に広がる恐れがあると話しています。
そのうえで、現在は安全性の高い不活化ワクチンが使われているため、判断は親に委ねられるとしつつ、怖がらずに接種してほしいという考えを示しました。
これほどまでに怖かった病気を予防接種で抑え込むことができるんだ。そしてそれは母親たちの力で、アメリカでも日本でも達成したんだよっていうことをお伝えしたくて。
まとめ
ポリオワクチンは、ソーク博士とサビン博士という二人の執念、そしてわが子を守ろうとした母親たちの運動によって世に出ました。当たり前になった予防接種の背景にある歴史を知ることで、ワクチンの捉え方が少し変わるかもしれません。
- ソーク博士は「太陽に特許はない」と語り、国民の寄付でできたワクチンの特許を取得しなかった。
- サビン博士の生ワクチンは、一回で済み、腸で免疫が働き、接種していない人にも広がるため世界で主流になった。
- 1960年の日本ではポリオが大流行し、母親たちが赤ちゃんを抱えてデモを行い、緊急輸入を求めた。
- 古井厚生大臣が「責任はすべて私が持つ」と超法規的措置を決断し、生ワクチンの緊急輸入で流行は収束した。
- 生ワクチンには稀な先祖返りのリスクがあり、現在は安全性の高い不活化ワクチンへ移行している。
