テックタッチだけでオンボーディングは完結するのか
今回のテーマは、HR SaaSのオンボーディングです。城田さんはまず、どこまでテックタッチで吸収できるのかという範囲の話から入ります。
テックタッチは、動画やヘルプセンター、セットアップガイド ── 導入時の初期設定の手順をまとめた案内。ツール内の画面案内やヘルプページなどで、顧客が自分で設定を進められるようにするものなどで顧客が自分で設定を進めるやり方です。城田さんは「テックタッチだけでオンボーディングが完結している領域はあるか」と4人に問いかけます。
ないですね。
労務系プロダクトを担当する瀧田さんは即答でした。ヘルプページや画面にツールチップを埋め込むナビゲーションは用意しているものの、それだけで顧客がセルフオンボーディングできている事例は圧倒的に少ないと話します。
(設定の負担を減らすため)100ある設定も80ぐらいはもうセルフで、ポンってやったらすぐ入るみたいなことを目指して開発しています。
ただし城田さんが「リテラシーがとても高い顧客なら、セルフコンテンツだけで揃うのか」と質問を変えると、瀧田さんは「素材としては揃っている」と答えます。習熟度の高い顧客は、案内を見て自分たちで完結できるケースもあるといいます。
一方で瀧田さんは、「顧客が使い始められた」状態と、ベンダー側が本来持っていきたかった方向は別だと指摘します。テックタッチだけで前に進んだように見えても、目指したゴールに届いているとは限らない、という難しさです。
(顧客が)使い始められたって状態かもしれないけれど、それって本来ベンダー側が持っていきたかった方向なのかっていうのは、また別の話なので。
タレントマネジメント領域を担当してきた綾部さんも、テックタッチだけでのオンボーディングは「検証したけど無理だった」と振り返ります。一部の顧客層をテックタッチで進めても、結局あとからハイタッチが必要になるケースが多発したそうです。
(テックタッチだけは)検証したんですけど、やっぱ無理でしたね、普通。
綾部さんは、テックタッチが難しい理由を2つ挙げます。1つは顧客側の心理的な不安、もう1つは機能が多すぎることです。
綾部さんによれば、これまでExcelなど自社最適化されたもので回してきた顧客が多く、HRテックのシステム、特にタレントマネジメント ── 人材の評価・配置・育成などの情報を一元管理し、活用するための仕組み。番組では「タレマネ」と呼ばれ、多機能化しやすい領域として語られていますは多機能化しています。そのため、自分のやりたいことがどの機能に対応するのか、顧客自身がわからなくなるといいます。
城田さんも、独立してクラウド会計を契約したとき、仕訳の設定が自分にとっての最適解なのかわからず、CSに問い合わせたくなったと当事者としての実感を語ります。
大脇さんはこれを、プロダクトが目指すアウトカムの抽象度が高くバリエーションが広いほど難しくなる、と整理します。逆にアウトカムが1つに絞られたプロダクトなら、全員がそこへ向かえばよいのでスムーズだといいます。
瀧田さんは、HR領域でも年末調整の収集や社会保険の電子申請のように型が決まっているものは、オンボーディング期間がほぼないと言います。アウトカムが決まっていて変数もないプロダクトは、テックタッチでもやりやすいのです。
今日契約して明日使えて、この1週間後にも使いたいみたいなとこも全然あったりする。
城田さんは、顧客にとってのアウトカムと、そこへ至るベストプラクティスを決めてあげることがCSに求められる役割だとまとめます。その領域に精通していないと、単一の最適解を決めるのは難しいという点が、テックタッチの限界につながっていきます。
タレントマネジメントなど多機能で、アウトカムの抽象度が高い。顧客がどの機能を使えばいいか翻訳が必要
年末調整の収集や社会保険の電子申請など、型が決まりアウトカムも変数もないもの
人じゃないと無理な領域はどこにあるのか
2つ目の論点は、人が価値を提供する部分はどこか、です。大脇さんが「ここは人じゃないと無理だと感じるポイント」を問いかけます。
瀧田さんが挙げたのは、導入支援のなかでも顧客内部のステークホルダーを一緒に動かす部分です。設定そのものはソースが揃えばAIでなんとかできる未来が見えている一方、出したものを社内で推進しきれるかは人の力が強く関わると言います。
どんだけ合理で正しい情報を言ったとしても、それが100パーセントみんな人の意思で動くとはまた別。
大脇さんは、対プロダクトではなく対人のファシリテーションや推進は人がやったほうがいい、と受けます。城田さんも、ステークホルダーが増えるほど根回しが必要になり、そこは自分たちでできていたら困らない部分だと同意します。
城田さんは、第三者のCSだからこそ「メンバーが言いづらいことを自分から言う」動き方ができると話します。外から入る第三者の良さです。
大脇さんはここで、好きな言葉を紹介します。出典は忘れたと前置きしつつ、CSをやるうえで大事だと感じている言葉です。
綾部さんも、人が必要な部分として「翻訳」と「推進者のケア」を挙げます。ステークホルダーごとに見ている目標が違うため、それぞれに合わせて価値を伝え直す必要があるといいます。
綾部さんの例では、現場の担当者は「業務が大変だから効率化したい」が動機でも、経営レイヤーには「徹夜してやればいい」と受け取られがちです。だからこそ、経営にとってのインパクトを示せることが、人にしかできない翻訳だと話します。
(現場は効率化が動機でも)経営にとってもこういうインパクトがあるんですよね、みたいなことを示せるのは、やっぱ人である。
さらに綾部さんは、推進者が心折れそうになる場面で一緒にサポートする「ケア」の役割も、人でないと難しいと加えます。
