社会主義下のハンガリーで培われた生命力
まず二人が振り返ったのは、カリコが子供時代を過ごしたハンガリーの環境です。あきさんは、自伝を読んで社会主義の世界の厳しさに衝撃を受けたと話します。
権力者が人権を認めなければ、いとも簡単に多くの人が命を落とす。そんな、私たちが知る世界とは全く違う土壌だったと語られています。
とみーさんは、本にはさらっと書かれているものの、自分が同じ生活を送るのは絶対にできないだろうと感じたと言います。
家を自分で建てるとか、それこそ本当に大自然の中でサバイバルに近いような生活からスタートして、よく研究者までありつけたなっていうところはすごい思いますね。
実際、カリコは父親と一緒に家を建て、牛を飼い、畑を持つような暮らしをしていました。電気も細々としかない世界です。
あきさんは、だからこそ彼女には並外れたガッツがあったのかもしれないと解釈します。どんなところでも生き抜き、やりきる力です。
カリコを支えた夫ベーラの存在
話題は、カリコを陰で支えた夫ベーラさんへと移ります。番組では登場シーンは多くなかったものの、かなりの支えがあっただろうと二人は感じています。
カリコがアメリカで職を追われそうになり、別の研究室や施設へ移っていった時期。深夜まで実験に没頭し、家にほとんど帰れない中で、子育てを全面的に支えたのが夫でした。
カリコ自身、女性研究者に何が必要かと問われた際に、子供の面倒を安く政府や自治体が見てくれることが何より重要だと語っています。
一方であきさんは、自治体がしっかり子育てを支えるシステムがあれば、そうした夫でなくてもよいと言えるのかもしれない、とも付け加えます。
この点はとみーさん自身の実感とも重なります。家族に支えられて今やりたいことをやれている、だからこそ支えを絶たれたらやりたいこともできなくなる、と語ります。
子供を預けることができれば、安心できれば、その不安が取り除けるだけでも、やっぱり集中できるというところは大きいかなと思います。
厳しい母と明るい父、はまった家族の凸凹
母と子の時間は多く取れなかったかもしれませんが、二人のお子さんは立派に育ち、なんと金メダルを2回取っています。
あきさんは自伝から、カリコが娘の楽器の練習を聞いてあげるなど、彼女なりに関わっていたエピソードを紹介します。ただし娘には非常に厳しかったそうです。
努力家であるがゆえに、娘にもそれを求めてしまったのかもしれません。一方で夫のベーラさんは明るい性格で、常に娘の味方でした。
娘が学校で先生に嫌なことを言われて帰ってきたとき、ベーラさんはおどけて怒ったふりをして寄り添ったといいます。
「お父さんはもう絶対許せないぞ」って言って、「今度その先生の車見つけたら父さんパンクさせてやるからな」とかって言って、おどけてすごい怒ったふりして言ってくれるみたいなんですね。
すると娘も「パパありがとう」と言って気が収まったそうです。カリコは「私はこれはできない」と思い、夫にありがたさを感じていたと語られています。
とみーさんは、できることできないことの凸凹がピタッとうまくはまった家族関係だったのだろうと振り返ります。
めげない原動力と、和解したかつての師
研究は日の目を見ないことが多く、薬まで到達できる確率は何千分の1どころではありません。それでもカリコは一筋の道をつなげました。
この原動力がどこから来るんだろうって、ずっとなんか思いながらこれを聞いてましたね。
あきさんが挙げたのは、かつての師ロバート・スハドルニック博士とのエピソードです。ハンガリーでの最初の職を失い、彼を頼ってアメリカへ渡りました。
博士は自分を引き上げてくれる部下を求めており、カリコが離れそうになった際にパニックになって嫌がらせをしたのではないか、とあきさんは推測します。
ただし後日談があります。カリコが講演をした大学に博士が聞きに来ており、二人は再会しました。
憎み合ってたらいつまでもお互いに憎み合うことになると。だから、あるところではそれは忘れて、いいところだけを見るということで、彼とも抱き合って握手をすることができた。
あきさんは、この事実を自伝に書かれたことで、いじめた側の博士のほうがむしろ生きづらくなっているのでは、と少しおどけて語ります。
寝袋生活と、髪の毛を生やすmRNA