城田さんは、HR・バックオフィス領域では「ノーと言えない人が多い」という業界特性も挙げます。例に出したのは、年末調整を10月に控えながら8月からシステム入れ替えを3ヶ月でやりきる、という無理なオーダーです。
城田さんによれば、現場の人は上司の前では諦めていることを言えません。そこで第三者のCSが「他社さんだとハードなスケジュールです」と伝え、後ろ倒し・設定代行・人員追加の3択を示すことで、初めて前に進んだといいます。
(現場の本音を)変換してあげる、代弁してあげるっていうのは、第三者であり人じゃないとできない。
大脇さんは、この役割はAIでも一見できそうだが難しいと考えます。上司がプロンプトを叩けば上司に寄り添い、現場が叩けば現場に寄り添うため、AIには中立のスタンスがないからです。
結局スタンスがないじゃないですか、AIには。だからやっぱスタンスを取れる人がちゃんといるっていうのが大事。
翻訳
ステークホルダーごとに見ている目標が違うため、それぞれに合わせて価値を伝え直す
推進・ファシリテーション
社内で合意を取り、根回しをして、意思決定を前に進める
ケア
推進者が心折れそうな場面で一緒にサポートし、鼓舞する
KPIは継続率か、それとも完了率か
3つ目のテーマは、オンボーディングのKPIと組織体制です。城田さんが、綾部さんの経験からうまくいった体制やKPIを聞いていきます。
綾部さんが挙げた失敗は、遅効指標 ── 結果が出るまでに時間がかかる指標。継続率やNRRなど成果そのものを表す数字で、日々の行動にすぐ結びつきにくいものを指しますをKPIにしてしまったことでした。継続率やNRRは成果が出るまでの時間軸が長く、重要行動にもならないため、KPIにはふさわしくないと言います。
綾部さんがKPIに据えたのは、オンボーディング完了率です。しかも適当に置くのではなく、「この完了をすればこの顧客層は1年目に更新してくれる」という検証済みのつながりを持たせた点がポイントでした。根拠を持ってKPIを設定できた時に、うまく回ったと振り返ります。
綾部さんは、オンボーディング完了と遅効指標(成果指標)が紐付いているかを常に見る必要があると強調します。紐付いていないと、KPIは達成しているのに事業KPIは未達、というやばい状態になるからです。
瀧田さんも「ほぼ一緒」と応じます。一時期はGRRやNRRで追わせ、短期的に数字は伸びたものの、翌年を考えるとオンボーディング完了の有無より更新を優先する動きになり、自転車操業のまま数字が下がってしまったといいます。
やっぱ僕らも原点返って、完了率をとかっていうので戻しました。
瀧田さんの会社はプロダクト数が多いため、どのプロダクトを優先し、いつまでにやるかという軸で重要指標を決めています。単価が高いものを優先し、契約更新の意思が変動する時期までに使える状態にする、という前提で先行指標を組んだところ、改善したそうです。
城田さんは、マルチプロダクトになると導入の順番も重要になる、と受けます。
組織体制について、瀧田さんの会社はオンボーディング・サクセス・リニューアルで役割を分けています。以前は1人のCSがすべてを担っていましたが、今のフェーズでは1企業に3人がそれぞれつく形です。
瀧田さんによれば、役割を分けることでオンボーディングのスピードが上がり、サクセスは活用支援に集中でき、リニューアル担当は決済時期を把握して予算が決まる前に料金交渉を仕掛けられるようになりました。もしGRRやNRRだけを追っていたら、更新が近い顧客ばかり優先され、遠い顧客の優先度が下がる構造になってしまう、という懸念も分業で避けられます。
綾部さんも結果的に組織を分けたと話しつつ、分けるべきかはプロダクトによると付け加えます。判断軸は、オンボーディング後も継続が怪しく、アダプションの活動がアウトカム創出に重要かどうかです。
綾部さんの例では、オンラインカウンセリングやコーチング、サーベイのプロダクトは、アダプション ── 導入後に顧客がプロダクトを継続的に活用し、定着させていく段階。ここでの活用度を高めることが成果創出につながる領域を指しますで活用度を高めてアウトカムを出すことが重要です。1人でオンボーディングもアダプションも担うと回らなくなり、顧客数を増やすほどCSを増やす非効率が生まれるため、分けたほうが効率的だと言います。
オンボーディングで提供したら定着して更新してくれるプロダクトであれば、一気通貫でいい気がしてます。
城田さんも、バックオフィス領域では2年目以降の顧客対応に高いレベルが求められると実感を語ります。自分が入社する前から使っている人事のプロフェッショナルに活用を伝えるには相応の知識が必要で、その意味でも分けたほうがいいケースがあると話します。
オンボーディング後も継続が怪しく、アダプションでの活用度向上がアウトカム創出に重要なプロダクト(カウンセリング、サーベイなど)
オンボーディングで提供すれば定着し更新してくれる、アラート対応中心のプロダクト
まとめ
HR SaaSのオンボーディングは、テックタッチで吸収できる範囲と、人が入るべき領域を切り分けて考える回でした。機能が多く不安を抱えやすい顧客には翻訳と推進が欠かせず、KPIは検証済みの完了率、組織はプロダクト特性に応じて分業か一気通貫かを選ぶ、という実務のヒントが語られました。
- テックタッチだけでオンボーディングが完結する領域は少なく、多機能・高抽象度のプロダクトほど人の「翻訳」が必要
- 人が価値を出すのは翻訳・推進・ケアの3領域で、中立のスタンスを取れる第三者だからこそできる代弁がある
- KPIは遅効指標の継続率やNRRではなく、それらと検証で紐付いたオンボーディング完了率を先行指標に置く
- マルチプロダクトでは導入順序が重要になり、単価と契約更新の時期を軸に優先度を決める
- 組織の分業か一気通貫かは、アダプションの重要度などプロダクト特性で判断する