博士のもとを離れた後、カリコは遠方の研究施設へ働きに行きます。その生活ぶりも凄まじいものでした。
平日は月曜の朝3時に家を出て、金曜まで帰らずに寝袋生活で研究し、土日だけ家族と過ごす。そんな暮らしをずっと続けていたといいます。
このガッツも、ガッツばっかりですね、本当に。
あきさんは、学生時代に眠らないよう窓を開けて寒くしてまで勉強していたカリコにとって、朝3時に起きるのは造作もなかったのだろうと語ります。
彼女がぶれなかったのは、メッセンジャーRNAがいろいろなことに使えるという信念でした。
助成金の書類のやり取りで、事務方の人に「そんな研究がものになるわけない」と嫌な態度を取られたエピソードも紹介されました。
その相手の頭が薄いことに気づいたカリコは、自分のmRNA研究はあなたの髪の毛を生やすこともできる、と伝えたそうです。
私のメッセンジャーRNAの研究はあなたの髪の毛を生やすこともできますよって言ったら、急に態度が変わって、え、そうなのかって言って、すごい協力してくれるようになったんです。
mRNAはコロナウイルスだけのものではない、ありとあらゆる場所に使われていくはずだ、とあきさんは重ねて強調します。
がん克服の先にある、死なない未来像
ここから話題は未来の医療へと大きく広がります。あきさんは、がんはいずれ克服できるようになるだろうと語ります。
人間は2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなるとされます。その死因が減れば、寿命はさらに延びると考えられます。
僕らの世代、今もうすぐ50歳ですけれども、が、もしかすると最後に死ぬ世代なのかもしれないなって思っています。
あきさんは、老化も止まり、若い体に巻き戻せるようになるのではないかと予想します。老化を病気として捉え、体内の炎症を止める技術が出てくれば、事故以外で死ぬことがなくなる世界も来るかもしれない、と話します。
これに対しとみーさんは、以前いた認知症に力を入れる会社での経験から、別の視点を示します。
結局認知症ができる理由っていうのが病気を克服したからだと私思ってるんです。
本来ならその年に亡くなっていた個体が生き続けるがために、脳の問題が表面化してきた、というのがとみーさんの考えです。臓器を治せても、体を維持する筋肉的な要素をどう保つかが課題だと指摘します。
あきさんは、体そのものを巻き戻して若返らせられるようになれば、老化による認知症や逆流性の症状も自ずとなくなるのでは、と応じます。
脳のチップ化、SF、そして次回予告
さらにあきさんは、体を機械に置き換える発想にも触れます。脳の一部が失われても別の部分が機能を肩代わりする例を挙げ、人為的な置き換えの可能性を語ります。
人為的に脳にチップを埋め込んで、そっちに回線をつないでコピーをしてやる。老化した脳を取り除いても、それは人間として認識は変わらないと思うんですね。
病気になったら何かに変えればいい、そんな世界が来るかもしれない、とあきさん。少し怖い未来かもしれないと自ら付け加えます。
二人は、SFで描かれる世界は実現可能だとよく言われる点にも触れます。100年前の月旅行の小説が現実になったように、今描かれるSFもいずれ実現するだろう、という見立てです。
今はそうした大きな変革が起こる時代の、ぎりぎりの端っこにいるのかもしれない、とあきさんは語ります。今年のノーベル賞がAI一色だったことも話題に上りました。
最後に、次回のスクリプトとして北里柴三郎を準備中であることが告げられ、この総集編は締めくくられました。
まとめ
カタリン・カリコの14回を振り返ると、社会主義下のハンガリーで培われた生命力、夫ベーラの支え、そしてmRNAへの信念を曲げない不屈のガッツが浮かび上がります。二人の対話は彼女の生き方から、がん克服やその先の医療の未来像へと広がっていきました。
- 社会主義下のハンガリーでのサバイバルな暮らしが、カリコのやりきる力を育てた
- 深夜まで実験に没頭できたのは、子育てを支えた夫ベーラの存在があってこそだった
- 厳しい母と明るい父という家族の凸凹が、うまくかみ合っていた
- かつて嫌がらせをした師とも、いいところだけを見て和解できた
- mRNAは病気の治療にとどまらず、老化や医療の未来を大きく変える可能性がある
